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貧しい衛兵の話
【1】
しおりを挟む男は月明かりの中、必死に路地を歩き回っていた。
『自分は、神に見放されたのだろうか・・』
彼女の好きな花とクッキーを購入し、露天の店でみつけた指輪の支払いをしようとしたら財布が無かった。
店主に指輪を返して、財布を取ってくるからと取り置きしてもらおうとしたが断られてしまった。
仕方がないことだ。今の自分は見るからに金を持っていない風体だからだ。
『何処に落としてしまったのだろう』
分かっている。落としてなどいない、人込みの中で気づかぬ内に摺られてしまったのだろう。
それでも一縷の望みをかけて、寝泊まりする寮から通って来た道を何度も往復して探していた。昼から歩き回り続け、その間持ち歩いていた花は萎れてクッキーは割れてしまった。
自分は何をやっているのだろうと虚しさに襲われる。
『やっと彼女に報いる事が出来ると思ったのに』
曲げていた背中を伸ばし、頭上の月を見上げる。
『月・・そうだ、たしか母さんが・・』
男は子どもの頃、母がしてくれたお伽噺を思い出した。
自分の大事な宝物と、宝石を交換してくれる不思議な店があると。
月が真上に来るときに、対価と呪文で行ける店だと。
子どもに聞かせるお伽噺だ。
でも、男は縋ってみたくなった。今の自分は何もない。せっかく買った花も萎れ、クッキーは割れて台無しになってしまった。
財布も無いから指輪どころか、明日の食事にも困る有様だ。
宝石などと贅沢な物は望まないが、せめて彼女の為にきれいな物を準備したい。試すくらい構わないだろう。対価はこのお守りで良いだろうか・・
男は母から譲り受けた首飾りを服の上から握りしめた。
家を出る時、せめてこれをと持たせてくれたお守りだ。
親指の爪ほどの、くすんだ灰色をした涙型の石。それを紐で編んで留めた首飾り。
今の自分が差し出せる対価はこんなものしかないが・・
『どうか、どうか彼女の為に・・』
月明かりに照らされた路地の真ん中で男は必死に祈りながら、母に教わった呪文を唱える。
「石を司りし古き店の主よ。あなたのお店に招いてください」
唱え終わると同時に地面と平行に捻りを加えながら跳躍。
すると、踏み切った地点を中心に繊細な文様の魔法陣が広がった。
『え?・・』
優しく光る魔法陣に驚き、目を見開いた男は地面から足が離れた恰好のまま路地から姿を消したのだった。
僅かな浮遊感の後、男はドテッと尻もちをついて着地した。
「ここは一体・・」
見回せば、そこは開けた森の中だった。
男が見上げても先が見えぬほどの巨木が背後に迫っており、前方は丸く切り取ったかのように開けている。
先ほどまで夜だったはずなのに、真昼の明るさで視界は良好だった。
一面、地を這うように緑の植物が覆っているが、自分の座り込んだところは歩き固めた土がむき出しで道のようになっており、この開けた空間の真ん中にちょこんと存在する建物へと続いていた。
『いつまでも座り込んでいても仕方ない。あそこに人がいるかは分からないが、ひとまず訪ねてみるとしよう』
立ち上がり、土を払い落とした男は、僅かに蛇行しながら建物へと続く道を辺りを観察しながらゆっくりと歩いてゆく。
ここはとても明るいが、自分の影は濃くない。空を見上げても薄い水色の空が広がるばかりで雲一つなく、太陽が見当たらないのが不思議だ。鳥や虫といった生き物の気配が全くしないのを不気味に思う所だが、流れる風は穏やかで不穏さは感じない。
道は終わり、目の前には平屋の建物。
白い壁に濃い赤茶色の屋根で、何種類もの植物が建物を飾る様に覆い、色んな色の花がたくさん咲いている。
低い木々が囲う池が隣にあって、なんとも涼やかな景色だ。
建物の入り口周りには幹の細い木が立っていて、その根本に立て看板があり【営業中】とあった。
『やはり、店・・なのか?』
少し躊躇う。当たり前だ。先ほどから不思議だらけで思考が追い付かず少しぼんやりしている。
まるで夢の中のようだ。
『夢なら夢でかまうものか』
男は意を決して、明り取りのガラスが入ったこげ茶色のドアをゆっくりと引いた。
シャラララ・・
高く、澄んだ音が幾つも重なって響き、男は驚いて飛び上がった。
音のした方を見れば成程、来客を告げるベルのようなものだろう。金属の管が幾つも下がった飾りが棚の上でクルクルと回っており、細い糸で男が開けたドアと繋がっていた。
ほっとして、室内を見回す。
壁は淡いクリーム色で落ち着いた雰囲気。葉の小さな植物が植わった鉢が幾つも飾られている。
なにより目を引くのはキラキラと輝く様々な石だ。
棚やテーブルの上で小さな布地を敷いて置かれた石は、どれも様々な色、形をしており同じものは一つとして無く、男の目を楽しませていた。
室内を見回しながら一、二と歩を進める。
部屋の中ほどには腰の高さのテーブルがあり、両手の大きさの木皿には割り砕かれた青い結晶が敷き詰められていた。
背を屈め、目を近づけてじっと見入る。
『真昼の水面のようだ』
天井や壁の明り取りから入った光が反射して、結晶は眩しいほどに煌めいていた。
青い結晶に目を奪われていると、背の低いカウンターの奥からトタトタと足音が響いてきた。
驚き、曲げていた背筋を伸ばすのと同時に、垂れ布が捲られ小柄な女性が出て来た。
「おや、初めて見るお顔ですな!」
ダークブラウンの長い髪。丸眼鏡をかけた小柄なエプロン姿の女性は少々野暮ったくはあったが不思議な親しみがあり、男は止めていた息をほっと吐き出した。
「突然の来訪で申し訳ない・・ここは店・・だろうか?」
すまなそうに背中を丸めながら、男は女性に尋ねる。
「ええ、そうですよ!ここは〔石屋〕!〔リューの石屋〕です!」
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