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最後に一試合・Ⅰ
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路銀を稼ぎつつも まあその必要も無いのだが、京ら一行は江戸に辿り着いた
相変わらず適当な飯屋に入って遅めの朝飯を食っていた一同だった
「いやはやこの蕎麦はいけますな!つけタレがまた深い!」
「ソウデスネ」
琥珀の何時もの食い物の感想にとりあえずで千鶴が返した
「ま、とりあえずどうするかね」
「そりゃお前と俺は城へだろ」
「慶次だけでいいだろ、めんどくさい‥書状は光友殿に貰ったんだし」
「お前な‥いや、まあ、お前が絶対行かなきゃならない訳ではないが」
「じゃあ頼む」
と京は剣術大会への手続きを慶次に押し付けた
「まぁ‥‥色々会っときたい連中も城に居るしな、ついでか‥」
そう返して慶次は消極的ながら請け負ったが、京は最初から所謂「お上」に関わるのが好きでないのも、それとなく知っていた為そこに配慮したのもある
尤も、江戸主催の剣術大会に出ようという者が城に上がるのを渋るのも妙な話だとも思っていたが、其々「個人の事情」なり「苦手なもの」があるのだろうとも思った。
それを追求する程、慶次も野暮では無いので事情を聞こうとは思わなかった
そこは彼の旅の仲間にしても同じだった、其々、特殊な事情あって「今」こうして皆で生きているのだ
「ところで、我々はどうします?京さん」
「まだ10日程ありますからね」
「ではゆっくり英気を養っておきましょう!」
其々言った為「そうだな、ではしばらく自由としよう。」そう京も言って席を立った
そこから慶次は京の代わりと旧友に顔見せついでに城へ京は街の店周り、藍は宿を探し取って、千鶴は琥珀に付き合って露店巡りである
午後には藍の取った宿に、と成った
夕食の場で、あまりに何時もどおりだった京に千鶴がまず
「あの‥大会に備えて何かしないのですか?」と言ったが、返ってきた言葉は「いや‥別に」だった
「いいんですかね?‥練習とかしなくて」
「んー、一週間くらい何かしたからと言って結果が変わる訳でも強くなる訳でもないしな、そもそも別に優勝する必要もないし」
「そうなんですか?」
「だってなぁ‥間違って勝ち抜きでもしてどっかに召抱えられても困るしめんどうだし‥だいたいお上は嫌いだ」
「そういえば何時もそういった件に関わるのは渋ってましたね」
「何か理由が?」
「私は元々侍の家の子でね、事があって家を取り上げられたんだ、その「お上」にな。だから基本的にあまり関わりたくない」
「そうだったんですか‥」
「そんなのが「多い」て訳でもないのは頭では理解しているのだが自分としてはそこは譲れん物があってね。ま「仕事」と成ればある程度は目をつぶるが‥飯を食わねばならんからな」
「なるほど‥」
「それなら「試合」の方も無理に出なくても良いのでは?ご不快でしょう」
「剣」は兄が残した唯一の財産だからな、もう居ない兄の代わりに見せる事が私の目的ではある、尤も、だからと言って必勝の念は無い、というだけさ」
「成る程」
「中途半端な答えですまぬが、私にも今はそうとしか言えん」
「いえ、十分です。お心の一端を見せて頂き」
「まあ、皆が気にする事ではないさ。私個人の心情だ」
「ですがどこかに召抱えられる、というのが優先で無いのは有り難いですね、京さんとの旅は楽しいですし、次の主が「まとも」であるとは限りません、むしろその可能性のが低い」
「ですな、各地を転戦しながらの食べ歩きは最高でござるよ!」
藍も琥珀も「旅をこのまま続ける」事の方が嬉しいらしい。そしてそれなりの期間、一緒に居た事での思いが其々あった
「わたくしもそれには同意です「自由」という堅苦しくない生き方も心が楽です」
同意なのは千鶴も、だったらしい
「とは言え、わざと負ける訳にもいかんがな、いや、それは自己を過大評価し過ぎか」
「どうかな?案外そうでも無いんじゃねーか?」
「ん?」
「俺も色んな剣士を見てきたが、お前に「勝てる」と言える奴の名が出て来ない、それほどの領域にあると思うぞ」
「そうかねぇ‥」
「少なくとも、俺は例の剣鬼「新井」以上の奴は見た事が無いがな」
「ま、勝負は時の運、ありゃ運が良かった、それにまあ、実際始まってみればハッキリするだろう」
「そうだなぁ、楽しみな事だ」
「ところで城の方はどうだった」
「おっと、そうだったな、予定通り10日後だ、おそらく二日掛けて行われる」
「武器は?」
「木刀、事前に伝えれば竹光でも良いそうだが」
「ではこのままでいいか‥」
「そうだな、ま、実は既に向こうには伝わっているがな」
「そうなのか?」
「光友様の書状に書いてあったそうだ」
「そりゃありがたい」
「ま、お前の技はそもそも小手打ちだし、頭を狙う事も無いだろ?さほど揉めはすまい」
「確かに、それに居合い術の者も居るだろうしな。まさかそういった技の者に木刀を使えとも言えんか」
「そういう事だ」
後日からの一行は話した通り「何時もどおり」だった。例によって京は藍らに一両渡して自由にさせた。京自体はこの時ばかりは流石に普段の「飯の種」の稼ぎは自重して
軽く体が訛らない程度に刀を振ったり千鶴の指導のついでに手合わせをした
一方城では将軍「徳川家光」と周囲の者一部で「この剣士は誰だ?」と成った。言うまでも無く京の事である
「光友殿と尾張柳生の推薦じゃ」
「成る程‥では怪しげな者では無いのですな」
「腕は勿論の事、「技」自体もかなり珍しい物を使うらしい」
「それは?」
「そこまでは書いておらぬが、そういう者がおってもよかろう?」
「たいした事が無ければ一戦で消えるし、そうで無ければ勝ち残る、それだけの事ではありますな」
「そういう事だな」
将軍徳川家光と言えば、自身も柳生に習い、新陰流を修めている、周囲に武の者も多く武断的政権の傾向が強い
故に彼は「御前試合」「剣術大会」の類を多く、自らすすんで行ったのは有名である
「ま、私としては十倉殿辺りに出てもらった方が楽しみは多いのだが」
「普通は名誉な事ですが、そういった類の事には出てきませんからなぁ」
「天才には変わった奴が多いからの、とは言え無理強いは出来んからな」
「ご尤もです」
「とりあえず、十倉が来ているなら菱にも伝えてやれ」
「は」
それから二日後
京ら一行が宿で昼飯を食っていると部屋の外から階段を駆け上がる足音と共に大声で呼びかけられる
「慶次!おるのか!」と
それを聞いて座って味噌汁を啜っていた慶次が盛大に「ブー!」と噴出した
対面に座っていた藍はお盆をサッと面前に掲げそれをブロックして防いだ
慶次が咳き込む中、一同の部屋に襖を破壊する勢いで少女がものすごい勢いで飛び込んでくる
「貴様!江戸に出てきておるのにわらわの所に来んとはどういう了見じゃ!!」
慶次はどうにか体勢を立て直して無理やり、勤めて平静を装いつつ返した
「こ、これは菱殿‥久しゅうございます」
「菱」と呼ばれた少女は年の頃は15~6、高級そうな着物のそれなりの身分の方と思われる井出たちであった。言葉遣いと態度を見ると、とてもそうは見えないが
「と、とりあえず落ち着いてください‥迷惑ですから」
「む?」
と菱はそこでようやく京ら一同を見てため息を吐いた後
入り口の襖を閉めて整えてその場に座った
「すまぬな、つい」
「いえ」
「まあ、慶次と話に来ただけだ」
「いえ、俺も忙しくてですね‥」
「悠長に飯を食ってた様にしか見えんがな。大体殿には会ってわらわに会わんとはひどい区別じゃな」
「ぐ‥」
「まあいい、後でちゃんとこっちにも来い」
「ハ!それは勿論。どの道10日前後は滞在致しますので」
「うん?と言うと剣術大会か?」
「ええ、出場はしませんが、手伝いを」
「ならいい。で?この者達は?」
「今度の試合に出る剣士です、拙者案内を申し付かりまして」
「はぁ?」と京が言いそうになったが
慶次が捨てられた犬の様な目で懇願の視線を向けてきたのでしかたなく京はテキトーに話しを合わせた
「天谷京です、尾張柳生と少々関わりがございまして。拙者が出る事に、地理不案内という事で慶次殿には案内をお願いしましてな」
「そうか、お主があの」
「ご存知で?」
「城じゃ「尾張柳生と光友殿が出してきた」という事でちょっとした噂になっておる」
「そうでしたか」
「ま、わらわも期待しておる」
「有難うございます」
「さて」
菱はそのまま立って部屋を出た、襖を開けて一度振り返ってから
「慶次はちゃんと後で顔を出すように」とクギを刺した
「はは‥」
嵐が去った後ようやく落ち着いて話せる場が戻って京が聞いた
「何なんだ‥あの子は‥」
「将軍様の末っ子だ‥」
「マジデ?」
「マジデ」
「一人で堂々と乗り込んできたが‥」
「そういうお人だ」
「しかし慶次殿にご執心の様ですが?どういう関わりが‥」
「あれがご執心に見えるのかね千鶴殿‥」
「普通自ら単身、街に出て、しかも乗り込んでこないでしょうに‥」
「まあ、ご執心‥なんだろうな‥」
「しかしどうしてそうなった」
「だいぶ前の話、菱殿がまだ幼子の頃、刺客があってな、俺が撃退したわけだが‥それ以来何かと付きまとって‥」
「ほほー」
「殿に貰ってくれぬか?と言われた事もあるが‥」
「良い話では?」
「冗談ではないぞ‥将軍の末っ子であまり本家に関係ないとは言え将軍の娘だぞ?、うっかり街に出て酒も飲めなくなるわ」
「ま、たしかに」
「大体あそこまでじゃじゃ馬だと心が休まる暇もないわ」
「確実に尻に敷かれるな」
「かと言って無下にも出来んという複雑な立場がだな‥」
「しかし単身で歩くのはどうかと思うが」
「ああ、アレは見た目はああだが、家光様に性格が似ておる、自身も新陰流をやっておるし、家光様も御忍びでよく街に出てくる、しかも菱殿は「刺客事件」の後えらく武芸に励んでな相当強いしなぁ‥」
「成る程、それで「楽しみにしている」な訳か」
「そういうこっちゃ」
「あまり期待されても困るんだがな」
大会、3日前。
一行の宿に使者が訪れる
「一応、の事として城近くに屋敷を用意しました、当日までそこへ」との事である
特に断る理由も無く京は「宿代掛からんのは有り難い」という、しょうもない理由でそれを受けた
実際平屋だがなかなかの良い家である、しかも世話人付きである、もう居なくていいと思うのだが何故か慶次も居座った
「城に行かないのかよ‥」
「察しろ‥」
京と慶次で交わされた、無論「菱」の件があるからである。ただ城に行くのを渋ったが、逆に菱の方から毎日訪問しては朝から晩まで居続けた
「ほほう、京殿らは全国の旅を」
「ええ、皆色々な事情があって大人数に成ってしまいましたが」
といった具合にあまりに珍しい一行の境遇、旅の話を聞くのを菱は面白がり、興味が慶次からそっちに移ったので彼の負担が減ったのは幸運であった
ちなみに「将軍様に似ている」と言った通り、菱姫も父と同じくその手の話が好きでそれを聞くのを楽しみ、また、藍らとも親交を持った
相変わらず適当な飯屋に入って遅めの朝飯を食っていた一同だった
「いやはやこの蕎麦はいけますな!つけタレがまた深い!」
「ソウデスネ」
琥珀の何時もの食い物の感想にとりあえずで千鶴が返した
「ま、とりあえずどうするかね」
「そりゃお前と俺は城へだろ」
「慶次だけでいいだろ、めんどくさい‥書状は光友殿に貰ったんだし」
「お前な‥いや、まあ、お前が絶対行かなきゃならない訳ではないが」
「じゃあ頼む」
と京は剣術大会への手続きを慶次に押し付けた
「まぁ‥‥色々会っときたい連中も城に居るしな、ついでか‥」
そう返して慶次は消極的ながら請け負ったが、京は最初から所謂「お上」に関わるのが好きでないのも、それとなく知っていた為そこに配慮したのもある
尤も、江戸主催の剣術大会に出ようという者が城に上がるのを渋るのも妙な話だとも思っていたが、其々「個人の事情」なり「苦手なもの」があるのだろうとも思った。
それを追求する程、慶次も野暮では無いので事情を聞こうとは思わなかった
そこは彼の旅の仲間にしても同じだった、其々、特殊な事情あって「今」こうして皆で生きているのだ
「ところで、我々はどうします?京さん」
「まだ10日程ありますからね」
「ではゆっくり英気を養っておきましょう!」
其々言った為「そうだな、ではしばらく自由としよう。」そう京も言って席を立った
そこから慶次は京の代わりと旧友に顔見せついでに城へ京は街の店周り、藍は宿を探し取って、千鶴は琥珀に付き合って露店巡りである
午後には藍の取った宿に、と成った
夕食の場で、あまりに何時もどおりだった京に千鶴がまず
「あの‥大会に備えて何かしないのですか?」と言ったが、返ってきた言葉は「いや‥別に」だった
「いいんですかね?‥練習とかしなくて」
「んー、一週間くらい何かしたからと言って結果が変わる訳でも強くなる訳でもないしな、そもそも別に優勝する必要もないし」
「そうなんですか?」
「だってなぁ‥間違って勝ち抜きでもしてどっかに召抱えられても困るしめんどうだし‥だいたいお上は嫌いだ」
「そういえば何時もそういった件に関わるのは渋ってましたね」
「何か理由が?」
「私は元々侍の家の子でね、事があって家を取り上げられたんだ、その「お上」にな。だから基本的にあまり関わりたくない」
「そうだったんですか‥」
「そんなのが「多い」て訳でもないのは頭では理解しているのだが自分としてはそこは譲れん物があってね。ま「仕事」と成ればある程度は目をつぶるが‥飯を食わねばならんからな」
「なるほど‥」
「それなら「試合」の方も無理に出なくても良いのでは?ご不快でしょう」
「剣」は兄が残した唯一の財産だからな、もう居ない兄の代わりに見せる事が私の目的ではある、尤も、だからと言って必勝の念は無い、というだけさ」
「成る程」
「中途半端な答えですまぬが、私にも今はそうとしか言えん」
「いえ、十分です。お心の一端を見せて頂き」
「まあ、皆が気にする事ではないさ。私個人の心情だ」
「ですがどこかに召抱えられる、というのが優先で無いのは有り難いですね、京さんとの旅は楽しいですし、次の主が「まとも」であるとは限りません、むしろその可能性のが低い」
「ですな、各地を転戦しながらの食べ歩きは最高でござるよ!」
藍も琥珀も「旅をこのまま続ける」事の方が嬉しいらしい。そしてそれなりの期間、一緒に居た事での思いが其々あった
「わたくしもそれには同意です「自由」という堅苦しくない生き方も心が楽です」
同意なのは千鶴も、だったらしい
「とは言え、わざと負ける訳にもいかんがな、いや、それは自己を過大評価し過ぎか」
「どうかな?案外そうでも無いんじゃねーか?」
「ん?」
「俺も色んな剣士を見てきたが、お前に「勝てる」と言える奴の名が出て来ない、それほどの領域にあると思うぞ」
「そうかねぇ‥」
「少なくとも、俺は例の剣鬼「新井」以上の奴は見た事が無いがな」
「ま、勝負は時の運、ありゃ運が良かった、それにまあ、実際始まってみればハッキリするだろう」
「そうだなぁ、楽しみな事だ」
「ところで城の方はどうだった」
「おっと、そうだったな、予定通り10日後だ、おそらく二日掛けて行われる」
「武器は?」
「木刀、事前に伝えれば竹光でも良いそうだが」
「ではこのままでいいか‥」
「そうだな、ま、実は既に向こうには伝わっているがな」
「そうなのか?」
「光友様の書状に書いてあったそうだ」
「そりゃありがたい」
「ま、お前の技はそもそも小手打ちだし、頭を狙う事も無いだろ?さほど揉めはすまい」
「確かに、それに居合い術の者も居るだろうしな。まさかそういった技の者に木刀を使えとも言えんか」
「そういう事だ」
後日からの一行は話した通り「何時もどおり」だった。例によって京は藍らに一両渡して自由にさせた。京自体はこの時ばかりは流石に普段の「飯の種」の稼ぎは自重して
軽く体が訛らない程度に刀を振ったり千鶴の指導のついでに手合わせをした
一方城では将軍「徳川家光」と周囲の者一部で「この剣士は誰だ?」と成った。言うまでも無く京の事である
「光友殿と尾張柳生の推薦じゃ」
「成る程‥では怪しげな者では無いのですな」
「腕は勿論の事、「技」自体もかなり珍しい物を使うらしい」
「それは?」
「そこまでは書いておらぬが、そういう者がおってもよかろう?」
「たいした事が無ければ一戦で消えるし、そうで無ければ勝ち残る、それだけの事ではありますな」
「そういう事だな」
将軍徳川家光と言えば、自身も柳生に習い、新陰流を修めている、周囲に武の者も多く武断的政権の傾向が強い
故に彼は「御前試合」「剣術大会」の類を多く、自らすすんで行ったのは有名である
「ま、私としては十倉殿辺りに出てもらった方が楽しみは多いのだが」
「普通は名誉な事ですが、そういった類の事には出てきませんからなぁ」
「天才には変わった奴が多いからの、とは言え無理強いは出来んからな」
「ご尤もです」
「とりあえず、十倉が来ているなら菱にも伝えてやれ」
「は」
それから二日後
京ら一行が宿で昼飯を食っていると部屋の外から階段を駆け上がる足音と共に大声で呼びかけられる
「慶次!おるのか!」と
それを聞いて座って味噌汁を啜っていた慶次が盛大に「ブー!」と噴出した
対面に座っていた藍はお盆をサッと面前に掲げそれをブロックして防いだ
慶次が咳き込む中、一同の部屋に襖を破壊する勢いで少女がものすごい勢いで飛び込んでくる
「貴様!江戸に出てきておるのにわらわの所に来んとはどういう了見じゃ!!」
慶次はどうにか体勢を立て直して無理やり、勤めて平静を装いつつ返した
「こ、これは菱殿‥久しゅうございます」
「菱」と呼ばれた少女は年の頃は15~6、高級そうな着物のそれなりの身分の方と思われる井出たちであった。言葉遣いと態度を見ると、とてもそうは見えないが
「と、とりあえず落ち着いてください‥迷惑ですから」
「む?」
と菱はそこでようやく京ら一同を見てため息を吐いた後
入り口の襖を閉めて整えてその場に座った
「すまぬな、つい」
「いえ」
「まあ、慶次と話に来ただけだ」
「いえ、俺も忙しくてですね‥」
「悠長に飯を食ってた様にしか見えんがな。大体殿には会ってわらわに会わんとはひどい区別じゃな」
「ぐ‥」
「まあいい、後でちゃんとこっちにも来い」
「ハ!それは勿論。どの道10日前後は滞在致しますので」
「うん?と言うと剣術大会か?」
「ええ、出場はしませんが、手伝いを」
「ならいい。で?この者達は?」
「今度の試合に出る剣士です、拙者案内を申し付かりまして」
「はぁ?」と京が言いそうになったが
慶次が捨てられた犬の様な目で懇願の視線を向けてきたのでしかたなく京はテキトーに話しを合わせた
「天谷京です、尾張柳生と少々関わりがございまして。拙者が出る事に、地理不案内という事で慶次殿には案内をお願いしましてな」
「そうか、お主があの」
「ご存知で?」
「城じゃ「尾張柳生と光友殿が出してきた」という事でちょっとした噂になっておる」
「そうでしたか」
「ま、わらわも期待しておる」
「有難うございます」
「さて」
菱はそのまま立って部屋を出た、襖を開けて一度振り返ってから
「慶次はちゃんと後で顔を出すように」とクギを刺した
「はは‥」
嵐が去った後ようやく落ち着いて話せる場が戻って京が聞いた
「何なんだ‥あの子は‥」
「将軍様の末っ子だ‥」
「マジデ?」
「マジデ」
「一人で堂々と乗り込んできたが‥」
「そういうお人だ」
「しかし慶次殿にご執心の様ですが?どういう関わりが‥」
「あれがご執心に見えるのかね千鶴殿‥」
「普通自ら単身、街に出て、しかも乗り込んでこないでしょうに‥」
「まあ、ご執心‥なんだろうな‥」
「しかしどうしてそうなった」
「だいぶ前の話、菱殿がまだ幼子の頃、刺客があってな、俺が撃退したわけだが‥それ以来何かと付きまとって‥」
「ほほー」
「殿に貰ってくれぬか?と言われた事もあるが‥」
「良い話では?」
「冗談ではないぞ‥将軍の末っ子であまり本家に関係ないとは言え将軍の娘だぞ?、うっかり街に出て酒も飲めなくなるわ」
「ま、たしかに」
「大体あそこまでじゃじゃ馬だと心が休まる暇もないわ」
「確実に尻に敷かれるな」
「かと言って無下にも出来んという複雑な立場がだな‥」
「しかし単身で歩くのはどうかと思うが」
「ああ、アレは見た目はああだが、家光様に性格が似ておる、自身も新陰流をやっておるし、家光様も御忍びでよく街に出てくる、しかも菱殿は「刺客事件」の後えらく武芸に励んでな相当強いしなぁ‥」
「成る程、それで「楽しみにしている」な訳か」
「そういうこっちゃ」
「あまり期待されても困るんだがな」
大会、3日前。
一行の宿に使者が訪れる
「一応、の事として城近くに屋敷を用意しました、当日までそこへ」との事である
特に断る理由も無く京は「宿代掛からんのは有り難い」という、しょうもない理由でそれを受けた
実際平屋だがなかなかの良い家である、しかも世話人付きである、もう居なくていいと思うのだが何故か慶次も居座った
「城に行かないのかよ‥」
「察しろ‥」
京と慶次で交わされた、無論「菱」の件があるからである。ただ城に行くのを渋ったが、逆に菱の方から毎日訪問しては朝から晩まで居続けた
「ほほう、京殿らは全国の旅を」
「ええ、皆色々な事情があって大人数に成ってしまいましたが」
といった具合にあまりに珍しい一行の境遇、旅の話を聞くのを菱は面白がり、興味が慶次からそっちに移ったので彼の負担が減ったのは幸運であった
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