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死線
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事の起こりはそこから更に二ヶ月程。
夕方から夜になろうかと言う時間宮中で事件が起きた
宮内の政治官や兵らが駆け回っていた。騒ぎに気が付いて円らも部屋から出た所で話しを聞く
「い、壱様が居なくなって」
「居なくなる??」
「自室に戻り、食事を用意して給使の者が呼びかけたのですが返事が無く、正に部屋から「消えた」と、しかも外に控えた見張りや護衛も誰も部屋から出ていない事を確認して」
「兎に角探せとの事です」
「分った直ぐ行く」
と応えて円も身支度を整え、外で統制した須岐にも話した。だがやはり先ほど聞いた以上の事は無く要領を得ない
「どうするつもりだ?」
「手掛かりらしきモノもありませんので全方位に人を出して山狩りを行います、既に4,5人組みで出立しています」
「宮内には居ないのか?」
「確認しています」
「しかし非効率過ぎるな‥」
「とは云え他に方法が‥」
「壱様の部屋には?入れるか?」
「どうするのです??」
「消えた、最後の場所を捜索するのは基本だ。それに刺客の類にしては妙だ、かどわかされた。誘拐の類なら、何か要求が遅かれ早かれあるだろうし、自ら出たなら何も持たず、も考え難い」
「成る程、分りました、自分も一緒に」
そうして即座に宮中に戻り許可を取って壱の部屋へ踏み込んだ。円も指摘した通り「急に居なくなった」というのは、この地、時代ではあまりに不自然である
そして「干渉」の類も思い出される。だが、手掛かり探し、をするまでもなく入った途端まず円が気が付いた
「何?この香り‥白粉」
「うむ、桃の様な香りがするな、化粧、かの?それに妖気も残っておる」
「何も感じませんが?‥」
「壱様は化粧は‥いや、ある訳ないか」
「??」
「ヤオは分る?」
「うむ、こっちじゃな」とヤオは目を凝らしてテクテク歩いていく、宮の外に再び出た所で北東の山を指した
「多分あっちじゃな」
「分るのですか!?」
「うむ、かなり強烈な気を感じる」
「私にも判ったわ‥、気持ち悪い‥」
「貴女達は一体‥まさか、卑弥呼様の様な千里眼を!?」
「いいえ、生物のなんというか‥熱というかそういうのを感じる事が出来るの、でも特別な能力じゃないわ」
「それも大陸には武芸の様な技術としてあるのですか?」
「そうね、似たような物、でも兎に角、今は壱様の事が優先よ、直ぐに向かう須岐殿は‥」
「で、では馬を持ってきます。」
「分った、私らは先に行く走った方が早いし、あそこの見える?大きな木、あの方向から感じる」
「わ、わかりました直ぐ向かいます既に兵は全員出してしまったので数人になりますが」
「構わない、わ」
として別れ、円らは一旦離れてから跳躍した
「けど何なのかしら?」
「ふん、妖気という事は向こうの世界とは関係ないだろうな」
「どういう事?」
「おそらく、こっちの世界、人界で力を得た者だ。所謂、妖怪、物の怪の類」
「そんなの居るのか‥」
「うむ、逸話にも物語にもあるじゃろ、あれはまるっきり創作ではない」
「それが干渉、か」
「どうする?ホントに先に行くか?」
「そうね、須岐殿は巻き込まない方がいいかも知れない。相手が何者かも判らないし」
「だが、明らかに誘っているな」
「そうなの?」
「ここまで離れて分る、妖気垂れ流しというのはありえん、此処に居るぞ、と呼んでいる」
「確かに、めちゃくちゃ不快な気だ、こんなのを常時発していたら何処にいても分るわね、わざとやっているという事か」
軽身功で駆けて、目的の場所に辿り着いたのは、十分程度だろうか、距離自体は数㎞くらいだ、大木の周囲の少し広さのある場所に上から跳んで地に着地した
即座回りを見渡したが隠れる事も無く、大木の足元に「そいつ」は居た、そして壱も足元に転がっていた。
「女?!」そう思わず円も口に出る。そしてそれは道照らしのヤオの予言通りであった
黒く長い髪、着物、目尻に朱の化粧をした美女であった。だが、着物というには少し違う、それは明らかに中国でよく見る形だ
ここで相手の妖気が収まる、意図して止めたのである
最初に口を開いたのは向こうだった
「流石に早いな、誘いを受けてくれて嬉しいよ」
「やはりな、意図して残したのか」
「ええ」
「では目的は壱様ではないのだな?」
「そうね、こんなのはどうでもいいわ」
「傷つけてないだろうな?」
「そうして欲しいならしてあげるわよ?」
「‥一応聞いておこう、何者だ?目的はなんだ?」
「円とか云ったわね、仙人様。目的は簡単、貴女の命」
「私を知っている?しかも仙人様、か」
「ええ、ある依頼を受けてそうしている。貴女を殺す、あるいは再起不能にする何れかね」
「何者、という所がまだだが」
「そうねぇ、色々呼ばれているので、どれが名前とか何者と云われても困るが、貴女も知ってそうな名前だと「妲己」かしら?」
「!?」
「殷王朝末期の紂王の妃。あの妲己か!?」
「流石仙人様、よくご存知で」
そう、紀元前千年頃の中国皇の妃。帝辛に寵愛され、権勢を操り欲しいままにし酒池肉林の語原となる。酒をそそいで池とし、肉を掛けて林とし男女を裸にして互いに追いかけさせ、長夜の飲をなした、を実際に最初に行ったとされる
史記、列女伝書にも残っており中国で多く知られる、悪女、妖女の代名詞とも置かれる
また封神演義等で千年狐狸精として登場し、物の怪、妖狐の類とも扱われている
「依頼、と言ったが誰の?」
「聞くまでもない、貴女の敵、いえ「達」の敵と云えば一つしかないでしょ?」
「つまり、魔側か‥一応目的は分ったが理由は?」
「理由?」
「依頼を受けた、私を殺す、だがそれは容易か?どんな見返りがある、まさか、暇だからとか言うまい?」
「そうね、確かに、取引した、でどう?」
「条件は?」
「聞いてどうするの?それ以上の物をくれる?」
「出来るかもしれないし出来ないかもしれない、私は、なるべくなら無意味な戦いはしたくない」
「そう‥」
「一応これも聞くが、争うのは御免だ、と云ったらどうする?」
「そうねぇ、この子と大和朝廷とやらを破滅させてもいいわよ?」
そこで円も見切った
「そうか、どうあっても、それを果たすというのだな」
「ええ、逃げても別にいいわよ?」
「破滅させるというなら、見逃す事も出来んな」
そうして円は数歩下がって構えた、それに呼応して相手も足元の壱から離れ左に歩く
「云っておくけど、隙をついて、この子を救出逃亡なんてやめてよね?」
「浚った状況を考えれば先延ばししても殆ど意味はあるまい?どこにも誰にも気づかれず、壱様を浚ったのだ、再びやるのも簡単だろう?ここで納得するまで、あるいは倒し、次を出来なくするしかないわね」
「そういう事よ」
そう互いに云ってジリジリ動いたが
円が進めば相手は離れ、円が下がれば相手も近づくという行動の繰り返しになった
「やらねば収まらない」と言った割りに、だった
およそ10分はその状況が続いただろうか、ここで背後から馬足が聞こえる、そう、早馬で須岐らが到着したのだ
「円殿!」と同時「壱様!」と叫んで飛び降り、護衛兵らも3人降りて剣を構えた
円は片手で制して後ろの味方を止めたが一方相手、妲己は敢えて、余裕の笑みのまま。倒れて居る壱から離れた
「どういうつもり?」
「云ったでしょ「どうでもいい」て、お迎えが来たなら持ってけば?邪魔はしないわよ?」
だが確かにどうでもいいのだろう、彼女からすれば目的は円であって壱ではないのだ
そこで円も「須岐殿」と声を掛け促した、周囲兵は壱に歩み寄り、壱を抱き抱えて下がった
「行って、私はこいつを片付ける」
「は、はっ」と兵らも返して即座に馬にのって走った
が、須岐は残って剣を構えた
「自分もやります」と
「不要よ」
「そうはいきません、壱様をかどわかした相手です」
円も仕方無いなと思った
「分った、だが加勢は要らない、下がって見届ければいい」
「しかし‥」
「云っちゃ悪いけど足手まといよ、人間の剣術等通じる相手じゃない」
「わ、わかりました」
と答えを聞いて円は再び相手に向き直った。が、その瞬間だろうか、ヤオが叫んで云ったのは
「避けろ!円!」と
「え?!」と思うと同時だった、背中に衝撃を受けて、思わず膝を折って前に崩れたのは
「なに!?」としか円も出なかった
地面に蹲って背後を左目で見た。そう、そこに居たのは須岐、彼の持っていた剣が、円の背中、中左に深々と突き刺さっていた
「な、にを‥」そう続けて声を振り絞ったがそれと略同時、嗚咽から血を吐き出した
完全な不意打ち、体を貫通する程では無かったが、呼吸が出来ない、おそらく肺も損傷した、激痛で意識が逸れる
彼は刺した剣を抜き、そのまま数歩後ろによろめく様に歩いてその場に昏倒した
そして妲己はうっすらと笑みを浮かべたままだった。円にも分った、おそらく「操った」彼を、それを裏付けるかの様に妲己も細剣を抜く
「フフ‥あっけなかったわね、仙術を使う前なら、ただの人、そして人同士なら油断する、ズバリだったわ」
「貴、様‥」
妲己は前に走って止めを刺しに行く
瞬きする間に、円の前に消える様な速さで近づいた
咄嗟、硬気功を張って右腕を上げ真上からの剣撃をブロックするが、これで止まらず、前腕部を半分近く刀が侵食
痛みと勢いで耐えられず腕ごと押し込まれ、この一撃は円の右肩と首の中間に刀が食い込んだ
気功、仙術の弱点、呼吸である
これが著しく乱されると本来の効果を発揮しない、ギリギリ手も体も両断されなかったのは効果が半々あったからだ、ほぼ幸運に近い
妲己は円の体に食い込んだ剣を引き戻し
次の一撃を打とうとした
この間、2秒あったかどうかだろう、その瞬間に空気が抜ける肺を押して無理矢理片方で一回だけ呼吸した
妲己の二撃目、眉間への突き、だが、これは到達しなかった。振り上げた体勢のまま、真後ろに吹き飛ばされた
円は一、二秒無い一瞬に咄嗟の判断に近いが自身に残る殆どの気を使って爆裂させる
これで周囲のモノ、妲己も吹き飛ばされ、止めの一撃を避けた
近距離百歩神拳の応用、腕すら振り上げる時間も無い為、全身から発気して相手を吹き飛ばした、これで時間を作った。
だが、戦うどうこうの話しではない、即座に地に伏した状態から脚力を使って後ろに飛んだ
着地のバランスすら取れずそのまま転がった。それを抱くように抱えて支えたのはヤオだった
「円!」
そう、自分には仲間が居る、ほんの少し稼げれば、彼女が居る、と、声すらまともに出なかったので念じて伝えた、最初に会った時の様に
「逃げろ」と
ヤオは円に覆いかぶさるように正面から抱き付き「何か」を唱えた。
「走千山路川越交回土地!」と
円が憶えているのはそこまでだった
そして10秒、だろうか、一転して夜の山林の静かになった空間、先ほどの「死闘」の場から、ようやく、妲己も尻餅をついた状態からゆっくりと立ち上がった
「逃げた、か‥」
右手に構えた細剣をヒュッと払って血を拭い納める。
そう、円らはもう、どこにも居なかった
「まあいい」と言って何事も無かった様に歩いて去った。そうして「また」どこからか声を掛けられる
「今一歩、だったな、だが、期待通りだ」
「まさか使徒ごと抱えて転移出来るとは、ね」
「意外な程、援護に特化した地神ではあるな、だが、使徒の方は生身としては、それ程でもないのも分ったし、回復も早くは無い、それが分ったのは十分な成果だった」
「そう、弱みが分って良かったわね?」
「そうだな」
「しかし、分ったからと言ってどうなるものでもあるまい?そもそも死にはせんし、死から復活まで時間が稼げるという程度だ」
「それは純粋な神だけだ、使徒にそんな力は無い、ベースは人間であるし、今、現実に殺しかかった」
「じゃあ普通に死ぬの?」
「混血に成って、人成らざる治癒力はある、が、回復が追いつかぬ程の致命傷なら死ぬ」
「へぇ‥つまり、即死させるほど、ね」
「そういう事になるが、実際どこまでが致命傷かも分らなかった、何しろ、幾度かのジャンとの戦いでも碌に被弾していない。だが、今の被弾の治りの遅さを見れば、精精常人の数倍。とても肉体的にハイスペックな使徒、とは言い難い」
「けどこっちの使徒、ジャンでも相手に成らぬのだろう?弱い使徒とは言い難いが?」
「戦いを見れば分るが、明らかに「技」の部分で異常な能力、つまり、当人が無限の時間を使って得た修練の結果だ、仙人でありながら使徒等、初の例だろう」
「呆れた奴だ、要するに、修行とかクンフーで自ら人を超えて鍛えた結果で、使徒としての特殊能力で強い訳ではないと」
「そうだ、だから人間は怖い」
「しかし、あいつを処分して、それを果たしてどうする?使徒等勝手に量産すればいいだけだ」
「そうではない、人を使徒にする、これは並大抵の資質では選ばれないし成れない、そして耐えられぬ、百年に一人か二人、現れれば良い方だ、人間は恐ろしく不安定で最弱でもあり最強でもある」
「どうも云ってる事がよく分らないわねぇ‥」
「説明してやるのも面倒だ、だが、その意味で一度処分してしまえばコッチで我らの邪魔する障害、相手の干渉は極端に少なくなる」
「そう‥まあいいわ、私はやる事をやるだけ」
「それで結構」
それだけ云って奴は闇に消えた
(早々死なぬ、と思っていたがそうではないのか‥だが、逃げられた事はいっそ幸運だった、と言えるのかねぇ)
そう心で呟き妲己も闇に消える
夕方から夜になろうかと言う時間宮中で事件が起きた
宮内の政治官や兵らが駆け回っていた。騒ぎに気が付いて円らも部屋から出た所で話しを聞く
「い、壱様が居なくなって」
「居なくなる??」
「自室に戻り、食事を用意して給使の者が呼びかけたのですが返事が無く、正に部屋から「消えた」と、しかも外に控えた見張りや護衛も誰も部屋から出ていない事を確認して」
「兎に角探せとの事です」
「分った直ぐ行く」
と応えて円も身支度を整え、外で統制した須岐にも話した。だがやはり先ほど聞いた以上の事は無く要領を得ない
「どうするつもりだ?」
「手掛かりらしきモノもありませんので全方位に人を出して山狩りを行います、既に4,5人組みで出立しています」
「宮内には居ないのか?」
「確認しています」
「しかし非効率過ぎるな‥」
「とは云え他に方法が‥」
「壱様の部屋には?入れるか?」
「どうするのです??」
「消えた、最後の場所を捜索するのは基本だ。それに刺客の類にしては妙だ、かどわかされた。誘拐の類なら、何か要求が遅かれ早かれあるだろうし、自ら出たなら何も持たず、も考え難い」
「成る程、分りました、自分も一緒に」
そうして即座に宮中に戻り許可を取って壱の部屋へ踏み込んだ。円も指摘した通り「急に居なくなった」というのは、この地、時代ではあまりに不自然である
そして「干渉」の類も思い出される。だが、手掛かり探し、をするまでもなく入った途端まず円が気が付いた
「何?この香り‥白粉」
「うむ、桃の様な香りがするな、化粧、かの?それに妖気も残っておる」
「何も感じませんが?‥」
「壱様は化粧は‥いや、ある訳ないか」
「??」
「ヤオは分る?」
「うむ、こっちじゃな」とヤオは目を凝らしてテクテク歩いていく、宮の外に再び出た所で北東の山を指した
「多分あっちじゃな」
「分るのですか!?」
「うむ、かなり強烈な気を感じる」
「私にも判ったわ‥、気持ち悪い‥」
「貴女達は一体‥まさか、卑弥呼様の様な千里眼を!?」
「いいえ、生物のなんというか‥熱というかそういうのを感じる事が出来るの、でも特別な能力じゃないわ」
「それも大陸には武芸の様な技術としてあるのですか?」
「そうね、似たような物、でも兎に角、今は壱様の事が優先よ、直ぐに向かう須岐殿は‥」
「で、では馬を持ってきます。」
「分った、私らは先に行く走った方が早いし、あそこの見える?大きな木、あの方向から感じる」
「わ、わかりました直ぐ向かいます既に兵は全員出してしまったので数人になりますが」
「構わない、わ」
として別れ、円らは一旦離れてから跳躍した
「けど何なのかしら?」
「ふん、妖気という事は向こうの世界とは関係ないだろうな」
「どういう事?」
「おそらく、こっちの世界、人界で力を得た者だ。所謂、妖怪、物の怪の類」
「そんなの居るのか‥」
「うむ、逸話にも物語にもあるじゃろ、あれはまるっきり創作ではない」
「それが干渉、か」
「どうする?ホントに先に行くか?」
「そうね、須岐殿は巻き込まない方がいいかも知れない。相手が何者かも判らないし」
「だが、明らかに誘っているな」
「そうなの?」
「ここまで離れて分る、妖気垂れ流しというのはありえん、此処に居るぞ、と呼んでいる」
「確かに、めちゃくちゃ不快な気だ、こんなのを常時発していたら何処にいても分るわね、わざとやっているという事か」
軽身功で駆けて、目的の場所に辿り着いたのは、十分程度だろうか、距離自体は数㎞くらいだ、大木の周囲の少し広さのある場所に上から跳んで地に着地した
即座回りを見渡したが隠れる事も無く、大木の足元に「そいつ」は居た、そして壱も足元に転がっていた。
「女?!」そう思わず円も口に出る。そしてそれは道照らしのヤオの予言通りであった
黒く長い髪、着物、目尻に朱の化粧をした美女であった。だが、着物というには少し違う、それは明らかに中国でよく見る形だ
ここで相手の妖気が収まる、意図して止めたのである
最初に口を開いたのは向こうだった
「流石に早いな、誘いを受けてくれて嬉しいよ」
「やはりな、意図して残したのか」
「ええ」
「では目的は壱様ではないのだな?」
「そうね、こんなのはどうでもいいわ」
「傷つけてないだろうな?」
「そうして欲しいならしてあげるわよ?」
「‥一応聞いておこう、何者だ?目的はなんだ?」
「円とか云ったわね、仙人様。目的は簡単、貴女の命」
「私を知っている?しかも仙人様、か」
「ええ、ある依頼を受けてそうしている。貴女を殺す、あるいは再起不能にする何れかね」
「何者、という所がまだだが」
「そうねぇ、色々呼ばれているので、どれが名前とか何者と云われても困るが、貴女も知ってそうな名前だと「妲己」かしら?」
「!?」
「殷王朝末期の紂王の妃。あの妲己か!?」
「流石仙人様、よくご存知で」
そう、紀元前千年頃の中国皇の妃。帝辛に寵愛され、権勢を操り欲しいままにし酒池肉林の語原となる。酒をそそいで池とし、肉を掛けて林とし男女を裸にして互いに追いかけさせ、長夜の飲をなした、を実際に最初に行ったとされる
史記、列女伝書にも残っており中国で多く知られる、悪女、妖女の代名詞とも置かれる
また封神演義等で千年狐狸精として登場し、物の怪、妖狐の類とも扱われている
「依頼、と言ったが誰の?」
「聞くまでもない、貴女の敵、いえ「達」の敵と云えば一つしかないでしょ?」
「つまり、魔側か‥一応目的は分ったが理由は?」
「理由?」
「依頼を受けた、私を殺す、だがそれは容易か?どんな見返りがある、まさか、暇だからとか言うまい?」
「そうね、確かに、取引した、でどう?」
「条件は?」
「聞いてどうするの?それ以上の物をくれる?」
「出来るかもしれないし出来ないかもしれない、私は、なるべくなら無意味な戦いはしたくない」
「そう‥」
「一応これも聞くが、争うのは御免だ、と云ったらどうする?」
「そうねぇ、この子と大和朝廷とやらを破滅させてもいいわよ?」
そこで円も見切った
「そうか、どうあっても、それを果たすというのだな」
「ええ、逃げても別にいいわよ?」
「破滅させるというなら、見逃す事も出来んな」
そうして円は数歩下がって構えた、それに呼応して相手も足元の壱から離れ左に歩く
「云っておくけど、隙をついて、この子を救出逃亡なんてやめてよね?」
「浚った状況を考えれば先延ばししても殆ど意味はあるまい?どこにも誰にも気づかれず、壱様を浚ったのだ、再びやるのも簡単だろう?ここで納得するまで、あるいは倒し、次を出来なくするしかないわね」
「そういう事よ」
そう互いに云ってジリジリ動いたが
円が進めば相手は離れ、円が下がれば相手も近づくという行動の繰り返しになった
「やらねば収まらない」と言った割りに、だった
およそ10分はその状況が続いただろうか、ここで背後から馬足が聞こえる、そう、早馬で須岐らが到着したのだ
「円殿!」と同時「壱様!」と叫んで飛び降り、護衛兵らも3人降りて剣を構えた
円は片手で制して後ろの味方を止めたが一方相手、妲己は敢えて、余裕の笑みのまま。倒れて居る壱から離れた
「どういうつもり?」
「云ったでしょ「どうでもいい」て、お迎えが来たなら持ってけば?邪魔はしないわよ?」
だが確かにどうでもいいのだろう、彼女からすれば目的は円であって壱ではないのだ
そこで円も「須岐殿」と声を掛け促した、周囲兵は壱に歩み寄り、壱を抱き抱えて下がった
「行って、私はこいつを片付ける」
「は、はっ」と兵らも返して即座に馬にのって走った
が、須岐は残って剣を構えた
「自分もやります」と
「不要よ」
「そうはいきません、壱様をかどわかした相手です」
円も仕方無いなと思った
「分った、だが加勢は要らない、下がって見届ければいい」
「しかし‥」
「云っちゃ悪いけど足手まといよ、人間の剣術等通じる相手じゃない」
「わ、わかりました」
と答えを聞いて円は再び相手に向き直った。が、その瞬間だろうか、ヤオが叫んで云ったのは
「避けろ!円!」と
「え?!」と思うと同時だった、背中に衝撃を受けて、思わず膝を折って前に崩れたのは
「なに!?」としか円も出なかった
地面に蹲って背後を左目で見た。そう、そこに居たのは須岐、彼の持っていた剣が、円の背中、中左に深々と突き刺さっていた
「な、にを‥」そう続けて声を振り絞ったがそれと略同時、嗚咽から血を吐き出した
完全な不意打ち、体を貫通する程では無かったが、呼吸が出来ない、おそらく肺も損傷した、激痛で意識が逸れる
彼は刺した剣を抜き、そのまま数歩後ろによろめく様に歩いてその場に昏倒した
そして妲己はうっすらと笑みを浮かべたままだった。円にも分った、おそらく「操った」彼を、それを裏付けるかの様に妲己も細剣を抜く
「フフ‥あっけなかったわね、仙術を使う前なら、ただの人、そして人同士なら油断する、ズバリだったわ」
「貴、様‥」
妲己は前に走って止めを刺しに行く
瞬きする間に、円の前に消える様な速さで近づいた
咄嗟、硬気功を張って右腕を上げ真上からの剣撃をブロックするが、これで止まらず、前腕部を半分近く刀が侵食
痛みと勢いで耐えられず腕ごと押し込まれ、この一撃は円の右肩と首の中間に刀が食い込んだ
気功、仙術の弱点、呼吸である
これが著しく乱されると本来の効果を発揮しない、ギリギリ手も体も両断されなかったのは効果が半々あったからだ、ほぼ幸運に近い
妲己は円の体に食い込んだ剣を引き戻し
次の一撃を打とうとした
この間、2秒あったかどうかだろう、その瞬間に空気が抜ける肺を押して無理矢理片方で一回だけ呼吸した
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円は一、二秒無い一瞬に咄嗟の判断に近いが自身に残る殆どの気を使って爆裂させる
これで周囲のモノ、妲己も吹き飛ばされ、止めの一撃を避けた
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だが、戦うどうこうの話しではない、即座に地に伏した状態から脚力を使って後ろに飛んだ
着地のバランスすら取れずそのまま転がった。それを抱くように抱えて支えたのはヤオだった
「円!」
そう、自分には仲間が居る、ほんの少し稼げれば、彼女が居る、と、声すらまともに出なかったので念じて伝えた、最初に会った時の様に
「逃げろ」と
ヤオは円に覆いかぶさるように正面から抱き付き「何か」を唱えた。
「走千山路川越交回土地!」と
円が憶えているのはそこまでだった
そして10秒、だろうか、一転して夜の山林の静かになった空間、先ほどの「死闘」の場から、ようやく、妲己も尻餅をついた状態からゆっくりと立ち上がった
「逃げた、か‥」
右手に構えた細剣をヒュッと払って血を拭い納める。
そう、円らはもう、どこにも居なかった
「まあいい」と言って何事も無かった様に歩いて去った。そうして「また」どこからか声を掛けられる
「今一歩、だったな、だが、期待通りだ」
「まさか使徒ごと抱えて転移出来るとは、ね」
「意外な程、援護に特化した地神ではあるな、だが、使徒の方は生身としては、それ程でもないのも分ったし、回復も早くは無い、それが分ったのは十分な成果だった」
「そう、弱みが分って良かったわね?」
「そうだな」
「しかし、分ったからと言ってどうなるものでもあるまい?そもそも死にはせんし、死から復活まで時間が稼げるという程度だ」
「それは純粋な神だけだ、使徒にそんな力は無い、ベースは人間であるし、今、現実に殺しかかった」
「じゃあ普通に死ぬの?」
「混血に成って、人成らざる治癒力はある、が、回復が追いつかぬ程の致命傷なら死ぬ」
「へぇ‥つまり、即死させるほど、ね」
「そういう事になるが、実際どこまでが致命傷かも分らなかった、何しろ、幾度かのジャンとの戦いでも碌に被弾していない。だが、今の被弾の治りの遅さを見れば、精精常人の数倍。とても肉体的にハイスペックな使徒、とは言い難い」
「けどこっちの使徒、ジャンでも相手に成らぬのだろう?弱い使徒とは言い難いが?」
「戦いを見れば分るが、明らかに「技」の部分で異常な能力、つまり、当人が無限の時間を使って得た修練の結果だ、仙人でありながら使徒等、初の例だろう」
「呆れた奴だ、要するに、修行とかクンフーで自ら人を超えて鍛えた結果で、使徒としての特殊能力で強い訳ではないと」
「そうだ、だから人間は怖い」
「しかし、あいつを処分して、それを果たしてどうする?使徒等勝手に量産すればいいだけだ」
「そうではない、人を使徒にする、これは並大抵の資質では選ばれないし成れない、そして耐えられぬ、百年に一人か二人、現れれば良い方だ、人間は恐ろしく不安定で最弱でもあり最強でもある」
「どうも云ってる事がよく分らないわねぇ‥」
「説明してやるのも面倒だ、だが、その意味で一度処分してしまえばコッチで我らの邪魔する障害、相手の干渉は極端に少なくなる」
「そう‥まあいいわ、私はやる事をやるだけ」
「それで結構」
それだけ云って奴は闇に消えた
(早々死なぬ、と思っていたがそうではないのか‥だが、逃げられた事はいっそ幸運だった、と言えるのかねぇ)
そう心で呟き妲己も闇に消える
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吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
東洲斎写楽の懊悩
橋本洋一
歴史・時代
時は寛政五年。長崎奉行に呼ばれ出島までやってきた江戸の版元、蔦屋重三郎は囚われの身の異国人、シャーロック・カーライルと出会う。奉行からシャーロックを江戸で世話をするように脅されて、渋々従う重三郎。その道中、シャーロックは非凡な絵の才能を明らかにしていく。そして江戸の手前、箱根の関所で詮議を受けることになった彼ら。シャーロックの名を訊ねられ、咄嗟に出たのは『写楽』という名だった――江戸を熱狂した写楽の絵。描かれた理由とは? そして金髪碧眼の写楽が江戸にやってきた目的とは?
籠中の比翼 吉原顔番所同心始末記
紅侘助(くれない わびすけ)
歴史・時代
湯飲みの中に茶柱が立つとき,男は肩を落として深く溜息をつく ――
吉原大門を左右から見張る顔番所と四郎兵衛会所。番所詰めの町方同心・富澤一之進と会所の青年・鬼黒。二人の男の運命が妓楼萬屋の花魁・綾松を中心に交差する。
男たちは女の肌に秘められた秘密を守ることができるのか。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
我らの輝かしきとき ~拝啓、坂の上から~
城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
講和内容の骨子は、以下の通りである。
一、日本の朝鮮半島に於ける優越権を認める。
二、日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤退する。
三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。
四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。
五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。
六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。
そして、1907年7月30日のことである。
よあけまえのキミへ
三咲ゆま
歴史・時代
時は幕末。二月前に父を亡くした少女、天野美湖(あまのみこ)は、ある日川辺で一枚の写真を拾った。
落とし主を探すべく奔走するうちに、拾い物が次々と縁をつなぎ、彼女の前にはやがて導かれるように六人の志士が集う。
広がる人脈に胸を弾ませていた美湖だったが、そんな日常は、やがてゆるやかに崩れ始めるのだった。
京の町を揺るがす不穏な連続放火事件を軸に、幕末に生きる人々の日常と非日常を描いた物語。
永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
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