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最後に一試合・Ⅱ
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大会当日
朝には参加者、武芸者が城に特別にこの日のために開かれた庭に一同に会した、かなりの人数である。
特に今回「推薦があれば誰でも入れる」と特別な珍しい計らいがあり、一部町人、聞いたことも無いような、あるいは普段は出てこないような剣術の者まで集まっている
それ故の「京らの参加」がスムーズであった点もある。特に名の知れた剣術、と成るとそもそも参加者が偏り、そうでないものが弾かれ、毎度同じメンツになってしまう為に今回この様な形がとられたのである
城の重臣の長い話の後、徳川の殿の一言と共にいよいよ開催となったのである
一時間後に対戦組み合わせが発表され書にして各人に渡される
50人近く居り。京の出番もかなり後という事であった為、宛がわれた離れの控え室に一行は入り、その時を待った
「なんだか無茶な試みの大会だなぁ‥」
畳に座って出された茶を啜って開口一番京が言い
「推薦があれば誰でも、だからな」と慶次が続いた
「どういう事ですか?」
「どう無茶なんでしょう?」
藍と千鶴が返した為、京は受け取った書を二人に渡した
「参加者の名前と流派を見てみろ」
そこで二人も目を通して京らが言った意味を理解した
「成る程‥」
「これは流石に、と言わざるを得ないですね」
「だろう?」
「宝蔵院、神道流、中条流、九鬼流。槍、薙刀、小太刀、棒術まで居るんですが‥」
「純剣術で長物に挑むのはかなりきついぞ」
「小太刀等は更に不利では‥」
「ではあるが、それだけに参加者、道場主の者も理解していて1,2を争う、という奴も自重して出てこない傾向が強い、どちらかと言えば流派の中位、あるいは若手が多いな」
「面白いと言えば面白いが、こりゃ半分祭りだな」
「勉強会とか、新人の挑戦、名を売る、意味が強いですね」
「まあ、たしかに面白いですが‥」
「んー、これなら藍や千鶴が出ても面白かったな、結構いけるだろ」
「かも知れませんけど‥私たちもあまり目立っても‥」
「そうだったな」
「だがまあ、気楽な大会とも言えるな、何しろ得物や技がバラバラ過ぎるからな、条件が一定ではないから負けても「有利不利差異が激しい」ですむしな」
「しかし宝蔵院なんかは名は有名ですが殆ど見る機会が無いですからこれは楽しみです」
「千鶴殿の言う通りだな、かなり奇抜だが面白いものになる」
そこまで言って慶次は席を立った
「菱殿に呼ばれてるんでね、俺は先に行くぜ」
「そうなのか?」
「各参加者の術を解説しろとさ」
「成る程‥」
京は昼前、自分の初戦を向えた、相手は若い剣士で「館林流」という聞かない流派の正統剣術士であった
条件は対等であり正統的な相手だっただけに京の夢幻流の技が嵌った
開始3合での相手の大振りを「小手打ち」を軽く当て返し、刀を落とさせて降参させた、10秒掛かってない試合であった
「ほほう‥あれが「斬らぬ事を前提に作られた技」か、見事なものだ」
「はい、活人等と軽々しく言う連中とは根本的に違う、本物だと拙者は考えます」
「柳生が言うとはな‥」
「真剣すら使わないという徹底振りですからね、そう言わざる得ません」
「しかし‥あの技一つでは厳しいのではないか?」
「そこは次のお楽しみ、という事で」
「勿体付けるのう」
「兎に角技が多いですからねぇ、一つ二つ「種」が分かって破られてもそれを逆手にとる技がまだありますからね」
「うーむ、こういう剣術は初めてじゃな‥」
そう、慶次と菱姫が交わした事でも分かるように京の技は他の者の興味も引いた。一方で「ただのかく乱戦法ではないか」と鼻で笑う者の居たが午後の京の二戦目でその評価すら覆る
二戦目は一刀流の若手名士
相手も、参加者も京の技が「小手打ち」である事を理解しており、それに対応する構えを見せたが、それでも小手打ちを決め
武器を落とさせた後、面前に切っ先を突き付け終わらせたのである「分かっていても当たる」これが京の技である
しかし旅の仲間であり弟子でもある千鶴は「違う技」である事が分かり驚いた「あんな打ち方まであるなんて‥」と呟いた
「どういう事です?」
「二回打ちです」
「二回打ち?」
そこへ試合を終え、一同の所に戻った京が藍の問いに千鶴の代わりに答えた
「重ね打ち。何時もの小手打ちを一刀では無く、二回打つのだ」
「一刀にしか見えませんでしたが‥」
「相手が防ごうとする防御に当たるか当たらないかの所で止め別の隙に出した刀を引っ込めずそのまま打ち込む、防御体勢を見てから軌道を逸らして「必ず当てる技」だ」
「そんな事が‥」
「振り切らない、力を込めない夢幻流ならではの出来る業ですよ、それだけに斬りの途中で軌道や打ち方を変えるのが難しくない」
「相手が防御を取ったその手にまた打ち込めばいいだけだからな」
「一体幾つ技があるのやら‥」
「見抜かれてそれでオシマイ、という底の浅い物では勝ち続けるのは難しいからな幾つも手は用意してあるさ」
こうして京は勝ち抜き大会は二日目に成る
二日目に成ると勝ち残り、武芸者も12人にまで減り、腕も技も高い者同士の戦いとなる
しかしながら「特殊な事情」の大会だけに勝ち残りの半数、6人は長得物の流派が占めた
そして京と当たったのは薙刀使いの女性武芸者である。これには得物の長さの差から流石に苦戦し、10合の打ち合いの後
それにもどうにか勝って勝ち残りの6人に名前を並べる事になった
ここまで来ると、誰も京の力に疑いや嘲笑を向ける者は居なくなった
同時、「まさかここまでとは」と将軍様も周囲の重臣も感嘆の声しかなかった
だが一方で勝ち残った京はあまり嬉しそうではなかった、そして午後の次の試合で考えた結果京はそういう判断を下し、慶次に伝えた
それを伝えられた家光も驚いたが「そういう事ならしかたないな」と呟き諦めた、やはり残念そうにはしていて顔にもそれが出ていた
「天谷京殿は先の試合の際、負傷があったとの事。戦えぬ訳では無いが本来の力を出せぬままでは相手にも失礼と考えここからの試合は辞退するとの申し出があった。故に次の試合が優勝決定戦と成るがご了承願いたい」
そう慶次は試合場の真ん中に出て告知した。出ない理由も尤もであり、潔いと感じる者も多かった、故に不満の類は誰にも無かった、やはり残念には思われた様ではあった
こうして京の剣術大会は終わったのである
夕方屋敷に戻った後
一行もやはり残念には思ったが不満は無かった
元々、始まる前から方針は伝えられていた。ある程度勝ってもどこかに召抱えられるような活躍も面倒ごとになる、旅自体は続ける方針である
かといってわざと負けるのも非礼、という事である、故にその様な手段を取った、だが一方で京はこうも皆に言った
「ただ、最後に一試合したくもある」
「それは?」
「正直、失礼だとは思うが、あの「剣鬼」の一件以来「これぞ」と感じる相手というのも居なかった」
「今日の大会でも?」
「強い、のは間違いないが勝てるか勝てないか分からない、という程ではなかったな」
京が大会で勝って少しも嬉しそうでなかった理由はそれである、結果がある程度分かる相手程つまらぬものはないのだ
「では、それ以外で「最後の一試合」をしてみたいと思う相手が別に居るという事ですか?」
「そうだ、私はそれと交渉してくる」
そうして京は単身屋敷を出て城に向った、その「交渉」を持ちかけられた相手も驚いた、当然だろう城の門の橋で二人だけで会った
「お前の興味を引くほどの相手かねぇ俺」
「少なくとも道場ではあの「剣鬼」と互角くらい、なんだろ?お前」
「たしかに言ったが過去の話だぞ?」
「が、私が見て「力を読めない相手」というのはもうお前しかおらん」
「ま、いいけどよ‥試合くらい。ただ、期待はずれでも怒るなよ?」
「私のわがままだ、文句は言わんよ」
「そうか‥なら明日、街の外北にある広場、原っぱがある、そこでいいか?」
「分かった」
「うむ、じゃあな」
「ああ」
そこで京と慶次は分かれた。京が唯一、「勝てるか勝てないかの勝負が出来る相手」とは彼の事でありそれを持ちかけた、そしてそれを彼も断らなかった
翌日昼、約束どおりだだっ広い野原に京ら一行は先に着いた
「それにしても最後に一試合が慶次殿、とはね‥」
「でもたしかに強いでしょう、普段ふざけていますが底が見えない」
藍と千鶴がそう言った
「普段おとなしい動物のが実際は強いですからな!」
「分かる様な分からん様な‥」
比喩として正しいのかどうかイマイチ分からない琥珀の言に京が突っ込んだ。一行は何時でも変わらなかった
そうこうしている間に慶次と、何故か菱姫も姿を現した。何時もどおりかるーい感じで右手を軽く挙げ
「よ!待たせたな」と
「何で姫まで来てるんだ‥」
「わらわをのけ者にするのは許さん、そもそもこれが事実上頂上決戦じゃろ?見逃す手は無いわ」
「すまん京‥」
「まあ、別に試合だしなぁ、かまわんだろ、ただ‥」
「分かっておるわ「内緒」じゃろ?慶次から事情は聞いておる」
「それなら結構です」
「つっても俺が夢幻流に勝てるとは思えんがなぁ‥」
「いらぬ心配だな、今日はなるべく普通の業でやらせて貰う」
「と言うと?」
「私が兄に習った技は元々正統派の剣法、小手打ちやらこの得物やらは後から自分で考えて改良した物だ」
「ふーん‥ま、お前がそれでいいなら別にかまわんが?ただ、俺も条件を揃えさせて貰ったぞ」
「うん?」
そこで慶次は刀を抜いてだらりと下げて構えた
「竹光か」
「こっちだけ真剣なのも不公平過ぎるだろ、そもそも「試合」だ」
「だな」と京も返して同じく抜いた
誰が特に合図を掛けた訳ではない、が、京と慶次は互いに一定の距離を取って両者中段に構えた、それを見て藍らも、菱姫も離れて見守る姿勢を整えた
こうして「事実上の頂上決戦」は始まった
「なるべく普通の業でやらせて貰う」と京が言った通り、彼は極めて正統な技で合わせた、慶次も新陰流である為、正統な技だ
それだけに互いに隙を作らず、一合合わせては間が出来、また、その「間」の間にも互いの隙を探すという戦いとなった。斬りを目先で避け、それを返し、相手もそれをかわす
これが10分も続いた
そのつもりも無かったのだが両者が同じ技量であった為に被弾をせず、崩れず、当たらず
まるで約束組み手の様なある意味「劇」の舞踊の様にも見学した一同には見えた
その均衡が崩れたのは慶次の放った一撃を京が刀を合わせて「受けた」事にある、技量は明らかに同じ、では差を付けるのは何か?業以外の部分、慶次の「一撃」が重かった事だ
彼は大柄、如何にも大男である
一方、京も背は高いが「優男」と言われる程細身だ
慶次の一撃の重さを「受け切れなかった」思わず顔を顰めて耐えたが、腕ごと持っていかれる様な一撃で体勢が崩れた
ほんの僅かな乱れだ、が、互いの技量からすればその僅かな乱れでも十分「隙」と言えた
慶次は踏み込んで縦一文字に斬りを放った
京は下がりながらも片手横切りを返した
慶次の振り下ろした刀は京の鼻先を掠め、面前で寸止めされた、京の右片手横斬りも慶次の右首、頚動脈の所に置くように添えられ止まっていた。そのまま石像の様に両者止まって動かなかった
「俺の負けかな‥」 慶次は先にそう言って伝えた
「真剣だったら、だな‥」 京はそう返した
慶次の刀は鼻先を掠めた
京の刀は首を切った、真剣ならそういう結果だろうか
お互いそのまま後ろに下がって引いて
地面に崩れるように座り込んだ
それを見て見学した一同も緊張感から解き放たれ「ぷは~」と息を吐いてへたり込んだ
「だがまあ、ほぼ互角、だったな」
慶次は空を見上げて言う
「だな、こっちがついてた、それだけの差だ」
勝負を分けたもの、それはもう一つあった、京の刀が「元々長い」事である。本来なら相打ちだろう、が、「刀の長さ」が結果を分けた、まさに「ついていた」と京が自ら言った通りである
一同は野原に座り込んだまま、話した
「そろそろ教えてくれよ、お前の事」
「兄、の事とかか?」
「ああ」
「うーん、これも内緒にして欲しいんだが‥」と京は菱姫をチラッと見て返した
菱姫は黙って頷いて同意した
「剣鬼の事件覚えてるよな?」
「ああ」
「私の兄はああいう人だった」
「‥なに」
「天才、という言葉はあの人の為にあるような物だ、それ程の剣士だったが、行き着いた所は新井高貞、その人と同じ所だった」
「成る程なぁ‥新井に特別な思いがあったのもそのためか‥」
「それもある」
「で、言うまで無いだろうが、兄は捕われ斬首、家も潰された、父も母も自害、まだ幼子と言っていい年齢だった私は一人土地自体を離れた、だが兄は私には優しかった、剣も教えてくれたし私から見て決して暴虐ではない」
「それが旅のきっかけ、剣術大会か」
「当初はそこまで考えてはいなかったがな、だが、色々な者との関わりが、そう最終目的を定めたともいう」
「なるほどな」
「たしかに人斬り、処刑されてしかたなかろうが、ならせめて兄の成そうとした事を継いで行こうとも思った。殺さぬ事、斬らぬ事を果たしながらな」
「それが不殺の技の最初という事か?」
「ああ、私の最初の目的は果たされた、兄の残した技でここまで来れた一定の証明、ま、自己満足だがな」
「そうか」
「私の本名は一の谷京、昔有った侍の家の子、さ」
そこまで言って落ち着いた京は刀を拾い上げ納めて立った
「で?慶次殿は?」
「大した物は無いが‥」
慶次がそう言った所で彼の代わりに菱姫が答えた
「十倉、と名乗っているが柳生の末弟じゃ」
そう言われては誤魔化せない、故に慶次も話した
「元々遠い親戚だったが、俺も幼い頃、家族と家が無くなってなぁ、まあ、養子にされて一族の下っ端に加えられている」
「ふん何が下っ端か。本家でもお前に勝てる奴はおらんじゃろ」
「いいんですよ、城の召抱えだの後継者だの指南役だの。めんどくさい‥衣食足りてそれ以上なにもありませんよ」
「まったく欲の無い奴じゃ、わらわの恩人、父も認めておるのにわらわを嫁にするのも断りおって!」
「それは別な理由だろう」とも京らは思ったが言うと大変な事になりそうなので黙っていた
「しかしまあ、いい加減貰ってやったらどうだ?端から見てるとそう悪い二人とも見えんがな」
「いや、それは‥」
「そうじゃろう!何が不満なんじゃお前は!」
「そう改めて言われると、別に何がダメって訳でもないんだが‥俺の自由が無くなるから‥としか」
「分かった!なら貴様のやる事に口出しはせん、それでいいじゃろいつまでもグダグダしてるな女々しい!」
それが妙に可笑しかったのか千鶴が噴出した
「なんだかどっちが男子なのか分かりませんね」
「たしかに」
「頼もしい妻に成りそうですな!」
「いやあの、俺はまだ何も決めてないんだが‥」
一同は大笑いした後。其々整えて立った
「所で京は今後は?」
「また、旅でもするさ、行ってない所も沢山あるしな、とは言え、しばらくは江戸に居るよ」
「そっか、じゃまた」
「ああ」
最後にそれだけ交わして分かれた
こうして京の当初の旅の目的は果たされたのである。しかし「旅でもするさ」の通り、どこかに落ち着くという事も無かった、そして藍、千鶴、琥珀という仲間が出来たのである
彼の目的は果たしたのかも知れない、だが、同時に旅で得た物はそれに勝る物であった
そして得た物がもう一つ、後日物質的な物で渡される。例によって京らの滞在する宿に菱姫が乗り込んできて会談
「ま、お主も堅苦しい立場も嫌だ、旅も続ける、というならしかたない」と言って小太刀を差し出した
高級な漆塗りの物、しかも「三つ葉葵」の紋入り「徳川の家紋」である
「何か旅先で困った事があれば使うが良い、わらわがなんとかしてやる」
菱は言って、ほぼ押し付けた勢いで置いていった。断る間も無く置いて帰った為何も言う暇も無く受け取る事に
「有って邪魔になる物でもありませんし、いいんじゃないですか?」
藍は気楽に言い放った「ま、そりゃそうか」と京も思い、
琥珀にあげて、空いていた脇差の代わりに腰に挿して旅する事になるのであった
結局、京らの旅は続く
新たな出立を祝福するような、桜満開の季節の頃の話である
朝には参加者、武芸者が城に特別にこの日のために開かれた庭に一同に会した、かなりの人数である。
特に今回「推薦があれば誰でも入れる」と特別な珍しい計らいがあり、一部町人、聞いたことも無いような、あるいは普段は出てこないような剣術の者まで集まっている
それ故の「京らの参加」がスムーズであった点もある。特に名の知れた剣術、と成るとそもそも参加者が偏り、そうでないものが弾かれ、毎度同じメンツになってしまう為に今回この様な形がとられたのである
城の重臣の長い話の後、徳川の殿の一言と共にいよいよ開催となったのである
一時間後に対戦組み合わせが発表され書にして各人に渡される
50人近く居り。京の出番もかなり後という事であった為、宛がわれた離れの控え室に一行は入り、その時を待った
「なんだか無茶な試みの大会だなぁ‥」
畳に座って出された茶を啜って開口一番京が言い
「推薦があれば誰でも、だからな」と慶次が続いた
「どういう事ですか?」
「どう無茶なんでしょう?」
藍と千鶴が返した為、京は受け取った書を二人に渡した
「参加者の名前と流派を見てみろ」
そこで二人も目を通して京らが言った意味を理解した
「成る程‥」
「これは流石に、と言わざるを得ないですね」
「だろう?」
「宝蔵院、神道流、中条流、九鬼流。槍、薙刀、小太刀、棒術まで居るんですが‥」
「純剣術で長物に挑むのはかなりきついぞ」
「小太刀等は更に不利では‥」
「ではあるが、それだけに参加者、道場主の者も理解していて1,2を争う、という奴も自重して出てこない傾向が強い、どちらかと言えば流派の中位、あるいは若手が多いな」
「面白いと言えば面白いが、こりゃ半分祭りだな」
「勉強会とか、新人の挑戦、名を売る、意味が強いですね」
「まあ、たしかに面白いですが‥」
「んー、これなら藍や千鶴が出ても面白かったな、結構いけるだろ」
「かも知れませんけど‥私たちもあまり目立っても‥」
「そうだったな」
「だがまあ、気楽な大会とも言えるな、何しろ得物や技がバラバラ過ぎるからな、条件が一定ではないから負けても「有利不利差異が激しい」ですむしな」
「しかし宝蔵院なんかは名は有名ですが殆ど見る機会が無いですからこれは楽しみです」
「千鶴殿の言う通りだな、かなり奇抜だが面白いものになる」
そこまで言って慶次は席を立った
「菱殿に呼ばれてるんでね、俺は先に行くぜ」
「そうなのか?」
「各参加者の術を解説しろとさ」
「成る程‥」
京は昼前、自分の初戦を向えた、相手は若い剣士で「館林流」という聞かない流派の正統剣術士であった
条件は対等であり正統的な相手だっただけに京の夢幻流の技が嵌った
開始3合での相手の大振りを「小手打ち」を軽く当て返し、刀を落とさせて降参させた、10秒掛かってない試合であった
「ほほう‥あれが「斬らぬ事を前提に作られた技」か、見事なものだ」
「はい、活人等と軽々しく言う連中とは根本的に違う、本物だと拙者は考えます」
「柳生が言うとはな‥」
「真剣すら使わないという徹底振りですからね、そう言わざる得ません」
「しかし‥あの技一つでは厳しいのではないか?」
「そこは次のお楽しみ、という事で」
「勿体付けるのう」
「兎に角技が多いですからねぇ、一つ二つ「種」が分かって破られてもそれを逆手にとる技がまだありますからね」
「うーむ、こういう剣術は初めてじゃな‥」
そう、慶次と菱姫が交わした事でも分かるように京の技は他の者の興味も引いた。一方で「ただのかく乱戦法ではないか」と鼻で笑う者の居たが午後の京の二戦目でその評価すら覆る
二戦目は一刀流の若手名士
相手も、参加者も京の技が「小手打ち」である事を理解しており、それに対応する構えを見せたが、それでも小手打ちを決め
武器を落とさせた後、面前に切っ先を突き付け終わらせたのである「分かっていても当たる」これが京の技である
しかし旅の仲間であり弟子でもある千鶴は「違う技」である事が分かり驚いた「あんな打ち方まであるなんて‥」と呟いた
「どういう事です?」
「二回打ちです」
「二回打ち?」
そこへ試合を終え、一同の所に戻った京が藍の問いに千鶴の代わりに答えた
「重ね打ち。何時もの小手打ちを一刀では無く、二回打つのだ」
「一刀にしか見えませんでしたが‥」
「相手が防ごうとする防御に当たるか当たらないかの所で止め別の隙に出した刀を引っ込めずそのまま打ち込む、防御体勢を見てから軌道を逸らして「必ず当てる技」だ」
「そんな事が‥」
「振り切らない、力を込めない夢幻流ならではの出来る業ですよ、それだけに斬りの途中で軌道や打ち方を変えるのが難しくない」
「相手が防御を取ったその手にまた打ち込めばいいだけだからな」
「一体幾つ技があるのやら‥」
「見抜かれてそれでオシマイ、という底の浅い物では勝ち続けるのは難しいからな幾つも手は用意してあるさ」
こうして京は勝ち抜き大会は二日目に成る
二日目に成ると勝ち残り、武芸者も12人にまで減り、腕も技も高い者同士の戦いとなる
しかしながら「特殊な事情」の大会だけに勝ち残りの半数、6人は長得物の流派が占めた
そして京と当たったのは薙刀使いの女性武芸者である。これには得物の長さの差から流石に苦戦し、10合の打ち合いの後
それにもどうにか勝って勝ち残りの6人に名前を並べる事になった
ここまで来ると、誰も京の力に疑いや嘲笑を向ける者は居なくなった
同時、「まさかここまでとは」と将軍様も周囲の重臣も感嘆の声しかなかった
だが一方で勝ち残った京はあまり嬉しそうではなかった、そして午後の次の試合で考えた結果京はそういう判断を下し、慶次に伝えた
それを伝えられた家光も驚いたが「そういう事ならしかたないな」と呟き諦めた、やはり残念そうにはしていて顔にもそれが出ていた
「天谷京殿は先の試合の際、負傷があったとの事。戦えぬ訳では無いが本来の力を出せぬままでは相手にも失礼と考えここからの試合は辞退するとの申し出があった。故に次の試合が優勝決定戦と成るがご了承願いたい」
そう慶次は試合場の真ん中に出て告知した。出ない理由も尤もであり、潔いと感じる者も多かった、故に不満の類は誰にも無かった、やはり残念には思われた様ではあった
こうして京の剣術大会は終わったのである
夕方屋敷に戻った後
一行もやはり残念には思ったが不満は無かった
元々、始まる前から方針は伝えられていた。ある程度勝ってもどこかに召抱えられるような活躍も面倒ごとになる、旅自体は続ける方針である
かといってわざと負けるのも非礼、という事である、故にその様な手段を取った、だが一方で京はこうも皆に言った
「ただ、最後に一試合したくもある」
「それは?」
「正直、失礼だとは思うが、あの「剣鬼」の一件以来「これぞ」と感じる相手というのも居なかった」
「今日の大会でも?」
「強い、のは間違いないが勝てるか勝てないか分からない、という程ではなかったな」
京が大会で勝って少しも嬉しそうでなかった理由はそれである、結果がある程度分かる相手程つまらぬものはないのだ
「では、それ以外で「最後の一試合」をしてみたいと思う相手が別に居るという事ですか?」
「そうだ、私はそれと交渉してくる」
そうして京は単身屋敷を出て城に向った、その「交渉」を持ちかけられた相手も驚いた、当然だろう城の門の橋で二人だけで会った
「お前の興味を引くほどの相手かねぇ俺」
「少なくとも道場ではあの「剣鬼」と互角くらい、なんだろ?お前」
「たしかに言ったが過去の話だぞ?」
「が、私が見て「力を読めない相手」というのはもうお前しかおらん」
「ま、いいけどよ‥試合くらい。ただ、期待はずれでも怒るなよ?」
「私のわがままだ、文句は言わんよ」
「そうか‥なら明日、街の外北にある広場、原っぱがある、そこでいいか?」
「分かった」
「うむ、じゃあな」
「ああ」
そこで京と慶次は分かれた。京が唯一、「勝てるか勝てないかの勝負が出来る相手」とは彼の事でありそれを持ちかけた、そしてそれを彼も断らなかった
翌日昼、約束どおりだだっ広い野原に京ら一行は先に着いた
「それにしても最後に一試合が慶次殿、とはね‥」
「でもたしかに強いでしょう、普段ふざけていますが底が見えない」
藍と千鶴がそう言った
「普段おとなしい動物のが実際は強いですからな!」
「分かる様な分からん様な‥」
比喩として正しいのかどうかイマイチ分からない琥珀の言に京が突っ込んだ。一行は何時でも変わらなかった
そうこうしている間に慶次と、何故か菱姫も姿を現した。何時もどおりかるーい感じで右手を軽く挙げ
「よ!待たせたな」と
「何で姫まで来てるんだ‥」
「わらわをのけ者にするのは許さん、そもそもこれが事実上頂上決戦じゃろ?見逃す手は無いわ」
「すまん京‥」
「まあ、別に試合だしなぁ、かまわんだろ、ただ‥」
「分かっておるわ「内緒」じゃろ?慶次から事情は聞いておる」
「それなら結構です」
「つっても俺が夢幻流に勝てるとは思えんがなぁ‥」
「いらぬ心配だな、今日はなるべく普通の業でやらせて貰う」
「と言うと?」
「私が兄に習った技は元々正統派の剣法、小手打ちやらこの得物やらは後から自分で考えて改良した物だ」
「ふーん‥ま、お前がそれでいいなら別にかまわんが?ただ、俺も条件を揃えさせて貰ったぞ」
「うん?」
そこで慶次は刀を抜いてだらりと下げて構えた
「竹光か」
「こっちだけ真剣なのも不公平過ぎるだろ、そもそも「試合」だ」
「だな」と京も返して同じく抜いた
誰が特に合図を掛けた訳ではない、が、京と慶次は互いに一定の距離を取って両者中段に構えた、それを見て藍らも、菱姫も離れて見守る姿勢を整えた
こうして「事実上の頂上決戦」は始まった
「なるべく普通の業でやらせて貰う」と京が言った通り、彼は極めて正統な技で合わせた、慶次も新陰流である為、正統な技だ
それだけに互いに隙を作らず、一合合わせては間が出来、また、その「間」の間にも互いの隙を探すという戦いとなった。斬りを目先で避け、それを返し、相手もそれをかわす
これが10分も続いた
そのつもりも無かったのだが両者が同じ技量であった為に被弾をせず、崩れず、当たらず
まるで約束組み手の様なある意味「劇」の舞踊の様にも見学した一同には見えた
その均衡が崩れたのは慶次の放った一撃を京が刀を合わせて「受けた」事にある、技量は明らかに同じ、では差を付けるのは何か?業以外の部分、慶次の「一撃」が重かった事だ
彼は大柄、如何にも大男である
一方、京も背は高いが「優男」と言われる程細身だ
慶次の一撃の重さを「受け切れなかった」思わず顔を顰めて耐えたが、腕ごと持っていかれる様な一撃で体勢が崩れた
ほんの僅かな乱れだ、が、互いの技量からすればその僅かな乱れでも十分「隙」と言えた
慶次は踏み込んで縦一文字に斬りを放った
京は下がりながらも片手横切りを返した
慶次の振り下ろした刀は京の鼻先を掠め、面前で寸止めされた、京の右片手横斬りも慶次の右首、頚動脈の所に置くように添えられ止まっていた。そのまま石像の様に両者止まって動かなかった
「俺の負けかな‥」 慶次は先にそう言って伝えた
「真剣だったら、だな‥」 京はそう返した
慶次の刀は鼻先を掠めた
京の刀は首を切った、真剣ならそういう結果だろうか
お互いそのまま後ろに下がって引いて
地面に崩れるように座り込んだ
それを見て見学した一同も緊張感から解き放たれ「ぷは~」と息を吐いてへたり込んだ
「だがまあ、ほぼ互角、だったな」
慶次は空を見上げて言う
「だな、こっちがついてた、それだけの差だ」
勝負を分けたもの、それはもう一つあった、京の刀が「元々長い」事である。本来なら相打ちだろう、が、「刀の長さ」が結果を分けた、まさに「ついていた」と京が自ら言った通りである
一同は野原に座り込んだまま、話した
「そろそろ教えてくれよ、お前の事」
「兄、の事とかか?」
「ああ」
「うーん、これも内緒にして欲しいんだが‥」と京は菱姫をチラッと見て返した
菱姫は黙って頷いて同意した
「剣鬼の事件覚えてるよな?」
「ああ」
「私の兄はああいう人だった」
「‥なに」
「天才、という言葉はあの人の為にあるような物だ、それ程の剣士だったが、行き着いた所は新井高貞、その人と同じ所だった」
「成る程なぁ‥新井に特別な思いがあったのもそのためか‥」
「それもある」
「で、言うまで無いだろうが、兄は捕われ斬首、家も潰された、父も母も自害、まだ幼子と言っていい年齢だった私は一人土地自体を離れた、だが兄は私には優しかった、剣も教えてくれたし私から見て決して暴虐ではない」
「それが旅のきっかけ、剣術大会か」
「当初はそこまで考えてはいなかったがな、だが、色々な者との関わりが、そう最終目的を定めたともいう」
「なるほどな」
「たしかに人斬り、処刑されてしかたなかろうが、ならせめて兄の成そうとした事を継いで行こうとも思った。殺さぬ事、斬らぬ事を果たしながらな」
「それが不殺の技の最初という事か?」
「ああ、私の最初の目的は果たされた、兄の残した技でここまで来れた一定の証明、ま、自己満足だがな」
「そうか」
「私の本名は一の谷京、昔有った侍の家の子、さ」
そこまで言って落ち着いた京は刀を拾い上げ納めて立った
「で?慶次殿は?」
「大した物は無いが‥」
慶次がそう言った所で彼の代わりに菱姫が答えた
「十倉、と名乗っているが柳生の末弟じゃ」
そう言われては誤魔化せない、故に慶次も話した
「元々遠い親戚だったが、俺も幼い頃、家族と家が無くなってなぁ、まあ、養子にされて一族の下っ端に加えられている」
「ふん何が下っ端か。本家でもお前に勝てる奴はおらんじゃろ」
「いいんですよ、城の召抱えだの後継者だの指南役だの。めんどくさい‥衣食足りてそれ以上なにもありませんよ」
「まったく欲の無い奴じゃ、わらわの恩人、父も認めておるのにわらわを嫁にするのも断りおって!」
「それは別な理由だろう」とも京らは思ったが言うと大変な事になりそうなので黙っていた
「しかしまあ、いい加減貰ってやったらどうだ?端から見てるとそう悪い二人とも見えんがな」
「いや、それは‥」
「そうじゃろう!何が不満なんじゃお前は!」
「そう改めて言われると、別に何がダメって訳でもないんだが‥俺の自由が無くなるから‥としか」
「分かった!なら貴様のやる事に口出しはせん、それでいいじゃろいつまでもグダグダしてるな女々しい!」
それが妙に可笑しかったのか千鶴が噴出した
「なんだかどっちが男子なのか分かりませんね」
「たしかに」
「頼もしい妻に成りそうですな!」
「いやあの、俺はまだ何も決めてないんだが‥」
一同は大笑いした後。其々整えて立った
「所で京は今後は?」
「また、旅でもするさ、行ってない所も沢山あるしな、とは言え、しばらくは江戸に居るよ」
「そっか、じゃまた」
「ああ」
最後にそれだけ交わして分かれた
こうして京の当初の旅の目的は果たされたのである。しかし「旅でもするさ」の通り、どこかに落ち着くという事も無かった、そして藍、千鶴、琥珀という仲間が出来たのである
彼の目的は果たしたのかも知れない、だが、同時に旅で得た物はそれに勝る物であった
そして得た物がもう一つ、後日物質的な物で渡される。例によって京らの滞在する宿に菱姫が乗り込んできて会談
「ま、お主も堅苦しい立場も嫌だ、旅も続ける、というならしかたない」と言って小太刀を差し出した
高級な漆塗りの物、しかも「三つ葉葵」の紋入り「徳川の家紋」である
「何か旅先で困った事があれば使うが良い、わらわがなんとかしてやる」
菱は言って、ほぼ押し付けた勢いで置いていった。断る間も無く置いて帰った為何も言う暇も無く受け取る事に
「有って邪魔になる物でもありませんし、いいんじゃないですか?」
藍は気楽に言い放った「ま、そりゃそうか」と京も思い、
琥珀にあげて、空いていた脇差の代わりに腰に挿して旅する事になるのであった
結局、京らの旅は続く
新たな出立を祝福するような、桜満開の季節の頃の話である
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