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夏終わりの陰謀・Ⅱ
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だが、その「明日」を迎える前に事件が起きる。それは日付変わる直前の事である
「裏」と藍が報告した通り、闇討ちの人員を義母は屋敷に送ったのである
が、相手は少ない、たった三人である、そして専門家ではあったが。藍に比べればそれほど大した相手では無かった
それらは屋敷の屋根に降り立ち、入り込む隙を伺っていた、屈んで屋根板を外す作業を始めた、手際は悪くない
そこまで観察してから藍はその3人に近づいて小太刀を無造作に相手の面前に突き出した
まるで暗闇の中から刀だけヌッと出てきた様に感じる程。藍の接近に気がつかなかった、それほどの隠密の業なのである
刀を突きつけられそこでようやく「敵」が居た事に気がつく刺客、それだけで「勝てる相手では無い」と確信した。全く動けず、刺客は目だけソチラに向けて見た
「彼女」はまだ15,6の小娘だった、しかし出で立ちから
明らかに同業者でもある、が、その業は明らかに上忍以上の物である。だから何も出来なかった。本来ならもう死体が3つ出来ている状況であるが藍は
「忍を送っても無駄だ「私が居る」限り、雇い主にそう伝えろ、そして帰れ」
そう言ったのだ、その言に刺客も驚いた
「本来なら」なのである
「正気か‥逃げろと言うのか‥」相手もそう疑問を返した
生かしておく意味等無いのだから
「どうしても死にたいのなら殺してやる‥、が、我主は殺生を好まぬ。だから見逃してやる、今言った事を伝えろ、戻れ」
そういわれ、大人しくそれに従った。とんだ甘ちゃんだとも思ったが彼らにとっては幸運だった。この状況から生きて帰れるのだから
「伝えろ」と言われた通り。戻って雇い主に報告した、向こうは手に持っていた扇子を投げつけ怒ったが、その程度で済んだ事自体、失敗した彼らには幸運である
だが報告を受けた継母は同時別の手を打っていた。それは明け方の事である。竜馬の屋敷から「姫」と「藍」が消えたのである
「どういう事だ?!」叫んで竜馬は飛び起き、即座に家を出た
「兎に角探すんだ!」と町へ飛び出した
護衛の1人でもある彼の友人源太も後を追う、が。アテも無しに探しても徒労に終わるのは目に見えている。故に、京はまず屋敷の周囲を回った
すると屋敷の左右に分かれる道の一方に何かが落ちているのを確認する、それに寄って確認して拾う京
「赤か‥緊急か。だが、藍は付いているか」
それは朱に色付けした米、忍者道具の一つで目印に使う物である、それで状況を理解した
藍は元は忍者、お互いそれを知っている為二人の間で分かる様に「もしもの時の為」に忍具の効果、意味も、情報交換してある。故に京にも分かった
京はそのまま駆け、分かれ道ごとに撒いてある色つきの米を辿り後を追った
ほぼ同刻、町外れの街道の脇を川原に降りた所に「姫」は立った、朝もやの掛かる中周囲を見渡しソレを探し、待った
10分程待った所で対面から目的の相手の一団が現れ、声を掛けた、相手も、自分も
「継母」
「千鶴」と
「ほんとに1人で来たか」
「そう書状にあったから」
そう言った通り、継母の深夜の刺客の仕掛けは二つである、直接忍者を送り殺すか、失敗の可能性も考え同時に千鶴の部屋へ手紙を投げる
一つ目は失敗、二つ目は成功、そしてこの様な状況を作った
文面は単純「これ以上無関係な者を巻き込むな、話があるなら1人で○○へ来い」である
「お前は馬鹿なのか?ノコノコ1人でやってくるとは」
「かも知れない、それでも自分は話したかったから‥」
「よかろう、聞こう」
「弟に家督を譲る、私はどこか別の国へ嫁に行くそれでは不満なのか?」
「当然じゃろ‥お前を支持する者が多い、生きていれば一時、わが子が君主に成っても、お前を担ぎ出す事がありえる」
「そうか‥どうしてもダメなのか‥自分は身内で殺し合い等したくは無いのだが」
「どう思おうとお前の勝手、だが私はお前が居ては心の安らぎは得られんのじゃ」
何か解決手段は無いのか‥そう千鶴は思い、考えたがそれを相手は許してくれなかった
「後は任せる、御主ら」と継母は声を掛け下がった。彼女が連れてきた一団、10人からの剣士が刀を抜いて構えた
千鶴姫は自分も武芸は出来る、その為に雇った連中だが、これは過大戦力と言える、流石にこの人数を相手にして、彼女が勝てるとは思えなかった
「だからと言って、殺されてやる訳にもいかない‥」
そう呟いて千鶴も刀を抜いて構えた
この戦いは一対一〇、まともに勝負にならない。だが、勝てないなら、と千鶴も徹底して下がり「受け」を使い隙に反撃を返す事を試みた
故に長引いて3分の打ち合いの中1人どうにか腕を斬って倒し、戦闘不能にした、ようやく1対9になった、が、そこで急に千鶴の動きが鈍る
おそらく連続する斬り合いに想像以上に心身ともに疲労したのだろう、呼吸が乱れ、体が沈む
ここまでか、そう思った時、千鶴の面前に居た敵の足に、飛びクナイが突き刺さって1人、膝を折った、同時一団と千鶴の間に藍が跳び、割り込み「間」を作った
「御主!?」
そう千鶴が声を挙げ、敵も慄いて自然と数歩下がった
「多勢に無勢です、千鶴殿は下がってください」
藍は言いつつ小太刀を構えて相手を睨み牽制した
(京さんが来るまで、動きたく無かったけど、しかたない‥)
そう、呟いた通り、藍は京を待って動かなかったのだが千鶴が斬られては元も子もなく、仕方なく単独で戦いの場に躍り出た
「たかが1人増えただけ」と相手も藍に斬りかかるが
それを藍は小太刀で受け止め、どてっ腹に横蹴りを全力で叩き込んで1人吹き飛ばして返した
背中から地面に叩き付けられて相手はそのまま転がって叫ぶと息を吐いたような声を挙げ悶絶する、無論それで引くような相手では無い
次々と藍に斬りかかるが、次撃を今度は前に跳びかわしながら懐に潜り込み、左の篭手拳でみぞおちを突き上げもう一人昏倒させた
「これで2対7‥いや、1対7か‥」
そう、千鶴は加勢しようと思ったが「動けなかった」体も足も動かなかった、それを確認していた藍は、故に物の数に入れなかった。とは言え、藍もそこまで無双出来る程強い訳では無い
「夜」なら兎も角、今は「朝」だ
正統な乱闘や戦いとなれば、剣術家でない藍には苦しい。そもそも得意な舞台では無い
それでもどうにかもう1人投げ飛ばして地面に落とし、顔面を蹴って気絶させ「1対6」にはしたが、ここで藍も息が上がってくる
これは苦しい、と自信も思った途端、京が間に合う
「千鶴、藍!」と道を駆け、その場に割り込んだ
ほんとに良いタイミングで間に合う思わず藍も
「遅いです‥京さん」と軽口を言った
「すまんね、けど、藍も一声くれればよかったのでは」
「申し訳ありません、千鶴様も追わねば成らなかったので」
「なら、お互い様だな」
「そうですね」
「安心感」それが二人の会話にも現れていた。それほど二人が組むと誰が相手でも負けない、そう思わせる物が両者にはあった
「ならさっさと残りを片付けよう」
「はい」
そして前に京、後ろに藍、という何時ものコンビで残った相手と打ち合う、それは1分で終わった
はっきり言って倍の人数でも二人なら楽勝だろう、それほど圧倒的に強かった。全員叩きのめして失神、昏倒させた後、二人は刀を納めた
「さて‥」と京は1人残って立ち尽くす「継母」の前へ出た
彼女は苦虫を噛み潰した様な顔をしていたが、慌ても狼狽もしていなかった
「わらわをどうするつもりじゃ?」そう堂々と言った、流石というべきか
「要は、千鶴姫が居なくなればいいんだろ?」京は頭を掻いてそう言う
「どういう事じゃ?」
「‥そうだなぁ、姫はどこか他所の土地に行く、うちらが連れて行く、だからもう追うな、後継ぎはお前の好きにしろ」
「それを呑むと思うのか?」
「頼んでいる訳じゃない、交渉だ、何ならアンタを斬っても構わんぞ?」
「ぬ‥」
「後は姫に最後まで付いた竜馬殿の安全、こっちはそれを守れば、アンタのやった事も忘れよう、それで姫もこの地に戻らん、後の事は好きにしろ、神隠し、事故死、失踪、なんでも」
「‥呑む、しかないようじゃな」
「ま、正解だ、ヘタな事は考えんほうがいい、こっちはアンタを闇討ちする等容易い事、そしてそっちの秘密も知る、家ごと無くしたくはなかろう?」
「いいだろう‥」
と交換条件に同意する
「それでいいか?千鶴?」
「え‥ええ」
「そういう事だ、じゃあな奥方殿」
「待て」
「なんだ?」
そこで継母は包みを差し出した
「金?」
「そこで寝ている連中に払う物「だった」が貴様らにやる」
「ま、口止め料に貰っておく」
とバッと京は言って包みを取って背を向けた
「行くぞ、二人共」
「は、はぁ‥」
どうも腑に落ちないという風だった二人だが、そう言われ、後に着いた、たち尽くして見送る継母を尻目に一同は立ち去った
「宜しいのですか?京さん」
「いいんだ、こっちがどう下でに出ても、受けない、というならあれで」
「しかし約束を守るとも思えませんが」
「そうでもない、お互いがお互いの秘密を持っていれば、動けんもんさ」
「一理ありますね」
「それに、向こうが約束、交換条件を守らない、というならこっちにも対抗手段が大いにある」
「そうですね‥それこそ中央、幕府にでも暴露するなり。あるいはホントに闇討ちして排除するか」
「この場合、条件や約束を破って痛いのは寧ろ向こうだ。奥方様もだんまりを決め込む可能性が高い。いらんことせんでも、「黙って消えてくれる二度と戻らない」なら余計な事をする必要もないさ」
「なるほど」
「まあ、一度屋敷に戻ろう、竜馬殿も心配している」
そして屋敷に戻った後、一連の事情を説明した、竜馬らも驚いていたが、既に纏まった話となれば否定しようが無かった
やはり「しかし奥方様が約束等守るとは‥」とまたも言うが、先ほどの京の見解をもう一度示して妥協させた
「分かりました、姫は何時出られますか?」
「早い方がいい」
「わらわは別に何時でも、覚悟は出来ている、どの道捨てる命、それが有っただけで十分だ」
「よかろう、明日にでも出よう」
「分かった」
「ほんとに宜しいのですか?」
「うむ、町人として生きるのも悪くないし、どこか貰い先があればそれでいい」
「さて」と京は切って話しを切り替え懐から先ほど受け取った包みを出して広げた
「これは‥」
「ずいぶん多いですな‥」
「80両はあるな」
そこで2枚京は取り、藍も2枚取った
「これで護衛料、口止め料だな」
「はい」
「後の半分は竜馬殿達、もう半分は千鶴殿に」
「ちょっ!待ってください」
「いいんだ、それ以上は貰えん、相場ってのがある」
「しかし‥」
「それにだ、御主らも後の事がある、特に千鶴殿はもう姫では無くなるのだ、金はいくらあってもいいだろう、身を救う事もある」
「たしかに」と竜馬も唸って頷いた
「とりあえず、千鶴殿は我々の旅に同道してどこか別の土地へ、そのほうが安全だ。その後は自由にすればいい、ま、学も剣もある仮に町人として生きるにも、どこかに貰われるにしても、それほど苦労はすまい」
「分かりました」
そう言って一同も了承した
後日、二人旅が三人旅となって出立することとなる。竜馬はやはり残念そうにはしていた
実力、能力からもやはり跡取りは千鶴にと最後まで、この瞬間まで考えていたからである。しかし「姫様の決めた事」となればそれを尊重しようとも思っていた
早朝の別れの場で
「どうかお達者で」
「今までわらわなどに尽くしてくれて有り難う竜馬」
「いえ」
「御主は今後どうする?」
「拙者もいずれ、ここを出ようと思っています‥」
「そうじゃろうな‥」
「いかに保障すると言われてもあの奥方には付けません」
「そうじゃな、特に裏を知っている御主は」
「はい、姫様もどうか幸せに」
「うむ、また、どこかで会いたいものじゃ」
そう言われ、竜馬も思わず泣きそうになっていた。彼にも事情がある、まさか自分も姫と共に、とは言えない故でもある、だから自ら喝を入れ、せめて、笑って見送ったのである
道中。千鶴は歩くの止め、京と藍に言った
「次の土地、と言わず、その後も連れて行ってくれぬか」
「そう言われてもなぁ‥」
「お姫様をアテの無い旅に連れて行くのは‥」
立て続けに返された
「わらわは町人の生活等分からない、せめて教えて欲しい」
「どうします?」
「うーん‥」
「まあ、千鶴殿の言う事も尤もではあるな。いきなり放り出されても困るわな」
「では!」
「ああ、千鶴殿が飽きるまで、好きにしていいよ」
「有り難う‥京殿」
「ただ」
「?ただ?」
「わらわ、は止めてくれ、それだけの家の人間であるのがバレバレだ」
「う、うむ、分かった」
千鶴のその言い方が面白かったのか、京も藍も背中越しにクスッと笑った、だがそれ以上に仲間が増えるのは悪い事ではなかった
「じゃあ、行こうか、旅の続きに」
「はい!」
こうして二人旅が三人に成ったのであった。ただ「せめて、教えて欲しい」はずっと続く事と成り三人が別れる事は無かったのだが
一方、これより二ヶ月の後の話しであるが
千鶴の実父はそのまま病床のまま亡くなる、が「あの」奥方も亡くなる
城の階段から滑り落ち頭を打って昏倒、そのまま意識が戻らず死んだのである、所謂、脳挫傷のまま外傷性脳内血腫での死亡である
自分の「子」千鶴の弟が後を継いで家は続いたが、その元で「権勢」を振るうという継母の目的は果されなかったのである、「罰が当った」と京らなら思ったかもしれない。が、それを三人が知るのはかなり後の話しであった
ただ、そのおかげで「太崎竜馬」はそのまま土地と家に残る事になった、幼い当主を捨てて行くという判断も無かったのである、実に彼らしいと言えばらしかった
それが功か不幸かはまだ分からない事であるが。侍という立場、育った土地を捨てずに済むのは彼には有り難い事であったかもしれない
これが一連の事件の顛末である
「裏」と藍が報告した通り、闇討ちの人員を義母は屋敷に送ったのである
が、相手は少ない、たった三人である、そして専門家ではあったが。藍に比べればそれほど大した相手では無かった
それらは屋敷の屋根に降り立ち、入り込む隙を伺っていた、屈んで屋根板を外す作業を始めた、手際は悪くない
そこまで観察してから藍はその3人に近づいて小太刀を無造作に相手の面前に突き出した
まるで暗闇の中から刀だけヌッと出てきた様に感じる程。藍の接近に気がつかなかった、それほどの隠密の業なのである
刀を突きつけられそこでようやく「敵」が居た事に気がつく刺客、それだけで「勝てる相手では無い」と確信した。全く動けず、刺客は目だけソチラに向けて見た
「彼女」はまだ15,6の小娘だった、しかし出で立ちから
明らかに同業者でもある、が、その業は明らかに上忍以上の物である。だから何も出来なかった。本来ならもう死体が3つ出来ている状況であるが藍は
「忍を送っても無駄だ「私が居る」限り、雇い主にそう伝えろ、そして帰れ」
そう言ったのだ、その言に刺客も驚いた
「本来なら」なのである
「正気か‥逃げろと言うのか‥」相手もそう疑問を返した
生かしておく意味等無いのだから
「どうしても死にたいのなら殺してやる‥、が、我主は殺生を好まぬ。だから見逃してやる、今言った事を伝えろ、戻れ」
そういわれ、大人しくそれに従った。とんだ甘ちゃんだとも思ったが彼らにとっては幸運だった。この状況から生きて帰れるのだから
「伝えろ」と言われた通り。戻って雇い主に報告した、向こうは手に持っていた扇子を投げつけ怒ったが、その程度で済んだ事自体、失敗した彼らには幸運である
だが報告を受けた継母は同時別の手を打っていた。それは明け方の事である。竜馬の屋敷から「姫」と「藍」が消えたのである
「どういう事だ?!」叫んで竜馬は飛び起き、即座に家を出た
「兎に角探すんだ!」と町へ飛び出した
護衛の1人でもある彼の友人源太も後を追う、が。アテも無しに探しても徒労に終わるのは目に見えている。故に、京はまず屋敷の周囲を回った
すると屋敷の左右に分かれる道の一方に何かが落ちているのを確認する、それに寄って確認して拾う京
「赤か‥緊急か。だが、藍は付いているか」
それは朱に色付けした米、忍者道具の一つで目印に使う物である、それで状況を理解した
藍は元は忍者、お互いそれを知っている為二人の間で分かる様に「もしもの時の為」に忍具の効果、意味も、情報交換してある。故に京にも分かった
京はそのまま駆け、分かれ道ごとに撒いてある色つきの米を辿り後を追った
ほぼ同刻、町外れの街道の脇を川原に降りた所に「姫」は立った、朝もやの掛かる中周囲を見渡しソレを探し、待った
10分程待った所で対面から目的の相手の一団が現れ、声を掛けた、相手も、自分も
「継母」
「千鶴」と
「ほんとに1人で来たか」
「そう書状にあったから」
そう言った通り、継母の深夜の刺客の仕掛けは二つである、直接忍者を送り殺すか、失敗の可能性も考え同時に千鶴の部屋へ手紙を投げる
一つ目は失敗、二つ目は成功、そしてこの様な状況を作った
文面は単純「これ以上無関係な者を巻き込むな、話があるなら1人で○○へ来い」である
「お前は馬鹿なのか?ノコノコ1人でやってくるとは」
「かも知れない、それでも自分は話したかったから‥」
「よかろう、聞こう」
「弟に家督を譲る、私はどこか別の国へ嫁に行くそれでは不満なのか?」
「当然じゃろ‥お前を支持する者が多い、生きていれば一時、わが子が君主に成っても、お前を担ぎ出す事がありえる」
「そうか‥どうしてもダメなのか‥自分は身内で殺し合い等したくは無いのだが」
「どう思おうとお前の勝手、だが私はお前が居ては心の安らぎは得られんのじゃ」
何か解決手段は無いのか‥そう千鶴は思い、考えたがそれを相手は許してくれなかった
「後は任せる、御主ら」と継母は声を掛け下がった。彼女が連れてきた一団、10人からの剣士が刀を抜いて構えた
千鶴姫は自分も武芸は出来る、その為に雇った連中だが、これは過大戦力と言える、流石にこの人数を相手にして、彼女が勝てるとは思えなかった
「だからと言って、殺されてやる訳にもいかない‥」
そう呟いて千鶴も刀を抜いて構えた
この戦いは一対一〇、まともに勝負にならない。だが、勝てないなら、と千鶴も徹底して下がり「受け」を使い隙に反撃を返す事を試みた
故に長引いて3分の打ち合いの中1人どうにか腕を斬って倒し、戦闘不能にした、ようやく1対9になった、が、そこで急に千鶴の動きが鈍る
おそらく連続する斬り合いに想像以上に心身ともに疲労したのだろう、呼吸が乱れ、体が沈む
ここまでか、そう思った時、千鶴の面前に居た敵の足に、飛びクナイが突き刺さって1人、膝を折った、同時一団と千鶴の間に藍が跳び、割り込み「間」を作った
「御主!?」
そう千鶴が声を挙げ、敵も慄いて自然と数歩下がった
「多勢に無勢です、千鶴殿は下がってください」
藍は言いつつ小太刀を構えて相手を睨み牽制した
(京さんが来るまで、動きたく無かったけど、しかたない‥)
そう、呟いた通り、藍は京を待って動かなかったのだが千鶴が斬られては元も子もなく、仕方なく単独で戦いの場に躍り出た
「たかが1人増えただけ」と相手も藍に斬りかかるが
それを藍は小太刀で受け止め、どてっ腹に横蹴りを全力で叩き込んで1人吹き飛ばして返した
背中から地面に叩き付けられて相手はそのまま転がって叫ぶと息を吐いたような声を挙げ悶絶する、無論それで引くような相手では無い
次々と藍に斬りかかるが、次撃を今度は前に跳びかわしながら懐に潜り込み、左の篭手拳でみぞおちを突き上げもう一人昏倒させた
「これで2対7‥いや、1対7か‥」
そう、千鶴は加勢しようと思ったが「動けなかった」体も足も動かなかった、それを確認していた藍は、故に物の数に入れなかった。とは言え、藍もそこまで無双出来る程強い訳では無い
「夜」なら兎も角、今は「朝」だ
正統な乱闘や戦いとなれば、剣術家でない藍には苦しい。そもそも得意な舞台では無い
それでもどうにかもう1人投げ飛ばして地面に落とし、顔面を蹴って気絶させ「1対6」にはしたが、ここで藍も息が上がってくる
これは苦しい、と自信も思った途端、京が間に合う
「千鶴、藍!」と道を駆け、その場に割り込んだ
ほんとに良いタイミングで間に合う思わず藍も
「遅いです‥京さん」と軽口を言った
「すまんね、けど、藍も一声くれればよかったのでは」
「申し訳ありません、千鶴様も追わねば成らなかったので」
「なら、お互い様だな」
「そうですね」
「安心感」それが二人の会話にも現れていた。それほど二人が組むと誰が相手でも負けない、そう思わせる物が両者にはあった
「ならさっさと残りを片付けよう」
「はい」
そして前に京、後ろに藍、という何時ものコンビで残った相手と打ち合う、それは1分で終わった
はっきり言って倍の人数でも二人なら楽勝だろう、それほど圧倒的に強かった。全員叩きのめして失神、昏倒させた後、二人は刀を納めた
「さて‥」と京は1人残って立ち尽くす「継母」の前へ出た
彼女は苦虫を噛み潰した様な顔をしていたが、慌ても狼狽もしていなかった
「わらわをどうするつもりじゃ?」そう堂々と言った、流石というべきか
「要は、千鶴姫が居なくなればいいんだろ?」京は頭を掻いてそう言う
「どういう事じゃ?」
「‥そうだなぁ、姫はどこか他所の土地に行く、うちらが連れて行く、だからもう追うな、後継ぎはお前の好きにしろ」
「それを呑むと思うのか?」
「頼んでいる訳じゃない、交渉だ、何ならアンタを斬っても構わんぞ?」
「ぬ‥」
「後は姫に最後まで付いた竜馬殿の安全、こっちはそれを守れば、アンタのやった事も忘れよう、それで姫もこの地に戻らん、後の事は好きにしろ、神隠し、事故死、失踪、なんでも」
「‥呑む、しかないようじゃな」
「ま、正解だ、ヘタな事は考えんほうがいい、こっちはアンタを闇討ちする等容易い事、そしてそっちの秘密も知る、家ごと無くしたくはなかろう?」
「いいだろう‥」
と交換条件に同意する
「それでいいか?千鶴?」
「え‥ええ」
「そういう事だ、じゃあな奥方殿」
「待て」
「なんだ?」
そこで継母は包みを差し出した
「金?」
「そこで寝ている連中に払う物「だった」が貴様らにやる」
「ま、口止め料に貰っておく」
とバッと京は言って包みを取って背を向けた
「行くぞ、二人共」
「は、はぁ‥」
どうも腑に落ちないという風だった二人だが、そう言われ、後に着いた、たち尽くして見送る継母を尻目に一同は立ち去った
「宜しいのですか?京さん」
「いいんだ、こっちがどう下でに出ても、受けない、というならあれで」
「しかし約束を守るとも思えませんが」
「そうでもない、お互いがお互いの秘密を持っていれば、動けんもんさ」
「一理ありますね」
「それに、向こうが約束、交換条件を守らない、というならこっちにも対抗手段が大いにある」
「そうですね‥それこそ中央、幕府にでも暴露するなり。あるいはホントに闇討ちして排除するか」
「この場合、条件や約束を破って痛いのは寧ろ向こうだ。奥方様もだんまりを決め込む可能性が高い。いらんことせんでも、「黙って消えてくれる二度と戻らない」なら余計な事をする必要もないさ」
「なるほど」
「まあ、一度屋敷に戻ろう、竜馬殿も心配している」
そして屋敷に戻った後、一連の事情を説明した、竜馬らも驚いていたが、既に纏まった話となれば否定しようが無かった
やはり「しかし奥方様が約束等守るとは‥」とまたも言うが、先ほどの京の見解をもう一度示して妥協させた
「分かりました、姫は何時出られますか?」
「早い方がいい」
「わらわは別に何時でも、覚悟は出来ている、どの道捨てる命、それが有っただけで十分だ」
「よかろう、明日にでも出よう」
「分かった」
「ほんとに宜しいのですか?」
「うむ、町人として生きるのも悪くないし、どこか貰い先があればそれでいい」
「さて」と京は切って話しを切り替え懐から先ほど受け取った包みを出して広げた
「これは‥」
「ずいぶん多いですな‥」
「80両はあるな」
そこで2枚京は取り、藍も2枚取った
「これで護衛料、口止め料だな」
「はい」
「後の半分は竜馬殿達、もう半分は千鶴殿に」
「ちょっ!待ってください」
「いいんだ、それ以上は貰えん、相場ってのがある」
「しかし‥」
「それにだ、御主らも後の事がある、特に千鶴殿はもう姫では無くなるのだ、金はいくらあってもいいだろう、身を救う事もある」
「たしかに」と竜馬も唸って頷いた
「とりあえず、千鶴殿は我々の旅に同道してどこか別の土地へ、そのほうが安全だ。その後は自由にすればいい、ま、学も剣もある仮に町人として生きるにも、どこかに貰われるにしても、それほど苦労はすまい」
「分かりました」
そう言って一同も了承した
後日、二人旅が三人旅となって出立することとなる。竜馬はやはり残念そうにはしていた
実力、能力からもやはり跡取りは千鶴にと最後まで、この瞬間まで考えていたからである。しかし「姫様の決めた事」となればそれを尊重しようとも思っていた
早朝の別れの場で
「どうかお達者で」
「今までわらわなどに尽くしてくれて有り難う竜馬」
「いえ」
「御主は今後どうする?」
「拙者もいずれ、ここを出ようと思っています‥」
「そうじゃろうな‥」
「いかに保障すると言われてもあの奥方には付けません」
「そうじゃな、特に裏を知っている御主は」
「はい、姫様もどうか幸せに」
「うむ、また、どこかで会いたいものじゃ」
そう言われ、竜馬も思わず泣きそうになっていた。彼にも事情がある、まさか自分も姫と共に、とは言えない故でもある、だから自ら喝を入れ、せめて、笑って見送ったのである
道中。千鶴は歩くの止め、京と藍に言った
「次の土地、と言わず、その後も連れて行ってくれぬか」
「そう言われてもなぁ‥」
「お姫様をアテの無い旅に連れて行くのは‥」
立て続けに返された
「わらわは町人の生活等分からない、せめて教えて欲しい」
「どうします?」
「うーん‥」
「まあ、千鶴殿の言う事も尤もではあるな。いきなり放り出されても困るわな」
「では!」
「ああ、千鶴殿が飽きるまで、好きにしていいよ」
「有り難う‥京殿」
「ただ」
「?ただ?」
「わらわ、は止めてくれ、それだけの家の人間であるのがバレバレだ」
「う、うむ、分かった」
千鶴のその言い方が面白かったのか、京も藍も背中越しにクスッと笑った、だがそれ以上に仲間が増えるのは悪い事ではなかった
「じゃあ、行こうか、旅の続きに」
「はい!」
こうして二人旅が三人に成ったのであった。ただ「せめて、教えて欲しい」はずっと続く事と成り三人が別れる事は無かったのだが
一方、これより二ヶ月の後の話しであるが
千鶴の実父はそのまま病床のまま亡くなる、が「あの」奥方も亡くなる
城の階段から滑り落ち頭を打って昏倒、そのまま意識が戻らず死んだのである、所謂、脳挫傷のまま外傷性脳内血腫での死亡である
自分の「子」千鶴の弟が後を継いで家は続いたが、その元で「権勢」を振るうという継母の目的は果されなかったのである、「罰が当った」と京らなら思ったかもしれない。が、それを三人が知るのはかなり後の話しであった
ただ、そのおかげで「太崎竜馬」はそのまま土地と家に残る事になった、幼い当主を捨てて行くという判断も無かったのである、実に彼らしいと言えばらしかった
それが功か不幸かはまだ分からない事であるが。侍という立場、育った土地を捨てずに済むのは彼には有り難い事であったかもしれない
これが一連の事件の顛末である
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享保の改革の一環として吉宗が大奥の人員を削減しようとした際、それに協力する代わりとして大奥を去る美女を中心として結成されたのだ。
どうせ何も出来ないだろうとたかをくくられていたのだが、逆に大した議論がされずに奉行が設置されることになった結果、女性の保護の任務に関しては他の奉行を圧倒する凄まじい権限が与えられる事になった。
そして奉行を務める美女、伊吹千寿の下には、〝熊殺しの女傑〟江沢せん、〝今板額〟城之内美湖、〝うらなり軍学者〟赤尾陣内等の一癖も二癖もある配下が集う。
権限こそあれど予算も人も乏しい彼女らであったが、江戸の町で女たちの生活を守るため、南北町奉行と時には反目、時には協力しながら事件に挑んでいくのであった。
座頭の石《ざとうのいし》
とおのかげふみ
歴史・時代
強者が支配する市井のなかで、誠実であろうとする儚い者達へ
江戸へと旅をする石は、旅の途中で母娘の親子と知り合い、街道沿いの町に留まることになる。
宿場の町を仕切る渡世人の首領に目をつけられ無益な闘いを避けようとする石だったが…
風と雲 丸山遊郭異剣譚
東雲紫雨
歴史・時代
旧題:邪剣使い
生真面目でカタブツの香月左馬之介は、ある日、父・主税に突然遊郭へ呼び出され、思いもよらぬ告白をされることになる。父の思惑に左馬之介はある決心をする表題作『邪剣使い』。華やかな夜の街を暗躍する隠密や間者、刺客が左馬之介を国家を揺るがす陰謀に巻き込んでいく『はかりごと』。遊郭に現れた死神とあだ名される浪人と左馬之介、そして彼の異母兄の関わりを描く『夢の浮き橋』。異母兄弟たちが互いの相容れぬ違いに煩悶する「夢の浮き橋」事件の後日譚『菊露抄』の4連作を掲載中―――。
和ませ屋仇討ち始末
志波 連
歴史・時代
山名藩家老家次男の三沢新之助が学問所から戻ると、屋敷が異様な雰囲気に包まれていた。
門の近くにいた新之助をいち早く見つけ出した安藤久秀に手を引かれ、納戸の裏を通り台所から屋内へ入っる。
久秀に手を引かれ庭の見える納戸に入った新之助の目に飛び込んだのは、今まさに切腹しようとしている父長政の姿だった。
父が正座している筵の横には変わり果てた長兄の姿がある。
「目に焼き付けてください」
久秀の声に頷いた新之助だったが、介錯の刀が振り下ろされると同時に気を失ってしまった。
新之助が意識を取り戻したのは、城下から二番目の宿場町にある旅籠だった。
「江戸に向かいます」
同行するのは三沢家剣術指南役だった安藤久秀と、新之助付き侍女咲良のみ。
父と兄の死の真相を探り、その無念を晴らす旅が始まった。
他サイトでも掲載しています
表紙は写真ACより引用しています
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