八法の拳

篠崎流

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世界

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翌週、さっそくキャンプへ向かい参加その「見知った顔」とも再会したのである

「よー!橘!有馬!」と向こうから声を掛けてきた

豪快でノリの良い同級生、関西の加賀アヤメである、全国でも2度程対戦している「西の燕」と呼ばれるFWそしてノリが似ている為、七海とは仲がよかったりする

「ひっさしぶり!アヤメ」
「ほんとな」
「しかしこうなるとはねぇ」
「知ったやつが居るのはありがたいけどね」
「ところでアヤメさん、今回の意図はどう思います?」
「意図ねぇ‥、まあ、海外代表つっても中国とかオーストラリアだし、親善、そんなに気張るもんじゃないんじゃない」
「ですかねぇ」
「それにほら、アタシら出番あるか謎じゃん大学生とかも呼ばれているし、代表と言ってもフルスタメンじゃないし若手を見る感じでしょ?」
「だよなぁ」
「まあ、アタシと橘は兎も角、有馬は別にプロとかあんま考えてないじゃん?」

「ですねぇ、わたくしの方にも実業団から誘いはありましたけど、どちらにしてもフル出場は厳しいですし、進学とか姉の会社にも招かれてますので」
「そうだねぇ」
「それと、キャンプつっても別に特訓がある訳でもないし」
「そうなんでしょうか?」

「日数が無いし、試合も来週直ぐ、戦術とか連携の確認くらいじゃない?今から特別何かしても劇的にチーム力は変わらないよ、それに、難しいとか厳しいとかやっても試合前にバテるし」
「なるほど」
「早い話勝ち負けは重視してない、気負って硬くなるのも良くないし二人共気楽にな、自分の持ってるもんを出せばいいんだし」
「そうだね」
「わかりました」

と双方確認して参加となった

が、実際これも加賀の言う通りであった、チーム戦術の確認と軽い挨拶顔合わせ、ロンドでのパス回しやちょっとしたミニゲーム程度で流す程度の物である

先にも述べた通り、収集から試合まで五日しかなく特別な練習や強化策などやりようがない、兎に角体調の維持に努めるという程度

そして代表戦と言ってもフル代表のスタメンつまりワールドカップに出た選手なども殆ど居ない、まさに「新人を試す」試合となった

戦術も比較的「個々の判断」の部分が多く
フォーメーションもオーソドックスな4-1-3-2、ただ予想外だったのは1ボランチのスタメンに七海が抜擢され、最初から出る事になった

そして特に秘策も無く、当日を迎える

国立競技場で代表戦、観客もそこそこ入っているし、それなりに大舞台ではあろう、勿論、陣や葉月、叶や悟もスタンドに出向いた、初戦中国との対戦でメンバー発表でも驚きはあった

「あれ!?七海スタメンかよ!」
「若手中心でいくらしい、て七海ちゃんも云ってたし全員ドンドン使うんじゃないかな」
「まあ、勝っても負けてもあまり影響無いしね」
「その意味では気楽かな」

だが、実際試合開始と成ると、中身はとても褒められた内容ではない、終始押され気味で、前半終了前に失点すると、あれよあれよと失点、結局3-0で日本は敗戦する、これには観戦した溜り場メンバーもイライラだった

「いくらなんでも酷いな」
「ッスねぇ‥」
「カウンターの反撃も全然前がキープ出来ないのね」

そう葉月が云った通りである
終始押されて七海も守備専にならざる得ないし得意の攻撃参加も出来ようが無い

カウンターで奪って蹴り返してオフェンスに預けても中盤やフォワードがボールを維持出来ない。これでは七海の個性も半分潰される。まともに連携練習すらしてないからしょうがなくはあるが

ただ、七海個人の話しで云えば評価が下がるという事もない、フルタイム走って多く相手の攻撃を潰したし強烈なキックでのカウンターの演出も数回あった

個々のスペックを披露、という意味ではプラスだったとも云える、それくらいしか良い材料が無かったとも言えるが‥

そうして更に三日後、オーストラリアとの試合ナイトゲームが始まる

これにも七海は同ポジションでスタメンだが、他のメンバーは殆ど総とっかえになった、そしてツートップの右に加賀がスタメン

「今回召集されてる高校生3人の内の一人か」
「加賀アヤメ、ッス」
「どういう選手?」
「そーっすね、鳳静とも2回対戦ありましたし、七海とは高校選抜でチームメイトでしたし、良い選手ですよ、ただ、今回のチームには合わないんじゃないすかね」
「それは?」
「なんというか、点で合せるFW、ダイレクトが上手くて快速、ワンタッチゴーラーっすね、だからラストパスの上手いパサーか、察して出してくれる味方が居ないと力を発揮しないと思うッス」
「先日の試合みたいに前に預けて、は無理か」

「ですね、ドリブルはそんな上手くないんで一人で持ってくのは期待できないッスね‥動物的嗅覚で神業的裏への飛び出しから一発で決める天性のFWッスから、昔で云うとイタリアのインザーギみたいな」
「成る程インザーギか」
「流石、陣さん知ってますか」
「あのくらいの歴史的なFWとなればな」

「でもさ~、前の試合見た感じ連携悪くない?尚更難しいんじゃ」
「ですねぇ‥」
「萌ちゃんが出ればかなり違うんッスけど、この試合交代枠7ありますから出る可能性はありますね」
「前回は出番無しだったな」
「そーなんすよ、まあ、萌ちゃんは高校選抜には入って無いし七海程有名じゃないスから」

「ただ、呼んだ子は一応全部見る方針なんだよね?」
「オレだったらそうするッスね、呼んだ意味がないし前でボールを収めて時間を作れる選手は絶対必要です特に急造チームですから」
「だね」

そして試合を観戦したが、前試合と基本的に展開が変わらない、特にオーストラリアは体格とフィジカルで上回っているしどちらかと云えばパワープレイが多い

サイドからのクロスから空中戦を制して前半二十分
ゴールを奪って1-0とする

若手を試す、という意味ここまで我慢して動かなかった監督もここで手を打つ事になる

というのも日本女子はワールドカップの常連であるし優勝、準優勝をしている世界でも強豪である、このままズルズル負けるのも流石に不味い面もある為だ

前半三十分

フォーメーションは4-4-2のままダブルボランチにチェンジこの左に代表の選手が入り、サイドバックの左右も投入、そして七海の横に入ったA代表のプロ、前川歩、は七海に声を掛けた

「橘さん、CHも出来るんでしょ?前で貴女の個性を出して」
「え?、いいんですか?」
「このままだと押されたままズルズルいく、前でボールを収める選手か、前線からのプレスで相手の連携を乱したい、じゃないとサイドクロスでやられ放題になるわ」
「でも監督の作戦は?」
「今回は急造だし、難しい事は出来ない、だから基本的指示しかしてない、要するにある程度自主的に選手が動いていい、てことよ」
「わ、わかった」

「守備は私が回るからあまり気にしなくていいよ結果どうあれ、自分のカラーをだして」
「は、はい」と七海も強く応えた

これで七海はボランチの右ながら、積極的に前へ出て相手の中盤の回しにガンガンプレスに行く、ボールに触る事は殆ど無いのだが徐々に効果が出始める

相手側の選手も七海の高速プレスでパスミスや後ろに戻すという場面が多くなり始める

これで苦し紛れにサイドに出したパスを味方がカット
前川に預けて、それをダイレクトに七海に意図して預けた

七海はこれを両サイドに散らし、上がってきた左サイドが突破、深い位置から初のクロスが上がる

これに、アヤメが待ってました!と前に飛び出しヘッド、惜しくもゴールの右に外れて同点にはならなかったが明らかに流れが変わった

近代サッカーのトレンドでもあるハイプレス、ショートカウンターの強さはここにある、前からドンドンプレスを掛け相手に余裕のあるプレイと時間を与えない

ミスを誘発させ、奪ったボールでその場で早いカウンターでワンタッチでどんどん回して時間を掛けずゴールに迫るというもの

そして前川は鳳静の試合を見た事がある、そう、意図しての戦術ではないのだが鳳静はこのスタイルが自然と形作られている

そして七海は近代サッカーの申し子の様な存在、常に自分のチームでそれを繰り返して勝ってきた、だから任せた

これには悟も陣も「おお」と声が出る

「流石に代表の先輩が入ると違うな」
「そうッスね、分ってますね、新人を使いながら活かす」

1-0のまま後半
ここで萌も投入、トップ下に入る

アヤメも七海も「やっと来たか!!」と叫びそうに成る程喜んだ、知り合いだからどうこうという話しではない、萌の司令塔がどれだけ相手からすればめんどくさいか知っているからだ

相変わらず試合自体はやや押されているのだが前川や周囲も七海のスタイルが分って全員でプレスを掛ける

相手がこぼしたボールを七海が何も考えず、思いっきり前にフィードした

味方ですら「えええ!?」と思うプレイだがコースの先に萌が「ひゃ~」とテロテロ走ってもう居るのである

この弾丸フィードを勢いを殺して足裏トラップ、一発でピタリと収める

これに相手DFも即座にプレスに行くが、萌は相手を背中に二人背負ったままサイドステップしてかわす、勿論相手DFもくっ付いて止めに行くが萌の移動した先足元にもうボールが無かったのである

「え!?」と相手も思った

サイドステップは単純なドリブルスキルで、移動の方向にアウトサイドキックか逆足支点でパターの様に運びつつボールと同時に移動するものなのだが、萌のはそのワンタッチ目にドリブルとパスの二択に分けられる、ドリブル、と見せかけてワンタッチ目にパスを出した

勿論、これを知っているのがアヤメだ、萌がゴールに背中を向けていてもパスが来るのは知っているそしてアヤメも最高の仕事をした

彼女独特の「消える」動きだ、相手CBを中心に反時計回りに動いて、一旦相手から視界を外す、ラストパスのタイミングに合わせて

一気にオフサイドラインをかいくぐって裏を取る、そして「取った」所にコロコロキラーパスが「来た」のだ

「おっしゃ!」とアヤメはこの「DFとキーパーの中間に絶対くるキラーパス」を信じて飛び出し、ワンタッチでキック相手ゴール左隅に流し込んで同点とした

これには敵味方共に唖然だった、流石に前川も「なんであんなデタラメフィードが取れるんだ!?」としか言いようが無い

だが、陣にも葉月にも分る

「七海ちゃんの蹴るモーションでもう走ってるね」
「どういうこと?!」
「軸足の向きとキックの振り上げで飛んで来る方向と距離を見切って取りにいってる、だからテロテロ走ってる様に見えるが相手とか回りより、2,3秒先に動ける」
「できんのかよ!?」
「出来るんだろうな、ま、次からはパスの出し手じゃなくて、萌ちゃんを見てればいい、どれだけ先に動いてるか分るだろ」

そう陣に云われて次のプレイも注目していたが其の通りだった流石に悟も叶も仰天する

味方選手がボールを奪う、これを前に居る萌に出そうと軸足をドンと地面について踏み込む、この時点でもう萌は予測してコースの先に走っているのだ

「うっそだろ!?」
「だから早い訳じゃないのに何時も先に居るんだ‥」

そう、萌は走り方を見ても非常におっそいし女の子走りってやつで、真剣にダッシュしてるように見えないが「何故か何時も先に居る」理由はこれである

この萌の投入から後半15分、明らかに試合の主導権も移る、そして萌の嫌らしさは、七海と同じくエース潰しが出来ない事だ

明らかに萌中心に成って相手選手もプレスとマークに行くが萌に集まればワンタッチで前後左右にパスをちらし、行かなければ今度は単独ドリブルで上がる、というふうに使い分けるのである


そして後半三十分
日本はサイドからのクロス、これをオーストラリアGKはパンチングでクリア、が、そこに「何故か居る」萌がエリア外で待ち構えた

当然相手DFは「これはまずい」と一斉に飛び込んでタックルにいく前のシュートコースさえ潰せばよい、と壁になる

が、萌はトラップせず落ちてきたボールを
アシカの曲芸の様にヘディングでダイレクトに後ろに流した

そう、ここに待っているのがオーバーラップしてきた七海である「待ってました!」と、このバックヘッドパスにダイレクトでロングシュート鳳静、黄金得点パターンである

これが相手ゴール右隅上に吸い込まれゴール
2-1と試合を引っくり返した



こうなるともう試合の流れは止まらない

40分にも日本は追加点を入れ、結局3-1と勝利を飾った

「やっぱ萌ちゃんと七海はスゲーな」
「だねぇ、明らかに主導権引き戻したし」
「世界でも通じちゃうんですねぇ‥」

というのが其々の感想である。こうして親善試合ではあるが、初代表戦は一勝一敗で終える

三日後には代表キャンプも解散。其々岐路につくが、ここで高校3人組みは前川に声を掛けられた

「や、お三方直帰かい?」
「いえ、友達が祝勝会を開いてくれるそうなので皆で」
「そっか、ところで3人ともプロかい?」
「アタシとアヤメは他に取り得無いしここまで来たらそれしかないと思ってます、プロからも誘いはあったんで」
「だな」

「わたくしは何とも‥進学とか姉の会社からも誘われていますので‥」
「姉?会社??あ‥もしかして有馬って!?」
「ええ、有馬グループビジネス、姉の会社です」
「有馬のご令嬢だったのか‥。あー‥ま、いいか兎に角、プロに来るなら歓迎だよ、また一緒にやろう」
「はい!」

とそこで別れた

「前川さんなんか歯切れ悪かったね」
「萌ちゃんの事、だろうね、有馬の会社に入るならプロは無いだろうし、残念だったんじゃない?」
「そうかもしれませんね」

そう交したが前川の歯切れの悪さは別の理由であった、そしてそれが分るのはまた先の話しである

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