エーテルマスター

黄昏

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ギリシャ神話 サタン一族編

母の夢

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「今生の別れじゃないの! 知っているのよ『賢者の秘法』が如何どういうものかを。」
アビゲイルの母オリビアが叫ぶように言った。
「まさか! 私の研究ノートを見たの?」
母が自分が何をしようとしているかを知っている事実にアビゲイルは困惑していた。
・・・・・
「でもあのノートに書いてあった事は怖すぎるわ。まさか、あなたもその秘法を使うなんて。あなた、自殺するに等しい事を言っているのよ!」
「違うわ、若返るのよ! ただ、その場所がここではないという事だけよ。遠い外国へ研究の旅に出かけるのと何が違うの。」
「全然違うじゃないの! もう2度と会えなくなるのよ。この世界から消えてしまうのよ! 母親としてそんな事許せるわけないじゃない。」
母、オリビアはとうとう我慢しきれなくなった。
「オォ アビーお願いだから考え直して。 私耐えられないわ。」
母は両手で顔を覆いながらうつむいてしまった。大粒の涙がその両手からこぼれ落ち床を濡らした。
「母さん。だったらこうしましょう。私は今ゴーシュに次元転位の訓練を受けているの。この世界に次元転位できるようにポータルをこの屋敷の私の部屋に設置しておくわ。私が次元転位できるようになったら、真っ先にその部屋に転位して母さんに挨拶しに来るわ。私はその時には別の人間になっているけど。何か合言葉を作ってお互いに覚えておきましょう。そしたら、次に会った時、私がどんな人間になっていても私だとわかるでしょ?」
・・・・・
「合言葉は。 そうね、『私の研究ノート見たわね』は如何どうかしら。」
・・・・・

それから、オリビア・リンドバーグは1日3回、毎日のようにアビゲイルの部屋を訪問した。
何をするともなく1時間ほど青い炎の形を模したモニュメントを眺め続ける。
そして、ため息を一息付いてから部屋を出るのである。

ある日、大賢者の拠点ヘブンズガーデンを魔族の生き残りが襲撃したと言うニュースが流れた。
世界報道機構WNOの衛星カメラが成層圏からその様子を捉えた映像を世界アトラ中に配信している。
オリビアは自分の部屋でこのニュースの詳細を見ようとしていた。
「WNOの最新ニュース、ヘブンズガーデン関係、二次元で」
オリビアはリンドバーグハウスに指令した。
部屋の中央にガラス板のような透明なスクリーンが現れ、その後ろの景色が映像を邪魔しないよう光を遮断した後、WNOが配信しているヘブンズガーデン関係のニュース一覧が表示された。
「魔人族の襲撃」
オリビアはそのリストから魔人が襲撃したニュースを選択した。
ヘブンズガーデンを上空から撮影した映像が表示される。
徐々に拡大されていくその映像には、ガーデンの周辺を無数の魔族が包囲しているのが鮮明に映し出されていた。
中央の擬似太陽からオーブが蚊柱のように吹き出した、その直後魔人達が擬似太陽に向かってあらゆる魔法攻撃を敢行している。
戦いなど無縁のオリビアから見ても、魔人達の初動が少し遅いように感じられた。

映像をしばらく見ているとヘブンズガーデンの中央部から球状に黒い領域が周囲に広がった。その領域はヘブンズガーデンを全て飲み込むほどの大きさに成長し、最終的にはヘブンズガーデンの3倍程度の大きさまで膨らんでから濃度を徐々に薄めて行き消えた。

異様なのは黒い球体が消滅した後だった。
そこにいたはずの魔人族の姿が忽然と消えてしまっていた。
人々はあの黒い球体が魔人を全て跡形もなく滅してしまったのだと考えた。

「ヘブンズガーデンからの黒い球体の攻撃により魔人は一掃されました。一斉攻撃に参加した魔人族がすべて消滅したと思われます。攻撃を終えたヘブンズガーデンはいつもと変わらぬ容姿を天空に晒しています。
その後ヘブンズガーデンに居たと思われる大賢者キルケゴールに連絡を取ろうと試みましたが現在に至っても応答はありません。」
WNOのアナウンスが無機質な声で流れている。

オリビアは大賢者と連絡が取れないと伝えるニュースを聞いて、『実行したんだ』と思った。
『遺体はどうなったのだろう? ヘブンズガーデンの何処かに安置されてるんだろうか?』
どんなに説得されてもオリビアにとっては『死』でしかなかった。
胸の鼓動がどくどくと早くなって行き、息が苦しくなる。
『あの子は逝ってしまった。』
涙が止めどなく溢れ出て来た。
声を上げて泣き出したくても息が苦しく心臓が血液を体に送り出さない。
オリビアはその場に倒れ伏した。

「警告、警告、オリビア様が不整脈、血圧異常、心神喪失で倒れました。緊急医療プログラムを起動します。」
リンドバーグハウスの人口自我が医療ホムンクルスを招集、同時に関係者に緊急連絡した。
医療ホムンクルスのナイチンゲールが4つの腕をフル稼働し、血圧、心拍数、体温測定、触診による異常箇所の探索を行う。
外的損傷はないと判断するや、4つの掌の内2つを左肩と右脇腹に当てがい、心拍音にあわせて電気ショックを与えた。
心拍音が1分間に80回程度に落ち着く。
しかし、オリビアは目を覚ます様子がない。
ナイチンゲールは4本の腕を繊細に動かしオリビアを抱き上げオリビアの寝室に移動しベッドに寝かせた。
「心拍数80、呼吸数30、血圧130、体温37.2 状況は好転しました、緊急医療プログラムを解除します。」
オリビアは目を覚さない。
しかし呼吸は落ち着いており、顔色も戻って来ている。
危機は脱したようであった。
その時、寝室のドアが大きな音を上げて開いた。
「母さん、大丈夫か?」
長男のチャールズが真っ先に駆けつけて来た。
続いて次男のジョージ、三男のドナルド。
長女のキャサリンは海外に留学しておりこの場には居ない。
三女キャロリーナは父パトリックと一緒に最後にやって来た。

「ナイチンゲール、報告」
パトリックが容体を尋ねた。
「緊急医療プログラム起動時、オリビア様の心拍数は180を超えておりました。その他外的損傷が見当たらなかったため、不整脈と判断ADSにて不整脈を除去いたしました。脈拍、呼吸、血圧、体温、全て平常値に戻っております。」
「なぜ、目を覚さん?」
「原因不明です。今後24時間の看護で容体を監視し覚醒を待ちます。」

命に別状はなさそうだ。
パトリックを始め家族全員胸を撫で下ろした。
オリビアはアビゲイルが研究のためと称して家を出てから様子がおかしかった。
『アビーがまだ緊急連絡が届くところに居たら、いずれ帰ってくるだろう。』
パトリック達は事実を知らず、その様に軽く考えていた。

昏睡3日目、オリビアは目を覚さなかった。
見た目にも生命力が削られていく様子が明らかだった。
ナイチンゲールはオリビアに血管から直接栄養素を送り込むため点滴を行った。

その後1週間経ってもオリビアは目を覚ます事がなかった。
「何か現実世界から逃げているのかもしれません。」
エーテルマスターでも特に医療に特化した治療師に見てもらっても、原因を掴む事が出来ず、精神的なものだと言う結論に達した。


・・・・・

オリビアは夢を見ていた。
兄弟姉妹の中でも一番可愛がっていたアビーがこの世に生を受けた時の事だ。
他の子達と違いかなりの難産だったと言えるだろう。
オリビアは胎児の事を一番に考え、無痛分娩は拒否していた。
5時間におよぶ苦痛との戦い。
ようやく生まれてくれたその子は「オキャ、オキャ」と普通の赤ちゃんと比べても弱々しい泣き声で自己を主張していた。
頭に頭髪は一切なく、顔はクシャクシャのシワだらけ、かろうじて女の子だと言う事がわかる子だった。
『一体どんな子になってくれるのだろう?』
長女のキャサリンの時は生まれたてだと言うのに誰もが、美人になるぞ、と評した。
この子の時は、大変だったね、でも健康に生まれてくれてよかった。
そう言って美醜についての話題を取り上げる人は一人もいなかった。

アビーが1歳半の時
「まだ、一言も喋らないのか?」
パトリックが苛立ちながらそう聞いた。
「せめて、マーとかそのくらいは口にしているのだろう?」
「いいえ、一言も、でも耳は聞こえている見たいですわ。」
普通なら一歳ぐらいで片言を喋り始めて然るべきなのだが、この子は口を開こうとしなかった。
『声帯に異常があるのかしら? それとも言語中枢に?』
それに、もう一つ。
この子は1歳半になっても、伝い歩きすら出来ないのである。
どこかに行きたい時は這い這いでしか行かない、私がこの子の気持ちを察して抱っこして運んであげる。
そんな生活が1歳半になっても続いているのである。
姉のキャサリンは一歳になる前にしっかりと二本の足で歩いていた。
『この子は多分、発達障害を患っているわ。おそらく一生一人では生きていけない。』
オリビアはこの子の将来を憂いたが、それだからこそだろう、アビゲイルが兄弟姉妹の他の誰よりも可愛かった。
常に寄り添い、どこに行くにも連れていった。
一歳半になったこの子をおんぶして歩く姿を街行く人々は奇異の目で見たし、陰でこそこそとアビゲイルを批判したりもした。
だがオリビアはそんな事に意も介さず彼女の事を愛し続けた。

アビーが7歳の時
初級学校になんとか入学を許され、初めて母と別れて学校という独立したコミュニティに参加してから1ヶ月ほどした時の事である。
アビーは姉のキャサリンに手を引かれながら、俯いて家に帰って来た。
キャサリンはなぜか機嫌が悪く家に帰るなり自分の部屋に閉じこもってしまった。
「アビー、何があったの?」
オリビアは優しく問いかけた。
「ヒッ、ヒッ。先生がもう来なくて良いって。今日、お父さんとお母さんにそう言いなさいって。」
アビーは目に涙をいっぱい溜めて、一生懸命そう答えた。
オリビアは最初何を言っているのか理解できなかった。
考えられない答えだ。
「キャシー! ちょっと来て頂戴。」
キャサリンの部屋でリンドバーグハウスが母親が呼んでいる事を伝えた。
暫くしてキャサリンがやって来た。
「キャシー、この子に何があったの。教えて頂戴。」
「私、もうアビーとは絶対一緒に歩かないからね!
みんなが言うのよ、アビーは知恵遅れ、アビーは嘘つき、アビーは卑怯者ってね。
一緒に歩いている私まで、アビーの姉ちゃんだからおんなじだって馬鹿にするのよ。」

その日、オリビアはパトリックに連絡を入れ、明日一緒に学校に行くことにした。
リンドバーグ家が出資している初級学校の応接室に校長とアビーの担任教師にパトリックとオリビアが応接テーブルを挟んで向き合っていた。
「うちの娘にもう来なくて良いといったそうだな。
場合によってはこの学校への資金提供を打ち切っても良いんだぞ。」
パトリックは開口一番、担任教師を睨みながら脅迫じみた口調で怒りをぶつけた。
担任教師は縮み上がってしまった。
アビゲイルがリンドバーグ家の次女だとは知らなかったのである。

「Mr.リンドバーグ。怒りをお収めください。
このカール君は今年あなたのリンドバーグ大学の教育学を修了した新進気鋭の教師です。
彼が悪意があってそのような事を言うはずがありません。」
校長が担任教師を擁護した。
「なら、なぜもう来なくて良いなどと言った。
それもあんな幼い子に、その子の気持ちを考えた事があるのか?
その一点を取っても君は教師失格だ。」
「わっ、私はもう来なくて良いなどとは言っておりません。
アビゲイル君は特別な力を持っています。
なので、この学校より、その、特別な学校に行った方が良いと勧めたのです。」
「特別な力とはなんだ?」
「アビゲイル君はエーテルマトリクスが見えているようなのです。」
「何を言っている、エーテルマトリクスが見えるようになるには何年も修行をしなければならないことくらい誰でも知っている。」
「そうです、だから、彼女は天才なのです。」
一同その場で暫しの静寂があった。
オリビアはもっと気になっている事を先生に尋ねることにした。
「昨日、あの子が帰って来た時、クラスメイトから知恵遅れ、嘘つき、卑怯者などと悪口を言われていたのですが、それはなぜなんですか?」
カールはそう聞かれて、思い当たる事がないか自分の記憶を省みた。
「彼女は決して知恵遅れなどではありません。
ですが一般の子供から見たら間違いだらけの事を言っているようにも見えるかもしれません。
例えば、図形の時間に、私が何度これは3角形と教えても、黒板に3角形を書くたびに丸だとか四角だとか全く違う形状を答えてしまうのです。
考えてみてください、影絵で三角形に写るものを90度回転させると四角形になるような立体がありますよね。私が黒板に書く3角形はエーテルマトリクスの2次元への投影でしかありません。彼女は黒板に書いた3角形のエーテルマトリクスでの形状を答えているのです。」
「嘘つきだの卑怯者だのと言われたのは、多分あの時の事だと思います。
簡単な算数の試験をしたのですが、彼女は100点満点を取ったのです。
それで、私が直接彼女をよくできたね、と褒めたところ。
『うん、一番はA君と同じだし、2番はBちゃんの答えと同じだから大丈夫だと思ったよ』
と答えたのです。
これを側で聞いているとまるでカンニングしたように聞こえませんか?
でも真実は違います。
彼女は無意識のうちに他の子とエーテルリンクを張ってしまっていたのだと思います。」

「お父さん、お母さん、彼女はあの大賢者にも引けを取らない存在になります。
そのためには、こんなレベルの低い初級学校など飛び越えて、エーテルマスター養成学校に通わせるべきです。」

これが、担任教師カールの結論だった。
アビーはカール先生のこの期待を持った提案を、この学校には来るなと言っているのだと解釈してしまったのだった。

・・・・・

「えっ、えっ。 あんな学校嫌だよぉ。大きい人ばっかりでお友達できなよぉ。」

オリビアはその日小さなアビゲイルを連れてエーテルマスター養成学校に下見に来ていた。
リンドバーグの名はその国に知れ渡っており、権威あるエーテルマスター養成学校であっても彼女達を軽く見ることはしなかった。いや、まるでVIP扱いだと言っても良いだろう。
実は初級学校の校長が事前にこの養成学校に情報を入れていたのである。その才能は大賢者フリートウッド・マーリン・キルケゴール以来だとの触れ込みが学校中を駆け巡っていた。

校内はリンドバーグ大学にも引けを取らない規模と設備であった。リンドバーグ大学が大富豪リンドバーグの個人資産から設立された大学であるなら、このエーテルマスター養成学校はエーテルファウンデーションと呼ばれる世界的な公益財団法人によるものであった。ちなみにキルケゴールはこの財団の名誉理事である。

設備がどれほど豪華であろうと、権威がどれほど高かろうとアビゲイルにとっては大人ばっかりの大嫌いな学校であった。第一、シーソーもなければジャングルジムもない。7歳の女の子にこんな学校は不向きであることは明らかだった。

オリビアもアビーをこんな学校に入学させるなんてとんでもない事だと考えていた。
学校見学の帰り道、遠くに海の見える小さな公園のベンチにオリビアとアビゲイルは座っていた。
アビゲイルの手にはオリビア特性のサンドイッチが握られていた。
水筒からお茶をお椀に注ぎアビゲイルの様子を見る。
「ほらほら、ゆっくり食べなさい。」
アビゲイルに小さな湯飲みを渡し喉のつまりを解消するのを確認する。
口元に溢れたお茶の滴をハンカチで拭ってやる。
「お母さん、私、あそこに行かなきゃいけないの?」
「いいえ、お母さんが絶対に行かせないわ。あんな所もっと大きくなってから行く所だわ。」
二人は、遠くの海に白い航跡を残して走るヨットを眺めていた。
夕日が大気の悪戯により大きく真っ赤になっている。
『でも、初級学校でもアビーは浮いてしまい、一人ぼっちになってしまうかもしれない。
私は、いったいアビーにどうしてやったらいいの?』

夕日が海に赤い影を落とす頃、長く伸びた人の影が二人の前に落ちてきた。
いつからそこに居たのだろう、一人の壮年の男性が静かにこちらを見ていた。
オリビアがその男性に視線を向けると、それを待っていたかのように、その男性は二人の前に歩いて来た。
「突然失礼します。オリビア・リンドバーグ様でらっしゃいますね?」
「ええ、そうですが。あなたは?」
「不躾で申し訳ありません、わたしはフリートウッド・マーリン・キルケゴールと申します。エーテルマスターファウンデーションの名誉理事をさせて頂いております。」
『だ、だ、だ、大賢者様』
「おっ、お目にかかれて光栄です大賢者様。あの学校の理事をされているとは存じませんでしたわ。」
「ただの、名誉理事です。なんの決定権も持ち合わせておりません。」
「ところで、このお嬢ちゃんですか? 養成学校に入学したいと仰っているのは。」
「入学したいなどとは言っていません。今日は先生のすすめなので、どんな学校か見に来ただけです。」
「それで、どう感じました?」
「あの学校がこの子に相応しいとは思いません。でも、・・・・」
オリビアは次の言葉を口にするのをためらった。
「でも、普通の初級学校だとみんなにいじめられ、仲間外れにされるかもしれない。」
キルケゴールがオリビアの沈黙の続きを代弁した。

かっ!、顔が暑くなるのがわかる。
オリビアは怒りがこみ上げてくるのを感じた。
『あなたに何がわかる! この子は何も悪くないのに!』
「私も、同じだったんです。」
オリビアが頭で考えたことがまるで筒抜けだったようにキルケゴールが答えた。
「自分が見ているものを普通の子供達は見ることが出来ない。
その事が分からなかった、だから普通の子供達に理解できない事を口走ってしまう。
それが、みんなを怖がらせてしまった。」

キルケゴールのこの弁は嘘である。
キルケゴールは既に何世代も転生を繰り返し、そのような行動がトラブルを招くことは十分承知していた。覚醒していなければ普通の子供として暮らしていけるし、覚醒していても大人の知性を兼ね備えているのだから普通の子供を怖がらせるような事をするはずがない。

しかし事をスムーズに進めるためには時に嘘をつくことも必要なのである。
今回の場合はオリビアの共感を得る事が重要だった。
その事により彼の助言や提案を聞く心の余裕が出来てくる。

「ちょっと、アビゲイルちゃんと話しても良いですか?」
「えっと、アビーが怖がらなければ。」
「ありがとうございます。」

キルケゴールはアビゲイルの前にしゃがんで話しかけた。
「こんにちわ。お嬢ちゃん。」
「こんにちわ。」
「今日の学校どうだった?」
「あんなとこ、嫌い!」
「そうだよねぇー。それじゃ、今の学校はどお?」
「今の学校の方がいい。でも、先生がもう来なくていいって。」
アビゲイルはまた思い出したのか今にも泣き出しそうな顔で答えた。
「カール先生だね。先生はもう来なくていいなんて言ってないよ。」
「カール先生はねアビゲイルちゃんの事が大好きでもっとすごい事ができる子になって欲しくて今の学校より良い学校だと思ってあんな事言ったんだよ。」
「もっとすごい事?」
「じゃあ、ちょっと試してみようか?」
キルケゴールは何処からか三角形のプレートを取り出した。
「これはどんな形?」
「三角」
「そうだね、そしたら。」
キルケゴールは三角のプレートを脇に置き、ホワイトボードをまた何処からか取り出した。
ホワイトボードに三角形を描く。
「これはどんな形?」
「えーっと」
アビゲイルは学校の授業でいつも間違えてしまう事を思い出して、答えるのをためらっていた。
「思った通り言ったら良いんだよ。」
「まる」
アビゲイルはそれを丸と答えた。
「そうだね、そしたら今度はこの図を90度上に回してご覧。」
「上に回すの?」
「そう、くるっと」
アビゲイルは言われた通り上にくるっとした。
「あっ、三角になった」
「そうだね。そしたら今度はちょっと難しいよ。」
「この白い板の絵を今見ている三角をくるくるして丸くなるようにしてごらん。」
「えーっと、くるくるして白い板の絵を丸くするの?」
アビゲイルは白い板の絵を確かめながら、あっちに回したり、こっちに回したりした。
「ええ?」
いま、声を上げたのはオリビアである。
ホワイトボードの絵が見る見る別の形になっていくのだ。
そして最終的に円になった。
「大賢者様、今、アビーは何を?」
「エーテルコントロールです、普通の人は何十年も訓練しなければここまで出来ません。」
「少し難しいのですが、人間が見ている世界は三次元の世界を二次元に切り出して脳の中で三次元として処理しているに過ぎません。
でもアビゲイルちゃんはエーテルフィールドのマトリクスを二次元に切り出して脳内で処理しているのです。ホワイトボードの二次元平面とは関係なく、エーテルフィールドをランダムに切り取った二次元平面を見ているのです。
なので、ホワイトボードの形状に合わせるように二次元平面を回転させることで普通の人が見ている世界と、アビゲイルちゃんが見ている世界を一致させたのです。」
キルケゴールの説明は真実なのだろうがオリビアにはチンプンカンプンだった。
どうせ、理解はしてもらえないだろうと分かっていたキルケゴールは再びアビゲイルに向かってこう言った。
「今度は、ちょっとこの三角プレートで遊んでみようか?」
アビゲイルはなんだか面白くなって
「うん!」
と答えた。
「この三角プレートがなんで最初から三角に見えたのか分かるかい?」
「わかんない。」
「今は、分からなくて良いから、アビーちゃんが見ている三角プレートはそのままに、周りを小さくできるかい?」
「周りだけ小さくするの? ・・・ やってみる!」
と、キルケゴールが手にしていた三角ブレートが突然2倍、3倍と大きくなって行った。
「アビーちゃん、今度は逆に三角ブレートはそのままで周りを大きくして。」
キルケゴールは三角プレートがこれ以上大きくなるとまずいと考え、慌てて指示した。
「わかった!、今度は逆ね?」
アビゲイルはコツを掴んで楽しくなって来たのか、嬉しそうにそう答えて三角プレートを小さくしていった。
今は、キルケゴールの掌に米粒大の三角プレートが有った。
「素晴らしい!」
キルケゴールはその才能に心の底から驚いていた。
なんの予備知識も無く、ここまでできる人間に今までに出会った事がない。
「お母さん、今彼女は何をしたのかわかりますか?」
オリビアはおずおずと首を横に振った。
「エーテルインデックス変換です。 
エーテルフィールドのインデックスを変えると、それを三次元空間に投影された物体はエーテルフィールドに合わせて変化するのです。
お嬢さんは紛れもない天才ですね。
私はこれほどの才能に今まで出会った事がない。」

「Mrs.リンドバーグ改めてお願いがあります。
私にこの子の家庭教師をさせて貰えませんか?
学校は今のままで、この子が普通の子供達とどう付き合っていけば良いか、私が教えてあげたい。」
「大賢者様がアビーの家庭教師。・・・ そんな、恐れ多い。」
「ぜひお願いします。
もちろん給金はいりません。
もし、御承諾いただけたなら、この首飾りに向かって私を呼んでください。」
キルケゴールは小さなダイアモンドのネックレスをアビゲイルの首に掛けた。
「これ、くれるの?」
「そうだよ、大事にしてくれると嬉しいな。」

「Mrs.リンドバーグ、お時間を取らせて申し訳ありません。
ご自宅まで送らせますのでどうぞお乗りください。」

これもいつの間にかビーグルが目の前に停車していた。
二人はビーグルに乗り込む。
「お二人をリンドバーグ家まで。」
「承りました。」
ビーグルには運転手はいない、ビーグル自身が人口自我を持ち自動で目的地まで移動する。
「それでは、良いご返事をお待ちしています。」
そう言ってキルケゴールは出発しろとビーグルに合図を送った。






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