京の刃

篠崎流

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江戸に舞う火・Ⅰ

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まだ、桜も散りきらない春の頃「また旅でもするさ」の京ら一行は江戸に留まっていた

「正直これだけの大町だと色々楽なんだよね」
「今後の予定は?」と宿で藍らに聞かれた京はそう返した
「たしかに楽ですなぁ、何しろ食べ物が多いし美味」

何時もの琥珀の食べ物中心の話は兎も角、藍も千鶴も「楽」というのは同意であった

「人も物も種類も娯楽も多いですからね」
「仕事も結構多いですね、武芸者も、何をするにしても直ぐ見つかるというのは手間が少ない」
「ただ、面倒もあるちゃあるが、我慢できん程ではないしなぁ」
「ああ、アレですね」

アレはとは剣術大会の結果である、途中棄権であるが最後の3人にまで京は残った、そこで見せた技、も参加者の中で群を抜いた強さも結局噂に成り

「是非当家に!」という話と訪問客が一時ひっきりなしになった事である

結局の所「面倒ごと」は絶えなかったのであるが、その点については、直ぐに収まった

菱姫に貰った、というより押し付けられた、葵ご紋の小太刀、の効果である。それを見た者。分かる者は「徳川のお手つきか」と理解して京への誘いも「何としても」というのは無くなる

所謂、徳川がもう既にツバを付けたという事であり、それに横槍を入れて京を引き抜く訳には行かないのである

実際は単に「面白い物を見せて貰った礼」のつもりで菱姫は置いていっただけだがそれが今は有難かった、という結果にそういう効果を齎した

ただ、困った事はそれだけではない、町に出ると、何かと「ぜひ一手ご教授を!」と剣で京に挑む奴がちょくちょく来る様になった事である

名の知れた剣士を倒して名を上げる、というのはこの時代でも左程変わらず、やはりそういった野試合を挑む者は多くは無いがそれなりに居る、やはりまだまだ「剣」の時代なのである

ただ逆にそれを千鶴が喜んで受けた

「京さんがやる事は有りません、まず、弟子であるわたくしを倒してからになさい」

そういう具合に積極的に代わりに受けたのである

大会の終わりからまだ一ヶ月にも成らないのだが、その間挑んできた武芸者は15人皆それなりの「腕」の者であるが

本命の京と剣を合わせられた者は皆無だった、つまり千鶴が全部倒したのである。その効果あって「天谷京の周りの者も達人ばかり」と噂に成ったのは言うまでもない

宿の二階部屋でまだ残る桜を見ながら団子を食いながら呟いた

「何だかどんどん強くなっていきますね千鶴殿」藍もそう言わざる得ない

「元々才能は抜群だから、そのうち私も抜くだろ」と京も褒めた

「流石に天下一の京を抜ける等思いませんが‥」
「天下一かどうかは知らんがな」
「というか、やはり勿体無いですねぇ、これ程の者達が野に居るのも」
「一理ある、が、剣武がそれ程必要な時代でもないしなぁ」
「戦がそうあるような社会体制でもないですからね」
「しかし、結局面倒ごとは絶えんな、もう少し早く棄権すれば良かった‥」

「わたくしはそれ程手間とも思いませんけどね」
「千鶴殿はそうかもしれませんけどね」
「まあ、いんじゃないか?その点は千鶴に頼らせて貰おう、イチイチ私がやるのも面倒だし」

「基本的に京様はめんどうくさがりですな!」
「余計なことは無いに越したことはないさ、大体一銭の金にも成らん」
「めんどくさがり、というより、非効率が嫌いなんでしょうか」
「自分ではよく分からん‥が、そうかも知れん」

その日の夜半。江戸で事件があった。一同が宿で寝ている時間だが、鐘の音と共に叩き起こされた

「火事」である

遠くの方で「火事だー!」と叫ぶ声、かなり遠くではあるが夜の町ではよく響く

京らの滞在する宿に及ぶ訳ではないが、何があるか分からない為、一同も身だしなみを整え外へ出た、遠くの空が赤く染まっていた

「あれは港の方ですね」
「ちょっと行って来ます」
「あ!ウチも行きます!」と、藍と琥珀が走った

火事は港周囲にある、船の一部と、置き蔵が燃え、それ程の規模での災害ではなかった

延焼、拡散も食い止められ、比較的小規模で済んだのは幸いという規模である。朝方には藍と琥珀が戻って普通に朝飯を食った

「何か出たのか?」
「はぁ、まだ何とも、ただ‥火盗が出てましたね」
「という事は不審な点があるって事かねぇ」
「まだ何とも言えませんが、そもそも港で火事てのがまず珍しいです」
「ま、たしかに」
「どうします?京さん、私も調べて見ましょうか?」
「興味はあるが、別にどっかに依頼された訳でもないしなぁ‥」
「たしかにそうですね‥」

一同が昨晩の火事について話していると宿に慶次が訪れた、例によって軽い挨拶の後

「お、朝飯か丁度良い、俺のも頼む」とタダ飯を食っていった

「というかお主まだ江戸に居たのか‥」
「いやー‥菱殿がだな‥」
「で、結局嫁には取らんのか?」
「まぁ‥どうしても嫌だ、という理由もないしな、受けようとは思ってる」
「そりゃ結構な事だ、お主もそれなりの年だ所帯を持ってもいいだろ」

「ま、菱殿も、お前の自由を束縛はせん!と約束してくれたしなぁそこまで来て断るのもな」
「お主自身はどう思ってるんだ?」
「いやまあ、美少女には違いないし、長い付き合いでもあるしな、別に負の感情はないよ、ただどうしても親戚の子か妹みたいなもんにしか思えんのよ」
「とんだ贅沢者だな」
「常に美少女に囲まれてるお前が言うな」

一通り、朝飯を平らげた後、茶を啜った慶次は切り替えた

「所で、昨晩の火事の話をしていた様だが?」
「ああ、なにやら不審な点がありそうだなと、まあ、火盗が出てるそうだしな」
「耳が早いな」
「藍と琥珀が現場に行った」
「なるほどな」
「で?」
「うむ、ならいっそ其の件、関わってみないか?金も出るぞ?」
「と、言うからにはお上は既に「災害」では無く「事件」として扱っているのか」
「左様」

「そうだなぁ、捜査の類でどこまで役に立つかは微妙だが、暇だしかまわんぞ」
「そりゃありがたいね、尤も、頼りなのは藍殿だがな」
「同感だな」

そう京と慶次に言われ藍も同意した

「私も暇ですし、解決しろ、という話でないならお手伝いしますよね?琥珀」
「はいな!」
「よし決まりだな、早速だが行くぞ」と慶次は立った

一同も支度を整え、慶次についた

大会の時にあてがわれた屋敷に招かれ、そのまま使ってくれ、という話になり、その後半刻程して菱姫も屋敷に訪問する

「あれ、という事は菱殿の依頼になるのかな??」
「そう思って貰ってもかまわんぞ」
「お主らは知らんだろうが、実は火付けは3度あった、去年秋と末、そして昨晩じゃ」
「火付けというのはハッキリしているので?」
「さてね、そこは明確な証拠は無いから確かではないが、一度目二度目共に物資が一部消えておる」
「?」
「金蔵や米蔵が巻き込まれて燃えているのじゃ」
「しかも金も米も火事の収まった後、残骸にも残っておらん、らしい」
「うーん、まさに火付け盗賊、という訳か」

「あまりに捜査に進展が無く、容疑者すら出ない、で、昨日のアレじゃ、わらわも手持ちのコネで動いてみようと思ってな」
「そこで私らですか」
「他にも「忍び」を動かしておるが、多いに越したことは無い、特に藍殿や琥珀殿はその道では名人なんじゃろ?」
「しかし、お上の仕事の邪魔になりそうな‥」

「そこは既に父に許可を取った、火盗の連中とも話しは通してある、好きにやって良い、そもそもこの政権は戦国の頃からの配下は多いが「裏」の面での活動や人材が乏しい、しかも父はそういった者があまり好きでない」
「姫は良いのですか?」
「使える物は何でも使う、結果、物事を良くするならそれで良いのだ」
「成る程、分かりました、出来る限りはやってみましょう」
「うむ、頼む」

そうして菱姫は屋敷を出て城に戻った

其の中で今後の方針が話し合いが行われる

「とは言え、具体的にどうしますか?」
「難しいなぁ、1~3回目の期間が結構開いているmそもそも同一犯だと考えても既に火盗が散々捜査した後だろうし」
「そうですねぇ‥今更何か出てくるというのは‥」
「兎も角、火盗の方にも情報の提供を求めよう」
「では私が」

「いや、裏から行く必要は無い、今回は菱姫からの依頼もあるしお墨付きがあるから私が正面から行こう」

そして京は小太刀に手を添えた。話は通してある、訳だし、徳川とも親交のある京が行った方が話しが早い、しかも、姫直々に、徳川の家紋入りの小太刀を受けている

「成る程、たしかにそうですね」
「うむ、とりあえずは見回り、かなぁ‥そこは藍と琥珀に」
「はい」
「千鶴と私は聞き込みかな」
「はい」
「では私と琥珀は夜に備えて寝ておきます」
「うむ」
「で?俺は?」

何故かそのまま居座った慶次が聞いた

「え、城帰らんのか?」
「こっちのが面白そうだからな」
「うーん‥それなら城の方から何か情報を」
「分かった」

と、其々動く事となったのだが。翌日朝、朝飯の場でまず藍が言った

「正直私と琥珀だけでは回れたものではありませんね‥」
「広すぎでござるよ‥」
「だよなぁ‥」
「菱が後で、こっちに人を回すとは言ってたが」
「それ待ちかな」
「それでいいと思います」

「ところで京さんの方は何か出ました?」
「火付けの方は割りと協力的だったが、これと言った情報はなぁ」
「出ませんでしたか」
「ただ、火災の中心は金蔵、米蔵、何れも幕府管轄の物らしい、港の一件もそうだ」

「となるとただの盗みではありませんね」
「そう考えるのが自然だな。ま、幕府も敵は多かろうし、反体制派、あるいは外からの工作員の類かも知れん」
「証拠が出ないと成るとそれだけの腕の者であるわけですからね」
「これは困ったなぁ‥あまり相手がデカイとこっちでどうにかするのは難しいぞ」

「国とか大名規模と成るとそうとう厳しいですね‥」
「まあ、こっちも菱の後ろ盾がある訳だし、ある程度証拠を掴めばそっちに渡して動いて貰えばよかろう?」
「そうだな「柳生」も居る事だしな」
「俺の立場と権限じゃたいした事は出来んぞ‥」

慶次は京の言にそう返したが、京は更に慶次の肩をポンポンと叩き「期待しておるぞ?」と満面の笑みで言われた

「しょうがねぇなぁ‥」と一言言った後慶次は立って部屋を出た

「何かアテがあるんでしょうか?」
「この際だからな、柳生にツテがある当事者にも働いて貰う、そもそも持ってきたのは向こうだしな」
「まあ、確かに」
「菱殿ではないが、私も「使える物は何でも使う」主義だmまして相手が大物とあらば「柳生」であっても動いてもらう」
「‥成る程」

「ま、幕府、江戸の陰謀とあらば尻を叩けば動くじゃろ、そこで手柄を譲ってやれば角も立たんしな」
「私たちは別に手柄なんて必要無いですしね」
「そういう事だ、少々金子が頂けばそれでいい」

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