混血の守護神

篠崎流

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神風

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一連の連合側の策の展開は速かった

ホウ統の曹操側への潜入から自身の見識を披露し曹操も彼を認め、未だどこにも召抱えられていない事から陣営に招きたいと願った

そしてホウ統が最初に行ったのが「連環の計」曹操軍は軍船と陸基地に住家を分けたが、ただの川とは違い大きく、海の様に流れが有りながら波がある

それゆえ軍内に船酔いに成る者が出て体調の悪化から病に拍車を掛けたここで

「巨大軍船と言っても、これを回避することは出来ない。船その物を生活住居と併用するのであれば、船同士を鉄の輪で繋ぎ乱れを少なくしてはどうか」

との進言に良を出し、実際船同士を繋いで固定した。無論、参謀らで一部止める者も居たが曹操はこれを入れず

「流石、鳳雛先生だ」と褒め称えた

実際、軍内の船酔いが収まったのだから尤もにも見えるが此れ自体策略である

曹操は先にも述べた通り、あらゆる面に置いて高い能力と才能を備える、万能の人、と言っても誰も否定は出来ないだけの物はある。だが、まるで欠点が無く、弱点が無い訳でもない

一つがこのホウ統を重く用いた事

「それが優れていればどういう人間であっても用いる」に起因する。逆に言えば、人との付き合いの長さや、信用度を問題にしない傾向がある

本来なら開戦途中に現れ、まだ碌に交流も無い人間を信じはしないだろう

実際、呂布を捕らえた後

「俺が騎馬、お前が歩兵を率いれば無敵だったろう」という半ばグチの様な呂布の恨み言に「確かにそうだな」と思い。縛を解いて自軍に加えようとした事すらある程だ

これに代表される様に、激しく争い自身の重臣を損なったり、激しく罵倒した相手ですら「此処が優れて居る」「殺すには惜しい」として親族の仇ですら幕下に加えた事すらある、こうした「基準」が謀略に掛かる原因ともなった

二つが、どちらかと云えば彼は王と成って以降は王座に構えて居るか、後方に控えた方が良かったとも云える

三国志の初期から中期は彼の独壇場に近い活躍だが最初の挙兵からの戦いは劣勢戦力が多かった

最大勢力袁紹を十対一の戦力差で少数騎兵や奇襲、後方支援の遮断等で打ち破り、覇権を握った様に、劣勢の方が結果を出して来たが三国志後期では大兵力を率いて苦杯を舐める事が多い

人事も政治も秀でて、戦略家でもあるのだから事此処に至って自ら前線司令官を張る必要も無く、有能な提督が多く居るのだから「任せてよかった」とも云える

三つに、一,二に関連した事でもあるが
彼の覇業の多くを支え、信頼した軍師「郭嘉」が30代で病没したこと。劉備に孔明、孫に周喩の様に最大の信頼と能力を備える軍略家が彼には居なかった

もし彼が生きて従軍していればこの結果は無かったとすら言われる人物で、赤壁の後、曹操自身が「郭嘉が生きていれば‥」とふり返った程である

実際、袁紹との戦いの前に「袁紹が北に勢力を伸ばす間に呂布を討つべし」としこれを成し

「袁紹十敗、曹操十勝」を挙げ劣勢戦力でも必ず勝てると断言し決戦に挑み勝利し、その後袁紹の息子二人の分裂も言い当て、これを北伐と共に行い討伐した

彼の死に際し、葬儀の場で「郭嘉に後事を託すつもりだった」と多くの部下の前で宣言して泣いた程信頼と寵愛を向けた軍師で、曹操より二十も若く、軍の参謀の中で最も若い駿才であった

今回の周喩の策も彼が生きていれば曹操も軽々しくホウトウの言を入れなかったし諌めれば納得しただろう、ある意味、これも「時期」の面で悪かったとも言える

そこから一月を待たず戦局は動く

周喩と古参将、黄蓋の衝突、都督でもある周喩は黄蓋の意見、作戦への批判、これを許さず棒刑に処す。所謂百叩きで厳しく皆の前で罰した

これを恨みに思った黄蓋は曹操に手紙を認め帰順を申し出る。前後の事情を知った曹操も此れを疑わず彼を受け入れる

黄蓋を信じた曹操は、やって来た黄蓋の船団を喜んで迎え入れた。しかしその船には草や藁が満載されており曹操がそれに気づいたときには時すでに遅し

枯れ草に火をかけた船団が突っ込み、沿岸の港と共に曹操の船団に一気に燃え広がる

「連環計」で船同士を繋いでいた曹操軍は飛び火をどうする事も出来ず散会も出来ぬまま殆どの船を消失

これに呉軍、主戦力が後を追う様に仕掛けて曹操軍を大混乱の陥れた

そして「詰め」の部分、諸葛は南東に壇を作り、祈祷を始めると南東から北西に向かう強風がふきこの火計は陸陣にまで燃え広がった

略何も出来ず曹操軍は敗退既に撤退以外の手段が無かった


諸葛亮に付き添っていた円も唖然だ。彼が祈祷を始めて半刻、突如として南東からの山風が吹き火計の効果を倍化させたのだ

「嘘でしょ‥」としか言いようが無い

仙術でも気候を操るなどありえない。正に、人成らざる者の所業である、と円ですら思った、彼女がそう思ったのだから他の者は余計そうなるだろう

これには正史には記載が無いのだが、呉書周喩伝には「黄蓋が火攻めを提案し攻撃を仕掛けたところ、折りよく吹いた強風に煽られ、大火が曹操軍の船団から対岸の軍営地までも焼いた」と記される

孔明の神風は、諸説色々あるが4つの説がある

1、孔明は天文暦学に精通していたので、星の動き暦から風向きを観測できた

2、10月の小春日和に南東風が吹くことを知っていた

3、地元の漁師にドジョウが腹を見せたら南東風が吹くと教えてもらった

4、暖冬の年には長江の地形では山谷風が吹く、これを知って吹かせた様に見せた

等である

そして「火計なら風」と詰めを自らの建策で請け負った孔明の策はもう一つある。風が起き、曹操軍を敗退させたその意気に上がる呉、その場から直ぐに山を降り川沿いに逃れた

其の勝利に沸く中で、周喩はまず孔明を真っ先に探した。そう「人成らざる者の所業」

彼は、彼もこう思った「風を狙った通り起こす等ありえん」そして元々孔明を警戒し後の戦いで最大の強敵に成ると考えていた。故に「孔明を捕らえろ」と部隊を追っ手に差し向ける

呉に居る間に処分しなくてはならない、とまで思ったのである。そして孔明も円に注意喚起を受けた様に周喩の内心を知り、この策を自ら提案し、呉の主戦から離れる口実を作りつつ逃れる事を図ったのである

長江の川に沿って徒歩で南西へ、夜の移動なら、十分逃れられる、そちらは劉埼が守る夏口の港もある

ここで深夜、孔明が本軍に指示した策の1つ目が分る、長江から劉備軍の援軍であるが、劉備軍の迎えに来る船、到着予定地点に出る前に

周喩の追っ手に追いつかれて囲まれる事になる、流石に孔明も不味いと思った

「困りましたね‥思ったより相手の方が早い、戦勝と追撃の騒ぎの中なら余裕を持って逃れられると思ったのですが‥」
「何より優先して孔明先生を潰しにきた訳ね、妥当と云えば妥当だけど」
「こうなっては仕方ありません、予定場所とズレますがもう少し南に逃れましょう」
「いえ、それだと貴方を回収出来なくなる可能性のが上がる」
「しかし‥」

「護衛、が居るのだから予定の場所まで守るわ」
「確かに護衛でもお願いしましょうか、とは言いましたが‥」
「問題ないわ、それにこれは私の目的でもある」
「つまり、こう成る事を分っていた、故に傍に居た、という事ですか」

流石に孔明は鋭い、めったな事を言うものではないな、とも思ったが

同時、彼は円の領分を冒しはしない、実際ずっとそうだ。円の進言も敢えて円のモノとせず自身の意見として出したし、曹操側に乗り込んだ際も、それを否定しなかった、だから円もこう返して認めた

「そう、貴方が此処で死ぬ事に成ると後の世が大きく変わる、だから、私はそれを防ぐのが役目よ」
「やはりそうでしたか、何らかの意味がある、とは思っていましたが」
「流石に孔明先生は慧眼ね」
「いえ、予測していた訳ではありませんが」
「それは?」

「どの様な者であろうとも「理由無き行動」はありません。まして円殿は仙術の師、余人の及ばぬ深い理由があって私ら等の傍に居たのでは?そう漠然と思っていただけの事です」
「成る程ね‥でも、確かにそうだわ、その行動が良でも愚でも突き詰めればかならず理由がある」
「左様です、曹操にしろ劉備殿にしろ、事の大小に関わらず、そう動く理由があります」

「曹操は実力と才能に溢れる、だから天下を取れる、劉備殿は世の乱れを収める、故に覇者と対抗する、戦いは同じでも、其々必ず目的と理由がある、ね」
「はい」

そこでヤオも声を掛け話しを区切った

「哲学論はその辺にして孔明殿は逃れた方が良い、あまり余裕をかましている状況ではないぞ」
「そうね、ヤオは孔明先生をお願い、後ろから来る連中の足止めするわ」
「分った」

最後に一言、孔明も云って足早に離れた

「また、どこかで会える事を願って」
「ええ、また」

ヤオは分身を使って孔明と円、両方に付いた

「どっちも離れるわけにもいかんしの」
「便利よね‥」

周囲は沿岸の森、というより雑木林、まだ暗く、視界も悪いが円にはどうと云う事は無い、相手の姿がまばらに見えた所で既に察知した

「二百以下ね、大した事もないわ、それと紛れている奴も居る」
「分るのか??」
「ええ、気質が僅かに妙な奴が居る、封印は任せた」
「うむ、向こうの使徒は分るか?」
「いえ、残念ながらジャンは居たとしても簡単には判らないわ、人と質に違いが無い」
「そうかでは、上に居る」
「ええ」

ヤオは上空へ上がって待機
円はそのまま追っ手の軍を堂々と姿を晒して待った

相手は正規軍、騎馬中心の追撃隊で円の述べた通りキッチリ2百以下、百八十名、とうせんぼする様に道の真ん中に立って相手集団を停止させた

「お前は‥確か」
「ええ、諸葛亮殿の従者護衛、でも、もう帰った方がいい彼は逃れたわ」
「それを信じるとでも思うのか?」
「でしょうね」

そこまで云って呉兵も話しを切った

「構うな、たかが女一人だ」そうして指示を出し馬を走らせようとしたが、瞬間、馬が嘶き激しく前足を上げて止まる。それで馬上の騎手もバランスを崩して地に落ちる

円は通りすがって進もうとする馬のしっぽをひっぱり、相手を止めると同時に自身に対象を向ける

「貴様!」と相手集団も怒って威圧したが何時もの事だ

「悪いけど、通してやる訳にはいかない」
「おのれ‥」

相手集団は咄嗟、槍を構えて円を囲む、これも何時もの事だ、だが、今回に限っては少々事情が違う

兵の質、耀の一騎当千の場面の様にこの時期でも民兵ならば徴用兵であり、望んでやっている場合は少なく弱い、当時の兵は、割り当て制で、どこどこの家から一人出すように、と云った感じで強制が多い

しかも後の分田の様に、当事者が逃げればその家の家族が責任を負ったりする

武器も防具も支給される事もあまり無く、持ち出しが多いが、今回に限っては、専属選抜兵である個々の能力、装備面で烏合の衆ではない

尤も、それで円の相手になる訳ではないが。既に仙術すらも頂点に居た円に「人間」でどうにか成る訳もない

周囲を囲って動き、体勢が整って一斉に歩兵は槍を突き出すが、円は自らの腰にベルトのように巻いた「重ね紐」を両手で同時に一本づつ引いて抜き、自身は右にコマの様に回転して7本の突きをかわす

略同時、円を囲った兵が「何か」に殴りとつけられ横倒しに昏倒する

そのまま円は跳躍して囲みを抜けて降り立ち、再び遠くで集団の道をとうせんぼする

「な、なにが?!」としか兵らも云えなかった

円は直立のまま、左右の手で何かを回す「ヒュンヒュン」という風切り音で分った者も居る。そう、かねてから修練していた「流星錘」である

円の場合、ただの流星錘では無い、色も黒、鎖で無く皮ひもを捻って2重にした物だ、錘も小さい鉛球で暗闇ならマズ見えない、大人数なら、とこれを選択してここで使う事と成った

珍しくはあるが、元々本土にある物だ、兵らは盾兵と変わって、半包囲前進してくる

流星錘は、槍や剣とは違い、それ程強烈な武器でも無く先がナイフの物と違い防ぐのは難しくないと思われた

円は迫り来る相手に構わず流星錘でそのまま挑んだ、体の上さえ盾で防御すれば、どうという事もない

が、一定の距離入った兵が次々背中や足に打撃を受けてその場に崩れ落ちる、そう、防げないのである

流星錘の特徴は錘に紐や鎖が付いている点、ただの投擲武器で無く、自身のコントロールで軌道を操ったり止めたり、ダメージの加減すら出来る、だからこれを選んだ

そして円の技術も既に極みというレベルでない、両手で玉を目隠しで操れる上に、針に刺して立てた豆を狙って当てる程の腕前

相手の防御の無い部分に紐を操り、誘導して当てて戦闘不能にするなど朝飯前だ

五分も経たず追っ手兵を五十打って倒した、こうなると向こうもどうしようもなく、構えたままジリジリ下がって後退していく事と成った

それを見送って円は両手で振り回した錘を縦から横に変化させそのまま腰、紐を巻き付けて元の場所に戻して構えを解いた。が、そのまま去らず直立で待った

そう「魔」に会っていない、だが、円が最初に云った通りどこに居るかは判っている。だから兵団が居なくなって誰も居ないハズの暗闇の雑木林に向けて云った

「分っているぞ、出て来い」と

瞬間、木々の上から何かが跳び、飛来して円の「上」から来る、同時の槍を構えて頭上からの突き下ろし

が、勝負は一瞬だった

円は頭に向けて突き下ろされる一撃を軽くを右に90度回転してかわす、槍はそのままの勢いで地面に深く刺さったがそれだけだった

略同時、回ってかわした勢いのまま左掌打を相手の胸に打ち込んで、相手はそのまま両膝から崩れ、仰向けに痙攣する様に昏倒した

強くは打っていない、軽く心の臓を叩いて同時周囲の気脈を絶って、本体を行動不能にしつつ、憑依した「奴」をひっぱり出しだだけだ

「引っ張り出しただけ」の通り仰向けの兵から霧が出るそしてこれも略同時「上」に吸い込まれて上空で待機したヤオに退魔術を食らって宝玉に封印、完了と成った

「やれやれ、今回のは何?」

陸で再会した二人は今回の「敵」を見た

「一回目、お主の最初のお役目と似たようなもんだな、下種も下種じゃな」
「例の幽霊みたいなのか」
「じゃな」
「流石にもう楽勝もいいところね」
「ま、どっちにしろ、もうお主の強さが尋常ではないしの、何が来ても大して苦労せんじゃろ」

何しろ逆側の使徒、本来なら強敵であるはずのジャンですら、加減して戦力だけ奪い抑える程の強さである、現世で相手に成る者すらもう居ないだろう

「道は?」
「無し、一本に戻った終わりじゃ、分けた方のウチも孔明殿を見送って離れた」
「そっか、良かった」
「そじゃな、行こう」
「ええ」

円とヤオはそのまま飛び去ってこの地を離れる

「あれが向こうの使徒か‥」

そう一連の流れを隠れ観察した者が呟いた

「ジャンでも相手にならぬのも仕方無い、と言えるかもしれないねぇ」

雑木林の闇の中から蜃気楼の様に姿を現した。「女」は飛び去った二人の背中を見送った、白面、長い黒髪の美しい、赤い着物の女性

「勝てるか?」
「まともにやったら無理だろうね‥仙人ともあらばこっちの天敵に近い、まして使徒なら生命力も尋常じゃないだろ?」
「しかも神仏と混じっている」
「‥だが、幸いにして一人だ、向こうの主は大した事無いんだろ?」
「術は多く使うが戦闘力は極めて低い」
「そうか、だが、こっちも準備なり策が要るね」
「いいだろう、好きにしろ、時間はまだある」
「わかった」

「分っているとは思うが」
「ええ‥それも分ってる、裏切りはしないよ、第一、アンタは弱みを握っているだろ?」
「結構」

として「闇」の者は再び暗闇に消えた

(貴様だって下っ端だろうが‥)と女は吐き捨てて後に続いた
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