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【11】三者三様の戦闘。
しおりを挟む大変お待たせしました。今回は戦闘しかありません。
※注意※
若干、生き物のグロテスクな表現があります。
苦手な方はご注意ください。
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合流し、小休止に入ってから3分もしない内に嫌な気配を察知した。
魔獣の放つ不快な魔力に項がチリチリと粟立つ。
「ドレラ兵長、アギド伍長・・」
「あぁ、もう追い付かれたわね」
「あ゛ー。まいったねこりゃ。魔力での索敵が利かないから、接近を許しちまう。ったく、なんなんだよこの魔力異常はよ~」
「とやかく言っている場合ではない、直ぐに新兵達と出発してくれ!」
新兵達に「移動だ!外せる装備は外して、少しでも身軽になれ!」と指示を出していると、ドレラ兵長が私の発言に待ったをかけてきた。
「いや、してくれって。ホーク軍曹、あなたまさか」
「大丈夫だ。個人的に強力な結界魔道具を持っているから死にはせん。すまんが、私の隊の新人達を頼む」
「そんなんで「はいはい」って引き受けるワケないでしょうが」
ドレラ兵長に続き、アギド伍長も溜息を吐きながら私の案を拒否してきた。
—問答している時間は無いと言うのにっ!—
焦りから、怒声を上げようと口を開いたその時「だからこうしようぜ?」と伍長から提案が出される。
「俺ら隊長は緊急用に結界の魔道具を持ってる。だろ?あれ一つで詰めれば40名ぐらい入れっから、一つを副隊長に預けて帰還させようぜ~」
「で、俺はホーク軍曹のバックアップな~」と着いてくるのが当然という態度の伍長。
それに却下を出す前に「なら、あたしも一緒に行くわ」と自分の結界魔道具を部下の副隊長に投げ渡して帰還の指示を出す兵長。
「そういう事だから、後は頼んだわ」
「了解です兵長!どうかご無事で!」
止める間もなく、状況が動き出す。
仕方が無い、これ以上は時間の無駄になる。
「解った。協力感謝する」
意識を切り替えて、隊の新兵達へ指示を出していた部下のベアド兵長を見る。と、話しを聞いていたらしく、目線を合わせ心底不本意そうに頷かれた。
—すまんな、頼んだぞ兵長!—
三つの隊は各隊長の指示により、副隊長らに先導されて速やかに移動を開始した。
彼らの気配が遠ざかって直ぐ周囲の木々がザワリと揺れ、辺りに不穏な空気が漂い始める。
「まずは此方に注意を引きつつ、見晴らしの良い場所へ移動だ」
腰のポーチから結界魔道具を取り出し、手持ちが無くなったドレラ兵長へ渡す。
受け取った兵長は頷きだけ返して、太腿のポケットへと仕舞った。
「それなら西の方だな。巨石が幾つも転がるポイントで、視界は良好だぜ~?」
「ではそちらに」
手早く予定を立て、戦闘準備を終える。
戦闘ナイフを両手に逆手で構え、体内の魔力を解放し存在をアピールする。
「来るわよ!初撃は任せて!」
兵長が飛び出し、大きく息を吸い込むと【火炎】の魔法を口先から迸らせ、辺り一面を焼き払う。
赤い炎が広がると同時に熱波が届き、甲高い魔獣の奇声が周囲に響いて陽炎の向こう側で燃える蔦がのたうつのが見えた。
これだけやれば此方に注目せざるを得ないだろう。新兵らの方へは行くまい。
ゴゥゴゥと兵長の魔力を燃料にした炎が燃え盛る中、西の方へ風の斬撃を飛ばして炎の壁を割り伍長が道を開く。
「行くぜ!こっちだ!!」
飛び出し、駆ける伍長の後を兵長に続いて追う。
強力な結界魔道具を所持している自分が殿を務め、枝葉や土塊を弾き飛ばしながら迫る蔦を切り払いつつ走った。
致命傷になりそうな攻撃は結界に弾かれるので敢えて無視し、移動に邪魔な蔦だけを切り飛ばす。
先を行く二人に攻撃が行かないよう、敢えて蔦の攻撃を受けながら進むこと数分、木々を抜け巨石が折り重なるようにして横たわる、草木の少ないポイントへと躍り出た。
若干の浮遊感の後、受け身を取りながら転がる。
着地の衝撃を逃して直ぐに立ち上がり駆けた。
ほぼ平坦な巨石の上、仁王立ちで大きく息を吸い込んだ兵長とすれ違う。
直後、背後から届く熱波。
魔力を脚に集中して跳躍、一。二。
巨石を蹴り上がり三回目で高く跳び、こちらを見下ろせる位置に居た伍長の近くへと降り立つ。
僅かの時を置いて、迫る蔦へ【火炎】を浴びせた兵長も同じように駆け上がって来た。
「でかいな」
「なるほど、上級魔獣だわね」
「な?何喰ったらあんなでっかくなるんだか・・」
巨石の上から見た光景は、眉を顰めるに十分な代物だった。
森の木々に胸から下を隠し、にょっきりと首を伸ばしているのは巨大な鹿形の魔獣。
まず目につくのは頭から生えた二本の角。
そこに何故かどぎつい蛍光色の花のようなモノを幾つも纏わせており、風に乗せて塵のような物を周囲に撒き散らしている。
濁った沼色の体は妙にてらてらとしており、見るからに汚く不快。
その背中からは体と同じ色をした大小幾つもの蔦が生え、うねり広がり下の木々へと零れ落ちている。
耳は腐り落ちたのか見当たらず、目は眼窩から溢れる様に飛び出しており、濁りきった瞳がじっとこちらを窺い・・口元からは絶え間なく毒そのものの涎がしたたり落ちて森の木々を溶かしていた。
「どうやら餌と判断されたみたいね」
「嫌だわ~。俺ら魔獣にとっては高級食材なんだろ~けど~」
「何、予定通りだ。この場で応援が来るまで少しでも時間を稼ぐぞ」
「「了解!」」
二人の返事と共に魔獣が動いた。
ぐんと首を前に突き出し、真っ直ぐこちらへと向かってくる。
足元の木々をなぎ倒しながら進む魔獣を黙って見ている訳はなく、遠距離攻撃が可能な二人がそれぞれ魔法を放った。
「【火炎弾】!」
「【風刃】!」
炎の塊が尾を引いて飛び、魔獣の体に当たる前に蔦で払われ爆ぜる。
しかし、その隙に不可視の刃が魔獣の右目を直撃!完全に潰した。
ギゅィアァァァァァァ!
魔獣が叫び、首を振って辺りに真っ黒な血を撒き散らす。
「っしゃ!まずは片目!」
「だけど血も毒みたいね。気を付けないと」
見れば、血の落ちた岩や木々からはシュウシュウと白煙が上がっている。
それを見て、装備を変更する。
ナイフを太腿のホルダーに仕舞い、腰のポーチから拳を守るグローブを取り出して装着。
手首までしっかり覆い、魔力を通せば拳は金剛石より硬くなった。
準備が整い、攻撃を放ち続けている二人に声を掛ける。
「よしっ!私も出る!援護は任せたぞ!」
「了解よ!」
「無茶は無しで頼むぜ?!」
「分っているさ!」と言い残し、森から最初の一歩を踏み出した魔獣へと飛びかかった。
向かってくる蔦を結界で弾き、足場にしながら駆け上がると魔獣の首目掛けて右の拳で魔力を込めた一撃を放つ。
ドゴッ!と鈍い音が響き、当たった箇所を支点にして肉が丸く大きく凹む。
ギゅア゛ッ!
着地した所に魔獣の唾液が降ってくるのをステップを踏んで避け、岩場に出ていた脚を目掛けて跳躍、空中で縦回転して踵を関節に叩きつけた。
骨を割り砕く感触。
と、横から蔦が迫るのが視界の端に映った。
回避行動に入ると同時に蔦が切り飛ばされ、落ちる。
伍長の援護だ。
—良し!—
感謝の念を覚えつつ、次の攻撃に入る。
魔獣は攻撃を受けながらも体を半ばまで岩場に進めていたようだ。
一先ず脚を潰そうと視線を上げると、何本もの脚で視界が埋め尽くされた。
◇・○・◇・○・◇・○・◇・○
一方、岩場の上の二人も魔獣が岩場に出てきたことにより、その全体像を把握していた。
「おえっ。気持ち悪ぅ・・」
「なにあれグロいわね」
森から現れた魔獣の胸から下は脚だらけだった。
通常四本しかないはずのそこには何十本と脚が生え、体を支えている。
それだけではなく、胸から下のあらゆる箇所、太い脚の間などからも大小の脚が生え、そのどれもがウゾウゾと蠢いていた。
「あ、危ない!」
「!ちぃっ!!」
見れば魔獣の足元に居た軍曹が、何本もの魔獣の脚で踏みつぶし攻撃を受けていた。
代わる代わる途切れる事のない脚の踏み下ろしに、軍曹は回避に専念せざるを得ない様子。
一方こちらも蔦による一斉攻撃で援護が間に合わない。
二人で迫り来る蔦を焼き、切り飛ばし、回避していると一際大きな破壊音と共に一瞬攻撃が止んだ。
「「軍曹!」」
同時に叫ぶ視線の先には踏みつぶされ、割れ崩れた岩に半ば埋もれながらも結界で守られた軍曹の姿。
魔獣は感触で攻撃が効いてないと解ったのか、修復されつつある右目を顰めて一本の脚を持ち上げ、蹴り飛ばす動作を見せる。
「っ!支えろ兵長!」
「解った!」
「【風壁】!」
大小様々な岩の破片と共に、軍曹が此方へと真っ直ぐ飛んでくるのを風の壁で受け止める。兵長は背中を合わせて踏ん張り、伍長の体を支えた。
二人の助力により勢いを相殺し、岩場に着地した軍曹は両脚と片手を使って慣性を制御。
ザリザリザリと砂埃を上げながら後ろ向きに滑り二人の近くで止まる。
「軍曹怪我は?!」
「無事なの?!」
「あぁ、助かった!」
視線は魔獣に向けたまま礼を言う。
「―仕切り直しだな」
「だ、な~」
「やっぱりあの蔦が厄介よ。稼働範囲が広いし、数が多くて中々攻撃が当てられないもの」
「更に回復もする、か・・」
幾つもの蔦が、森の中から他の魔獣を引き寄せているのが見て取れた。
そのおかげで、今は蔦の攻撃が止んでいるのだろう。
カラカラになった何体もの魔獣は、持ち上げられ鹿型の魔獣の口元へと運ばれていく。
魔獣が口を開く、と、その口元が糸を引きながら花びらの様に裂け、無数に生えた牙がぞろりと現れると餌を捉えて閉じた。
「おげっ」
「益々気色の悪い・・」
魔力回復薬を口にしながら二人は尤もな感想を述べる。
此方にまでぐしゅぐしゅと肉を咀嚼する音が聞こえてくるような蠢く顎に全員で眉を顰めた。
その間も、思考は途切れることなく戦術を練っている。
「・・見ての通り、攻撃にも回復にも使われるあの蔦を如何にかしなければ、足止めは難しいな」
「で、ありますな~」
「・・一つ思いついたのだけど」
「なんだ兵長」
「あいつの背中で結界魔道具を起動するのはどうかしら?内側に蔦を閉じ込めて、使えなく出来るんじゃない?」
「そりゃ・・難しいな。ありゃ遠隔で使えるもんじゃねぇぜ?誰が起動すんだ?それに起動したとしても、結界は内からの攻撃にゃ弱い・・すぐ解除されるのがオチだ」
「・・そうよね・・ごめんなさい。忘れて」
魔獣からの攻撃を警戒しつつ、こちらも体力、魔力の回復に努める一方で思考は止めない。
結界魔道具は球状に展開される・・通常は攻撃により結界に一定以上の負荷が掛かれば、制御機構が働き魔道具の損壊を防ぐため結界は解除される・・
だが、解除されないようにすることは可能。
無理やり魔力を流すことにより展開した結界を強化維持できる筈。
勿論、負荷を掛け過ぎれば魔道具は壊れるだろうが、ギリギリまで持たせることは出来るだろう・・
「・・これしか無いな・・二人共聞いてくれ」
考えを纏め、提案する。
「はぁ?!そりゃ無茶が過ぎるぜ軍曹!」
「あまりにも軍曹の負担が多すぎるわ!!」
「だが、これが一番効果的ではないか?それに、もう時間が無い」
二人とて解ってはいるのだろう。
ぎゅっ・・と口を噤む視線の先には食事を終え、すっかり回復した魔獣がこちらを威嚇するように無数の蔦をうねらせている。
「それしかねぇか・・頼むぜ軍曹!」
「・・あたしも出来る限りフォローするわ。こっちの事は気にせず、集中して事に当たって!」
「無論!!任せてくれ!」
二人から結界魔道具を受け取り、魔獣へと向かって駆け出す!
勝算はある。おじ上の魔道具ならば、耐えてくれる筈だ。
迫り来る蔦を躱し、いなし、時には足場として利用して魔獣へと接近。
顔面へと飛び上がって拳へ魔力を集中させる・・と、魔獣の顔が喜色に歪んだ。
目の前で口が開き、ボッ!と蛍光色の粘液を吐き掛けられる。
目が痛くなるような色で視界がゼロになるも、結界が一瞬バツンと発光して粘液は体に届かない。
殆ど抵抗なく後方に流れて行き、瞬く間に視界は開けた。
—流石はおじ上の魔道具!—
目前に迫る魔獣の顔は驚愕に引き攣っている。
その鼻先に、圧縮した魔力を纏わせた拳を叩きつけた!
鈍い音と共に肉が裂け、骨が割れ砕ける感触が拳に伝わる。
黒血が撒き散らされ、魔獣の悲鳴が辺りに響いた。
グぁぎぃイイイイイイイイイイイ!!
魔獣の顔を蹴り、頭上高く跳んで距離を取る。
下を見れば、この隙に兵長と伍長が攻撃力の高い魔法を放つのが確認できた。
大きな風の刃に炎を纏わせた合成魔法が向かうは背中の中央、蔦の群れ!
狙い違わず、根本に近い場所へ赤い刃が吸い込まれ、蔦が千切れてバラバラと落ちて行く。
—よくやってくれた!—
二人の力量に感服しつつ落下。
暴れる魔獣の頭がタイミング良く下に来たので足場として利用。蹴りつけ、背中へと跳ぶ。
着地した視線の先に、再生が始まった蔦の群れ。
うじゅらうじゅらと蠢く草原から少し離れた場所で結界魔道具を取り出し、起動させた。
魔道具は卵型の金属の塊にしか見えなかったが、起動し表面に複雑な陣を幾つも展開して50センチほどの高さに浮かぶと、ゆっくりと横回転を始める。
陣は空中に留まり、その中心で魔道具は回転速度を上げて行く。
回転による残像に幾何学模様の光が走る・・と、勢いよく内側から弾けた。
ぐんっ!と魔力の圧が体を通過し、無事結界が張られた事を実感する。
—結界魔道具はこれで良し!あとは・・—
魔獣の背の上で、ベタリと座り込む。
戦闘服越しに感じる魔獣の皮膚がぬめりとして不快だが、仕方が無い・・
体勢を崩さぬために上着を脱いで膝に掛け、太腿のナイフを抜き上着の上から膝の両隣に突き刺して下半身を固定する。
後は、魔道具に魔力を充填し続ければ!
胸の高さで魔道具は輝き、浮かぶ魔術陣の中心で顕わになった機構をキリキリと鳴らしながら回転している。
陣に触れぬよう、手で覆うようにして魔力を放出。魔道具に注ぎ込む!
すると光が強くなり、回転速度が上がった。
これで結界は強化された筈だ。
見上げれば、ドーム状に空間が揺らいでいるのが見て取れる。
―よし。これで蔦は封じた。後は外の二人が魔獣の気を引いて時間を稼いでくれるだろう。私はこのまま・・―
バジジジジジッ!
直ぐ目の前で閃光が瞬く!
再生を果たした蔦が強化した結界内で暴れ、お守りの結界とぶつかったのだ。
蔦を封じた結界魔道具は動かすことが出来ない固定式。
身を守るには、おじ上のお守りに頼るしか・・
―頼むっ!両方とも持ち堪えてくれ!―
僅かに熱を持ち始めた左耳のイヤーカフと、目の前の魔道具に思わず願った。
△ ▽ △ ▽
不快感も顕わな魔獣の表情に、内心の焦りを隠して余裕の笑みを返す。
ちゃちな挑発に、魔獣は憤って粘液を吐き掛けて来た。
―当たるもんかよっ!―
巨石の上を縦横無尽に駆け回り、【魔法】も駆使して只々時間を稼ぐ。
蔦を封じられ、手数が減った魔獣。
攻撃力は高いが単調な為、どうにか当たらず回避し続ける事が出来ていた。
だが、一つ気がかりな事が・・
「兵長!魔力の残りは?!」
「少ししかないわ!魔力回復薬を飲んだのに、殆ど回復しないのよ!」
やはりか!
飛んでくる粘液、振り回される脚や角を避けながら臨時の相棒と短く会話する。
―俺も少ししか回復してねぇ・・魔力異常の所為、だよな・・そんで原因は多分アレだろう―
魔獣が角を振り回す。
すると角から生えている花のようなモノからブワリと花粉?塵?・・表現に困るが、細かなナニかが辺りに撒き散らされ、周囲の魔力反応が鈍くなった。
―魔力が回復しないんじゃあ、そんなに長く持たないぜ~?早いとこ本部が応援を寄越してくれなきゃ、死ぬな。俺ら・・―
ひたりと忍び寄る死の気配に、全身の毛が逆立つ。
志願したとはいえ、こんな所で死んでやるつもりは無いのだ。
もし、生きて帰る事が出来たなら・・
―秘蔵の酒を浴びるほど飲んでやる!―
「【風刃】!もいっちょ【風刃】!」
魔獣の顔目掛けて攻撃魔法を放つ!
魔力の節約で威力を押さえたとはいえ、顔に向かってくる攻撃は無視出来なかったらしく魔獣は首を振ってこちらの攻撃を避けた。
避けた先で兵長の攻撃魔法が突き刺さり、激しく爆炎が上がる!
ギゅゴァッ!
首にダメージを受けた魔獣が滅茶苦茶に角を振り回し、炎を消そうと暴れる。
その角が、兵長に当たる軌道を描くのが見え・・
瞬間、無意識に魔法を放っていた。
「【風弾】!」
◇・○・◇・○・◇・○・◇・○
空中で回避が間に合わず、迫り来る魔獣の角に身を固くた瞬間。横から風の塊が当たってその場から弾き飛ばされた。
なんとか体勢を整えて岩の上に着地する。
見上げた先には、魔獣に接近して攻撃魔法を放つ伍長の姿が・・
「―っ【炎槍】!」
先程放った攻撃魔法を再び放ち、援護する。
炎の槍は赤く細い尾を引いて飛び、魔獣の角の根本に突き刺さると爆発して炎と煙をその周囲に撒き散らした!
魔力によって発現した炎は、角に群がるようにして咲く奇妙な花に引火。
凄まじい勢いで燃え広がり、花は瞬く間に片方の角から消し炭となって消え失せる。
すると、魔力がじわりと回復していくのを感じた。
―回復速度が上がった?―
「やっぱそうか!兵長、花だ!全部燃やせっ!」
二人同時に魔獣から距離を取り、攻撃範囲から逃れた所で伍長から指示が飛ぶ。
疑う事無く従い、確実に燃やす為に接近を試みる!
ダンッ!と岩を蹴り中空に飛び出たタイミングに合わせ、魔獣の気を逸らす為に兵長が幾つもの風の刃を打ち出した。
目の前で魔獣の体に幾つもの黒い筋が走り、黒血が飛び散る。
―これなら確実に当てられるっ!―
「【火・・】!」
突然、体がブレる。
一瞬後、肩に激痛。
魔法を中断、反射的に肩を押さえた。
痛みを堪え、魔獣から距離を取ろうとしたところで今度は太腿が弾ける。
「うぁぐっ!!」
堪えきれなかった悲鳴が零れ、体勢を崩して地面へと落ちた。
背中を岩に強かに打ち付け、肺から空気が押し出されて息が詰まる。
生理的な涙で視界が歪む中、空を背景に魔獣の脚が迫る!
「―ひっ」
落ちて来る死から逃れようと尾と足を使い、必死で横に転がる。
が、回避に夢中で周囲の確認を怠ってしまった。
体がガクンと傾き、苔むした急傾斜の岩を転がり落ちる。
僅かでもダメージがマシになるように両腕で頭を庇う。
腕や肩、背中、尾と次々に痛みが走り、このまま全身がバラバラになって死ぬのではと恐怖したその時。
体が岩でバウンドして一瞬、ふわりと宙を舞い・・
薄目を開けた視界、流れた血の所為でぼやけたその遥か先に地面が見えた。
―あ、死ぬ―
その事実を否応なしに理解した瞬間。
柔らかく、だがしっかりと抱き止められた。
◇・○・◇・○・◇・○・◇・○
「兵長!しっかりしろっ!意識を保て!」
「ご、伍長・・」
「喋んな!舌噛むぞ!」
出来るだけ揺らさぬように兵長を抱え、一目散に駆けて魔獣から距離を取る。
ここでは魔獣に近すぎる。もう少し離れなければ治療も難しい。
僅かだが周囲の魔力操作が可能になり、これ幸いにと背後から魔力で風を吹かせてスピードを上げた。
魔獣から隠れつつ移動。十分離れた所で巨石に駆け上がり、そろりあちらの様子を窺う。
魔獣はこちらを見失ったようで、手当たり次第に岩を踏み割りながら辺りに粘液をバラ撒き、兵長へ傷を負わせた黒血の棘を次々に打ち出している。
「兵長、生きてるか?」
「・・なん・・とか・・ゴホッ!ゴホッ!」
「回復するなら今の内だ。ほれ、口開けろ」
吐血する兵長に、腰のポーチから回復薬を取り出して飲ませる。
これで一応、命の危険はなくなる筈だ。
だが、骨折や内臓の損傷があればすぐにでも治療を受けなくては・・後遺症があるかも知れしない。
「伍長、ありがとう。助かったわ・・今度お礼するわね」
「なぁに気にすんな、お互い様さ。でもそうだな。帰ったら一杯付き合ってくれや。それでチャラな~」
「わかったわ」
声に力が戻った兵長の様子に、ほっと胸を撫で下ろす。
自分に怪我は無いが、疲労回復の為に同じように回復薬を服用した。体に負担がかかるのであまり推奨されないが、今は少しでも体力を回復させる方を優先させる。
「毒消しは持ってるか?その傷、ヤツの血で抉られてる。飲んでおいた方が無難だぜ?」
「・・血で?・・わかったわ」
腰のポーチから毒消しの丸薬を取り出し、口に含んだ兵長の様子を視界の端に収めつつ魔獣の様子を窺う。
と、蔦を封じた結界が内側から弾け飛んだ!
ギョッ?!と思わず身を固くして警戒レベルを上げるが、再び結界が展開して再度蔦を封じ込める。
どうやら二個目の結界魔道具が起動したようだ。
―軍曹・・あんたって人は!―
無茶をするにも程がある。
結界の維持に相当魔力を消費している筈だ。暴れる魔獣の背の上で魔力枯渇に陥れば、命の保証はないというのに・・
僅かな時間接しただけだが、平気で無茶をする人だというのは窺い知れた。
後どれだけ持つかは分からないが、これではこちらもギリギリまで粘らねば立つ瀬がない。
「どうだ兵長。そろそろ行けそうか?」
「ええ。血は止まったし、骨折も無さそうだから」
「なぁ・・お前さんも無茶は禁物だぜ?」
「・・・あんなの見せられたら、意地でも戦うしかないじゃない」
「・・・まぁな~」
お互い損な性格をしているらしい。
―だが、悪くねぇ!―
共に戦うのに不足無し。限界までやってやろうではないか!
蔦を封じられ、手数が足りずにこちらの捜索を諦めた様子の魔獣が駐屯地の方角へ首を向けたのを確認。
すぐさま岩陰から飛び出して距離を詰め、背後から無言で魔法を繰り出す!
無数の風の刃が魔獣の首へ殺到!
が、魔獣が大きく一歩前進。風の刃を背中に張られた結界で受け無効化してみせた。
ぐりんっ!と勢いよく首を回してこちらを視界に収め、馬鹿にしたように目を細める。
―ちっ!読まれてたか!!―
迂闊!どうやら誘い出されてしまったらしい。
この魔獣、思っていた以上に頭が回る。
―流石は上級といったところか!―
改めて気を引き締め、事に当たらねば足元を掬われかねない。
次は命があるか怪しい所だ。
「―って危なっ!」
言った傍から魔獣の攻撃。先程まで居た空間を、血の棘が甲高い音を立てて通り過ぎる。
魔力で風を吹かしギリギリで回避したものの、当たれば唯では済まないだろう。
ひりつく感覚に、自然と集中力が高まっていく・・
そこからは無心で攻撃を回避し続けた。
◇・○・◇・○・◇・○・◇・○
魔力を結界魔道具に注ぎ続け倦怠感を感じ始めた頃、魔道具の耐久力が限界を迎えそうになっていた。
蔦による内部からの攻撃で、結界の膜が所々明滅。部分的に薄い箇所も出て来ている。
―そろそろ魔力もキツイ・・が、外の二人の負担を増やす訳には・・―
ここが頑張りどころか。
片手で魔力を注ぎつつ、腰のポーチからもう一つの結界魔道具と魔力回復薬を取り出す。
ぴしぴしという内部機構からの異音に急かされながら回復薬を煽り、先に起動させた魔道具の隣で新たな魔道具を起動させる。
―急げ!早く結界を展開しなければ!―
先に展開した結界の歪が、もう持たない事を知らせて来る。
少しして結界全体が明滅、とうとう破られてしまった。
ガラスを割ったような音が響き、砕けた結界が空間に溶けて消えていく中・・
新たな結界が展開され、ギリギリのところで再度蔦を封じる。
―間に合った!―
だがホッとする暇もない。
新しく起動した結界魔道具に魔力を充填!
両手で魔力を注ぎ込む。
魔力回復薬の効力で、魔力が回復する傍から消費されていく。
回復薬も、三度目ともなれば回復速度が遅い。
バシッ!バジジジジジっ!
「っ!つうっ!」
もう何度目か分からない蔦の攻撃が目の前で弾かれ、左耳のイヤーカフの温度が無視できない程になった。
これは確実に火傷になっている。
だが外せば即、蔦による攻撃を受け避けることも出来ずに致命傷を負うだろう。
―もうすぐ、きっともうすぐ応援が来る・・―
そろそろ部下であるベアド兵長らが駐屯地に着く頃だ。
魔力枯渇が近い。
酷い倦怠感と耳の痛みに脂汗を流し、ぶるぶると震える腕を気力だけで持ち上げ魔力を放出し続ける。
僅かの間大人しかった魔獣が、また動き出した。
ぐんっ!と急激な動きに体が揺さぶられる。
片腕を付き何とか上体を支え、背中を曲げながらも反対の腕は魔道具に伸ばして魔力放出を切らさないように耐えた。
一瞬、内からだけでなく外からも何らかの攻撃が結界に加えられ魔道具が軋む。
先の魔道具より長くは持たない。
自分の魔力充填が追い付いていない所為だ。結界の強度が全く足りていない。
―それでも、あと少しだけ・・頼む。耐えてくれ・・―
しかし願いとは裏腹に、ジリジリと魔力の放出量が下がって行き・・・
魔力が完全に枯渇する前に結界は破られた。
解放された蔦が空を覆う勢いで広がり影を落とす。
こうなった以上、この場に留まるのは危険過ぎる。
急ぎ離脱しなくては!
鉛の様に重い腕を動かし、体を固定する為に突き刺したナイフを抜こうと握る。
が、するりと柄から手が抜けてしまう。
―あ、握力が・・―
魔力枯渇の影響で体が思うように動かない。
背中を曲げ、上体を支えるのがやっと。
ナイフを抜くどころか瞼を開けるのにも気力を振り絞っている。
バジッ!バババババババ!バジュッ!!
荒ぶる蔦の一段と激しい攻撃で、自身を守る結界が眩しい程に発光。
曲げた膝に上体を伏せ、耳の上からイヤーカフを握る。
どうしようもない現状に、死という恐怖が肌を撫でる。
―こんな、こんな所で―
月明かりの中、さらりと流れる白髪が脳裏を過ぎった。
そうだ。もう自身の命は勝手に出来ないのだった・・
心も、身体も、命さえも・・愛しい彼の物。
そう、約束した。
ならば帰らねば。
彼の元へ。
「―こっの!」
最後の気力を振り絞り、ナイフの柄を両手で握った。
力を込め、前後に揺らしながらどうにか引き抜こうと試みる。
黒血に濡れた刃が半ばまで持ち上がった所で、激しい振動が襲う。
体が傾ぎ、揺れる勢いも手伝って刃が一気に引き抜かれ・・と、ほぼ同時に地面であった魔獣の背が横向きに傾いて行く。
魔力、体力共に尽きかけている状態では体を支える事は難しい。
ぬるりとした表皮も手伝い、傾斜が急になるにつれ重力に引かれてズリズリと体が滑って行き・・
とうとう支えきれずに滑り出す!
耳元で風が鳴る程の勢いに危機感が募る。
結界はまだ維持されているとはいえ、少しでも危険を回避すべく周囲の状況を観察しようとしたその時。
視界の端に白が映った。
「エトラさんっ!!」
「―っジル?!」
信じられない思いのまま、反射的に手を伸ばす。
斜め上から勢いよく滑り降りて来た婚約者に、爪が食い込むほど強く腕を掴まれたかと思うと一瞬、その腕を支点に体が宙を舞い・・次の瞬間には頼もしい腕の中に収まっていた。
霞む視界の中、太陽に煌めく白髪が眩しい。
見上げる顔はキリリと引き締まって真っ直ぐ前を向き、食いしばる口元からは犬歯が覗いていて・・白い喉仏には光る汗が滲んでいた。
―ああ。やはり、なんて・・―
素敵な人。
耐えていた強烈な倦怠感に安心感も加わり、眠気に抗う事無く素直に意識を手放した。
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戦闘シーン終わったーっ!!
うっうっうっ。長かった・・(泣)
次の話でも、少しは戦闘描写もあるかと思うけど、概ね終了!
よーし!次回は思い切りえちちを書くぞー!!
ご期待ください!
・・・と、言っておきながら入らなかったらスミマセン・・
なるべく頑張る!
ではまた次回!
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