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2-14乙女?なエメリー
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「ちょっといいかしら」
どこか人目を気にしながらエメリーが僕に声をかけてきたのは、ユキメとのキス計画が明日に迫った水曜日のことだった。
喫茶ミネルバの定休日を前に、バイト仲間たちはめいめいに気持ちを入れてバイトの準備に向かおうとする中。
エメリーは素早く僕の手を引っ張って、倉庫の方へと連れて行った。
ユキメに誤解されないといいなぁと、そう思いながら僕は黙ってついていく。
姉御なんて呼ぶミネルバではないけれど、正直僕はエメリーが少し苦手だった。それはきっと、大きな蛇という存在に危機感を覚えるからだろう。僕たちのサイズであれば食べるのは困難だろうけれど、正直妖術なしでエメリーに勝てる気がしない。
倉庫の扉に背中を強く押し付けられ、くぐもった声が漏れる。僕の苦しさには気づいていない様子のエメリーは、少しためらうそぶりを見せながら、その唇をちろりと舐める。
その様子がやけになまめかしくて、顔が熱くなった。
「その、ね、付き合ってほしいのよ」
「……悪いけど、僕にはユキメがいるんだ」
ぽかんとしたエメリーは、いつもに比べてずいぶんと幼く見えて。
次の瞬間、その顔が怒りに染まって、両腕で僕の首を絞めてくる。
「誰かがあんたなんかに告白するのよ!?」
「だ、だって今の……」
今のが告白じゃなかったらなんだというんだ。どう見てもそういう空気で、そういう言葉だった。
いや、わかってる。エメリーが僕に惚れるはずがないって。第一僕がユキメ一筋なのを知っているし、ふられると分かっていて告白するタイプではない、はず。
だから半分冗談、半分本気での回答だったのだけれど、エメリーはひどくお気に召さない様子。
ようやく腕を話してくれて、僕はせき込みながら涙目でエメリーをにらんだ。
「ようやく誤解を招く言い方だったって理解してくれた?」
「……き、気のせいよ。それより、力を貸しなさい!いえ、協力しなさい!」
「まるで状況をつかめないし、謝罪の一つもなしに協力なんてしたくないよ」
僕だって怒るときは怒るのだ。そんな意味を込めて睨めば、エメリーは「う」と困った声を上げる。
やがてしおしおと体から力を抜いて、ぼそりと謝罪する。
でも、この程度で許したらいつまでもエメリーは成長しない。だから僕は心を鬼にする。
「聞こえないよ?」
「悪い、って言ったのよ!?」
なんか文句ある、とすごまれて、僕は首を横に振る。許してしまったと気づいた時にはもう遅くて、エメリーは「それでいいのよ」といった顔で何度もうなずいていた。
実に女王様気質。あるいは姉御と呼ばれるにふさわしい様子だった。
腕を組みながら僕を見下ろすエメリーはそのまま満足げな顔で踵を返して。
「ちょっと、どうして煙に巻こうとするのよ!?」
「いや、勝手に納得して去って行ってそれはないよね?」
用事があったことを思い出したらしいエメリーは、勢いよく戻ってくる。ようやく立ち上がった僕の両肩をつかんで揺さぶる。
勢いよく首が上下に揺れて、背後の扉に後頭部をしたたかに打ち付けて大きな音がした。
「……どうかしたの?」
気づけば廊下の先からひょっこりと顔をのぞかせたユキメが不思議そうに僕たちを見ていた。改めて自分たちの様子を客観的に見て、ぶわ、と焦りから汗がにじんだ。
あまりみんなが足を運ばない廊下の先、肩をつかんだエメリーに迫られているような恰好。僕は涙目で、エメリーも怒りのせいで顔が赤く、呼吸が荒い。
「……お邪魔しました?」
「ま、待って――」
首をかしげながらそそくさと逃げていくユキメに手を伸ばすけれど、彼女はすたすたと去って行ってしまった。
伸ばした手は虚空をつかみ、心に絶望が這いあがる。
「誤解された……もう駄目だ。僕はおしまいだ。もう死ぬしか――」
「ちょ、ちょっと、落ち着きなさいよ!……っていうか大げさなのよ」
「大げさなもんか!エメリーにはわからないかもしれないけれど、僕にとってはユキメがすべてなんだよ。ユキメがいたから妖狐としてここまでやってこれたんだ。ユキメがいるから、僕は今も神様として頑張っていこうって、そう思えるんだ。ユキメに嫌われたら、僕は、僕は……」
涙で視界がにじむ。でも、今は泣いている場合ではなかった。
焦りを胸に乱雑に目元をぬぐってユキメのもとに向かおうとするけれど、エメリーがそれを許してくれない。
「どいてよエメリー。エメリーと誤解されたままじゃあ、僕は……」
「ちょっと、それじゃあまるで私との誤解が最悪だって言っているようなものじゃない」
きゃんきゃんうるさいエメリーを押しのよけようとするけれど、彼女は体幹が失火しているからか押してもびくともしない。
焦りのままに肉体強化の妖術を発動する。これ、まだ僕が未熟だからなのか、人間の姿の時に発動すると筋肉痛で大変なことになるんだけれど、今はためらっている場合じゃなかった。
エメリーを押しのけて行こうとして、その腕が彼女の柔らかなふくらみにあたって。
「~~~~~~~ッ」
声にならない悲鳴を上げて変化の術を解いたエメリーは、大蛇姿になって僕を締め上げる。
抵抗は一瞬。筋肉特化のエメリーに生命神の僕が叶うはずもなく、バキバキと嫌な音を聞きながら僕の意識は闇へと落ちていった。
どこか人目を気にしながらエメリーが僕に声をかけてきたのは、ユキメとのキス計画が明日に迫った水曜日のことだった。
喫茶ミネルバの定休日を前に、バイト仲間たちはめいめいに気持ちを入れてバイトの準備に向かおうとする中。
エメリーは素早く僕の手を引っ張って、倉庫の方へと連れて行った。
ユキメに誤解されないといいなぁと、そう思いながら僕は黙ってついていく。
姉御なんて呼ぶミネルバではないけれど、正直僕はエメリーが少し苦手だった。それはきっと、大きな蛇という存在に危機感を覚えるからだろう。僕たちのサイズであれば食べるのは困難だろうけれど、正直妖術なしでエメリーに勝てる気がしない。
倉庫の扉に背中を強く押し付けられ、くぐもった声が漏れる。僕の苦しさには気づいていない様子のエメリーは、少しためらうそぶりを見せながら、その唇をちろりと舐める。
その様子がやけになまめかしくて、顔が熱くなった。
「その、ね、付き合ってほしいのよ」
「……悪いけど、僕にはユキメがいるんだ」
ぽかんとしたエメリーは、いつもに比べてずいぶんと幼く見えて。
次の瞬間、その顔が怒りに染まって、両腕で僕の首を絞めてくる。
「誰かがあんたなんかに告白するのよ!?」
「だ、だって今の……」
今のが告白じゃなかったらなんだというんだ。どう見てもそういう空気で、そういう言葉だった。
いや、わかってる。エメリーが僕に惚れるはずがないって。第一僕がユキメ一筋なのを知っているし、ふられると分かっていて告白するタイプではない、はず。
だから半分冗談、半分本気での回答だったのだけれど、エメリーはひどくお気に召さない様子。
ようやく腕を話してくれて、僕はせき込みながら涙目でエメリーをにらんだ。
「ようやく誤解を招く言い方だったって理解してくれた?」
「……き、気のせいよ。それより、力を貸しなさい!いえ、協力しなさい!」
「まるで状況をつかめないし、謝罪の一つもなしに協力なんてしたくないよ」
僕だって怒るときは怒るのだ。そんな意味を込めて睨めば、エメリーは「う」と困った声を上げる。
やがてしおしおと体から力を抜いて、ぼそりと謝罪する。
でも、この程度で許したらいつまでもエメリーは成長しない。だから僕は心を鬼にする。
「聞こえないよ?」
「悪い、って言ったのよ!?」
なんか文句ある、とすごまれて、僕は首を横に振る。許してしまったと気づいた時にはもう遅くて、エメリーは「それでいいのよ」といった顔で何度もうなずいていた。
実に女王様気質。あるいは姉御と呼ばれるにふさわしい様子だった。
腕を組みながら僕を見下ろすエメリーはそのまま満足げな顔で踵を返して。
「ちょっと、どうして煙に巻こうとするのよ!?」
「いや、勝手に納得して去って行ってそれはないよね?」
用事があったことを思い出したらしいエメリーは、勢いよく戻ってくる。ようやく立ち上がった僕の両肩をつかんで揺さぶる。
勢いよく首が上下に揺れて、背後の扉に後頭部をしたたかに打ち付けて大きな音がした。
「……どうかしたの?」
気づけば廊下の先からひょっこりと顔をのぞかせたユキメが不思議そうに僕たちを見ていた。改めて自分たちの様子を客観的に見て、ぶわ、と焦りから汗がにじんだ。
あまりみんなが足を運ばない廊下の先、肩をつかんだエメリーに迫られているような恰好。僕は涙目で、エメリーも怒りのせいで顔が赤く、呼吸が荒い。
「……お邪魔しました?」
「ま、待って――」
首をかしげながらそそくさと逃げていくユキメに手を伸ばすけれど、彼女はすたすたと去って行ってしまった。
伸ばした手は虚空をつかみ、心に絶望が這いあがる。
「誤解された……もう駄目だ。僕はおしまいだ。もう死ぬしか――」
「ちょ、ちょっと、落ち着きなさいよ!……っていうか大げさなのよ」
「大げさなもんか!エメリーにはわからないかもしれないけれど、僕にとってはユキメがすべてなんだよ。ユキメがいたから妖狐としてここまでやってこれたんだ。ユキメがいるから、僕は今も神様として頑張っていこうって、そう思えるんだ。ユキメに嫌われたら、僕は、僕は……」
涙で視界がにじむ。でも、今は泣いている場合ではなかった。
焦りを胸に乱雑に目元をぬぐってユキメのもとに向かおうとするけれど、エメリーがそれを許してくれない。
「どいてよエメリー。エメリーと誤解されたままじゃあ、僕は……」
「ちょっと、それじゃあまるで私との誤解が最悪だって言っているようなものじゃない」
きゃんきゃんうるさいエメリーを押しのよけようとするけれど、彼女は体幹が失火しているからか押してもびくともしない。
焦りのままに肉体強化の妖術を発動する。これ、まだ僕が未熟だからなのか、人間の姿の時に発動すると筋肉痛で大変なことになるんだけれど、今はためらっている場合じゃなかった。
エメリーを押しのけて行こうとして、その腕が彼女の柔らかなふくらみにあたって。
「~~~~~~~ッ」
声にならない悲鳴を上げて変化の術を解いたエメリーは、大蛇姿になって僕を締め上げる。
抵抗は一瞬。筋肉特化のエメリーに生命神の僕が叶うはずもなく、バキバキと嫌な音を聞きながら僕の意識は闇へと落ちていった。
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