八法の拳

篠崎流

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予感

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9月 葉月の陸上競技会が終った後の翌日

溜り場メンバーの女子組みは部活で汗を流した後「よーし、皆でどっか行こう!」と七海と葉月の一言で外で待ち合わせした

というのも葉月の陸上の大会での「またしてもぶっちぎり一位」のお祝いでも、という流れである

尤も、このペースで毎度やると。毎週やる事になりそうではあるが

叶も部活はあるが、文化部である為それほど遅くはならない、街の手前のコンビニ前で待ち合わせしていたが叶だけ先に着いて待っていた、そのコンビニ前もやはり学生が多い

「ちょっと買い物、大人しくしてろよ」
「俺は子供か」
「オッス」

長身のシュッとした長髪ポニテの一人が店に入り、彼の仲間と思われる他の連中4人はそのまま駐車場でたむろって座る

「つか、暇すねー、坂田さん」
「夏も何もないしな」
「女も居ないですしね」
「ま、女子少ないしなウチ」

そこで彼らは、何かに気がついた

「あれ、鳳静の女子じゃね?」
「学校のレベルと見た目は比例すんのかね」

無論、叶を見て言った事だ、一団で一際体のでかい坂田と呼ばれた男は返す

「何を考えてるか想像はつくが、鳳静の女子はやめとけ」
「え?」
「前にウチの連中が絡んで痛い目に会ってる」
「ああ、ありましたねそんな事」
「別に大丈夫しょ、俺らあんな雑魚じゃないし」

と言って坂田の取り巻きと思われる連中は立つ

「大人しくしとけ、て言われたろうに」
「いや、ちょっと声掛けるだけですよ」と軽く返して3人歩いた
「そういう問題じゃねーんだけどなぁ‥」と坂田も頭を掻いて一団の後に付いた

ここでまともな判断が下せるのは彼だけだ。そもそも那珂高は「評判の宜しくない学校」

彼らの見た目から「声掛けるだけ」と言っても相手を怖がらせるだけ、それが分っているからだ

しかし彼らはお構いなしだった。自覚が無いというのは恐ろしい

「ねえねえ君、一人~?」と声を掛けたが当然いい反応は返ってこない。

「え?いえ‥友達と‥」
「何?男?」
「いえ、女の子の‥」
「おお!何人?俺らも5人居るんだよー、どっかいかない?皆で」
「ハァ‥」

普通は無視されて終わりだが、この手の事に不慣れ、というより意味不明だった叶は終始「?」ではあった。それだけに相手して貰えた、とも言えなくはないが

叶が「あわわ」している所に遅れて葉月と萌が到着する。そこから一分後に七海という流れである

「何?この人達」
「どうやらナンパか何かの様ですわ」
「びみょー」

と立て続けに3人が言うしかしここでも空気の読めない相手は

「おお‥全員可愛いぞ‥」だった

「はぁ」ため息をついてから葉月と萌はやむなく
「ごめん、ボクら忙しいんだ、また今度」
「ええ、今日はわたくし達だけの集まりですので」

と穏便に済ませて離れようとしたがこちらにも空気の読めない奴が居る

「あたしもパス、田舎ヤンキーはちょっとなぁ」と七海がふつーに言い放った

「あ」
「ば‥」

と一行も思わず声が出た、そうなるとタダで済まないのは相手である

「そこまで言われちゃなぁ」
「なんか舐められすぎじゃね」

こうなっては仕方無いと葉月と萌がアイコンタクトして手を伸ばしてくる相手に、逆に同時に飛び込んだ

二人同時に左右の相手の手。親指を取って小手返しでその場に転がした

派手に投げて大怪我に成っても困る為、その場に転がす、程度の投げである

しかし、二人が動いたのを見て何故かこんな時だけ空気が読める七海が、真ん中の男の胸に押しのける様な前蹴りを打って後ろに吹き飛ばした

「あ」「あ」

とまたも葉月と萌が同時に声に出たが

「え?やるんじゃないの?」七海から返ってきた言葉はそれだった

「う~、まあ、いいや、ニゲロ」
「ですわね」

それぞれ声を掛けつつ萌は七海と叶の手を引っ張って走る

が、けん制に残った葉月が轡を返して走る所、左手を掴まれて止められる、後ろで傍観していた坂田である、流石に冷静な彼も黙っては居られない

「流石にそれは無いんじゃねーの?お嬢ちゃん」

別に怒っている訳ではない、そもそも絡んだのはコッチだ、だが、殴りつけられてはそう云わざる得ない

「うわ」と掴まれた葉月も思う程の相手、見た目から普通じゃない

坂田は身長180センチ後半、体重も100キロはありそうなプロレスラーみたいな大男だ

「これは‥」と後ろの三人、七海も叶も萌も云うしかない

これを振りほどいて逃げるのは難しいだろう、やむなく葉月は咄嗟に「アレ」を使った

左手を掴まれたまま、逆手で坂田の左頬を叩いた、単に「ビンタ」しただけに見えたが坂田の巨体が時間差で頭をグラグラ揺らして貧血でも起こしたように後ろに崩れて倒れた見ていた一同も唖然である

だが、ここがチャンスと「走って!」と葉月に言われて一斉に逃げ出した

「あ!待て!」とスッ転んだ「相手」側も動こうとしたが

その前に最初に離れた「彼」が割り込んで止めた

「何やってんだお前ら‥」背中越しに片手で制されて一団も動けなかった

「北条さん‥」
「す、すんません」とまるで飼い犬の様に大人しくなる

「たく大人しくしてろって云ったのに‥」
「いや、ちょっと声掛けただけだよ、こっちからは何もしてねーぞ」
「坂田‥お前が付いていながら」
「すまね、いきなり殴られたんで、いくら何でもそれはねーだろ、と」
「まあ、いい、さっさと帰るぞ、立てるか?」
「当たり前だ、驚いただけだよ」

北条に言われ、坂田は起き上がろうとしたがそのまま今度は前につんのめって両手を地面に付いた

「お?!」
「何だ何だ?当たり所でも悪かったか?」
「あ、ああ‥わかんねぇ、足が‥」
「ふむ、足に来てるのか?平手打ち食らっただけにしか見えんかったが‥」
「まさか」

坂田は笑ったが実際、動ける様になったのは2分後である

無論「当たり所が良かった」だけではない、八陣拳 第八拳「螺旋」の基礎技。「螺旋掌」である

今で言うボクシングのコークスクリューブローの様な打ち方の掌打、これでアゴから脳まで衝撃を通して瞬間的に体の自由を奪った

見た目では軽い一撃だが「貫通力」が尋常で無い為この様な事態と成った


葉月ら女性組一同は只管走った後、振り返って見た、追っかけてこない事を確認して安堵して息を整えた

「はぁ‥まじでびっくりした‥」と、七海は云ったが

(それ、キミが云うの)葉月と萌が同時に思った、穏便に済まそうとした所でアレだけに

「まあ、いいや、どうする?」
「んー、なんかびみょーな感じに」
「なんか食って帰ろうか」
「どっか入っちゃえば大丈夫でしょ、向こうも追ってこないし」
「だね」

と、どうにかその日は事無きを得た、しかし、事無きを得たのは実際はその日だけであった

翌日土曜日

葉月は部活休みの日で早めに、陣、叶と三人で帰った

「陣兄のバイト先でお茶しよーか?」
「お前、それ。おごらせる気満々じゃないのか?」
「読まれた‥」
「ま、別に構わんけど‥バイトまでかなり時間あるし暇だしな」
「おおう‥神よ」
「というかだな、もう金無いのか?」
「え?そういう訳じゃないけど‥ありません‥」
「まだ九月前半ですが‥」
「葉月ちゃんてお金使い荒いの?」
「いや、食いすぎだろ、それにじーちゃん居ないしな」「?」

「おじーが居る「アッチ」の時は何かとくれたんだけどねお小遣い」
「そうなんだ」
「京都が懐かしい‥」
「しゃーねーなホレ」と陣は千円三枚くれる

「‥返しませんよ?」
「期待して無い」
「ありがとうごじゃいますオニー様」
「ま、働け!とも云えんしな。お前も忙しいし」
「デスヨネー」

そんな漫才しながら歩いて住宅街へ、そこで3人の前に集団が現れる、前に、道を塞ぐように。

「あ」
「あ」

それを見て叶と葉月が同時に「あ」が、出る「昨日の一団」である

「うっわ‥これ何時ものパターンじゃん‥」

葉月がそう言って、説明をするまでも無く陣は察した

「お前また何かやったのか?」
「いやー‥ちょっとナンパがしつこかったんで‥右手がね」
「いい加減やめろよな‥そういうの」
「まぁ‥穏便にするつもりだったんだけどね」
「あの、葉月ちゃん、陣君‥それどころじゃないと思うんだけど‥」

叶の言は尤もである

連中は兄妹漫才の間に回りを囲む様に動く
広い道、という訳ではない、人が多いという事もない、静かな住宅地である

ただ、陣が居る以上「大した問題では無い」というのは女子組みにはあるのだが

やれやれ、と云った感じで陣は前に一歩出、とりあえずどういう事なのかと

「で?なんか俺達に用事かい?」問うた

勿論答えたのは代表者、ボスの「坂田」だ

「昨日、そのお嬢ちゃんに世話に成ってね。是非とももう一度、とこうして出向いたわけだ」
「ふむ、事情は詳しく知らないが、ぶん殴ったらしいな、謝罪が必要かな?」
「いいや、そもそも絡んだのはコッチだ、ああいう事に成るとは思わなかったが、そういう事態に成ったのはコッチに責任はある。別に謝罪などいらんよ」
「んー?なら何の用だ?」
「そこのお嬢ちゃんの不思議な技が見たいだけさ」
「ほほう‥」
「ま、ここじゃなんだ、顔貸してくれよ」
「ふむ」

そこまで来て陣も思考が変わった
つまりこいつら、この坂田は「お礼参り」の類で来た訳でも待ち構えていたわけでもない

見た目に反して、理は通している。だから陣は「どうする?葉月」と判断はそちらに任せた

首をかしげてしばらく「うーーん」と考えたが、葉月も同意見らしくこう返した

「そういう話ならいいんじゃない?ま、どっちにしろやる事は同じだけどね」
「だろうな」

そう陣も葉月も交して連中に従った

一方、那珂高、そんな事があったとはつゆ知らず、彼は校舎を出る所だった

「おーい、北条」と声を掛けられた
「ああ、峰岸さん‥」

峰岸と呼ばれた彼。学校関係者で無く記者である、スーツを着ているがあまり綺麗な身なりではない。不精ひげ、やる気の無さそうなおっさんだ

「今日はもう帰りか?」
「ウチは土日まで部活する程、真面目な学校じゃないっすよ」
「そうかー、という事はお前の手下共ももう帰ったんか?」
「さぁ、多分‥何か用ですか?坂田に」
「ああ、今度の大会、取材したかったんだがな、一応出るんだろ?」
「そうみたいですね」
「そうみたい、て‥なんか適当だな‥」

「ああ、あいつあんまり乗り気じゃないんでね、フルコン大会っつても、フル防具ありの学生大会ですからね」
「成る程な、まあ、あいつの体格適正からすりゃつまらんだろうな」
「ええ、そもそも自分も出ますから」
「ああ、そりゃ結果見え見えだな‥」
「そうでもないと思いますが‥」
「仕方無い、月曜にでもまた来るか」
「すみませんね峰岸さん」
「いいよ、じゃあな」

と彼はそのまま帰る

「ふむ‥どこ行ってんだあいつら‥」

そう、北条も思ったがそこでハッとした、そう「昨日の一件」である

「まさか‥な」そう云いつつも北条もそのまま学校を出た、無論帰り道ではない方向へ


坂田らに案内されて着いたのは住宅地から出た自然の多い地域、元々公園の予定地で半ば整備されたがそのまま工事が途中で止まっている場所である

下は砂場と土、周囲はまだ大きな木あり、広さもかなりある、「どっちにしろやる事は同じ」と葉月も言った通りである

要はフクロかタイマンかの違いでしかない。お互いそれが分るだけに無意味なやり取りは殆ど無い、坂田はぺったらな鞄を地面に投げて置き腕をまくって一人前に出た

「まあ、そういう訳だ、相手してもらうぜ?」

だったが、こちらは陣が前に出た

「技が見たい、て事なら相手するのは俺でもいいんだよな?妹と俺は同じ武術をやってる」
「ハ、まあ、どっちでもいいぜ俺は」

しかし葉月は不満だった模様

「あー‥ずるい、陣兄。面白そうだから自分がやりたいだけでしょ」
「ハァ?馬鹿お前、体格差を考えろよ‥」
「大丈夫だって。アッチもボク指名なんだし」

と揉め始めた。これには向こうも呆れ顔だ

「なんなんすかね‥」
「舐めてんじゃねーか‥誰が相手か分ってんのかね‥」

だが、結局反対を押し切って葉月が出た「おまたせ」と。正直「無謀」としか思えない

まず体格差である
葉月155センチ 体重47キロ
坂田188センチ 体重95キロである

対峙すると特にデカク見える、そもそも相手もただデカイだけでなくガッチリした体、しかも「あの技」と云うだけあって素人ではないだろう

実際構えも左前構えで頭を両手で囲い、小さく体を上下にゆするが、べた足のすり足に近い

「空手、かな」陣にはそれが直ぐ分かる

あまり人のやる事に口出ししない叶も流石に無茶苦茶だと思ったか

「いくらなんでも無理なんじゃ‥」
「だな、しかしまあ、一応試合の延長みたいなもんだしなぁ‥」
「そうなんですか」
「向こうもコッチも意図は明確だからな」
「けどそれでもこれは‥」
「まあ危なければ止めるけど、一応‥」
「一応?!」

ストリートファイトには違い無い、が、相手もこっちも目的は腕試しに近い。場所が場所というだけで実質「試合」に近い

勝ち負けはどうだか知らないがそれが明確分れば、それ以上の事には成らないだろうと陣も思った、故に「ハッキリ指名してきた」葉月に譲ったのである

もう一つが葉月は体格差はそれほど不利には成らない。というより「八陣」にはだが

元々が古代からある術だけに「野戦」がメインでありルールや得物がどうこう等選ぶモノではない、葉月は別に打撃術がメインではない事もある

実際始まって見ると、お互い構えて対峙したまま動かなかった、特に坂田は「昨日のあの技」を食らった後だけに慎重だった

「あの手業は一発で脳震盪を起こさせる、食らう訳にはいかねぇ」という頭があった

故にこちらから仕掛けず、亀ガードで頭だけは打たれまいという構え、流石に葉月も攻めあぐねた

「あんな亀みたいにガードしてれば被弾しないと思ってるのかなぁ」と思った

しばらく睨み合いが続いたが、このままでも何も動きが無いでは始まらないと思ったか、葉月は何時ものぴょんぴょん飛び上がる様なステップから動いた

7拳 空旋の八艘跳び、対戸島戦で見せた相手を中心に左右に幅跳び移動しながらの飛び蹴り

目標地点に飛びながら、すれ違い様にガードの上から頭目掛けて跳び蹴りを連続して叩き込む

視界の外から飛んで来る大振りの蹴りは思いの他避けにくい、そしていざブロッキングから反撃しようにも、相手はもうそこには居ない

右から左へ、前から後ろへ飛び駆け抜けながらの攻撃である。実際、坂田は走る葉月を亀ガードから追って構えの正面に補足しようとするがそちらを向いた時にはもうその場所には居ないのだ

「おのれ!」と葉月の移動軌道の間に無理矢理中段回し蹴りを入れるが、まぐれ当たりは無い

蹴って片足立ちになった軸足を斜め後ろからローキックを膝裏に当てられ

「ぐっは」と坂田はその場にスッ転んだ

葉月はそのままステップを3度して離れた

「くっそ‥早すぎて捉えられん‥」

食らった坂田も唖然である。どうにかゆっくり立って蹴られた足の膝を2,3度曲げ伸ばしして構えなおした

たいしてダメージがある訳ではないがここまでやられるとあまり手が無い

(こういう時はあれしかねーな‥)と再び亀ガードからジリジリ迫った

しかし、先ほどまでと全く同じ攻防、葉月は神速で駆け蹴り、坂田はそれをブロックするしかない「見えない」のだからそれしかない

そこで坂田は亀ガードを解いて、オープンスタンスに切り替える

顔面の防御をある程度捨てて左前構えから、左右の肩を正面に向けて水平に保ち、両手のガードも開く、そうする事によって「視界を正面に持ってくる」のである

兎に角「見えない」「追えない」をどうにかするしかない、そして蹴りを食らう分には一発KOする程の威力では無いという事、自分なら食らっても耐えられる、と思った事だ

それが功を奏して段々目が慣れてくる、左右の目の視界を全部使えれば、どこからどこへ駆けるかは目測が立つ

そこから一つ自分の視界の左から右に駆ける葉月の軌道を掴んだ、苦し紛れに近い物だが、その移動の軌道上にローキックを割り込ませる

「ガッ」と当って葉月がひっくり返った

ちゃんと狙ったモノではない、当たりも良くない、足払いのような形で引っ掛かって転んだだけだ、が、それで十分だった

葉月が直ぐに立って構えたが、そうなればチャンスはもう無い、坂田はソレを狙って距離を詰める

右正拳突き、上へのフェイクから下へ、左ローキックを放った、小さく、当てる為だけの蹴りを葉月の構えた右太ももにヒットした、威力は無いがそれでも「!?」と相手は声が出た

そして動きが止まった所へ立て続けに右のローキック、葉月は飛び退って後ろにかわしたが、後ろに飛んだまま足が引っ掛かって後転するように転んだ

膝下で無く「腿」に打つロー

ミドルとの中間でこれを避けてかわすは難しい、そう、坂田の得意技はこの高めのローキックである

「飛ぶ鳥は羽を折れとはよく言ったもんだな」

そして流れは完全に変わる、今度は坂田がローを只管当てる為だけに打ち、葉月が膝を上げてブロックする、の攻防に切り替わる

強く蹴ったモノでもなくそれ程威力もダメージも無いのだがこうなると飛べないし駆けれない。スピードが武器な葉月は武器を失う事になる、攻防も一方的に成って来る

まして体格差も大きく反撃と言っても届かない、ここまで小さくコツコツ当てられると「枝払い」も難しいし、元々の威力が違う為分が悪い

「こりゃあかんなぁ‥」
「と、止めないと‥」
「んー‥まだだな」
「え??」
「一応キッチリガードはしてるし、多分凌いで、アレだろうな」
「あれ、て?」
「ま、そのうち分るよ」

葉月の狙いは明確、蜘蛛の「糸取り」逆転技があるにはある、それを陣も葉月も分っている

だが、坂田の隙を見せない当てるだけのローキックは流石に取れない

「大振り」あるいは「打ち抜き」で無いと取りにはいけない、だからその時を待って只管ブロッキングしながら耐える

故に葉月は「餌」を撒いた

後ろに下がると見せかけて後ろにひっくり返った、そのまま立ち上がるが足が痛そうにしてみせる

それが「撒き餌」だと分る者は居ない、「技を知らない」から

坂田は大きく左足を踏み込み右のミドルを打ち込む。体ごとなぎ払うかの様な全力ミドルキックを

「掛かった!」と思った

葉月は後ろに倒れ込みながら威力を殺しつつ、両手でブロッキングして蹴り足を取る

そのまま相手の足にぶら下がるように足に抱きつき、背中から自ら落ち、同時相手の足を蟹バサミして絡めて関節を極めた。勿論、絞めでも極めでもない「挫く」為の物だ

同体でもつれて二人は地面に落ちたが、それ以上は必要ない、葉月は取った足を即座に離して、後転して離れて中腰に構えた

が、坂田はうつ伏せに倒れて動けなかった、膝と足首を痛めた

変形の飛び付き裏膝十字固め、これを蹴り足に合せて返し相手の右膝と足首を挫いた

陣は即座に駆け寄って坂田を触診したが、治療が必要なケガでない事を確認して彼の取り巻きに向けて云った

「軽い捻挫だ、一応医者には行っておけ」

しかし云われた彼らは不愉快そうにしていた、ボスがやられたのだから当然ではあるが

一応従って坂田を両側から肩を抱えて離れたが立ち去らなかった、その空気を察したのかもしれない一団に声が掛かった

「負けは負けだ諦めろ」と
「あ、北条さん‥」
「何で」
「お前らの考えそうな事は直ぐ判るさ」
「‥」

北条は一団と陣の間に割って入り仲間に言った

「それに捻挫と言っても怪我としては軽くない、坂田を早く医者に」

そう言われて今度は連中は素直に従って去っていった。姿を見せなかったが「最初から見てた」のだ

連中が去った後、対峙した北条はまず、謝した

「すまんな、あいつら元々どうしょうもない不良でね、そのクセが抜けないらしい」
「いいさ、元々先に殴ったのはコッチらしいしな」
「俺も昨日からの一部始終見てたが、そうでもないらしいけどな」
「ならお互い様だな」
「そっか‥」

「に、しても面白い技を使うな。見た事無い技だ」
「一応ウチで教えてる古武術だよ」
「名は?」
「八陣拳。んで俺は九重陣、コッチは妹、葉月」
「悪かったなそっちの葉月って子も」
「あー‥うん、こっちも悪かったし」

それを聞いてから北条も背を向けた

「俺は北条明、ま、縁があったらまたどこかで」
「ああ‥」

両者はそこで分かれた
しかし叶は名前を聞いて驚いていた

「あの人が那珂の北条さん‥」
「へ?知り合い??」
「いえ、そうではないですけど‥新聞に載るくらいの人ですよ」
「マジ?」
「那珂高三年生、北条明さん。高校生ながら社会人の大会でも優勝経験のある。空手界10年に一人の天才て云われてる人ですよ」
「へぇ~、見えないね、なんかモデルぽいし、顔も中性的だし」
「だなぁ、背は高いけど、どっちかと云えば華奢?な感じだしな」
「それおにぃが云えないんじゃ」
「そうか?」
「そ、それより葉月ちゃんは大丈夫?」
「あー‥立てるけど、歩いてかえるのは無理かも‥」
「ちょ!?」

そこでようやく陣は葉月を診断した。骨に異常無しだが、かなり太ももが腫れて内出血も見られる

「軽くに見えたが結構やられたな」
「連発だったからね」

とりあえずここでどうにかするのは無理であると考え携帯をかける

30分後

呼ばれたみやびが車に乗って来て家まで往復した。葉月の部屋まで運んで診断したがそれ程深刻な事態ではない、飲み薬と塗り薬を併用してベットに寝かせる

「数日は安静にしてなさい」だった

応接間に座ってお茶を出した後

「ま、たいした事ないわ、安静‥にする必要も無いけど」
「すまん」
「なんで謝るの?」
「俺がやってりゃこんな事には」
「いいのよ、どうせ云っても聞きはしないんだし」
「まあな」
「それにおじい様からも「好きにさせろ」て云われてるし」
「そうなんか」

「ええ、特に葉月はね」
「成る程な」
「どういう状況に成っても、最後には私が居るからね」
「ふむ」
「そんな事より、三神さんを送ってあげなさい」
「そうだったな」
「ごめんなさいね、変な事に巻き込んで」
「い、いえ」
「じゃ、いこうか」
「はい」

陣はそのまま叶を送って家を出た。それを見送ってみやびは一人呟いた

「うーん、ここで事が動く、か、なんだかおじい様の占い通りなのかしらね」

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