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2-17妖術被害者ミネルバ
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成功を喜び合うエメリーたちと、打ちひしがれるミネルバ。対照的な空気を何とかしようと、僕はそっとミネルバを抱き上げる。
「……少し違うことに挑戦してもいい?」
「同情かよ。……辞めろ、俺は無能、もうそれでいいだろ」
「よくないよ。それに、今度はミネルバじゃなくて僕の挑戦なんだ」
お前の?とミネルバは力なく眼だけ動かして僕の方を見る。黄金の瞳に射抜かれながら、僕は自分の計画を伝える。
ほかの相手に妖術をかけることができるようになりたい。それはスズと話しているうちに抱いた思いで、僕は現在こっそりと他人に効果を及ぼす妖術を練習中だった。
スズを狐姿にするための術。けれどそれは遅々として進んでいなかった。何しろ、僕は妖狐。化かすことは得意であっても、相手を化けさせるのは得意じゃない。
なんでも妖狸は妖狐とは違って相手を変身させることが得意とか。まあ、それはないものねだりなのだろうし、妖狸に相談するというのに生理的な嫌悪感があるから無理だった。妖狸にあったことはないけれど、こう、妖狐として魂が拒否しているし、何より妖狸たちがいたずら好きだということを聞いてしまえば協力を求める気になんてならない。
「……そういうわけで、僕が妖術をかけてミネルバを人間に変身させられないか、挑戦したいんだ」
「ふーん、ハクトが俺を、な。まあいいぜ、やってみろよ」
そんな簡単に人の姿になれてたまるか――投げやりなミネルバの快諾を受けて、僕はさっそく抱きかかえるミネルバを変身させることを考える。
目を閉じて、体内の妖気の存在を知覚する。ゆっくりと体の中をめぐる力。どこか抵抗を感じながらもそれを動かし、体外に出してミネルバを包み込む。
その毛皮を人肌に変え、その体を人間のそれに変える――
ただ、ミネルバの体内にある妖気の抵抗が強い。物を使って挑戦した時もそうだったけれど、そのものに存在する妖気が僕の妖気に反発するせいで、妖術は次第に形を失おうとしていく。
それを膨大な妖気で押し込むようにして体を包み込む。妖気を後から後から塗りたくって、硬い殻を作っていく感じだろうか。
そうして妖気でミネルバを覆う。腕の中、毛玉の感覚を塗りつぶし、人肌へ。人へ――
「人化!」
果たして、妖術はミネルバに作用して、そして、その毛を長くした。
まるで毛玉。あるいはライオンの尻尾の先端みたい。茶色の毛はミネルバの顔を覆い隠し、ただの毛むくじゃらに変貌させた。
「……どうなったんだ?」
毛におおわれて見えないからか、ミネルバは声を出して僕に問う。その声も、毛にさえぎられてややくぐもって聞こえる。
ぷっ、と吹き出す音がする。見れば、黒目黒髪、黄褐色の肌を手に入れた、どこか違和感のある姿をしたエメリーがお腹を抱えていた。
「あははははは!ミネルバ、あんたなんて姿になってるのよ!?」
「………………おい、ハクト」
体の芯から凍えるような怒りの声に背筋が伸びる。震えだしそうになる体を意思の力でねじ伏せて、平静を装う。
「な、何かな?」
駄目だ。まったく平静を装えていない。唇がもつれたように動かなくて、声は震えていた。
「俺は、今、どんなすがたになってやがる?」
「ええと……うん、フラフよりも渡り綿毛っぽいかな」
「フラフって、毛玉のやつじゃねぇか!?」
怒りの声を上げたミネルバがバタバタと翼をはばたかせるけれど、もっさりとした体はうまく動かない。その場をもぞもぞと動いているだけになった彼は、しばらくして凍り付いたように沈黙を宿す。
「……ミネルバ、生きてるよね?」
やけに大きく聞こえるようになったエメリーの声をよそに、そっと声をかける。果たして、ミネルバは地獄から漏れ聞こえるような声で僕に妖術の解除を求める。
「……うん、できる、と思う。やってみるよ」
無機物に施したときはうまくいった。枝を二又にしただけだけれど、あの時みたいに妖術を紐解くみたいにして――
でも、ミネルバの体内の妖気に吹き飛ばされないくらいに固く圧縮した妖気は、僕が壊そうとしてもびくともしてくれない。
「あ、あれ、おかしいな?……こう、ほぐすように……」
妖気を今一度支配下に置こうとするけれど、一度妖術として発動されて現象を生み出すに至った妖気はもはや僕の妖気ではなくなったのか、思うように動いてくれない。
「……なぁ、これ、治るんだよな?」
「……………ま、まだ、まだ大丈夫。きっとアプローチが悪かったんだよ、うん。ここはわずかな隙間を縫うように内部に妖気を送り込んで、内側から殻を割るように…………」
悪銭格闘して、その結果、ミネルバの毛はさらに伸びた。もはや馬の尻尾。長い毛をぶら下げるミネルバは怒りに体を震わせ始める。
僕はおろおろしながら必死に妖術の解除を試み、ユキメたちにお願いして、最終的にマスターに救援を求めることになった。
「……少し違うことに挑戦してもいい?」
「同情かよ。……辞めろ、俺は無能、もうそれでいいだろ」
「よくないよ。それに、今度はミネルバじゃなくて僕の挑戦なんだ」
お前の?とミネルバは力なく眼だけ動かして僕の方を見る。黄金の瞳に射抜かれながら、僕は自分の計画を伝える。
ほかの相手に妖術をかけることができるようになりたい。それはスズと話しているうちに抱いた思いで、僕は現在こっそりと他人に効果を及ぼす妖術を練習中だった。
スズを狐姿にするための術。けれどそれは遅々として進んでいなかった。何しろ、僕は妖狐。化かすことは得意であっても、相手を化けさせるのは得意じゃない。
なんでも妖狸は妖狐とは違って相手を変身させることが得意とか。まあ、それはないものねだりなのだろうし、妖狸に相談するというのに生理的な嫌悪感があるから無理だった。妖狸にあったことはないけれど、こう、妖狐として魂が拒否しているし、何より妖狸たちがいたずら好きだということを聞いてしまえば協力を求める気になんてならない。
「……そういうわけで、僕が妖術をかけてミネルバを人間に変身させられないか、挑戦したいんだ」
「ふーん、ハクトが俺を、な。まあいいぜ、やってみろよ」
そんな簡単に人の姿になれてたまるか――投げやりなミネルバの快諾を受けて、僕はさっそく抱きかかえるミネルバを変身させることを考える。
目を閉じて、体内の妖気の存在を知覚する。ゆっくりと体の中をめぐる力。どこか抵抗を感じながらもそれを動かし、体外に出してミネルバを包み込む。
その毛皮を人肌に変え、その体を人間のそれに変える――
ただ、ミネルバの体内にある妖気の抵抗が強い。物を使って挑戦した時もそうだったけれど、そのものに存在する妖気が僕の妖気に反発するせいで、妖術は次第に形を失おうとしていく。
それを膨大な妖気で押し込むようにして体を包み込む。妖気を後から後から塗りたくって、硬い殻を作っていく感じだろうか。
そうして妖気でミネルバを覆う。腕の中、毛玉の感覚を塗りつぶし、人肌へ。人へ――
「人化!」
果たして、妖術はミネルバに作用して、そして、その毛を長くした。
まるで毛玉。あるいはライオンの尻尾の先端みたい。茶色の毛はミネルバの顔を覆い隠し、ただの毛むくじゃらに変貌させた。
「……どうなったんだ?」
毛におおわれて見えないからか、ミネルバは声を出して僕に問う。その声も、毛にさえぎられてややくぐもって聞こえる。
ぷっ、と吹き出す音がする。見れば、黒目黒髪、黄褐色の肌を手に入れた、どこか違和感のある姿をしたエメリーがお腹を抱えていた。
「あははははは!ミネルバ、あんたなんて姿になってるのよ!?」
「………………おい、ハクト」
体の芯から凍えるような怒りの声に背筋が伸びる。震えだしそうになる体を意思の力でねじ伏せて、平静を装う。
「な、何かな?」
駄目だ。まったく平静を装えていない。唇がもつれたように動かなくて、声は震えていた。
「俺は、今、どんなすがたになってやがる?」
「ええと……うん、フラフよりも渡り綿毛っぽいかな」
「フラフって、毛玉のやつじゃねぇか!?」
怒りの声を上げたミネルバがバタバタと翼をはばたかせるけれど、もっさりとした体はうまく動かない。その場をもぞもぞと動いているだけになった彼は、しばらくして凍り付いたように沈黙を宿す。
「……ミネルバ、生きてるよね?」
やけに大きく聞こえるようになったエメリーの声をよそに、そっと声をかける。果たして、ミネルバは地獄から漏れ聞こえるような声で僕に妖術の解除を求める。
「……うん、できる、と思う。やってみるよ」
無機物に施したときはうまくいった。枝を二又にしただけだけれど、あの時みたいに妖術を紐解くみたいにして――
でも、ミネルバの体内の妖気に吹き飛ばされないくらいに固く圧縮した妖気は、僕が壊そうとしてもびくともしてくれない。
「あ、あれ、おかしいな?……こう、ほぐすように……」
妖気を今一度支配下に置こうとするけれど、一度妖術として発動されて現象を生み出すに至った妖気はもはや僕の妖気ではなくなったのか、思うように動いてくれない。
「……なぁ、これ、治るんだよな?」
「……………ま、まだ、まだ大丈夫。きっとアプローチが悪かったんだよ、うん。ここはわずかな隙間を縫うように内部に妖気を送り込んで、内側から殻を割るように…………」
悪銭格闘して、その結果、ミネルバの毛はさらに伸びた。もはや馬の尻尾。長い毛をぶら下げるミネルバは怒りに体を震わせ始める。
僕はおろおろしながら必死に妖術の解除を試み、ユキメたちにお願いして、最終的にマスターに救援を求めることになった。
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