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「じゃ、時間もあまり無いので始めますよ」
みやびはミットを両手に構えた
「オッス!宜しくお願いします!」
悟は答えて、練習用のグローブをはめ構えた
予ねてからお願いしていた「指導」道場のリフォームが一通り終わったのと合わせてみやびが「早朝か夕方なら‥」と受けて実現した初日である
所謂パンチングミットを使った打ち込みだが、みやび姉に専門知識が無い為
「悟が全力で打つ」
「みやび姉がミットで受ける、見る」という、ボクシングのミット打ちとは違うやり方で始まった。というのも、みやびが
「全力でやってもらわないと長所も欠点も分らない」と言った為である
本来、構えたミットに打ち込む練習なのだが、そうではなく悟が雅を倒すつもりで打つ、という事になった
危ないだろうそれ、と悟は思ったが、逆に陣も葉月も心配は全くしていなかった
そもそも、みやびは陣も葉月も滅多に攻撃が当たらない程「防御力が高い」からだ
実際開始から10手、悟が打ち込んだパンチもみやびは左右のミットで軽く叩き落とした、悟も驚いて続けるが、段々熱くなり
「このぉ!」と得意のワンツーを放ったが、みやびは右ストレートを左のミットでフックを返すように、拳をはたき逸らし、逆手のミットで悟の頬を叩き返して後ろに転がした
「ぐべ!」と声を挙げて畳に転がった、余りに余裕の反撃である
「んー‥最初は良かったんだけど、少し読みやすいわね。スピードもかなりあるから喧嘩ならまず、負けないわね」
だった、実際その通りである
「ああ、喧嘩で負けたのは陣さんが初ッスよ‥」
「要するにイケイケタイプね、左右の連打の回転とパンチスピードがあるからそれで劣勢を体験せず来てしまった、しかも殆ど速攻で終ってたでしょ?」
「その通りッス‥」
「才能は凄いけど、単調、リズムも読みやすい、初手で倒せない。中、長期戦になったらバレバレね」
「ぐっ!‥」
「私もそれほど全力で反撃した訳じゃないけど、あっさり被弾、防御力も極端に低いわね。ま、中高生レベルならそれでもイケルけど、一定のレベル以上の相手だと厳しいわ」
「ど、どうすれば?」
「んー、とりあえずパンチの種類を増やしなさい。後、リズムの変化、それと右打ちだけ極端に大振りなのを改善、これが一番ダメ」
「だ、ダメッスか‥」
「貴方の右、極端に避けやすいのよ。カウンター取り放題よ?私や陣のレベルからみたら」
「な、なるほど」
「立って、右打ってみなさい」
「お、オッス!」
と悟は右ストレートを構えた、そこで既にストップを掛けられる
「ハイ、そこ、溜めがバレバレ、肘も外に開いてる、今から全力で打ちますって教えてどうするの?」
結局「30分だけね」と受けた個人指導の朝の時間殆ど全ての時間でフォームチェックのダメ出しだけで終って、一同は登校した
バスに3人が乗って後ろ席で悟は肩を落とした
「ハァ‥マジでショックだわ全然ダメじゃんオレ‥」
「そうか?逆に良かったんじゃないか?」
「だねぇ、それだけ改善出来る、て事は強く成れるって事だし」
「ま、確かにそうっすね」
「週1とかだけど、これからも見てもらえるんだし、これからだろ」
「そもそもみやび姉に教えて貰えるのってかなりラッキーだと思うよ」
「そうッスね、やりますよ!オレ!」
途端に元気になった、実に扱い易しである
「色々一度には無理だろうけどな」
「自分でそんな器用だとも思ってないッスよ」
「とりあえず、右の修正とパンチの種類増やす、だっけ?」
「そこだけしばらくやっとけ、て事らしいですね、それでリズムも改善するらしいです」
「ま、姉貴がそう言うなら間違いないだろ」
「いやー、ホント感謝ですわ。美人だし、飯も最高だし、マジ羨ましいッス」
「怖いけどな」
「だね」
土曜という事もあって午後から自由
昼も無しな為、いつものメンバーは全員で街に出た
「自由」と言っても、自習時間とも言える。部活、勉強、は勿論の事、科目別に選択制の臨時授業が等があり自主性を重んじたやり方が行われる
しかし溜り場メンバーは勉強でギリギリなのは葉月だけという事、あまり皆で同時行動する機会も余り無いという事でその様な行動となった
「よっしゃ!なら街出て昼一緒しようぜ!」という、悟の一声である
「と言っても、どこ行くんだ?」
「どこでもよくない?」
「ファーストフードでいいだろ」
そもそも学生だし、金持ちという訳でもない、普通の選択肢だとも思った
このメンバー、と言うより、鳳静学園の生徒で貧乏というのはあまり居ない訳で、別に入ろうと思えば普通のレストランでもなんら問題ない、ただ、叶はどうなのか?とも思ったが
何故かマックの類に目を輝かせて着いて来た。注文の仕方がわからず、葉月が伝言ゲームで伝えていたが
「どう?」
「味は濃いけど美味しいですよ?」感想では、どうやら問題無かったようだ
「しかし、入ったことすら無いってのも凄いな」
「そりゃ桁違いのお嬢様だからな」
「何事も経験だよ、うん」
この溜り場メンバーは全員個性バラバラな割りに不思議と気が合った、何だかんだで一時間雑談していた
途中、早速注文の仕方を覚えた叶がアイスコーヒーを全員分いつの間にか持ってきて並べた、どうも気を利かせたらしい
「あ、払うよ」と皆言ったが
「いえ、私が勝手にした事ですから」と受け取らなかった
あまりしつこく割り勘にするとしてもかえって気を使わせる為おごりコーヒーをありがたく頂戴し店を出た所で
「うーん、めっちゃ素直でいい子だな」
「見た目クール系なんだけどね、なんか子供な所もあったりめっちゃ可愛いよね」
「そうだなぁ」
「だからと言ってお前にはやらんぞ」
「先回りして刺すのやめてくれ」
彼女にしてみれば溜り場メンバーとするどんな事も楽しくて仕方なかったというもある、何をするのも始めての事が多く、全て新鮮であったからだ
結局、その後もショッピングモールでウィンドショッピング、本屋で立ち読み、お気に入りになったクレーンゲーム等して午後4時には繁華街を出た
何時もの通学路から、一旦学校側へそこで叶は先に離れた、特に門限の類がある訳ではないが、6時前には帰りたいとの事である
「じゃあ、また来週~」
「またねー」
そうして其々別れた
「まだ、時間はあるなぁ」
「陣兄バイトは?」
「6時から」
「長行君と悟は?」
「んー、ジムあるけど、気分次第だしなぁ」
「オレは帰るだけ」
「そういう葉月は部活あんだろ?」
「週末は朝だけにしてもらってる」
「そうなんか」
「毎日アホみたいにやってるからねー、どっかで休まないと、それに大会の類もかなり先だし」
「成る程、まだそんなに詰めてやる必要もないってか」
「そそ」
歩きながら話して、暫くした所で葉月は立ち止まって顔をしかめた
「何だろ?喧嘩?」
「ん??」
「なんか怒鳴り声が‥」
「あ、ホントだ、どこだ‥」
「あっちだ、たぶん」
通学路から一本裏に入った狭い裏道
そこから歩いて探すと「声」の場所に辿り着いた
草と木がボサボサな空き地、そこで男女複数人が言い争っていた
「あれ?ウチの制服じゃん?」
「ウチの女子と、あれは那珂高の連中だな」
ヤンキーぽい他校の男子3人に鳳静の女子生徒一人が絡まれている様だ「最近多いからなぁ‥」と長行が呟いた
「そうなん?」
「ああ‥まあ、元々ぼっちゃん高だからなウチ。それに九重の件で居なくなったろ?長田達とか、舐められまくってんだよな」
「成る程、ウチの不良連中が大人しくなった分、制止力も無くなったって事か」
「他校の連中からしてみればそうだな」
「どうします?」
と悟が声を掛けたが、事件の当人達から怒号が起こる
「なんだよ‥ちょっと声掛けただけじゃねーか」
「はぁ?ふっざけんじゃないよ!あんたらなんかお呼びじゃねーんだよ!」
絡まれている、というよりは女子が一方的に怒鳴っているようにも見えるが‥
「ヤンキー同士の口喧嘩にしか見えんな」
そう長行が言った通り、女の子の方も見た目がギャル
金に近い茶髪にミニスカ、派手でジャラジャラするほど着けたアクセサリー
カラフルな化粧。見た目で判断して申し訳ないが、どっちが絡んでるとも言えない状況である
「ほっといても問題なさそうな気がしなくもないな」
「でも一対三だしねぇ」
そのうち言い争いからバトルに展開していく。痺れを切らした女の子がいきなり相手の男の脛を蹴っ飛ばした
「いってー!何しやがる!」
「しつけーんだよ!馬鹿!」
こうなると相手もタダではすまない。蹴られた男は彼女のポニテの髪を掴んで引っ張るが、そこに
「離せ!馬鹿!」とドカドカ脛を続けて蹴る
やられた方も相当頭にきたのか髪を掴んだまま手前に引っ張って彼女を引き倒した
「こりゃあかんな」とボーゼンと見ていた陣も思わず声が出た
「おっ?行きますか?陣さん」
「仕方無いな‥」
と傍観していた溜り場メンバーも陣を筆頭に仲裁に走った
相手の男はそのまま、倒れた彼女の頭を踏みつけようと足を上げたがその下ろす足に陣は横から走って、蹴りに蹴りを合わせて止め、蹴り返して相手を転ばせた
第一話、長田に対してやった「ストッピング」である。尤も、一般的なストッピングでは無く陣が使ってるのは、八陣拳の技ではあるが
第一拳、影「枝払い」という、打撃に対して打撃を返し、打ってくる手や足に対して直接攻撃を当てて、ダメージを与え止める。という技ではある
相手と倒れた女の子の間に割り込んで仁王立ちする
「な、な、何だお前ら?!」
「いくらなんでもそれはやりすぎだろ?まして相手は女の子だろ、もう少し穏便にできんのか?」
と陣も返し、そこに悟と長行も斜め後ろに並んだ
こうなると向こうもたじろいで固まった
「クッソ‥」と転がした相手も立ち上がって睨んだが、仲間の一人がそいつに後ろから耳打ちした
「こいつが‥?河上と一条?」ボソッと言った後、陣の後ろに居る二人を見て睨んだ
そこで何か思ったか向こうの三人は苦虫を噛み潰した表情のまま「おい、行くぞ‥」と短く言って立ち去った
兎に角、大事になる前に向こうが引いて終った
陣は倒れた女の子の頭を触診して探る
「ケガは無さそうだ‥立てるか?」そのまま手を差し出した
「あ、ああ‥」と
彼女も陣の手を取って立った。パッパッと砂と埃を払った後、鞄を拾って目を逸らしたまま返した
「い、一応礼を言っとくよ、余計なお世話だけど、止めて貰ったんだしな」
と遠まわしに、礼なのか憎まれ口なのか分らない言葉を言って去っていった
「うわ‥かわいくねー‥顔はかわいいけど」
「ケガが無くて良かったんじゃね」
「礼とか言うのに慣れてないんじゃない?なんかテレテレだったし」
「まあ、たしかに余計なお世話かもな」
他の三人は其々見解が違っていたようだ
「つーか、あいつら、悟と長行の事知ってたみたいだな?」
「オレはしらねぇッスよ」
「俺も初対面だが」
「なんじゃろねー」
「んー‥まあ、長行さんも、俺も喧嘩でそれなりに名を売ってますからねヤンキーの類、向こうが知ってても不思議はねーッスけどね」
「ふーん」
「悟は兎も角、長行も有名人なのか?」
「いや、俺は喧嘩なんかめったにしないぞ?」
「あれッスよ、見た目と、前の番長グループともめてたから‥」
「ああ、成る程ね」
「流石、若頭」
「あのな‥」
「ま、何にしろ、余計な争いが避けれて良かったけどな」
「見た目で逃げてくれるのは楽ね」
「そっすね、俺なんか見た目で舐められるッスからね」
「ちっちゃいからね悟君は、凄んでも怖くないし」
「うっせ!これからでかくなるんだよ!」
「えー、侮辱した訳じゃないよ?カワイイヨ」
「ぐぐ、それが既に舐めてんじゃねーか‥!」
陣も長行も呆れ顔のままだった
「ジャレてないで帰るぞ」
明けて翌日の日曜
早朝練習に出ている葉月と陣は、部活動を終えて校舎に戻った、身支度を整え、靴を履き替えて帰ろうと昇降口に戻る、そこで二人は背後から声を掛けられた
「よ、よう」と
「あれ?昨日の‥」
そう「昨日の」彼女である
「あんたらなら日曜でも学校来てるって聞いてさ」
「どうかした?なんか用?」
「ちゃんと礼言っとこうと思ってさ。その‥昨日はありがとな、マジで助かったよ」
「別にいいよ、大した事してないし」
「だな、ま、言い方と態度は直した方がいいとは思うが」
「こ、これは今更なおらねーよ」
「そうじゃなくてさ、あれだと相手怒らせるだけだし」
「う‥すまん、カッとなるとつい‥」
「分ってるならいいさ」
「そだ、自己紹介がまだだったね」
「知ってるよ、有名人だし、九重陣と葉月だろ。あたしは橘七海、1年だよ、よろしくな」
「よろしく」
「こちらこそ」
「んじゃ、またな」
とだけ言って七海は走っていった
「結構ちゃんとしてるじゃん」
「そうだな」
「じゃ、俺は先に行くよ」
「へ?一緒に行かないの?」
そこで陣は片手で頭を押えて考え込んだ
「ま、いいか、お前も来い」
「うん?」
何故かそのまま陣は早足で離れ「ええ?!」と葉月も付いていった
「ちょっと、何なの陣兄」
「あの子、一人で帰すのはちょっとな」
「‥うーん‥、そうかなぁ‥」
「ま、どうせ帰るならついでに、てだけだよ」
「別に平気しょ‥んまあ、ついでではあるけど」
しばらく歩いた所で七海の背中を見つけ声を掛けた
「橘さん」と
「あ、あれ?何?」
「家帰るのかい?」
「ああ、いや、街ブラブラしてからだけど‥」
「じゃあ、一緒していいかい?」
「ああ、一人だし、別にいいよ、てか、一人よりいいか」
と陣の言葉を受けて3人は街へ出た
「何時も一人で?」
「そうだね、気楽ってのもあるけどね」
「わからんでもない」
「ほら、あたし口悪いじゃん?すぐ喧嘩になっちゃうし、めんどくさいし、だからって変なダチとかいらないし、じゃあ、一人でいいやって」
「そんなもんかなぁ‥」
「けど、アンタらって良い奴そうじゃん?割と気楽だよ」
「今更なおらねー、て言われちゃしょうがないわな、そういうモンだと思う事にするよ」
七海は昼頃までブラブラした後、家に戻った、送りついでに同行した陣も葉月も彼女の家の前で固まった
「でか」
「お前ん家金持ちか」
と思わず出てしまう程のでかい個人宅である
「一応そうらしいな、せっかくだから上ってくか?昼飯時だし」
言われて二人もそのままお邪魔した。何故かいきなり出前寿司が出てきてご馳走になった
「まあ、ありがたいけど、なんだこの厚遇は」
「ムグムグ‥さあ?金持ちみたいだしいんじゃない?」と葉月はラッキーじゃんと能天気にそれを頬張った
ただ、陣の疑問は直ぐに七海の母の対応で直ぐ理解した
「七海ちゃんがお友達を連れてくるなんて‥何年ぶりかしら!」という事である
彼女の父親は貿易会社の社長で七海は一人娘。それだけに甘やかされて育って且つ、当人の元々の性格あってこの様な事態に成った、という事らしい
「どーりで世間ズレしてると思ったわ」
「けどまあ、悪い子ではないな、境遇自体も叶と、逆バージョンだけど」
「まあ、学長の娘とは逆になっても可笑しくはないけどね」
翌日、学校屋上の昼に一同が集まっていた
「と、いう訳で、橘七海ちゃんですヨロシク」と紹介された
「あれ、こないだの」
「よ!、あんたら二人もありがとね」と七海は悟と長行にもかるーく礼を言った
「なんだよ、ちゃんと礼言えるんじゃねーか」
「まあ、よろしくな」と悟も長行も返した
「つーかドンドン人増えてくな」
「ん‥学長の」
「は、はい、三神叶です、よろしく」
「なんか、スゲーバラバラなメンツだな」
「同じ個性の連中が集まっても微妙だと思うが」
「ま、俺らは大体ここ集まってるから、好きに来ればいいさ」
「へー、不良連中の溜り場だと思ってた」
「こないだまでな」
「どゆこと?」
「九重兄妹が叩き出した」
「マジで?」
「誤解だ、いや、そうでもないか」
「流れ的にはそうなんじゃない陣兄」
「向こうが仕掛けて来たのを返り討ちにして奴らが来なくなった」
「ああ、確か格闘技系部活で争奪戦があった、て聞いたな。喧嘩も強いんだな」
「そういう事らしい」
「ふーん、へー」
と七海は陣をジロジロ見た
「一昨日のアレもそうだけど、あんま強そうに見えないけどねぇ」
「見た目は、確かにそうッスね、ま、陣さんとこのおねぇさんもそうだけど」
「それ葉月もだな」
「ふーん‥ねえ、それあたしにも教えてくんない?」
「は?」
「へ?」
「で?、なんでイチイチ私のところに連れてくるの?」
みやび姉は訪問した溜り場メンバーを境内で迎えて開口一番ため息をついて言った
「説明したら、やってみたい!て言うから」
「どっか部活に入ればいいでしょうに‥」
「いや、適正見たいだけだよ」
「なるほどね、まあ、それならいいけど」
と道場に一同を招いて、言いだしっぺの当人。七海を立たせて体をベタベタ触りだした
「ひぁあ!な、何?!」
「だから適正見てるのよ」
体中触りまくって言った
「うーん、骨格はいいわね、華奢て事もないし身長もある、体もかなり柔らかい、運動力、脚力はかなりありそうね、たぶん足技は伸びると思う」
「うーーん‥あんまりお勧めはしないけど、打撃系ね‥陣も居る事だし、空手部でいいんじゃない」
「マジデ」
「八陣拳は護身術じゃないし、やるんなら、条件があるし‥」
「どんな?」
「八陣はその名の通り、八種の独立した拳法で、技は多いから個性に合わせて教えられるけど、一つ習っただけじゃ力を発揮しないわ」
「と言うと?」
「例えば、投げながら、とか極めながら打撃を入れるとか複合して使う事で初めて意味が出る。だから、独立した一つを習うならそれこそ、空手とか柔道とか習うのとあんまり変わらない」
「ほう」
「故に、うちで本格的に学ぶならかならず守ってもらう事があるのよ」
「う、うん」
「必ず、二つ以上の拳流を習う事。そしてそれを習得する事、それとそれを伝える事の3つ。だからやれる人は少ないし、半端は困るのよ」
「なるほど」
「ま、アドバイスは出来るけど、その意味で「部活やりなさい」て言ったのよ」
「そもそも複数の技、流派を習う事になるから、半端無い時間が掛かるしな」
「そうねぇ、小さい頃からやってる葉月でもまだ2個半しか習得してないし」
「マジスカ‥」
「陣で5拳、それでも、ウチ、八陣の歴史の中でも「天才」の部類に入る程だしね」
「みやびさんは?」
「姉貴は教える側だからな、一応一通り使えるけど」
「それでも「一応一通り」なだけで「習得した」とは言えないわよ」
「だからまあ、既存の武術を普通に習った方が近道ではあるんだよね強くなるだけなら」
「なるほどなぁ‥」
七海自身、先日の一件あっての希望があるが結局、薦めの通り彼女は部活へとなり
翌日朝には陣、七海、葉月が空手部の武道場に揃って始める事と成った
一つに説明あった通り、ちゃんと設備や指導者が居る方がいいし、既存の術を習った方が単純に強くなるならそれが近道である、まして八陣は護身術でない
もう一つに空手部なら学校だし、陣や葉月が居るという所、そして八陣には「足技」が少ないし、みやびも時間がそれ程無いという事
そしてみやびの思った「資質」の面で「葉月と同じタイプ」とアドバイスされた事である
「要するにボクが教えろって事ね」
「空旋は俺はあんま使えんからな」
八陣拳で「蹴り」を使うのは葉月の得意とする、第七拳「空旋」が足技主体の流派である、そして3姉妹のうちそれが完全に使えるのは葉月だけだ
みやびも言った通り「お勧めはしないけど打撃系」でから始めるが、本来、女子には向かない、体重がある訳でもないし、威力もそこまで出ない
ただ、パンチよりはキックのがマシとは言える、何しろキックはパンチの数倍の力が出るから「倒す」という点に置いて、パワーの無い女子が使うのは的外れではない
そして打撃術というのはそもそもきつい外功の訓練、要するにサンドバック、巻き藁打ち等の外功練習が要る
蹴りにしても突きにしても、手や足というのは打った自分がケガするリスクがある、その為その様な訓練をして「鍛える」必要がある
「つってもそこまではいらんか」
「まあ、どこまでやるかによるけど」
そこで陣はまず、レガースを七海につけさせる
「そもそも脛だの、甲だのはあんま頑丈じゃないからな」
「ふーん」
「ほんじゃ、まずボクがやってみるね」
葉月は釣り下がってる馬鹿でかいサンドバックにテクテク歩いて軽く構え
「どーりゃー!」と
右サイドハイキック、横蹴りで打ち込む。軽く蹴ったらしいが打ち込んだサンドバックがズドーンと音を立てた後ギシギシ揺れた
「おー」と七海が言ったと同時に回りの部員達も声を挙げた
「けど、なんか変な打ち方だな」
「回し蹴りは脛や甲を痛めるかも知れんしな、七海にはアレをやってもらう」
「サイドキックだね、足の裏や踵を使って蹴るやつ、元々頑丈な部分だし蹴ったこっちが痛くないから、それと当てやすさ、応用の利きやすさ、だね」
「そーなんだ?」
「サイドキックは軌道が直線、早いし見切りにくい、後同じ形で走りながらとか横移動しながらとか距離、後横移動の突進力が使えるから威力も出るし、けん制にも使える」
「体重が乗るし。そのまま連続で打てるしな」
「なるほど~」
と七海も葉月を真似てやってみる、結構ノリノリだ。思いっきり打ってみると予想外にいい感じだった
「へー」
「ほう」
「結構いいんじゃない?」
「だな、しかもかなり高く蹴れるな」
「マジ?イケてる?」
「うん、後は自分なりの打ち方、コツを掴むだけだね」
「反復だな」
「OK」
と続ける、細かいアドバイスがドンドン飛ぶ
「上下と打ち分けて」
「足下ろさないでもう一発」
普通に要求が厳しいが、それを聞いて、直ぐ出来てしまうのが「資質」と言える、あっと言う間に朝練の時間が終って解散となった
「あれ?もう終わりか」
「なんか早いね」
「んじゃ、シャワー使ってくるわ」
と七海は走っていった
「んー、普通にいけるね」
「うむ、気が強いし、先日の一件でもヤンキーに怯まないしな」
「結構実戦向きかもね」
「そうだなぁ‥後は組み手もするか」
「問題は距離と防御かなぁ」
「ま、達人目指す訳でもないし、追々だろうな」
結局「指導」は一週間続き。そのまま七海は空手部に正式入部と成った。元々才能もあるが、彼女自身「面白い」という事もあり毎日欠かさず来る様になった
「よく食うなお前ら‥」いつの間にか溜り場メンバーの一人に成っていた七海の昼飯の食いっぷりに呆れて悟が呟いた
「だってさー、朝から運動してるし、腹減るんだよ」
「だよねー、モグモグ‥」
七海が返した後、葉月も同意した
「しかし、変わったな‥見た目もだけど」
「そうか?」
「あのヘンチクリンなメイク止めたんか」
「いやさ~、練習するようになったら、なんか肌の調子もいいんだわ」
「ああ、代謝が活発になるからな」
「どうせ汗で流れるし」
「ま、その方が似合ってるよ」
「だねー、七海ちゃんは元が可愛いし、素顔のがいいよねー」
「え??そ、そう?」
「自覚無かったのか‥」
「悪いかよ」
「ぐ‥口は可愛くねぇ‥」
「んなもん直ぐ治るかっての」
「ついでだから云っとくがスカート短いぞ」
「は?この方がかわいいだろうが」
「じゃなくてパンツ見えてんだよ」
「見てんじゃねーよ馬鹿!」
と七海がお茶のペットボトルを投げつけた
「あぶね!」と悟はかわした
「あー‥たしかにそうだな‥うん、葉月ちゃんはどうしてんの?」
「下体操着だよ」
「のがいいのか、ま、二人がそういうならそうなんだろう」
「つか、俺と陣さんらへの対応が違いすぎるだろ‥」
「え?だってねぇ‥先生みたいなもんだし‥」
「意外に弁えてるんだな」
「一応良いとこのお嬢様だからな」
「何故叶ちゃんとアベコベなんだ‥」
「え??わ、私に言われても、性格としか‥」
それから更に5日後の放課後
陣、葉月、悟、七海、叶は学校が閉まる時間まで部活があり、皆で途中まで帰った
街の手前で別れそれぞれ家に帰る、もう辺りは真っ暗である
そこで住宅街に入り、裏道を歩いた七海に声がかかった
「よう、待ってたぜ‥」
振り返って見た、相手は前に彼女に絡んだ3人だった
「なんだ‥アンタらか、何?」
「何じゃねーよ、わざわざ待ってたんだよ」
「だから何?こないだの続きでもしようっての?」
「そうだ。このまま舐められたままじゃ腹の虫が収まらねーからな」
「ふーん‥執念深いなぁ」
どうやら帰りのルートに、しかも七海が一人になるのを待っていたらしい、先頭の男はアゴで指示して言った
「こいよ、こないだの借りは返す」と
七海も頷いてそれを受けた。本来なら叫んで逃げればいい、が、彼女は普通の子とは違う
誰が相手でも決して引かない、そういう性格の子だ、そして今の自分なら、というある程度の自信もあったからである
「こっちだ」と相手は振り返った
その途端七海はそいつの後ろ、後頭部めがけて小さくステップ突進して蹴り飛ばした
「吹き飛ばす」を目的にした助走をつけた足の裏全体を使ったサイドキック、突進力と蹴りの威力が合わさった一撃
「軽く」でも相当な威力がある
相手は前につんのめるように吹っ飛んでうつ伏せに道をすべる様に倒れてもう動かなかった
「な?!」
「テメー!?」
横の二人は驚いて振り返る、七海は間髪いれずに向って左の奴にも顔面目掛けて横蹴りを出した
咄嗟に相手は上段を両手でブロックしたが、その構えた瞬間、そいつの腹に蹴りがめり込んだ
「フェイント」である
足を上げてから顔に向けて視線を飛ばし、そのまま、上げた足を中段に切り替えて蹴った
「サイドキック」のもう一つの特徴は葉月も言った通り、変化の付け易さである。
膝を垂直に上げてから打つの動作が同じでそこから上下に直線軌道で打ち込む、構えが途中まで同じで上下の打ち分けが見切りにくい
しかも、途中で止めたり、軽く打ったり、足の裏を使う為、蹴った反動で後ろに飛んで距離を作る事も出来るし、足を下ろさず片足立ちのまま連続して打つ事も出来る、尤も、相当なバランス感覚と柔軟性、訓練が必要だが
「ぐぶ‥」と何かを吐き出すような声を挙げて二人目も膝から落ちた
完全にみぞおちに入って動けなくなったが、残った一人、に右肩を左手で掴まれた
「この女!‥」
そして、逆手で右拳を作って振り上げた
手の届く距離だとサイドキックは繰り出せない、だが、七海の武器は近接用のもある、相手が拳を振り下ろす前に相手の腹を蹴り上げた
「左膝」で
蹴りを主体にするならどうしても隙が大きい、そして接近を挑まれると打つ手が無くなる
だから陣と葉月はもう一つの武器を与えた。そして「膝」も元々が硬く強い部分
外功をやらずとも使えるし、威力も大きい、打っても自分が痛くないし躊躇いも少ない近接武器である
当たり所はそれ程良くなく、近接過ぎたので浅い。だが、それで相手は打撃を受けた反射で掴んだ右手を離し前のめりになって腹を押えた
瞬間彼女は二段飛びの要領で飛び目の前にある相手のアゴに逆足の右膝を叩き込んだ
どんなに頑丈な相手でもこれには耐えられない、後ろにスローモーションの様に倒れ、そいつもアゴを押えて「ぐおお‥」と呻いた
「た、倒した‥」呟く様に七海は言って額の汗を拭った
「こ、この野郎‥」と起き上がろうとする連中を見て直ぐに轡を返して走った
10分走って家に入って玄関の扉を閉めて座り込んだ。汗と、心臓がバクバクいってるのが自分で気がついた
一見すると、一方的に蹴り倒して勝った様に見えるが両者に力の差があった訳ではない、相手の油断、不意打ちでほぼ二人片付けた事
そして、最大の資質とも言えるが、彼女が相手を倒す事を躊躇わなかった事
初めての本格的な実戦となれば、躊躇もするし、怖くもある、それが出る前に倒せた事である
様々な幸運あって現状があった、無論彼女もそれを理解していた
翌日の土曜の朝練で陣と葉月にだけ、昨晩の事件を伝えた
「マジ?!」
「こないだの連中か、つっても結構期間は開いてるが」
「しょーもない連中ね‥しかも七海ちゃんが一人に成るのを待ってなんて」
「驚いたけど‥勝ったよ、あたし」
「しかし、あんま一人にならない方がいいな‥」
「そだね、また来ないとも限らないし」
「いや、大丈夫だよ‥あたし、もっと強くなるから」
そう言って朝練に励んだ
「けどまあ、強くなるよね、あれじゃ」
「内面も強いからな、楽しみではある」
「そうね、ボクらが誰かに教えるってのも初だし、なんか楽しくない?」
「確かに」
みやびはミットを両手に構えた
「オッス!宜しくお願いします!」
悟は答えて、練習用のグローブをはめ構えた
予ねてからお願いしていた「指導」道場のリフォームが一通り終わったのと合わせてみやびが「早朝か夕方なら‥」と受けて実現した初日である
所謂パンチングミットを使った打ち込みだが、みやび姉に専門知識が無い為
「悟が全力で打つ」
「みやび姉がミットで受ける、見る」という、ボクシングのミット打ちとは違うやり方で始まった。というのも、みやびが
「全力でやってもらわないと長所も欠点も分らない」と言った為である
本来、構えたミットに打ち込む練習なのだが、そうではなく悟が雅を倒すつもりで打つ、という事になった
危ないだろうそれ、と悟は思ったが、逆に陣も葉月も心配は全くしていなかった
そもそも、みやびは陣も葉月も滅多に攻撃が当たらない程「防御力が高い」からだ
実際開始から10手、悟が打ち込んだパンチもみやびは左右のミットで軽く叩き落とした、悟も驚いて続けるが、段々熱くなり
「このぉ!」と得意のワンツーを放ったが、みやびは右ストレートを左のミットでフックを返すように、拳をはたき逸らし、逆手のミットで悟の頬を叩き返して後ろに転がした
「ぐべ!」と声を挙げて畳に転がった、余りに余裕の反撃である
「んー‥最初は良かったんだけど、少し読みやすいわね。スピードもかなりあるから喧嘩ならまず、負けないわね」
だった、実際その通りである
「ああ、喧嘩で負けたのは陣さんが初ッスよ‥」
「要するにイケイケタイプね、左右の連打の回転とパンチスピードがあるからそれで劣勢を体験せず来てしまった、しかも殆ど速攻で終ってたでしょ?」
「その通りッス‥」
「才能は凄いけど、単調、リズムも読みやすい、初手で倒せない。中、長期戦になったらバレバレね」
「ぐっ!‥」
「私もそれほど全力で反撃した訳じゃないけど、あっさり被弾、防御力も極端に低いわね。ま、中高生レベルならそれでもイケルけど、一定のレベル以上の相手だと厳しいわ」
「ど、どうすれば?」
「んー、とりあえずパンチの種類を増やしなさい。後、リズムの変化、それと右打ちだけ極端に大振りなのを改善、これが一番ダメ」
「だ、ダメッスか‥」
「貴方の右、極端に避けやすいのよ。カウンター取り放題よ?私や陣のレベルからみたら」
「な、なるほど」
「立って、右打ってみなさい」
「お、オッス!」
と悟は右ストレートを構えた、そこで既にストップを掛けられる
「ハイ、そこ、溜めがバレバレ、肘も外に開いてる、今から全力で打ちますって教えてどうするの?」
結局「30分だけね」と受けた個人指導の朝の時間殆ど全ての時間でフォームチェックのダメ出しだけで終って、一同は登校した
バスに3人が乗って後ろ席で悟は肩を落とした
「ハァ‥マジでショックだわ全然ダメじゃんオレ‥」
「そうか?逆に良かったんじゃないか?」
「だねぇ、それだけ改善出来る、て事は強く成れるって事だし」
「ま、確かにそうっすね」
「週1とかだけど、これからも見てもらえるんだし、これからだろ」
「そもそもみやび姉に教えて貰えるのってかなりラッキーだと思うよ」
「そうッスね、やりますよ!オレ!」
途端に元気になった、実に扱い易しである
「色々一度には無理だろうけどな」
「自分でそんな器用だとも思ってないッスよ」
「とりあえず、右の修正とパンチの種類増やす、だっけ?」
「そこだけしばらくやっとけ、て事らしいですね、それでリズムも改善するらしいです」
「ま、姉貴がそう言うなら間違いないだろ」
「いやー、ホント感謝ですわ。美人だし、飯も最高だし、マジ羨ましいッス」
「怖いけどな」
「だね」
土曜という事もあって午後から自由
昼も無しな為、いつものメンバーは全員で街に出た
「自由」と言っても、自習時間とも言える。部活、勉強、は勿論の事、科目別に選択制の臨時授業が等があり自主性を重んじたやり方が行われる
しかし溜り場メンバーは勉強でギリギリなのは葉月だけという事、あまり皆で同時行動する機会も余り無いという事でその様な行動となった
「よっしゃ!なら街出て昼一緒しようぜ!」という、悟の一声である
「と言っても、どこ行くんだ?」
「どこでもよくない?」
「ファーストフードでいいだろ」
そもそも学生だし、金持ちという訳でもない、普通の選択肢だとも思った
このメンバー、と言うより、鳳静学園の生徒で貧乏というのはあまり居ない訳で、別に入ろうと思えば普通のレストランでもなんら問題ない、ただ、叶はどうなのか?とも思ったが
何故かマックの類に目を輝かせて着いて来た。注文の仕方がわからず、葉月が伝言ゲームで伝えていたが
「どう?」
「味は濃いけど美味しいですよ?」感想では、どうやら問題無かったようだ
「しかし、入ったことすら無いってのも凄いな」
「そりゃ桁違いのお嬢様だからな」
「何事も経験だよ、うん」
この溜り場メンバーは全員個性バラバラな割りに不思議と気が合った、何だかんだで一時間雑談していた
途中、早速注文の仕方を覚えた叶がアイスコーヒーを全員分いつの間にか持ってきて並べた、どうも気を利かせたらしい
「あ、払うよ」と皆言ったが
「いえ、私が勝手にした事ですから」と受け取らなかった
あまりしつこく割り勘にするとしてもかえって気を使わせる為おごりコーヒーをありがたく頂戴し店を出た所で
「うーん、めっちゃ素直でいい子だな」
「見た目クール系なんだけどね、なんか子供な所もあったりめっちゃ可愛いよね」
「そうだなぁ」
「だからと言ってお前にはやらんぞ」
「先回りして刺すのやめてくれ」
彼女にしてみれば溜り場メンバーとするどんな事も楽しくて仕方なかったというもある、何をするのも始めての事が多く、全て新鮮であったからだ
結局、その後もショッピングモールでウィンドショッピング、本屋で立ち読み、お気に入りになったクレーンゲーム等して午後4時には繁華街を出た
何時もの通学路から、一旦学校側へそこで叶は先に離れた、特に門限の類がある訳ではないが、6時前には帰りたいとの事である
「じゃあ、また来週~」
「またねー」
そうして其々別れた
「まだ、時間はあるなぁ」
「陣兄バイトは?」
「6時から」
「長行君と悟は?」
「んー、ジムあるけど、気分次第だしなぁ」
「オレは帰るだけ」
「そういう葉月は部活あんだろ?」
「週末は朝だけにしてもらってる」
「そうなんか」
「毎日アホみたいにやってるからねー、どっかで休まないと、それに大会の類もかなり先だし」
「成る程、まだそんなに詰めてやる必要もないってか」
「そそ」
歩きながら話して、暫くした所で葉月は立ち止まって顔をしかめた
「何だろ?喧嘩?」
「ん??」
「なんか怒鳴り声が‥」
「あ、ホントだ、どこだ‥」
「あっちだ、たぶん」
通学路から一本裏に入った狭い裏道
そこから歩いて探すと「声」の場所に辿り着いた
草と木がボサボサな空き地、そこで男女複数人が言い争っていた
「あれ?ウチの制服じゃん?」
「ウチの女子と、あれは那珂高の連中だな」
ヤンキーぽい他校の男子3人に鳳静の女子生徒一人が絡まれている様だ「最近多いからなぁ‥」と長行が呟いた
「そうなん?」
「ああ‥まあ、元々ぼっちゃん高だからなウチ。それに九重の件で居なくなったろ?長田達とか、舐められまくってんだよな」
「成る程、ウチの不良連中が大人しくなった分、制止力も無くなったって事か」
「他校の連中からしてみればそうだな」
「どうします?」
と悟が声を掛けたが、事件の当人達から怒号が起こる
「なんだよ‥ちょっと声掛けただけじゃねーか」
「はぁ?ふっざけんじゃないよ!あんたらなんかお呼びじゃねーんだよ!」
絡まれている、というよりは女子が一方的に怒鳴っているようにも見えるが‥
「ヤンキー同士の口喧嘩にしか見えんな」
そう長行が言った通り、女の子の方も見た目がギャル
金に近い茶髪にミニスカ、派手でジャラジャラするほど着けたアクセサリー
カラフルな化粧。見た目で判断して申し訳ないが、どっちが絡んでるとも言えない状況である
「ほっといても問題なさそうな気がしなくもないな」
「でも一対三だしねぇ」
そのうち言い争いからバトルに展開していく。痺れを切らした女の子がいきなり相手の男の脛を蹴っ飛ばした
「いってー!何しやがる!」
「しつけーんだよ!馬鹿!」
こうなると相手もタダではすまない。蹴られた男は彼女のポニテの髪を掴んで引っ張るが、そこに
「離せ!馬鹿!」とドカドカ脛を続けて蹴る
やられた方も相当頭にきたのか髪を掴んだまま手前に引っ張って彼女を引き倒した
「こりゃあかんな」とボーゼンと見ていた陣も思わず声が出た
「おっ?行きますか?陣さん」
「仕方無いな‥」
と傍観していた溜り場メンバーも陣を筆頭に仲裁に走った
相手の男はそのまま、倒れた彼女の頭を踏みつけようと足を上げたがその下ろす足に陣は横から走って、蹴りに蹴りを合わせて止め、蹴り返して相手を転ばせた
第一話、長田に対してやった「ストッピング」である。尤も、一般的なストッピングでは無く陣が使ってるのは、八陣拳の技ではあるが
第一拳、影「枝払い」という、打撃に対して打撃を返し、打ってくる手や足に対して直接攻撃を当てて、ダメージを与え止める。という技ではある
相手と倒れた女の子の間に割り込んで仁王立ちする
「な、な、何だお前ら?!」
「いくらなんでもそれはやりすぎだろ?まして相手は女の子だろ、もう少し穏便にできんのか?」
と陣も返し、そこに悟と長行も斜め後ろに並んだ
こうなると向こうもたじろいで固まった
「クッソ‥」と転がした相手も立ち上がって睨んだが、仲間の一人がそいつに後ろから耳打ちした
「こいつが‥?河上と一条?」ボソッと言った後、陣の後ろに居る二人を見て睨んだ
そこで何か思ったか向こうの三人は苦虫を噛み潰した表情のまま「おい、行くぞ‥」と短く言って立ち去った
兎に角、大事になる前に向こうが引いて終った
陣は倒れた女の子の頭を触診して探る
「ケガは無さそうだ‥立てるか?」そのまま手を差し出した
「あ、ああ‥」と
彼女も陣の手を取って立った。パッパッと砂と埃を払った後、鞄を拾って目を逸らしたまま返した
「い、一応礼を言っとくよ、余計なお世話だけど、止めて貰ったんだしな」
と遠まわしに、礼なのか憎まれ口なのか分らない言葉を言って去っていった
「うわ‥かわいくねー‥顔はかわいいけど」
「ケガが無くて良かったんじゃね」
「礼とか言うのに慣れてないんじゃない?なんかテレテレだったし」
「まあ、たしかに余計なお世話かもな」
他の三人は其々見解が違っていたようだ
「つーか、あいつら、悟と長行の事知ってたみたいだな?」
「オレはしらねぇッスよ」
「俺も初対面だが」
「なんじゃろねー」
「んー‥まあ、長行さんも、俺も喧嘩でそれなりに名を売ってますからねヤンキーの類、向こうが知ってても不思議はねーッスけどね」
「ふーん」
「悟は兎も角、長行も有名人なのか?」
「いや、俺は喧嘩なんかめったにしないぞ?」
「あれッスよ、見た目と、前の番長グループともめてたから‥」
「ああ、成る程ね」
「流石、若頭」
「あのな‥」
「ま、何にしろ、余計な争いが避けれて良かったけどな」
「見た目で逃げてくれるのは楽ね」
「そっすね、俺なんか見た目で舐められるッスからね」
「ちっちゃいからね悟君は、凄んでも怖くないし」
「うっせ!これからでかくなるんだよ!」
「えー、侮辱した訳じゃないよ?カワイイヨ」
「ぐぐ、それが既に舐めてんじゃねーか‥!」
陣も長行も呆れ顔のままだった
「ジャレてないで帰るぞ」
明けて翌日の日曜
早朝練習に出ている葉月と陣は、部活動を終えて校舎に戻った、身支度を整え、靴を履き替えて帰ろうと昇降口に戻る、そこで二人は背後から声を掛けられた
「よ、よう」と
「あれ?昨日の‥」
そう「昨日の」彼女である
「あんたらなら日曜でも学校来てるって聞いてさ」
「どうかした?なんか用?」
「ちゃんと礼言っとこうと思ってさ。その‥昨日はありがとな、マジで助かったよ」
「別にいいよ、大した事してないし」
「だな、ま、言い方と態度は直した方がいいとは思うが」
「こ、これは今更なおらねーよ」
「そうじゃなくてさ、あれだと相手怒らせるだけだし」
「う‥すまん、カッとなるとつい‥」
「分ってるならいいさ」
「そだ、自己紹介がまだだったね」
「知ってるよ、有名人だし、九重陣と葉月だろ。あたしは橘七海、1年だよ、よろしくな」
「よろしく」
「こちらこそ」
「んじゃ、またな」
とだけ言って七海は走っていった
「結構ちゃんとしてるじゃん」
「そうだな」
「じゃ、俺は先に行くよ」
「へ?一緒に行かないの?」
そこで陣は片手で頭を押えて考え込んだ
「ま、いいか、お前も来い」
「うん?」
何故かそのまま陣は早足で離れ「ええ?!」と葉月も付いていった
「ちょっと、何なの陣兄」
「あの子、一人で帰すのはちょっとな」
「‥うーん‥、そうかなぁ‥」
「ま、どうせ帰るならついでに、てだけだよ」
「別に平気しょ‥んまあ、ついでではあるけど」
しばらく歩いた所で七海の背中を見つけ声を掛けた
「橘さん」と
「あ、あれ?何?」
「家帰るのかい?」
「ああ、いや、街ブラブラしてからだけど‥」
「じゃあ、一緒していいかい?」
「ああ、一人だし、別にいいよ、てか、一人よりいいか」
と陣の言葉を受けて3人は街へ出た
「何時も一人で?」
「そうだね、気楽ってのもあるけどね」
「わからんでもない」
「ほら、あたし口悪いじゃん?すぐ喧嘩になっちゃうし、めんどくさいし、だからって変なダチとかいらないし、じゃあ、一人でいいやって」
「そんなもんかなぁ‥」
「けど、アンタらって良い奴そうじゃん?割と気楽だよ」
「今更なおらねー、て言われちゃしょうがないわな、そういうモンだと思う事にするよ」
七海は昼頃までブラブラした後、家に戻った、送りついでに同行した陣も葉月も彼女の家の前で固まった
「でか」
「お前ん家金持ちか」
と思わず出てしまう程のでかい個人宅である
「一応そうらしいな、せっかくだから上ってくか?昼飯時だし」
言われて二人もそのままお邪魔した。何故かいきなり出前寿司が出てきてご馳走になった
「まあ、ありがたいけど、なんだこの厚遇は」
「ムグムグ‥さあ?金持ちみたいだしいんじゃない?」と葉月はラッキーじゃんと能天気にそれを頬張った
ただ、陣の疑問は直ぐに七海の母の対応で直ぐ理解した
「七海ちゃんがお友達を連れてくるなんて‥何年ぶりかしら!」という事である
彼女の父親は貿易会社の社長で七海は一人娘。それだけに甘やかされて育って且つ、当人の元々の性格あってこの様な事態に成った、という事らしい
「どーりで世間ズレしてると思ったわ」
「けどまあ、悪い子ではないな、境遇自体も叶と、逆バージョンだけど」
「まあ、学長の娘とは逆になっても可笑しくはないけどね」
翌日、学校屋上の昼に一同が集まっていた
「と、いう訳で、橘七海ちゃんですヨロシク」と紹介された
「あれ、こないだの」
「よ!、あんたら二人もありがとね」と七海は悟と長行にもかるーく礼を言った
「なんだよ、ちゃんと礼言えるんじゃねーか」
「まあ、よろしくな」と悟も長行も返した
「つーかドンドン人増えてくな」
「ん‥学長の」
「は、はい、三神叶です、よろしく」
「なんか、スゲーバラバラなメンツだな」
「同じ個性の連中が集まっても微妙だと思うが」
「ま、俺らは大体ここ集まってるから、好きに来ればいいさ」
「へー、不良連中の溜り場だと思ってた」
「こないだまでな」
「どゆこと?」
「九重兄妹が叩き出した」
「マジで?」
「誤解だ、いや、そうでもないか」
「流れ的にはそうなんじゃない陣兄」
「向こうが仕掛けて来たのを返り討ちにして奴らが来なくなった」
「ああ、確か格闘技系部活で争奪戦があった、て聞いたな。喧嘩も強いんだな」
「そういう事らしい」
「ふーん、へー」
と七海は陣をジロジロ見た
「一昨日のアレもそうだけど、あんま強そうに見えないけどねぇ」
「見た目は、確かにそうッスね、ま、陣さんとこのおねぇさんもそうだけど」
「それ葉月もだな」
「ふーん‥ねえ、それあたしにも教えてくんない?」
「は?」
「へ?」
「で?、なんでイチイチ私のところに連れてくるの?」
みやび姉は訪問した溜り場メンバーを境内で迎えて開口一番ため息をついて言った
「説明したら、やってみたい!て言うから」
「どっか部活に入ればいいでしょうに‥」
「いや、適正見たいだけだよ」
「なるほどね、まあ、それならいいけど」
と道場に一同を招いて、言いだしっぺの当人。七海を立たせて体をベタベタ触りだした
「ひぁあ!な、何?!」
「だから適正見てるのよ」
体中触りまくって言った
「うーん、骨格はいいわね、華奢て事もないし身長もある、体もかなり柔らかい、運動力、脚力はかなりありそうね、たぶん足技は伸びると思う」
「うーーん‥あんまりお勧めはしないけど、打撃系ね‥陣も居る事だし、空手部でいいんじゃない」
「マジデ」
「八陣拳は護身術じゃないし、やるんなら、条件があるし‥」
「どんな?」
「八陣はその名の通り、八種の独立した拳法で、技は多いから個性に合わせて教えられるけど、一つ習っただけじゃ力を発揮しないわ」
「と言うと?」
「例えば、投げながら、とか極めながら打撃を入れるとか複合して使う事で初めて意味が出る。だから、独立した一つを習うならそれこそ、空手とか柔道とか習うのとあんまり変わらない」
「ほう」
「故に、うちで本格的に学ぶならかならず守ってもらう事があるのよ」
「う、うん」
「必ず、二つ以上の拳流を習う事。そしてそれを習得する事、それとそれを伝える事の3つ。だからやれる人は少ないし、半端は困るのよ」
「なるほど」
「ま、アドバイスは出来るけど、その意味で「部活やりなさい」て言ったのよ」
「そもそも複数の技、流派を習う事になるから、半端無い時間が掛かるしな」
「そうねぇ、小さい頃からやってる葉月でもまだ2個半しか習得してないし」
「マジスカ‥」
「陣で5拳、それでも、ウチ、八陣の歴史の中でも「天才」の部類に入る程だしね」
「みやびさんは?」
「姉貴は教える側だからな、一応一通り使えるけど」
「それでも「一応一通り」なだけで「習得した」とは言えないわよ」
「だからまあ、既存の武術を普通に習った方が近道ではあるんだよね強くなるだけなら」
「なるほどなぁ‥」
七海自身、先日の一件あっての希望があるが結局、薦めの通り彼女は部活へとなり
翌日朝には陣、七海、葉月が空手部の武道場に揃って始める事と成った
一つに説明あった通り、ちゃんと設備や指導者が居る方がいいし、既存の術を習った方が単純に強くなるならそれが近道である、まして八陣は護身術でない
もう一つに空手部なら学校だし、陣や葉月が居るという所、そして八陣には「足技」が少ないし、みやびも時間がそれ程無いという事
そしてみやびの思った「資質」の面で「葉月と同じタイプ」とアドバイスされた事である
「要するにボクが教えろって事ね」
「空旋は俺はあんま使えんからな」
八陣拳で「蹴り」を使うのは葉月の得意とする、第七拳「空旋」が足技主体の流派である、そして3姉妹のうちそれが完全に使えるのは葉月だけだ
みやびも言った通り「お勧めはしないけど打撃系」でから始めるが、本来、女子には向かない、体重がある訳でもないし、威力もそこまで出ない
ただ、パンチよりはキックのがマシとは言える、何しろキックはパンチの数倍の力が出るから「倒す」という点に置いて、パワーの無い女子が使うのは的外れではない
そして打撃術というのはそもそもきつい外功の訓練、要するにサンドバック、巻き藁打ち等の外功練習が要る
蹴りにしても突きにしても、手や足というのは打った自分がケガするリスクがある、その為その様な訓練をして「鍛える」必要がある
「つってもそこまではいらんか」
「まあ、どこまでやるかによるけど」
そこで陣はまず、レガースを七海につけさせる
「そもそも脛だの、甲だのはあんま頑丈じゃないからな」
「ふーん」
「ほんじゃ、まずボクがやってみるね」
葉月は釣り下がってる馬鹿でかいサンドバックにテクテク歩いて軽く構え
「どーりゃー!」と
右サイドハイキック、横蹴りで打ち込む。軽く蹴ったらしいが打ち込んだサンドバックがズドーンと音を立てた後ギシギシ揺れた
「おー」と七海が言ったと同時に回りの部員達も声を挙げた
「けど、なんか変な打ち方だな」
「回し蹴りは脛や甲を痛めるかも知れんしな、七海にはアレをやってもらう」
「サイドキックだね、足の裏や踵を使って蹴るやつ、元々頑丈な部分だし蹴ったこっちが痛くないから、それと当てやすさ、応用の利きやすさ、だね」
「そーなんだ?」
「サイドキックは軌道が直線、早いし見切りにくい、後同じ形で走りながらとか横移動しながらとか距離、後横移動の突進力が使えるから威力も出るし、けん制にも使える」
「体重が乗るし。そのまま連続で打てるしな」
「なるほど~」
と七海も葉月を真似てやってみる、結構ノリノリだ。思いっきり打ってみると予想外にいい感じだった
「へー」
「ほう」
「結構いいんじゃない?」
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「OK」
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普通に要求が厳しいが、それを聞いて、直ぐ出来てしまうのが「資質」と言える、あっと言う間に朝練の時間が終って解散となった
「あれ?もう終わりか」
「なんか早いね」
「んじゃ、シャワー使ってくるわ」
と七海は走っていった
「んー、普通にいけるね」
「うむ、気が強いし、先日の一件でもヤンキーに怯まないしな」
「結構実戦向きかもね」
「そうだなぁ‥後は組み手もするか」
「問題は距離と防御かなぁ」
「ま、達人目指す訳でもないし、追々だろうな」
結局「指導」は一週間続き。そのまま七海は空手部に正式入部と成った。元々才能もあるが、彼女自身「面白い」という事もあり毎日欠かさず来る様になった
「よく食うなお前ら‥」いつの間にか溜り場メンバーの一人に成っていた七海の昼飯の食いっぷりに呆れて悟が呟いた
「だってさー、朝から運動してるし、腹減るんだよ」
「だよねー、モグモグ‥」
七海が返した後、葉月も同意した
「しかし、変わったな‥見た目もだけど」
「そうか?」
「あのヘンチクリンなメイク止めたんか」
「いやさ~、練習するようになったら、なんか肌の調子もいいんだわ」
「ああ、代謝が活発になるからな」
「どうせ汗で流れるし」
「ま、その方が似合ってるよ」
「だねー、七海ちゃんは元が可愛いし、素顔のがいいよねー」
「え??そ、そう?」
「自覚無かったのか‥」
「悪いかよ」
「ぐ‥口は可愛くねぇ‥」
「んなもん直ぐ治るかっての」
「ついでだから云っとくがスカート短いぞ」
「は?この方がかわいいだろうが」
「じゃなくてパンツ見えてんだよ」
「見てんじゃねーよ馬鹿!」
と七海がお茶のペットボトルを投げつけた
「あぶね!」と悟はかわした
「あー‥たしかにそうだな‥うん、葉月ちゃんはどうしてんの?」
「下体操着だよ」
「のがいいのか、ま、二人がそういうならそうなんだろう」
「つか、俺と陣さんらへの対応が違いすぎるだろ‥」
「え?だってねぇ‥先生みたいなもんだし‥」
「意外に弁えてるんだな」
「一応良いとこのお嬢様だからな」
「何故叶ちゃんとアベコベなんだ‥」
「え??わ、私に言われても、性格としか‥」
それから更に5日後の放課後
陣、葉月、悟、七海、叶は学校が閉まる時間まで部活があり、皆で途中まで帰った
街の手前で別れそれぞれ家に帰る、もう辺りは真っ暗である
そこで住宅街に入り、裏道を歩いた七海に声がかかった
「よう、待ってたぜ‥」
振り返って見た、相手は前に彼女に絡んだ3人だった
「なんだ‥アンタらか、何?」
「何じゃねーよ、わざわざ待ってたんだよ」
「だから何?こないだの続きでもしようっての?」
「そうだ。このまま舐められたままじゃ腹の虫が収まらねーからな」
「ふーん‥執念深いなぁ」
どうやら帰りのルートに、しかも七海が一人になるのを待っていたらしい、先頭の男はアゴで指示して言った
「こいよ、こないだの借りは返す」と
七海も頷いてそれを受けた。本来なら叫んで逃げればいい、が、彼女は普通の子とは違う
誰が相手でも決して引かない、そういう性格の子だ、そして今の自分なら、というある程度の自信もあったからである
「こっちだ」と相手は振り返った
その途端七海はそいつの後ろ、後頭部めがけて小さくステップ突進して蹴り飛ばした
「吹き飛ばす」を目的にした助走をつけた足の裏全体を使ったサイドキック、突進力と蹴りの威力が合わさった一撃
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相手は前につんのめるように吹っ飛んでうつ伏せに道をすべる様に倒れてもう動かなかった
「な?!」
「テメー!?」
横の二人は驚いて振り返る、七海は間髪いれずに向って左の奴にも顔面目掛けて横蹴りを出した
咄嗟に相手は上段を両手でブロックしたが、その構えた瞬間、そいつの腹に蹴りがめり込んだ
「フェイント」である
足を上げてから顔に向けて視線を飛ばし、そのまま、上げた足を中段に切り替えて蹴った
「サイドキック」のもう一つの特徴は葉月も言った通り、変化の付け易さである。
膝を垂直に上げてから打つの動作が同じでそこから上下に直線軌道で打ち込む、構えが途中まで同じで上下の打ち分けが見切りにくい
しかも、途中で止めたり、軽く打ったり、足の裏を使う為、蹴った反動で後ろに飛んで距離を作る事も出来るし、足を下ろさず片足立ちのまま連続して打つ事も出来る、尤も、相当なバランス感覚と柔軟性、訓練が必要だが
「ぐぶ‥」と何かを吐き出すような声を挙げて二人目も膝から落ちた
完全にみぞおちに入って動けなくなったが、残った一人、に右肩を左手で掴まれた
「この女!‥」
そして、逆手で右拳を作って振り上げた
手の届く距離だとサイドキックは繰り出せない、だが、七海の武器は近接用のもある、相手が拳を振り下ろす前に相手の腹を蹴り上げた
「左膝」で
蹴りを主体にするならどうしても隙が大きい、そして接近を挑まれると打つ手が無くなる
だから陣と葉月はもう一つの武器を与えた。そして「膝」も元々が硬く強い部分
外功をやらずとも使えるし、威力も大きい、打っても自分が痛くないし躊躇いも少ない近接武器である
当たり所はそれ程良くなく、近接過ぎたので浅い。だが、それで相手は打撃を受けた反射で掴んだ右手を離し前のめりになって腹を押えた
瞬間彼女は二段飛びの要領で飛び目の前にある相手のアゴに逆足の右膝を叩き込んだ
どんなに頑丈な相手でもこれには耐えられない、後ろにスローモーションの様に倒れ、そいつもアゴを押えて「ぐおお‥」と呻いた
「た、倒した‥」呟く様に七海は言って額の汗を拭った
「こ、この野郎‥」と起き上がろうとする連中を見て直ぐに轡を返して走った
10分走って家に入って玄関の扉を閉めて座り込んだ。汗と、心臓がバクバクいってるのが自分で気がついた
一見すると、一方的に蹴り倒して勝った様に見えるが両者に力の差があった訳ではない、相手の油断、不意打ちでほぼ二人片付けた事
そして、最大の資質とも言えるが、彼女が相手を倒す事を躊躇わなかった事
初めての本格的な実戦となれば、躊躇もするし、怖くもある、それが出る前に倒せた事である
様々な幸運あって現状があった、無論彼女もそれを理解していた
翌日の土曜の朝練で陣と葉月にだけ、昨晩の事件を伝えた
「マジ?!」
「こないだの連中か、つっても結構期間は開いてるが」
「しょーもない連中ね‥しかも七海ちゃんが一人に成るのを待ってなんて」
「驚いたけど‥勝ったよ、あたし」
「しかし、あんま一人にならない方がいいな‥」
「そだね、また来ないとも限らないし」
「いや、大丈夫だよ‥あたし、もっと強くなるから」
そう言って朝練に励んだ
「けどまあ、強くなるよね、あれじゃ」
「内面も強いからな、楽しみではある」
「そうね、ボクらが誰かに教えるってのも初だし、なんか楽しくない?」
「確かに」
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一ノ瀬財閥の令嬢、一ノ瀬綾乃は小学校一年生からサッカーを始め、プロサッカー選手になることを夢見ている。
しかし、父である浩平にその夢を反対される。
夢を諦めきれない綾乃は浩平に言う。
「その夢に挑戦するためのお時間をいただけないでしょうか?」
一人のお嬢様の挑戦が始まる。
優秀賞受賞作【スプリンターズ】少女達の駆ける理由
棚丘えりん
青春
(2022/8/31)アルファポリス・第13回ドリーム小説大賞で優秀賞受賞、読者投票2位。
(2022/7/28)エブリスタ新作セレクション(編集部からオススメ作品をご紹介!)に掲載。
女子短距離界に突如として現れた、孤独な天才スプリンター瑠那。
彼女への大敗を切っ掛けに陸上競技を捨てた陽子。
高校入学により偶然再会した二人を中心に、物語は動き出す。
「一人で走るのは寂しいな」
「本気で走るから。本気で追いかけるからさ。勝負しよう」
孤独な中学時代を過ごし、仲間とリレーを知らない瑠那のため。
そして儚くも美しい瑠那の走りを間近で感じるため。
陽子は挫折を乗り越え、再び心を燃やして走り出す。
待ち受けるのは個性豊かなスプリンターズ(短距離選手達)。
彼女達にもまた『駆ける理由』がある。
想いと想いをスピードの世界でぶつけ合う、女子高生達のリレーを中心とした陸上競技の物語。
陸上部って結構メジャーな部活だし(プロスポーツとしてはマイナーだけど)昔やってたよ~って人も多そうですよね。
それなのに何故! どうして!
陸上部、特に短距離を舞台にした小説はこんなにも少ないんでしょうか!
というか少ないどころじゃなく有名作は『一瞬の風になれ』しかないような状況。
嘘だろ~全国の陸上ファンは何を読めばいいんだ。うわーん。
ということで、書き始めました。
陸上競技って、なかなか結構、面白いんですよ。ということが伝われば嬉しいですね。
表紙は荒野羊仔先生(https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/520209117)が描いてくれました。
パラメーターゲーム
篠崎流
青春
父子家庭で育った俺、風間悠斗。全国を親父に付いて転勤引越し生活してたが、高校の途中で再び転勤の話が出た「インドだと!?冗談じゃない」という事で俺は拒否した
東京で遠い親戚に預けられる事に成ったが、とてもいい家族だった。暫く平凡なバイト三昧の高校生活を楽しんだが、ある日、変なガキと絡んだ事から、俺の人生が大反転した。「何だこれ?!俺のスマホギャルゲがいきなり仕様変更!?」
だが、それは「相手のパラメーターが見れる」という正に神ゲーだった
切り札の男
古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。
ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。
理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。
そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。
その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。
彼はその挑発に乗ってしまうが……
小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。
女尊男卑 ~女性ばかりが強いこの世界で、持たざる男が天を穿つ~
イノセス
ファンタジー
手から炎を出すパイロキネシス。一瞬で長距離を移動するテレポート。人や物の記憶を読むサイコメトリー。
そんな超能力と呼ばれる能力を、誰しも1つだけ授かった現代。その日本の片田舎に、主人公は転生しました。
転生してすぐに、この世界の異常さに驚きます。それは、女性ばかりが強力な超能力を授かり、男性は性能も威力も弱かったからです。
男の子として生まれた主人公も、授かった超能力は最低最弱と呼ばれる物でした。
しかし、彼は諦めません。最弱の能力と呼ばれようと、何とか使いこなそうと努力します。努力して工夫して、時に負けて、彼は己の能力をひたすら磨き続けます。
全ては、この世界の異常を直すため。
彼は己の限界すら突破して、この世界の壁を貫くため、今日も盾を回し続けます。
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