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1死という虚無

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 ハクト。それが僕の名前だった。
 平凡な少年として生き、そして若くして死んでしまった。
 死因は、病死。
 生まれつき体が弱くて、特に死ぬまでの数年はずっとベッドから離れることができなかった。
 真っ白な壁の、消毒液の香りがする病室で、寂しく過ごした。
 もしかしたら、寂しくはなかったかもしれない。
 病室の外で遊んでいた記憶も、そのほとんどは室内での静かな一人遊び。
 だからきっと、寂しくはなかった。

 病院の二階。
 病室の窓から眺める先には、僕の知らない世界があった。
 病院の中庭で遊んでいる同い年くらいの子どもたちはとても元気で、僕もいつか彼らと一緒に遊べたらいいなと、そう思っていた。
 空を飛んでいく鳥が、綿毛が、うらやましいと思った。僕もそうやって、自由に世界へと羽ばたいていけたらいいのに。

 その思いは、結局かなうことはなかったのだけれど。

 たくさんの後悔があった。やりたいこともあった。
 けれど僕は死んで。

 そして、何もできないまま消えるはずだった。

 ああ、もしも輪廻転生などというものがあるのだとしたら。
 どうか神様、たった一つだけ僕の願いをかなえてくれないだろうか。
 そんなことを考えながら、最後の日の朝方、僕は病室から見える外の世界の、白んでいく空を見ていた。
 お母さんに、どうか一言だけお別れを言いたい。ずっと僕のことを気にかけてくれたお母さん。体の弱かった僕のことを見守ってくれていたお母さん。病院に入院した僕のもとへ一度も足を運んでくれなかったお父さんとは違って、毎日のように僕に会いに来てくれたお母さん。
 お母さんに会いたい。言葉を交わしたい。
 たった一度だけでいい。
 それだけでいいんだ。
 それだけ、で――

 もちろん、やっぱりこの願いもかなうことはなくて。

 そうして、僕は死に。

 けれど気が付けば、僕は世界に存在していた。

 記憶はあった。あちこちに欠けがあって、思い出せないことも多かったけれど。
 僕は確かに人間だった。

 そして今、僕は狐としての生を受けた。
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