上 下
42 / 45

2-14乙女?なエメリー

しおりを挟む
「ちょっといいかしら」

 どこか人目を気にしながらエメリーが僕に声をかけてきたのは、ユキメとのキス計画が明日に迫った水曜日のことだった。
 喫茶ミネルバの定休日を前に、バイト仲間たちはめいめいに気持ちを入れてバイトの準備に向かおうとする中。
 エメリーは素早く僕の手を引っ張って、倉庫の方へと連れて行った。

 ユキメに誤解されないといいなぁと、そう思いながら僕は黙ってついていく。
 姉御なんて呼ぶミネルバではないけれど、正直僕はエメリーが少し苦手だった。それはきっと、大きな蛇という存在に危機感を覚えるからだろう。僕たちのサイズであれば食べるのは困難だろうけれど、正直妖術なしでエメリーに勝てる気がしない。

 倉庫の扉に背中を強く押し付けられ、くぐもった声が漏れる。僕の苦しさには気づいていない様子のエメリーは、少しためらうそぶりを見せながら、その唇をちろりと舐める。
 その様子がやけになまめかしくて、顔が熱くなった。

「その、ね、付き合ってほしいのよ」
「……悪いけど、僕にはユキメがいるんだ」

 ぽかんとしたエメリーは、いつもに比べてずいぶんと幼く見えて。
 次の瞬間、その顔が怒りに染まって、両腕で僕の首を絞めてくる。

「誰かがあんたなんかに告白するのよ!?」
「だ、だって今の……」

 今のが告白じゃなかったらなんだというんだ。どう見てもそういう空気で、そういう言葉だった。
 いや、わかってる。エメリーが僕に惚れるはずがないって。第一僕がユキメ一筋なのを知っているし、ふられると分かっていて告白するタイプではない、はず。
 だから半分冗談、半分本気での回答だったのだけれど、エメリーはひどくお気に召さない様子。
 ようやく腕を話してくれて、僕はせき込みながら涙目でエメリーをにらんだ。

「ようやく誤解を招く言い方だったって理解してくれた?」
「……き、気のせいよ。それより、力を貸しなさい!いえ、協力しなさい!」
「まるで状況をつかめないし、謝罪の一つもなしに協力なんてしたくないよ」

 僕だって怒るときは怒るのだ。そんな意味を込めて睨めば、エメリーは「う」と困った声を上げる。
 やがてしおしおと体から力を抜いて、ぼそりと謝罪する。
 でも、この程度で許したらいつまでもエメリーは成長しない。だから僕は心を鬼にする。

「聞こえないよ?」
「悪い、って言ったのよ!?」

 なんか文句ある、とすごまれて、僕は首を横に振る。許してしまったと気づいた時にはもう遅くて、エメリーは「それでいいのよ」といった顔で何度もうなずいていた。
 実に女王様気質。あるいは姉御と呼ばれるにふさわしい様子だった。
 腕を組みながら僕を見下ろすエメリーはそのまま満足げな顔で踵を返して。

「ちょっと、どうして煙に巻こうとするのよ!?」
「いや、勝手に納得して去って行ってそれはないよね?」

 用事があったことを思い出したらしいエメリーは、勢いよく戻ってくる。ようやく立ち上がった僕の両肩をつかんで揺さぶる。
 勢いよく首が上下に揺れて、背後の扉に後頭部をしたたかに打ち付けて大きな音がした。

「……どうかしたの?」

 気づけば廊下の先からひょっこりと顔をのぞかせたユキメが不思議そうに僕たちを見ていた。改めて自分たちの様子を客観的に見て、ぶわ、と焦りから汗がにじんだ。
 あまりみんなが足を運ばない廊下の先、肩をつかんだエメリーに迫られているような恰好。僕は涙目で、エメリーも怒りのせいで顔が赤く、呼吸が荒い。

「……お邪魔しました?」
「ま、待って――」

 首をかしげながらそそくさと逃げていくユキメに手を伸ばすけれど、彼女はすたすたと去って行ってしまった。
 伸ばした手は虚空をつかみ、心に絶望が這いあがる。

「誤解された……もう駄目だ。僕はおしまいだ。もう死ぬしか――」
「ちょ、ちょっと、落ち着きなさいよ!……っていうか大げさなのよ」
「大げさなもんか!エメリーにはわからないかもしれないけれど、僕にとってはユキメがすべてなんだよ。ユキメがいたから妖狐としてここまでやってこれたんだ。ユキメがいるから、僕は今も神様として頑張っていこうって、そう思えるんだ。ユキメに嫌われたら、僕は、僕は……」

 涙で視界がにじむ。でも、今は泣いている場合ではなかった。
 焦りを胸に乱雑に目元をぬぐってユキメのもとに向かおうとするけれど、エメリーがそれを許してくれない。

「どいてよエメリー。エメリーと誤解されたままじゃあ、僕は……」
「ちょっと、それじゃあまるで私との誤解が最悪だって言っているようなものじゃない」

 きゃんきゃんうるさいエメリーを押しのよけようとするけれど、彼女は体幹が失火しているからか押してもびくともしない。
 焦りのままに肉体強化の妖術を発動する。これ、まだ僕が未熟だからなのか、人間の姿の時に発動すると筋肉痛で大変なことになるんだけれど、今はためらっている場合じゃなかった。
 エメリーを押しのけて行こうとして、その腕が彼女の柔らかなふくらみにあたって。

「~~~~~~~ッ」

 声にならない悲鳴を上げて変化の術を解いたエメリーは、大蛇姿になって僕を締め上げる。
 抵抗は一瞬。筋肉特化のエメリーに生命神の僕が叶うはずもなく、バキバキと嫌な音を聞きながら僕の意識は闇へと落ちていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

異世界でいきなり経験値2億ポイント手に入れました

雪華慧太
ファンタジー
会社が倒産し無職になった俺は再就職が決まりかけたその日、あっけなく昇天した。 女神の手違いで死亡した俺は、無理やり異世界に飛ばされる。 強引な女神の加護に包まれて凄まじい勢いで異世界に飛ばされた結果、俺はとある王国を滅ぼしかけていた凶悪な邪竜に激突しそれを倒した。 くっころ系姫騎士、少し天然な聖女、ツンデレ魔法使い! アニメ顔負けの世界の中で、無職のままカンストした俺は思わぬ最強スキルを手にすることになったのだが……。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

神の使いでのんびり異世界旅行〜チート能力は、あくまで自由に生きる為に〜

和玄
ファンタジー
連日遅くまで働いていた男は、転倒事故によりあっけなくその一生を終えた。しかし死後、ある女神からの誘いで使徒として異世界で旅をすることになる。 与えられたのは並外れた身体能力を備えた体と、卓越した魔法の才能。 だが骨の髄まで小市民である彼は思った。とにかく自由を第一に異世界を楽しもうと。 地道に進む予定です。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界のんびり冒険日記

リリィ903
ファンタジー
牧野伸晃(マキノ ノブアキ)は30歳童貞のサラリーマン。 精神を病んでしまい、会社を休職して病院に通いながら日々を過ごしていた。 とある晴れた日、気分転換にと外に出て自宅近くのコンビニに寄った帰りに雷に撃たれて… ================================ 初投稿です! 最近、異世界転生モノにはまってるので自分で書いてみようと思いました。 皆さん、どうか暖かく見守ってくださいm(._.)m 感想もお待ちしております!

処理中です...