京の刃

篠崎流

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成長の跡

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尾張から荷物の護衛を受け、東へ向かった一行は依頼を果し
三河へ、そこから間を置かず駿河へ向かっていた

遠江の東町で宿を取った一同は何日か留まって一時休もう、という事になった

「あー、疲れた‥」部屋で慶次が畳にごろ寝する。その事からも分かる通り「いい加減どっかで何日か休もうぜ」と言ったのは彼である

「たいした移動じゃないだろ」
「大男がだらしないですね」
「慣れてないんでねぇ‥まあ、いいじゃないか急ぐ旅でもあるまい?」

「確かにそうですね、まだ時間はありますしせっかくの旅ですし、色々見ながらしたいものですね」
「賛成でござるよ、各地の美味しい物を食べながらこその旅ですよ!」

どうも千鶴と琥珀は慶次に賛成らしい、この時点で多数決は「ここで休もう」である。尤も決を取った訳ではないが


「まあいい、暫く自由行動にしよう」京も同意して

溜めてそのままの手持ちの金から藍、千鶴、琥珀に一両ずつ渡した

「食うなり、買い物するなり好きに、2,3日は留まる」

言いつつ、京自身も荷物を背負って立った

「私は商店を見回って掘り出し物を探してくる」
「おい京」
「なんだ?」
「俺のは?」
「何でお前に小遣いをやらにゃいかんのだ‥」
「流れ的に」
「‥」

京は呆れたのか、無言のままさっさと部屋を出て行った

「さて、お嬢さん方はどうするのかね?」
「私と琥珀は買い食いと情報収集です」
「わたくしはこの辺りの道場を」
「お!そりゃ面白そうだな、千鶴殿と行くか」
「はぁ‥構いませんけど、道場破りじゃないですよ?」
「まさかそんな事しないさ、見学だよ見学」

そういった流れで藍と琥珀は町回り。千鶴と慶次はどこか道場に、という事になり宿を出て町で剣術道場を人伝いに聞き探して歩いた、そこで村井というそこそこの術者の居る道場を聞き向かう

「どういう道場なんでしょう」
「さてね、ただ、遠江辺りと言えば一刀流の流れかな、たしか千鶴殿も一刀流の系統だろ?」
「ええ、基礎はそうですが‥もう自分の使う形としては殆ど夢幻流になってますから」
「ふむ。俺も実際、京と手を合わせたが厄介な技だよなぁ‥」

「徳川様の前でやった「技見せ」ですね」
「うむ」
「実際、組み打ち術や拳法の交差法に近い技が主ですからね、相手にとってはやり難いでしょうね」

交差法とは所謂、拳法に置ける攻防がセットになったカウンター戦法である、これは常に、攻撃と防御が連動する形ひとつに成っている為攻めるにしても守るにしても相手にし難い

千鶴と慶次の見解が同じなのは武芸者としては当然とも言える

二人が話しながら向かいその道場に辿り着く。先にも言ったが、道場破りの類でも無いので礼儀、礼節を持って挨拶し上がり、これまでの様に練習試合の形で千鶴が挑む

道場主は村井長、一刀流の源流とも言える鐘捲自斎の流れを組む、まだ30後半であるがなかなかの名士としても知られていた

相手が相手だけに、揉める事も無く、すんなり終わるだろうと特に今まで、各地の道場で腕試しや練習試合をしてきた千鶴は思っていた

その日も千鶴は単身で5人、連続で勝ち、師範代まで引っ張り出してそれにすら接線で勝った

京の夢幻流をかなり習得するに至っていた千鶴は慶次ですら驚く程の「力」を魅せた

「こりゃあ、俺がやっても苦戦するんだろうなぁ‥」と慶次自身も思わざる得ない程の強さ、それを千鶴は現時点で持っていた

その日の道場での手合わせも揉め事も無く終わり、双方礼をして分かれた、ただ、和やかとは言い難く。道場の門弟は悔しそうにしていて言葉少なくであった

まあ、それはそうだろうな、と慶次は思った。特に言わなかったが村井一刀流は「あの」剣術大会にも招かれている道場のひとつでもある

それを無名の女性剣士に全敗では悔しく思うのも理解は出来る、だが、一方で相手も立場があり、それ以上挑む事も

全員で掛かって千鶴を叩きのめすという見苦しい真似も出来ない、それだけに悔しさも余計にあったのだろう

慶次と千鶴は礼を払って宿に夕方戻った

「何か面白い事はあったか?」

宿で一同が集まった夕食の場で京がまず聞いた

「露店で売ってた串だんごが旨かったでござるよ、あの、甘く煮たトロッとした餡が‥」

琥珀の何時もの食い物の感想は軽く無視され藍が続いた

「護衛、荷物運びはそれほど目だって好条件なのは有りませんね、今のところ江戸に行く目的がハッキリしているので無理にやる必要も無いとは思いますが」
「そうだなぁ、まあ、金有りすぎなくらいだしな、気楽な旅を続けても問題なかろう」
「一応荷物運びはありましたので押さえてはおきましたが」
「どんな?」
「高級反物の生地運びですね、護衛というより、運搬その物もやる、どちらかと言えばただの配送ですが‥」
「うーん、出るのも明後日だしな、こっちは人数も要るし、ただの運搬でも、とりあえず受けていいんじゃないかな?、そもそも条件を付けて探す時間もないしな」
「分かりました、明日行って受けてきます」
「頼む」

「で、千鶴の方はどうだった?」
「何時もどおりでしたね」

京の言に千鶴が、そう返した事で「また安定して勝ったか」と一同にも伝わった

「しかしなんだな‥千鶴殿、いや、夢幻流は初見の相手だとまず負けんな」
「打つ手、技が多いし「種」が分かるまでも時間が掛かるからな」
「大会と成るとどうか?というのはあるなぁ」
「ま、たしかに、見抜く奴も出てくるだろうしな」

「ところで移動はどうします?京さん」
「んー、これと言って留まるべき物がある訳でも無し、予定通りかなぁ~」
「了解です」

一同は周知し再び後1日、自由行動の方針になった、ただ、その日の会合の夜、男子組でもある慶次と京は同室の部屋で道場での一件を話した

「む?、剣術大会に呼ばれている相手か」
「ああ、相手も立場が有る故、それ以上は無かったがかなり不満はあった様だ」
「うーむ‥」
「早い所、街を出たほうが良いかもしれん、あるいは何らかの配慮が」
「それはあるな」
「主の村井がどうこうというよりそれなりの名声のある道場と剣士門弟だ忠誠心過多の下の者が何かしでかさないとも限らん」
「とは言え、出るのはどうせ明後日だしなぁ、うーん」

そこで京は宿一階の居間に降り、琥珀を呼んで任せた

「なるほどー、そういう可能性はあるかもしれませぬな!」
「だが、あまり大げさに成ってもいらぬ不安を招く、護衛、というより理由を適当に付けて一緒に行動してくれ」
「お任せください!秘密道具の使いどころでござる!」
「派手にされても困るんだが‥」

翌日からの行動に千鶴に琥珀を付けた。何の根拠も無いという事と琥珀なら見た目がモロに子供なのでどの方面に対しても怪しまれない事

更に武も出来るがどちらかと言えば様々な道具を使った対応が出来る点である

ただ、千鶴は普通に町の空き地で剣術の練習に励んだ後、付き添った琥珀と露店巡り、夕方前には宿に戻り事なきを得、心配は杞憂であり、安堵した

その日の夜には荷物運びの仕事を請け負った藍、京、慶次らも、それぞれ委託され、預かった背負い箱を持ち合流した

「まあ、何も無くて良かったな」と京は言ったが実際はそうではなかった


翌日、荷物運びと同時に出立し、しばらく歩いた所で街道の左右の林から浪人の一団が前に立ちはだかる様に現れる

「あれま‥このタイミングか‥」

思わず慶次が呟いた、そう思うのは当然でもある。

相手は6人、村井道場の、まだ若い門弟しかも真昼間である、普通このタイミングでは仕掛けない

が同時。彼らは夜盗の類では無く「普通の浪人、剣士」であるから策を弄する人間でもないのだろうなとも思った、そしてそれは「彼ら」の発言からも見て取れた

「先日は我々に機会が与えられず、臍を噛んだが今回は相手をしてもらう」

向こうからそう言って最前の男が刀を抜いたのだ

「ならば私が‥」 いち早く前に歩み出て千鶴も腰の物に手を掛けた

相手の目的が道場での一件での事なら、千鶴と剣を合わせるのが目的だろう。それに、正面から挑んでくるなら手助け、助勢が必要とも思えないし

そこは千鶴に任せる事にした、京らも数歩離れて荷物を降ろし、もしもの時にだけ備えて見学を決め込んだ

「ま、実際千鶴殿とやらない事には相手も納得しないだろうしなぁ‥」
「正面から来る、というなら任せるさ。そもそも一対一なら負けまい?」

慶次と京もボソっと言った、まったくもってそのとおりである

「夢幻流の千鶴です」
「一刀流の門弟、春日部だ」

お互い名乗って構え、相手がすり足で一歩出て同時横に剣を払った

千鶴もそれを「防ぐ」と「払う」の同時の剣激を合わせて抜きながら返し互いの刀が弾かれ、一歩距離を作った

別に春日部は「試す」つもりは無かった、ちゃんと斬りに行った攻撃だったが、千鶴はそれを鏡に映したような同じ動きで合わせて止めたのだ

口には出さなかったが「やるな、流石に」と春日部も呟いた、だが実際は「やるな」ではない。この時点刀を千鶴が返して合わせた時点で勝負は決まっていた

春日部は刀を上段にわずかに構えた、そして一撃目と同じ様に、右足を一歩踏み出すのと同時の

振り下ろしの「斬り」を放った。放とうとした、瞬間振り下ろされた刀を握る右手に千鶴の「小手打ち」が先に当てられた

「?!」

声にならない声を挙げ、春日部は右手を瞬間的な痛みからサッと引いた。その怯んだ隙を見逃さず右の首筋、頚動脈に軽く刀を当て

千鶴は春日部をその場に失神させた、雑草のばらばらと生える道に崩れるように倒れもう動かなかった

僅か三合の勝負である、しかも小手打ち、首筋への当て、何れも怪我をする程の打撃ではない

小手打ちは手首より肘側、痺れがしばらく残る程度に打ち意識を逸らし、その僅かな「怯み」の瞬間ギリギリ昏倒する程度に打撃を打った

「もう名人の領域だなぁ‥」思わず慶次が呟き
「前は野戦の方が苦手だった様に思いましたが、今は逆ですね‥」

そう言わざる得ない程圧倒的だった。だが、実際はそうではない。

春日部との一合目で刀を千鶴が同じく合わせた、その時点で千鶴は相手の「速さ」「剣筋」を覚えた、後は夢幻流のカウンターの小手打ちを返すだけ

それが嵌っただけで、春日部と千鶴の力に大きな差があった訳ではない

この結果を見て、村井道場の門下生、残りの5人も目を細め、一瞬刀に手を掛けたが、直ぐにそれを引っ込め

昏倒した春日部に二人寄って、彼を両脇から抱え起こして背を向けた

千鶴をチラリと見て恨めしそうな顔はしていたが終始無言のまま黙って去っていった

この一団の門弟の中で一番腕に自信があったのが彼であり、それがあっさり敗北した事、しかもまったく斬らずに

「自分たちがどうにか出来る相手ではない」というのが素直に引かせた理由である

彼らの姿が見えなくなった所でようやく千鶴も刀を納め、背後で構えた京らも力を抜いた

「ふう‥どうにか大事にせず片付きました‥」と千鶴も息を吐いた
「見事だったな」短い京の一言だったが

「ありがとうございます。師の教え良いですから」千鶴にはそれが何よりのねぎらいだった

京と慶次と藍は一度下ろした荷物を再び担いで促し、一同は歩き出した

こうして、遠江の些細な事件は大きな「事」にならず終えたのである


だが一方で、慶次は別に思いもあった。剣術大会に招かれている道場の者がこのような事をしでかしたことである

本来なら報告すべき事かとも思ったのだが「そうしたら」きっと京も千鶴も後味が悪かろうとも思いあえて黙殺することになった

「ま、それ以前に、俺の気分も悪いがな」

というのも勿論あったが

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