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4夏の危機
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夏は暑い。夏は動物たちが活発に動く時期で、けれど暑さにやられた僕たちは動きが遅くなってしまい、動物を上手く狩ることができていなかった。
それどころか日に日に暑くなっていく日々の中で、気が付けば動物たちは姿を消してしまっていた。
異常事態だ、とお母さんは言った。
これまで、これほど暑い夏はなかったと。
僕はきっと人間のせいだろうな、と思った。
だって、人間がたくさん物を燃やしているせいで世界が暑くなっているという話を、僕は覚えていたから。
けれど生まれてから目にしたこともない人間へと恨み言を言っている余裕はなかった。
動物たちが森から姿を消して。
僕たちはこの食料不足の中で生きていく必要性があるのだから。
食糧不足のせいで、僕たちはひどくやせ細っていった。
とりわけ症状がひどかったのは、人一倍引っ込み思案な妹だった。
喧嘩をすることなく負けを認めるため、彼女は僕たち全員の妹だった。
そんな彼女は、兄弟姉妹たちとの食料の奪い合いに参戦できず、ほとんどものを食べることなく過ごしていた。
彼女を、お母さんはじっと見つめていた。
これは試練だった。お母さんが、僕たちがどれだけ成長したかを見ていた。
けれど同時に、お母さんは優しい親だから。
僕たちの手に負えないと分かれば、お母さんは絶対についてきちゃだめよ、と言いながら一人で森を下りて行った。
心配で、けれどそれ以上におなかがすいていて、僕たちは必死になって森の中を歩き、食料を探し続けた。
お母さんが何とかしてくれる。
その思いで、僕たちは妹に食料を分け与え、必死に食いつないだ。
それから、二日後。
お母さんが帰ってきた。
その口には白い羽毛と、それから頭の赤色が目立つ鳥が咥えられていた。
鶏を、お母さんはあと三羽、捕まえたのだという。
優しい瞳が、僕たちをとらえて、そうして告げる。
みんなで仲良く分け合いなさい、と。
僕たちは歓喜した。
ずっと食べることのできていなかった肉が、そこにあった。
うれしくて、お母さんの健闘を思えば涙すら出てきた。
僕たちは無我夢中で、お母さんが捕まえたという鶏を食べた。
それは、これまで食べたことのないような美味しい肉だった。
きっと、お母さんの思いというスパイスがかかっているからだと、僕はそんなことを思った。
それから、お母さんはちょくちょく一人で行動しては、食べ物を手に入れてきた。
鶏は、最初だけ。そのあとは、たくさんの野菜を口にぶら下げてお母さんは帰還した。
それらは、僕たちにとってごちそうだった。
たくさんの栄養がつまった野菜は、森の大いなる恵みである果実に等しい甘さだった。
僕は、気づかなかった。考えようともしなかった。
とってもおいしい、これまで食べたことのないようなその食事を、お母さんがどこから、どのように手に入れてきているのかと。
もしそれに気づいていたら、何かが変わっていたのだろうか?
夏の日照りの中、お母さんは寂しそうに空を見上げて目を細めていることが増えた。
ふらっとどこかへ消えて行ってしまうような、そんなはかない空気をまとったお母さんが、小さく息を吐く。
その目は、懐かしい誰かを見ていた。
姉が、お母さんに何を考えているのかを聞いた。
お母さんは、あなたたちのお父さんのことよ、と少し困ったように口にした。
お父さん、と僕たちは母の言葉を繰り返した。
お父さんは、どんな狐だったんだろう。どうしてお父さんはいないのだろう。
これまで疑問に思うことのなかった考えがいくつも僕の口からこぼれて落ちて。
けれど、そんな僕とは異なって、兄弟姉妹は不思議そうに首をかしげながら、純粋無垢な瞳をお母さんに向ける。そして、口を開いた。
お父さんって、何?
考えてみれば、当たり前のことだった。
人間としての記憶を持つ僕は、お父さんという存在を知っている。人間や動物の子どもは、親が一人だけでは生まれることがないと、知っている。
お母さんにも、当然つがいはいたのだ。
そして、今はいない。
お母さんの寂しそうなその顔は、お父さんが出て行ってしまったとか、けんか別れしてしまったとか、そんな話ではないように思えた。
きっと、お父さんは死んでしまったのだ。
兄が動物に食べられてその命となったように、お父さんの命も、ほかの動物へ、そして森へと帰っていったのだろう。
そんなことを僕が思っている間に、お母さんは、お父さんとは何か、という話をし始めていた。
いつか、あなたたちもつがいを得て、私のように子どもたちを育てるのよ?
眩しそうに眼を細めながら、お母さんはそう告げた。
僕たちには、未来があった。
決して明るいとは言えず、確実とは程遠い、自然の中で生きていく未来。
けれど確かに、未来はあった。あるいは、未来は作っていけた。
だから僕たちは、必死に生き延びた。
時には木の根をかじって、葉っぱをかじって、慣れない魚とりもして、生きていった。
お母さんに、僕たちが立派になった姿を見せるために。
僕たち兄弟姉妹の思いは、一致していた。
それどころか日に日に暑くなっていく日々の中で、気が付けば動物たちは姿を消してしまっていた。
異常事態だ、とお母さんは言った。
これまで、これほど暑い夏はなかったと。
僕はきっと人間のせいだろうな、と思った。
だって、人間がたくさん物を燃やしているせいで世界が暑くなっているという話を、僕は覚えていたから。
けれど生まれてから目にしたこともない人間へと恨み言を言っている余裕はなかった。
動物たちが森から姿を消して。
僕たちはこの食料不足の中で生きていく必要性があるのだから。
食糧不足のせいで、僕たちはひどくやせ細っていった。
とりわけ症状がひどかったのは、人一倍引っ込み思案な妹だった。
喧嘩をすることなく負けを認めるため、彼女は僕たち全員の妹だった。
そんな彼女は、兄弟姉妹たちとの食料の奪い合いに参戦できず、ほとんどものを食べることなく過ごしていた。
彼女を、お母さんはじっと見つめていた。
これは試練だった。お母さんが、僕たちがどれだけ成長したかを見ていた。
けれど同時に、お母さんは優しい親だから。
僕たちの手に負えないと分かれば、お母さんは絶対についてきちゃだめよ、と言いながら一人で森を下りて行った。
心配で、けれどそれ以上におなかがすいていて、僕たちは必死になって森の中を歩き、食料を探し続けた。
お母さんが何とかしてくれる。
その思いで、僕たちは妹に食料を分け与え、必死に食いつないだ。
それから、二日後。
お母さんが帰ってきた。
その口には白い羽毛と、それから頭の赤色が目立つ鳥が咥えられていた。
鶏を、お母さんはあと三羽、捕まえたのだという。
優しい瞳が、僕たちをとらえて、そうして告げる。
みんなで仲良く分け合いなさい、と。
僕たちは歓喜した。
ずっと食べることのできていなかった肉が、そこにあった。
うれしくて、お母さんの健闘を思えば涙すら出てきた。
僕たちは無我夢中で、お母さんが捕まえたという鶏を食べた。
それは、これまで食べたことのないような美味しい肉だった。
きっと、お母さんの思いというスパイスがかかっているからだと、僕はそんなことを思った。
それから、お母さんはちょくちょく一人で行動しては、食べ物を手に入れてきた。
鶏は、最初だけ。そのあとは、たくさんの野菜を口にぶら下げてお母さんは帰還した。
それらは、僕たちにとってごちそうだった。
たくさんの栄養がつまった野菜は、森の大いなる恵みである果実に等しい甘さだった。
僕は、気づかなかった。考えようともしなかった。
とってもおいしい、これまで食べたことのないようなその食事を、お母さんがどこから、どのように手に入れてきているのかと。
もしそれに気づいていたら、何かが変わっていたのだろうか?
夏の日照りの中、お母さんは寂しそうに空を見上げて目を細めていることが増えた。
ふらっとどこかへ消えて行ってしまうような、そんなはかない空気をまとったお母さんが、小さく息を吐く。
その目は、懐かしい誰かを見ていた。
姉が、お母さんに何を考えているのかを聞いた。
お母さんは、あなたたちのお父さんのことよ、と少し困ったように口にした。
お父さん、と僕たちは母の言葉を繰り返した。
お父さんは、どんな狐だったんだろう。どうしてお父さんはいないのだろう。
これまで疑問に思うことのなかった考えがいくつも僕の口からこぼれて落ちて。
けれど、そんな僕とは異なって、兄弟姉妹は不思議そうに首をかしげながら、純粋無垢な瞳をお母さんに向ける。そして、口を開いた。
お父さんって、何?
考えてみれば、当たり前のことだった。
人間としての記憶を持つ僕は、お父さんという存在を知っている。人間や動物の子どもは、親が一人だけでは生まれることがないと、知っている。
お母さんにも、当然つがいはいたのだ。
そして、今はいない。
お母さんの寂しそうなその顔は、お父さんが出て行ってしまったとか、けんか別れしてしまったとか、そんな話ではないように思えた。
きっと、お父さんは死んでしまったのだ。
兄が動物に食べられてその命となったように、お父さんの命も、ほかの動物へ、そして森へと帰っていったのだろう。
そんなことを僕が思っている間に、お母さんは、お父さんとは何か、という話をし始めていた。
いつか、あなたたちもつがいを得て、私のように子どもたちを育てるのよ?
眩しそうに眼を細めながら、お母さんはそう告げた。
僕たちには、未来があった。
決して明るいとは言えず、確実とは程遠い、自然の中で生きていく未来。
けれど確かに、未来はあった。あるいは、未来は作っていけた。
だから僕たちは、必死に生き延びた。
時には木の根をかじって、葉っぱをかじって、慣れない魚とりもして、生きていった。
お母さんに、僕たちが立派になった姿を見せるために。
僕たち兄弟姉妹の思いは、一致していた。
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