混血の守護神

篠崎流

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逃亡

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円と耀の脱出は最初は上手く行ったが、それは精精一日だろう、馬もずっと走れる訳ではないし、どんな名馬でも

そして彼の立場からすれば居なくなった、のに気がつかれるのもそう掛からない、時間稼ぎ程度のモノでしかなかった

二人は馬が疲労したら下り、自身の足で歩きまた、回復したら乗って進むの繰り返しである

そして時間稼ぎ、が成功したのは翌日の朝までで、二人が出てから10時間が精精だった

任務に出てこない耀を迎えに下の者が円の泊まった宿に向かうが、そこはもぬけの空、砦官舎の部屋の荷物も無くもぬけの空。

そこで初めて「逃げた」のが分って地元宦官に報告と成った、これで直ぐに追撃が出される。どういう事かにしろどうしろ、捕らえる必要はある

が、これも不運、かなりの規模で追撃隊が出される。とは云え、それは普通の事だ 何しろ、黄耀祁は武者としても相当な腕一騎当千とは行かぬが、10や20じゃ相手にならぬ

もう一つの問題だが、それは直ぐ解決する「どこへ?」という事、これは軍馬を使った事から馬蹄の足跡からバレる

直ぐに北の道を行ったと分った。既に昼過ぎだが、即二百の騎馬軍が時間差で3隊、出る事になった。この逃亡劇は三日しかもたなかった

数の差もあるが、逃げる側は荷物が多いし彼専用の馬と云えど、それに耐え切るものではない

一定間隔で休息と徒歩の移動の為、追う側と追われる側の距離の縮みは早いものだった

三日午前、快晴の日
円と耀が竹林の道の中ほどに着いた所で追撃隊に追いつかれる

だが耀は慌てはしない、この程度、どうという事もないと思った、馬上で槍を出し構え、円を後ろに乗せたまま迎撃する

追手側も慄いて止まって問いかける
「黄!どういう事だ!」と、だが返答は一つ

「オレはこの国を出る」
「裏切りか!」
「どこかに仕えるつもりは無い、無謀な事業や民へのやりように嫌気が差しただけだ、円と共に別の国へゆく」
「ふざけるな!法を知らぬか!」
「それが正しいと思うなら語るべき事もなし」

が、そういう言葉で事態が変わる訳ではない
即座に追手側は声を挙げて突撃する

「かかれ!」と

そうして白昼の追撃戦は成るが「用意」の過大戦力は妥当だった、耀は迫る官軍を次々打ち倒し僅か5分で二十、やられる。

少数部隊なら逃がす所だった
だが、一人でこれだけの力を見せられると向こうが進めない

「悪いが、負けてやる訳にはいかぬ「無理だった」と上に言え、そして逃がしてくれ、昨日までの味方を殺したくもない」

が、それは通る話ではない何故なら「果せなければ自分らがどうなるか分らない」のだ

次々襲い来る相手を、馬上から槍で殴り倒し続ける、こうなれば、二百だろうと全員倒すしかない

そこで耀も下がりながら迎撃し、更に10分、50まで倒した、無論、殺しもしない、槍の刃、以外の部分で相手を叩きミネ打ちの如く操り殺傷を避ける、伊達に若手一番の武者ではない

それは勿論、狭い竹林の一本道である事もあるが当時の軍隊の質もある、明確に効率的な訓練など受けていないし、民兵の寄せ集め、つまり素人とあんまり変わらない事

特に意気が高いとも、錬度が高い訳でも無くもちろん精神的にもだ、だから耀の様な、飛び抜けた武者が相手の場合初めから逃げ腰な事も多い

これが、当時「猛将が一人で敵陣を貫いた」「単騎駆け」等、逸話が多く残る理由で、要は烏合の衆の部分と、経験者と雑兵の元々の差が非常に激しい事に由来する、一喝して逃げる事すら稀にある程だ

そもそも、無理矢理徴集されている事も多いし、まともな指揮官が居なければ、マトモに機能する事も少ない

この状況でも、彼一人で行ける状況ではあった、しかし、七十、耀祁が倒した所で不運がもう一つ来る20分も耐えたが、先に耀の乗る馬が潰れる。バランスを崩し、荷物と後ろに乗った円が落馬する

「ム!」と彼もその場で飛び降り地で構えながら円を抱き起こした、それはいい、だが馬の方はもう立てなかった。無茶をさせすぎたのである

そして「疲労」でもなし、足から崩れて動けなくなった「馬の死」は走る足を無くした時、である

それで耀も覚悟した、だから最後に、円に云った

「円、荷物を自分の分だけ持って逃げろ」と
「!!」
「円が生きてくれれば良い。円は帰れる所があるオレには無い」
「耀祁様‥そんな事が出来ると御思いですか?」
「頼む、オレも何時までももたん」

が、それは円も聞けぬ話だった

「お断りします、最後まで居ます、女の足で逃げられるものではありません」

その意味を耀も察した
「そうか‥」だけ云って再び構えた

そう、ここで円だけ単身行くも、逃れられるものではない、北の別の国と言っても、まだ遠い

今逃れても、直ぐ追いつかれる、徒歩と成れば余計だ、少なくとも耀が相当な時間を、日数と云うレベルで稼がない限りは無謀だ。ならば此処で共に死ぬ最後まで居るとしたのだ

そして、それはそう長く続かない、まだ、耀は戦えたが、83人目を上から下に槍を振るって叩き落とした時、手に持った先、凡そ半分の所から衝撃で折れる

そこに囲んだ相手の一人のデタラメに近い突き出した槍を受ける、左の胸と肩の中間に、思わず円も「耀!」と叫んだ

耀祁は、折れた槍を咄嗟に片手持ちに、右に持ち替えて尖った切っ先で食らわせてくれた相手の胸に付き返して殺したが、それまでだった

その場に左膝を地に付いて崩れる耀、そこに一斉に突き出される槍と剣、三撃、体に受けて前に崩れ落ちて倒れた

叫びも悲鳴も挙げはしない
彼はうつ伏せに倒れたまま、自身に恨み言を言った

「オレは誰も守れぬのか‥」と

円は彼の背中に覆いかぶさる様に抱き必死に彼の名を呼んだ、無論、返事などありはしない

そう、この逃亡劇はそこで終った

円も直ぐに護身の剣を抜いて両膝を付いたまま振り上げた。「ここで共に死ぬ」そういう終りを望んだ、残った時点でそういう覚悟だった

が、それは果されず、自身の胸を突く前に剣を叩き落とされ、うつ伏せに上から兵に押さえ込まれ、拘束され

円はそのまま静かに泣いた。
それすら果せない弱い自分に失望して

追手側もこの光景、状況に流石に同情した

が、それで命令を破ってどうこうというのはない、精精、残った彼女をそのまま「普通に」連れて行く、くらいだろう

そこから円は囚われて移送される両手に縄を掛けられ、馬に乗せれて

その後の展開は簡単だ。円はそのまま街まで移送されて牢に、事情は既に判っているので特に尋問の類も無い、というより目的は前後の事情を明らかにする事でもない

「裏切り者は許さん」というだけの話で、そういう法なだけだ

円がそのまま牢に置かれ沙汰を待たされた間一週くらいだろうか、それは即処刑でもなかった

都でこの一連の報を受けた皇帝の判断の最初は勿論「くだらん、殺せ」だったが周囲の者は別の意見だった

「色に狂った男の事等どうでも良いな、大体、もう殺したのだろう」

この見解は表面上、第三者から見れば普通の見解だが正しくは無い、そもそも円と耀は肉体関係すらまだない

「円の方ですが、どうでしょう、我々に頂けませんか?」
「頂く?」
「皇帝陛下の御意もありますし、現状例の薬の実験で人が足りませんし、そちらに使うと助かるのですが」
「ふむ」
「処刑が決定して拘束してある「検体」でそれなりに若い者もそう、多くない、ただ殺しても余り利益に成りませんので」
「そうだな、それは尤もだ、好きにしろ」

そう簡単に皇帝も決めて宦史に任せた、彼にとってはどうでもいい程度の事だからだ

「検体」とは、ようするに、皇帝肝いり事業の一つ「不死の秘薬」の実験体である

これは担当した者も過去の円らの見解と同じくそもそも成功するとも思ってないし、既に、死刑囚を使って、人体実験の類を繰り返していたが死人ばかり増えて、きっかけすら無い

特に検体とあらば、元がそれなりに健康で無いと困るし老人でもあまり意味がない

だから「頂きたい」として、皇帝もそれを認める
「どうせ殺すのだから」というだけの事だ

皇帝自身も、裏切りの類の人間、まして小物等どうでも良いという興味、関心が無い故の、周りに助言されての「そうか」で決めたに過ぎない

そういう事情で円が現地の牢にぶち込まれていたのは丁度一週だった

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