剣雄伝記 大陸十年戦争

篠崎流

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傭兵団編

序曲

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状況が変わった、にも関わらずあまり変わらないのがカミュだった。もう闘技は無いのだが相変わらず毎日朝から晩まで剣を振っていた

全く疲れた様子も無く「イザと言う時バテバテでは困るぞ」とも団長らも言えなかった、何しろバテないのだから

そして相変わらずライナと立ち合いも望んで受けた。カミュは条件を対等にする為に普通の剣を使った、それでももう技量だけで言えばライナとカミュの差は紙一重の所にあった

今だライナに明確に「勝った」と言える勝負は無かったが、それが常に目標が前にある事をカミュ自身に認知させ、彼を休ませないキッカケでもあったが

その後変わった事は2つ

一つはカミュとライナの毎日1回は行われる立会い練習で必ず人だかりになる事だ、団と言っても一時解体寸前まで行っただけに、メンバーの7割方は二人の存在をあまり知らず、また、二人のハイレベル過ぎる戦いは一種のお祭りや貴重な教本となっていた

また、その中で特に目を輝かせて毎日見に来たのが二人の少女、いわばライナの団に居た頃の年少組みのような立場の子でなんだか懐かしさを覚えた

バレンティアに紹介されたが二人の少女はライナとカミュの前での挨拶と自己紹介で

「カ、カティです!」
「パティでs!」 とガチガチで思いっきり噛んだ

吹き出しそうになったがライナとカミュは優しく対応した

「この子達は若いけど、中々優秀よ、神聖術も使えるし」
「そうなの、じゃあイザって時はよろしくね」とライナが返すと「ひゃい!」とまたも噛んだ


カティナとパティシュは双子の姉妹で15歳、元々フラウベルトの生まれで神聖術を学んだ。剣も弓も学び、どちらも将来有望との事だ

団の勇名や女性騎士も多い為憧れで入隊してきた子らしい、この歳にして既に団の主力、所謂一軍入りしている、とてもそうは見えないが

その大きな理由の一つに実力も勿論あるが、フリット自身がライナ達の経験から「年齢や性別で区切るのはやめよう」としたためである

もう一つ変わった事、聖女エルメイアがカミュを王城に呼び直接面会した事にある

クロスランド南方の国、スエズのエルステル家と言えばそれなりに伝統ある古い家だそうで、エルメイアがそれを知っていた事、またそこからカミュの今までの経緯を聞きぜひ面会したいと言った事にある

その会談の場でエルメイアは自ら王座を降りて傅くカミュの頭を抱きかかえ

「あの嫡子がこれ程の苦労を受けてこの国に逃れてくるなんて‥」と静かに泣いたのだ

やる人がやればとんだ偽善だが、エルメイアがやるとそうは感じないのが不思議である。なにしろ彼女は「これが素」なのだ、伊達に「究極のお人よし」等と呼ばれては居ない

カミュにしても、素直すぎる真っ直ぐな少年なので、それをおかしな事とは思わず

「父や母を失った事は悲しくはありますが、それが皆さんとの出会いを生み、僕は強くなりました。エルメイア様が泣かれる事はありませんよ」

と思ったまま返してエルメイアを離した

「わたくしに出来る事があれば何なりと言ってください、力の及ぶ限り貴方の望みを叶えます」
「僕は今のままで十分ですよ」

ただ、どちらも名家の者で年齢も同じ17歳という事で二人は以降は友人と成った

幾度か聖女の部屋に呼ばれ、彼のそれまでの戦い等の話を聞くのは斬新で新鮮でありまた感銘を受けた

お互い性格が似ていて裏表が無いのでそういう相手は貴重だったのかもしれない

それらが何ヶ月かした頃
大陸の情勢が動く。

まず、西周りから北への北伐を始めたベルフ軍のアルベルトが「あの」空気の蓋作戦で女王マリアの挑発に乗り侵攻、散々たる大敗退を喫して西方面の軍力が極端に低下。その対処へアリオスが狩り出され二将が動けなくなる

更に東周り、メルト側へエリザベートとガレスが動くが周辺一国を抑えた後メルトの攻略作戦は失敗し撤退

そうなると南方フラウベルト方面の情勢が怪しくなる。ベルフは南方方面に五大将の1人「ロベール=メイザース」を充てたが彼は自己の軍五千をクルベルに置いたが、積極的な攻め等は行わなず守勢に徹して動かなかった

ロベールはベルフが帝国となる前からの子飼いの将で元は武芸者であり「メイザース流槍術」の代々の継承者でもあり師でもある、多くの弟子と武芸に秀でた部下を持ち、落ち着いた物の分かった人物であった故に動かなかった

本国で皇帝に南方を任す。と任命された後エリザベートに忠告を受けたがそのやり取りでも彼が戦略眼に優れた者であることが分かる

エリザベートは南方侵攻を何度も行っておりその経験からこの方面は優秀な者が多く厳しい事を知っていた故にそのアドバイスをしたがロベールは

「西も東も敗退したと成れば南への侵攻を積極的に行う必要はなかろう。それで更に失敗すれば敵の全面的な反撃を誘発する、悪くすればそれが我々の領地を奪取される事にもなる。忠告はありがたいが、こちらの軍力が整うまで、俺は動く気は無い」

と言い。南方は防いで止める方針を予め見せた

「ただ、丸っきり放置という訳にも行くまい?」
「陛下から指揮官と兵を3千づつ3軍預かったがそこは自由にさせるで十分だろう」
「うむ‥」
「攻めるとしたら、何れにしろ、お前やアリオスに自由が出来てから当たるべきだろう、でなければフラウベルトは厳しいし、我々だけ貧乏くじを引く事になる」
「どっちにしろ今は時間か?」

「そうだ、特にアルベルトのアホウが4万近い兵を失ったのは致命的だ。何れ立て直すにしろ。攻めるのは時期尚早だ、精精嫌がらせで突く以上の事は出来んよ」
「そうだな」

「しかし、我々の国は急速に版図を拡大してきただけに軍の密度が薄い。俺の所から指揮官を上に上げねばなるまい」
「お前の所には指揮が出来る奴がそんなに居るのか」
「部隊を分けてやらせては居る。ただ、俺の弟子達だからな、どっちにしろ「武」の指揮官になるが‥」
「武官だらけになるな、また」

「単純な軍では無い組織や集団なら陛下は何か新設するらしいがな」
「ほう‥」
「隠密部隊だそうだが」
「暗殺の類か?」
「と、部隊の中間にするらしい、将が足りなければ、重装備兵の様な一打で有利にするしかないからな」
「あまり楽しみ、とは言えんな」
「俺もその手のやり方は好かんが、そうは言っておれぬ台所事情という事だ」

フッと一息ついてからロベールは

「それと、王子に軍を預けるらしい、5から6将になるな」
「カリス様に?‥しかし出来るのか?」
「一応アリオスの弟子でもあるからな、どちらかと言えば「知」将になるだろうが」
「あの優しい王子に軍の指揮とはな‥しかし武はどうするのか‥」
「お前もよく知ってるロズエル家から出し補佐させるらしいぞ。娘が三人そこそこの歳になっている」

「あのじゃじゃ馬トリオか‥まだ若い気がするが‥16と17と19だろ‥」
「初陣15のお前が言うのもどうかと思うが‥」
「う‥まあ、ただ、あの娘達ならやるだろう」
「俺は家は知ってるがその娘はよく知らんが、どの程度だ」
「剣の才能「だけ」は抜群だな、猪突馬鹿だが、いや姉だけはまともか」
「それもお前が言うのはどうなんだ‥」

「それに一応大昔からの武門の家で軍剣法も教えて居た時期もあるしな、不幸なのは子供全員女って事だ」
「で、個々の武は?」
「一番上の姉は正統的な中型剣を使う名士と言っていい技前だ、もう3年前になるが、その時点でも私とそこそこやれたぞ?、妹は知らん」

「まあ、王子に付けるのだから、現時点でもそれだけの物はあるんだろう」
「こっちが楽になるならそれでいいけどね」
「同感だな、ま、何れにしろ、そう無茶な事はさせまい、王子な訳だし」
「そうね、ヘタな事をして、足を引っ張られては問題だし、死なれても困る」
「違いない」

とロベールもエリザベートも答えて締めくくったが、困る事態に発展するのはそう時間が掛からなかった

そこから更に一ヵ月後。

五大将から予想通り、六大将に成り、皇帝の長男カリス18歳が軍四千を与えられ六人目の大軍将の末席に加えられる。

そこまではいい、が赴任地がロベールのクルベル、南方方面に封じられた事にある「ロベールに任せる、精精こき使ってやれ」と何時もの勅命を受け困った事態がまさかの自分に降りかかった

何が困ったかというと、これは「武勲を立てさせよ」という意味でもあるのは明白であり

更にそうなれば、少なくとも「南進」を形だけでもやらねばならない、という事でもあり死なせる訳にもいかないのである

強いて救いがあるとすれば、王子カリステア=ベルフ=マティアスは穏健且つ優しい青年で我が強い訳でもない、という事だろうか

が、そうなっては他の中級指揮官の様に、兵を任せて好きにさせることも難しく色々考えなければ成らなかった

「兎に角会おう‥」と赴任してきた王子を迎え面会することになる

面談は大会議室を使いロベールは傅き王子に礼を取った、がカリスは「やめてくれロベール、僕は六大将の末席、貴方の方が立場は上だ」と止めさせた

そこでロベールはスッと立ち「では、対等な立場を取ってよろしいのですな?」と聞き
「そうしてくれ」とカリスは自己の立場を使う気は無い事を示した

お互い巨大なテーブルを囲み大勢の互いの部下と共に即席会議のようになる

まずロベールは「陛下は王子、いえ、カリス様に何をお望みでしょうか?」と率直に聞いた

「精精ロベールの元で勉強してこい。これだけだったよ」
「私の方にも「精精こき使ってやれ」だけでしたな」

お互いそれだけなのも逆に困る、ロベールも困り顔を見せるがそれを察してか王子は

「恐らくだが父は僕に経験なり武勲なりを積ませたいのだと思う」
「ええ、ですが、今の時期に本格的な南進侵攻はベルフを潰しかねません、そこはお分かりか?」
「そうだね、それを失敗すれば、向こうが余勢を駆って侵攻してくる恐れがある」
「その通りです。更にこちらは大規模侵攻作戦を東西で失敗したばかりです」
「今は兵力が落ちている時期、攻めるにしても反撃を防ぎとめれる程度の余力は残す、という事だね」

(ほう‥)とロベールは王子がまともな戦略眼を持っている事に驚いた。故にロベールは本心をぶつける事にした

「正直言って陛下が王子をこちら方面に送られた事は意外です、また、当方としてはそれが悩みの種であります」
「だろうね。無駄攻めしても困るし、僕が死なれても困るからね」
「そこまでお分かりならまず、王子の見識をお聞きしたいが」

「難しいなぁ‥ただ‥南方はまだフラウベルト周辺に小国が多い、武勲は兎も角。経験を積む、なら出来るとは思う、あくまで嫌がらせ程度で全面反撃を受け無い程度、それなら向こうの威勢を削れるし。更に言えばロベールは動かなくていいと思う、あくまでロベールという後ろ盾を残したままがいいと思う」
「なるほど‥では、王子は王子で小競り合いの矢面に立つのが宜しいと?」
「戦術的な例えで言えば、僕は自由遊撃ロベールは本軍主力として後ろに構えて居てくれた方が睨みも利く。と、言った感じかな、それで戦略的には相手の力を削ぎつつ、こちらの疲弊もあまり出さない感じで」
「なるほど、そういう事なら話は早い」

「うん、ただ、ロベールにはもしもの時の援護で面倒を増やす事になると思うけど」
「そうですな‥微妙且つ繊細な選択や行動が求められますな‥」
「僕は無理はするつもりは無いけど、何があるか分からないし。それと」
「はい?」

「時間をかければ掛ける程こちらは有利になる、領土数の関係で兵の回復力が違うからね。後は西の対応が終わればエリザベート辺りも加われるかもしれないし」
「ふむ、たしかにそうですな、アルベルトも何れ謹慎が解かれるでしょうし」
「それは難しいね」
「と言うと?」
「父は最期の手段として中央街道からの北伐を考えているらしい、そこにアルベルトか誰か当てるつもりらしい」

「なんと‥、それは事実ですか」
「その為の準備として「例の部隊」を組織しているからね。既に実験的に僕の軍にも50名ほど同行させてある、事実か、という話だが「北伐を諦めては居ない、その手は考えてある」と言っていた。時期が何時かは分からないけど、動いているのは事実だよ」
「そうでしたか」

「けど、人事については時期次第だと思う、軍が整えば、アルベルトかガレスを守りに他の将を北伐に当てる可能性もある、効率面で言えば君かエリザベート、援護にアリオスを当てた方が「知」と「武」のバランスがいいからね」
「アルベルトも愚将ではありませんがイマイチ応用性に欠けますからな」
「うん、アルベルトは父への忠誠心は凄まじいから防衛の命令を受ければ強いし必ず守ると思う。それに、これは妹からも聞いたんだけど」
「なんでしょう」

「どうも僕だけじゃなくて七将目の人選も進めているらしい」
「ほう‥どういった方ですかな」
「うん‥たぶん、シャーロット=バルテルスが出されるかも知れないと‥」
「なるほど、それで妹君から、という事ですか、当初から話はありましたが当人が固辞しておりましたな」
「あくまで妹と僕の教育官という立場を貫いていたからね、ただ‥」

「左様です、そう言っていられる台所事情ではありませんし、何より、あれ程の人材も中々居りませんからな‥」
「そういう訳なので、兎に角今は「時間」を作りたい、協力を頼めるだろうか」
「分かりました、お任せください」

「早速だけど‥僕の軍だけだと策を打ち難い、二軍、将と兵を貸してもらえないだろうか」
「問題ありません、三軍は皇帝陛下から預かった物、カリス様にそのまま二軍指揮を譲りましょう」
「ありがとう」

と、そこで会談は終わり、其々が立つ、が

「カリス様は変わられましたな、戦争はお嫌いかと思いました」
「今でも無いほうがいいと思っているよ、けど、事がここまで大きく成ってしまうと、どちらも和平は出来無いでしょう?だったら出来る限りそれを早く成してしまった方が良いと思ったんだ。それに」

「それに?」
「もしもの事があったら、後事は僕か妹がする事になる。そうなれば和平の道も辿れるかもしれないから」
「そこまでお考えなら何も言いますまい、このロベール、協力は惜しみません」
「うん、頼むよ」

二人は握手してそれぞれの準備に取り掛かった

ロベールにとっては困った事態ではあるが、数年ぶりにまともに話した王子がこれ程物の分かる人物であるとは思わなかった、意外ではあるが

伊達にアリオスの弟子ではないな、という戦略戦術眼も見せた事は単なる「厄介ごと」では無くむしろ心強い事であった

更に七将目に加わるあの「女傑」が前線に出るならば今の動き難い状況も打破される可能性が高いという期待も大きかった

その人事自体もその後10日後に発表され、シャーロットが七将目に加わる、が

当初から軍は担当せず、王子の下に付けられた、現状での兵力の不足が一番の理由だが未熟な王子への補佐の意味合いも強い。

「よく知らないんだけど、誰?」

この人事の情報はフラウベルトも掴み団にも齎されて、それを聞いたバレンティアは開口一番そう言った

「シャーロット=バルテルス。ベルフの姫と王子、の教育官を長年担当していた女性ですね。智勇の均衡の取れた人で、古参の名家のご息女です、今は当主ですかね、年齢は26歳」

この手の情報はお手の物、なロックが答えた

「智勇の均衡って具体的にどういう?」
「剣、槍、弓、盾、なんでも御座れ、戦略、戦術、神聖術、基礎学問から政治、商売まで学んだ「師」としてはこのうえなく優れた人ですね。特に商売では実績が大きく彼女が表に出る様になってからは家も相当力と富を得たようですね」

「なるほど、それで、教育官をね‥けど、将としてどうなのかしら‥」
「実際当人が固辞していただけでベルフの五将の候補に最初から選抜されていましたから優秀であるには違いないでしょうね」
「なんで固辞してたの?」

「どうも姫や王子とは単なる師弟の間柄なだけで無く、歳の離れた姉という程親密だそうでお互い離したく無かったのでは?とか、当人に出世欲や名声、立場に興味が無いのでは?とか言われてますね。実際どうだか知りませんが」
「別に教育官でも構わないという事か、ついでに富は自分の家がある訳だしね」
「ええ、ですが、タイミング的な事を考えれば「王子が出るなら自分が支えなければならない」と考えたのかも知れませんね、ある意味自分の弟であり、弟子でも生徒でもありますしね」

「王子の後にシャーロット、だからねぇ、それが妥当かも」
「そういう人達を敵にするのは気分の良いことじゃないわね‥」

バレンティアとライナ続けて言った、それには一同同意でもある、がフリットとグレイは

「気持ちは分かる、が一々感情移入していてはキリが無いぞ」
「敵は敵、だからな、境遇なら俺達のが悪いだろうしな」

乱暴だがその通りでもある

「僕らが考えるのは向こうへの対処ですからね、と言っても大規模戦争となればこっちに選択権は無いんですけど」
「えーと、向こうは南方軍だけでロベール五千、カリス王子四千、各指揮官3に九千で、領土の防衛兵が各2千で二万、こっちはフラウベルトと周辺国の連合で一万五千くらいかな」

「所で王子の下で千づつ指揮する3人って何?」
「ベルフの古豪貴族か何かの娘だったかと‥、軍剣法の指南役の家ですね」
「何でベルフって武官ばっかなのかしらね‥」
「偏りが酷いよね」
「アリオスみたいのが多くても困りますけどね」
「たしかに」

この一報は当然フラウベルトの連合国も知る事となり。対応の協議と準備が成される、実際はそうではないのだが南方方面に三将が同時赴任というのは初の事であり、大規模な侵攻作戦が展開されるのでは?と周辺国は恐れ大わらわであった

ちなみにこれらの情報から事態を読み取った者もフラウベルト側にも居た。フラウベルトの連合国の軍官会議の場、其々の国や自治区から総勢18人の官僚の熱い議論の中であった

アンジェラ=ビアンキ女士、フラウベルト学院、戦略戦術研究課卒で17歳

小柄で青髪ショートでボーとした面持ち、そもそも覇気が全く無い。見る人が見れば「どこの子供だ」と言うほど幼く見える少女である

この手の学は平和だった故そもそも受講者も卒業者もあまり居ないうえ、実学としては金にならないので学ぶ者がいない、だが軍にとってはそういう知識は必要ではあった。彼女の成績はそれほど良くないのだがそのまま軍に入った為アドバイザー的な立場でこの会議のフラウベルト側5人の軍官の末席として置かれている

「とりあえず居るだけ」お飾り軍官、特に彼女はかなりの変人であったため基本的に無視される事が多い

この会議でも、本来、飾り的にテーブルに置かれている焼き菓子の大皿を自分の所に寄せて持ってきて只管議論に入らず、ただ、無表情でそれを食っているだけだった

何か口を開いたかと思えば「お茶お代わり」と言っただけだった

本来なら呆れられて叩き出されるだろうが、もはや何時もの事なので参加した官も軽くスルーしていた

今回の議論の争点は、大規模なベルフの、行われるであろう南進侵攻に如何に対処するかの議論だったが

三将が充てられたので、かつて無い規模ではないか?と皆考えていたので白熱していた

ただ、この時は「余りに何もしないでは困る」という事で彼女を後ろから突っつく意味合いで彼女の学生時代の恩師で青年将校のヒルデブランドも同席させられて居た

彼は一同の議論が止まるタイミングで
「アンジェラさんはどう思いますか?」と投げかけ発言させるように促す作業を行う

彼女は特定の人以外には「聞かれない限りしゃべらない」という極端な性格で、これまでの幾度もあった会議でも「アドバイザーなのに一度もアドバイスしない」というとんでもない立場を貫いており、心配して聖女がこの様な補佐を付けた

そこで彼女は仕方なしなしという感じで

「何時もどうりでいいんじゃないすか?」と言ってのけ、一同は「はあ???」となる

溜息をついてヒルデブランドは「それじゃ、何だか分かりませんよ、もう少し説明を‥」と続け

アンジェラは「今の時期にベルフが本気で南進するとかありえないんで。精精嫌がらせか新戦法を試すくらいでしょ」

そう答えたが。それ自体意味不明だったらしく一同は顔を引きつらせながら

「三将が同時南方任地なのは大規模作戦の前触れではないのかね」と問うた

「ベルフは東西の大規模作戦でかなりの兵を失ってます、今攻めるのが本気ならとんだマヌケだわ。そもそも三将と言っても、ロベールはクルベルを捨てないし、一人は新任素人の王子、もう1人も一兵も持ってない」

「やるとしたら、新任二人に戦いの経験を積ませるか、戦略的にこっちの兵を削る意味合いくらいしかないです。そもそも何時もベルフは攻めの際、必ずこちらより多い兵力、少なくとも2倍は用意する、けど今回は両軍合わせた戦力格差は僅か。アリオスが出て来るなら兎も角これじゃあ間違って負けでもしたらベルフの南方勢力と領土が逆撃で壊滅しかねません。そもそも自分の王子を初陣で捨石にするとかありえないんで。」

ぬぐぐ、と一同はなったが反論を展開する

「が、王子や補佐に付いたシャーロット=バルテルスがそれだけの能力を持っている場合、アリオスの様な策で優位に展開するのではないか?」

「シャーロット=バルテルスが司令官なら、納得も出来ますけど、王子の補佐という立場。更に下にはベルフの名家の娘三人、この人事から見ても王子はそれ程の人とは考え難いです。ついでに言うと、不安が多いから優秀な者を回りで固めた、と考えられますけど」

「で、では。我々の対処は具体的にどうするのか?」

「防備を固めて、時間稼ぎ、フラウベルトから援護、これまで通りです。ただ、王子の下に付いた。シャーロット、三姉妹の えーと、コーネリア、カレン、フレアは武に秀でていると聞きますのでフラウベルトから「ライティスの矛」で武芸に秀でた者を派遣。何しろライティスの矛にはエリザベートとタメ張れる武芸者が幾人も居るので、それで止められるでしょ」

とアンジェは言いきった後、またお菓子を食べ始めた

「しかし、その後はどうする?ただ、防ぐだけか?」
「はぁ‥こっちに兵力的余裕があるならクルベルを攻めてもいいんですけど兵力で劣っていますからねぇ。更に他の南方周辺国を連合として引き込んで同時侵攻するか。あるいは初戦で王子の軍を全滅させて戦力を大きく削がないと攻めても後が苦しくなるだけすけど?」
「む‥」
「ついでに言うと、王子殺したら、向こうの全軍挙げての攻撃を誘発しますが?」

「た、たしかに、ベルフの長男だからな‥」
「んまあ、こっちの選択肢は現状では「守る」しかないんですよね。今の状況が大きく動かない限り後は各国の王や領主様次第という事です」

そこまで言ってからアンジェはお茶をすすってお腹を押さえて椅子の背もたれにもたれかかった、どうやらお腹いっぱいになったらしい

議論に進展も無く有効な方向性が出なかったのでアンジェラの意見が全面採用される事となった

もう少し言い方はどうにかならないのか?とも思ったが兎に角アンジェが役に立ったのでヒルデブランドも胸を撫で下ろした

「こんな事なら城に上げなきゃよかったな‥」と恩師で城に推薦したヒルデブランド自身が思った

ただ、彼女の戦略眼はこれらの発言を見る限り極めて秀でて居たので当事は嬉々として上げた

ハッキリ言って学術としての戦術・戦略は兎も角、戦略「眼」つまり、相手が何をしようとしているか読み、適切に対抗措置をする思考というのは全く別物で、女王マリアの例を見ても才能9割なので。彼女を見出した時は狂喜したのだが

ここまで、性格に問題があるとは知らず今になって後悔したしかも何故か聖女お気に入りで友人なのだ。非常に複雑な心境である

ヒルデとアンジェが会議を終え城に戻る、聖女は来客対応という事で自室に呼ばれる

「方針は決まりました?」とエルメイアが応接セットに座ったまま問うので

「方針はこれまで通りです、詳しくはアンジェにお尋ねください、では」

と早々にヒルデブランドは胃を押さえて退出

かなり頭と胃にストレスなようだ、本来なら自分の様な教師兼任の下っ端仕官が国家間会議に呼ばれるなどありえないのだ

更にあのアンジェの態度とコントロールで神経が磨り減る思いだ、当然だろう

アンジェは何時もどおりエルメイアの隣に座ろうと歩いたが、その来客者を見て止まった

それに気づいたエルメイアは立って彼を紹介する

「ライティスの矛の隊員のカミュエル=エルステルさんですよ」

「始めましてカミュです」と挨拶し手を差し出すが
「ど、どうも、アンジェラです‥」一方のアンジェは俯いたままその手をそろそろと出し握った

それが不思議だったのかカミュは

「何か変な事しました?僕」
「い、いえ、私が緊張しただけでふ」アンジェは噛み噛みだった

「ごめんなさいカミュ、アンジェは人見知りなので、さあ、こちらへ」

そんな訳は無いのだが、そう言って聖女が助け舟を出して自分の隣に座らせた

「そうだったんだ、気がきかなくて」
「三人とも同い年なんですよ」
「奇遇だね、アンジェはもっと若く見えるよ」
「よく言われます」
「ところで会議の決は?」
「ええ、は、はい」 とアンジェは一通りの報告をカチーンと固まりながら話した

「と言う事は僕らの出番ですね」
「え!?」といきなりアンジェが驚いた

「だ、だって彼、え??」
「ええ、ライティスの矛で個々の武ではトップ3だと聞きましたが、いきなり副隊長さんに勝っちゃったそうですし」

「し、知らなかった‥、全然そんな風に見えないし‥」
「ハハ、会う人皆に言われますよ」
「どこかの王族か貴族ぼっちゃんにしか‥い、いえ!失礼を!」
「フフ、実際そうですけどね。スエズのエルステル家のご子息ですから」
「あの名宰相の?!」
「今はただのカミュですよ、もう家も無いですし」

そこで、カミュの罪人島への収監から現在までの経緯をエルメイアが話して聞かせた

「そうだったんですか‥なんという波乱万丈な‥」
「別にそうでもないですよ。むしろまだ始まったばかりでしょう」
「かも知れませんね」

カミュは席を立ち

「では、僕は団に戻ります、事が起こるなら待機していた方がいいでしょうし」
「はい、また、来て下さいね」

エルメイアはそう言って彼を送ったが、アンジェはどう考えてもオカシイ反応だった、最初から最後まで

「どうかしましたのアンジェ?貴女らしくない、緊張なんて‥」
「え?!それは‥」
「それは?」
「彼、び、美男子過ぎて直視するのが辛いです」
「そ、そうだったの‥」

正直なんて返していいのか分からないがアンジェのあの反応を思い出すと笑えてくる

「‥ぷ‥クククク‥」
「ちょ!なんで笑うんですかー!」
「だって、あははは、貴女極端に面食いなのね、ハハハ、だれにも萎縮しない言いたい放題の貴女があの反応‥!」
「ぬぐぐ‥しょうがないじゃないですかー!」

一方、団も軍も戦争が近い事を悟り其々の準備が整えられる。フラウベルトは他の南方連合の後ろ盾として極めて重要な役割である。総軍八千のうち半数を千づつに分け各方面への即時支援準備が成される

また、連合会議の結果、王子カリスの軍は武芸の者が多く、自然、団の主力メンバーの同行が指示され。それの準備である
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