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ギリシャ神話 サタン一族編
王都無常
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アクスム義勇艦隊はジャバルズカルの仮説港湾から南へ直線距離で280kmのジブチと言う漁港を目指していた。そこから陸路で南西に500kmほど行ったアジスに王都があった。海路1日、陸路2週間と言ったところだ。
当初ジャバルズカルに600名残してアクスム義勇艦隊の600名だけが東アクスムへ向かう予定だったが、キュプロプスの登場により、島には200名だけが残り後の400名はオリオンとエリアスの2隻に搭乗して義勇艦隊について行く事になった。目的地も東アクスム領事館から西アクスムの王都に変更された。
総勢1000名は奇しくも国王暗殺事件のあった日の丁度3年後の9月にジブチに到着した。王都までの経路には多くの街や集落が散在していたが義勇軍が掲げる軍旗がアクスム王家の国旗だと知ると警戒を解き見ないふりをして通した。
アジスは周辺を城壁で囲み東西南北に王都へのゲートが設けられていた。城壁の屋上には三交代24時間体制で見張り番が配置されている。門番と見張り番は近衛隊の所属である。
王都防衛は各ゲートの近くに駐屯場が設けられ其々200名程度が常に駐屯している。近衛部隊はその他に王城を護衛する500名の第2近衛部隊と王族を警護する精鋭からなる第1近衛部隊に分かれていた。
バルハヌはこの第1近衛部隊の隊長であった。近衛隊の中でも最も位が高く、彼の上位は総司令官であるアクスム王のみであった。政治部門のトップ、元宰相のスライマンと合わせてアクスム義勇軍を率いる重要人物と言える。
「其々のゲートに駐屯している近衛中隊の隊長がインキュバスに支配されていたのなら、今は正気に戻っている可能性があるのだな?」
バルハヌがペルセウスに尋ねた。
「その通りだ、ヘラ様が用意してくださった次元牢はインキュバスの縛りを遮断する。だから、インキュバスの支配であれば既に解放されている可能性が高い。だが、サキュバスの支配であったらそうは行かない。彼らは自律的にサキュバスの要求を実現するように動く。」
とペルセウスは説明した。
「それも、しかし、お主は一人一人であれば見分けがつくのだな?」
「見分けもつくし、解放することもできる。」
とペルセウス。
「問題は、一気に解放する事が出来ないと言う点だな。支配されているのが各部隊の隊長だけとは限らない。駐屯している200名の中で誰が支配されているのか分からないからな。ひょっとしたら見習いの門番や見張り番がそうかも知れない。」
バルハヌはこの条件の元でどうやって王城までたどり着けば良いのか考えあぐねていた。
「ただ、一つ確かな事は、女性はサキュバスの支配は受けないと言う点だ。」
ペルセウスはサキュバスは男しか支配出来ないことを全員に告げた。
「なら、西ゲートは如何だろう? あそこの中隊長は女性だ。その影響か小隊長も女性が多い。確か、マスカラムはあそこの出身だったな?」
「はい、中隊長の名はアレクシア・メルクーリ。私はそこで小隊長を務めておりました。」
・・・・・
あの事件があってから3年、西部担当近衛中隊のメルクーリは近衛庁舎の司令室で国王追悼の儀式を行っていた。
もちろん官邸には秘密である。同席者は10個ある小隊の内、第2、第3、第8の3小隊の隊長3名だけである。
その他の小隊に此処で前国王の追悼を行うと知られたら忽ち官邸に通報されてしまうだろう。信頼できる小隊長はこの3人だけだった。
第2小隊長 アナスタシア・ラモン。
第3小隊長 ソフィア・マイヤー。
第8小隊長 アマリア・クセナキス。
この者達は全てメルクーリの後輩だった。
もう一人、旧第1小隊長 マスカラム・アンドレアの面影を思い出した。
アンドレアは彼女の後輩の中でも極めて優秀でいずれは自分の地位を預ける気でいたのだが、国王に見初められアンドロメダ王女の側近として召し上げられてしまった。
今は如何しているのだろう? あの暗殺事件から1週間も経たない内にアンドロメダ王女殺害計画が露見しアンドレアは部下のイオアンナとガネットを連れて、王女と一緒に王都を脱出した。
「ケンフィス国王陛下、カシオペア皇后陛下。あの運命の日から3年の歳月が流れてしまいました。その間、なす術無く近衛中隊長に甘んじているわたくしをお許しください。風の噂にアンドロメダ殿下がスライマンとバルハヌの手を借り王国再建のため戦力を蓄えていると聞いています。事が起こりました暁には不肖アレクシア・メルクーリ、一命を賭してアンドロメダ殿下の悲願成就に力を貸す所存です。 国王皇后両陛下におかれましては心安らかにお休みになる事を切に祈願し追悼の言葉に代えさせて頂きます。」
メルクーリ、ラモン、マイヤー、クセナキスの4人は暫の間黙祷し追悼を終えた。
「中隊長、王女様率いるアクスム義勇軍がスエズ湾から南下し此方へ向かっているとの情報が入りました。」
何時ものように4人でのミーティングが始まった。
「その義勇軍の規模はわかる?」
「はい、軍用艦1隻、駆逐護衛艦20隻、搬送戦4隻とのことです。兵士の数はおそらく1000は下らないかと。」
「1000か、直接この王都へは来れないな。近衛隊とほぼ同数だが、王都には正規軍5万が控えている。近衛隊も裏切り者だらけで殿下の味方をするのは半数に満たないだろう。一旦どこかに拠点を作り民意の高まりを待たないと。」
メルクーリは自分なら如何するかを考えた。
『その規模で王都を攻撃目標にしたら1日と保たないだろう、第1正規軍15000だけで15倍の戦力差だ。アンドロメダ王女の呼びかけで寝返る者が出てくるだろうが。期待したほど戦力が増すことは無いだろうな。』
当初、どれほど戦力差があっても、王女殿下が立てば殆どの兵士は王女殿下に付くだろうと高を括っていた。だが、西部担当近衛中隊だけを見ても、10小隊の内の7小隊が知事側に付いてしまっているのだ。正規軍は第1から第4まであるが、その内どれだけが今だに国王に忠誠を誓っているのだろうか? 正直、彼らの変わり身の早さは理解できない、まるで別人のように平気で国王を裏切ったのだ。
「王都の軍部の勢力分布を調査できないか? 国王派と知事派の分布だ。このままでは、アクスム義勇軍は目論見を誤り圧倒的戦力差で負けてしまう。早急に義勇軍と接触して警告しないと、彼らは戦略を誤るぞ。」
「現場での勢力分布はおおよそ得られています。すでに、1000程度の兵力ではインキュバス知事の正規軍には太刀打ちできない状況です。不十分でもこの情報をアクスム義勇軍に知らせた方が良いかと。」
一番若い、第8小隊長のクセナキスが答えた。
「私に行かせてください。第8小隊を解体し人員を第2、第3に編入していただけませんか? 第8から数名精鋭を選出し義勇軍との合流に充てます。」
「小隊の組み替えは私の権限で自由にできるから、それは問題ないが、アクスム義勇軍が現在どこにいるのかが分からないのだぞ。すべて無駄足になってしまうかも知れない。」
とメルクーリ。
「紅海から王都に向かう場合、エリトリアに入り南下する場合と、ジブチから南西に向かう道、そして、モガディッシュから北上する三つの経路しかありません。合流部隊を4~5名の三つのグループに分け、それぞれ別の道で紅海に向かえば、どこかのチームがアクスム義勇軍に遭遇する確率はかなり高くなります。」
ラモン第2小隊長がそう分析した。
「それならこうしよう、第8小隊は解体せず、第2、第3、第8のそれぞれから4~5名選出して義勇軍合流部隊を作る。信頼できる部下を選出してくれ。」
メルクーリはそう決定した。
「待ってください、私が合流部隊を指揮してもよろしいでしょうか?」
クセナキスはどうしても自分が合流部隊を指揮したい様子だった。まだ若く、手柄を立てたいのだろう。
「今の我々の仕事は決まりきった事を繰り返しているだけだ。行きたければ、任せられる代理を探して行くがいい。」
メルクーリは自虐的に現状を評しクセナキスが行く事を許可した。
・・・・・
第2小隊はエリトリア第3小隊はモガディッシュ、クセナキス率いる第8小隊はジブチに向かう事になった。
クセナキスは第8小隊からコンスタンティーノ・ドーリア、ルフィーナ・ガロ、エド・フィーニ、ジャン・フェラーリの4名を選出、合計5名のチームを作っていた。
内、クセナキスとガロが女性である。
「この道を行けば、アクスム義勇軍に会えると言うのですか?」
ガロがクセナキス隊長に問いかけた。
「確実と言うわけでは無いわ。紅海まで出ても会えないようなら王都に帰ります。」
一同はまだこの旅の目的を聞かされていなかった。出発前に知事派の誰かに知られたら強硬な妨害に遭う可能性が有ったからである。
「結局、この旅の目的はアクスム義勇軍に合流し現在の王都が知事派優勢で戦えば負けると伝える事ですか?」
ドーリア副長が確認の意味で再度質問した。
「簡単に言えばそう言うことね。でもそれだけじゃ無いわ、もし義勇軍に遭遇することができたら、そこにはアンドロメダ王女がいる。殿下の為に『王都奪還』の手伝いをする事になるわ。」
クセナキス隊は王都を出て3日目にはバサ湖畔のメテオまで来ていた、日が落ちる前にキャンプを張る。
保存食を節約するため、湖で釣りをする事になった。ドーリアとガロ、フィーニとフェラーリがそれぞれ1組となり、釣果がありそうな場所を探しに出た。
クセナキスはその場に止まり街道を見つめていた。1000人程度の軍隊であるはずだ。だとすれば、1時間程度でこの場を通過してしまう。目を離せばすれ違ってしまうかも知れない。
逆に、運が良ければ義勇軍もここで野営するかも知れない。クセナキスは一時も街道から目を離すことが出来なかった。
やがて、太陽が西に傾き湖面をオレンジ色に染める頃、フィーニとフェラーリが大きな淡水魚を二匹担いで帰ってきた。
「お見事、で、なんと言う魚なの?」
「えー、これはですね。多分マスの一種か、フナの一種か、ピラルクの一種かそんなところです。」
とフェラーリ。
「結局、分からないのね?」
「でも、まあいいわ。焼いてから、あなた毒味してちょうだいね?」
クセナキスは冗談交じりにフェラーリに毒味を命じた。
「えー?」
「まぁ、この男は大丈夫だろう。」
そんな、会話が繰り広げられていた時ドーリアが手頃な大きさの魚を十匹ほど持ち帰った。
「あれ? ガロはまだ帰ってないんですか?」
「途中で別れたの?」
「いえ、一緒に釣りをしていたのですが、デカイ魚を釣り上げたので、これ一匹で十分といって先に帰ったのです。あぁ、これと同じ魚でした。ピラルクだったかな?」
フィーニとフェラーリが持ち帰った魚を指差してそう答えた。
「可笑しいわね、そんなに遠くじゃないでしょ? 帰り道を間違えようがない距離よ。」
とクセナキス。
「どっかで、自然の呼び声に応えてんじゃないですかぁ。あた!」
フィーニがフェラーリの頭を小突いた。
「もうすぐ、日が暮れる。あと15分もすればあたりは暗くなってしまうわ、今すぐ探しに行きましょう。ドーリア、案内して。」
全員、外していた防具一式を素早く身につけ、ドーリアの後をついていった。
砂地の湖畔が5分も歩くと岩場に変わっていた。ドーリアはそこを躊躇いもせず登っていく。湖面がどんどん低くなっていき、およそ15メートルほど下に波打ちぎわが見える所まで来た。ドーリアはさらに進む。
『どこまでいく気かしら、と言うよりあの魚はどこで釣ったのかしら?』
そんな疑問が湧き上がってきた時である。
後ろを歩いていたフェラーリが大声で叫んだ。
「隊長! あれ! ガロじゃ無いですか?」
フェラーリの指差す方向を見る、はるか下方の岩肌に何かが引っかかっていた。
背筋を冷たいものが走る。
『まさか。』
「全員、戦闘態勢! 周囲を警戒して。」
クセナキスは訓練通り、全員に戦闘態勢を取らせた。
注意深く岩場にしがみつき目を凝らしてそこを見る。
『確かに、人の姿をしている。しかもガロが来ていた服の色と同じだ。』
「まさか、足を滑らして落ちたのか?」
フィーニが心配そうに口にした。それは動く気配がなかった。穏やかな湖の波がその体を静かに洗っている。
「そんな、まさか落ちたのか?」
ドーリアが戻って来て同じ場所を覗き込んでいた。
確かに、この岩場だと足を滑らして落ちる可能性はある、しかし日々苛烈な訓練をしている近衛兵のガロがそうそうバランスを崩すはずがない。
「あの、でかい魚が見当たりませんね、ひょっとしてここを通っている時にその魚が暴れたのじゃ? 相当大きかったですから。」
ドーリアが推測を口にした。
「どちらにしても、あそこまで降りていって確認しなければ。」
クセナキスは震えた声でそう言い、
「もう、暗くなって来た。今からあそこへ降りていったら、二次災害に巻き込まれるかもしれない。今日はキャンプに引き上げて、明日あそこまで降りていくわ。撤収!」
そう言ってクセナキスは立ち上がった。
その夜は4人が2時間交代で見張り番をして夜明けを待った。
翌朝、昨日の場所まで行きロープを頼りに現場に降りていった。
そこにはガロの死体が横たわっていた、すでに小魚が彼女を突いている。
このまま放っていくわけには行かない、ロープをもう一本降ろせと上に合図を送り、そのロープを彼女の脇の下にかけた。
合図を送ると彼女が引き上げられていく。
クセナキスは遺品となるようなものが落ちていないか周りを調べた。
すると、湖底にボタンのようなものが落ちているのが目に入った。
『これは?』彼女の衣服は胸の前で紐を編むタイプだ、ボタンなど何処で使っていたのか。
クセナキスはそのボタンを内ポケットに仕舞い、ロープを引いて上げろと合図を送った。
クセナキスはアクスム王国の流儀に従いガロを弔っていた。土葬がほとんどのこの地域にあって、アクスム王国は火葬が主流であった。一説によると過去に深刻な伝染病にみまわれ、それ以後火葬が習慣化したと言われている。
「ソロモンの掟に従い汝の骸を灰となし立ち上がる煙に乗せて天界に送る。」
クセナキスは小さな瓶に彼女の遺灰を入れ蝋で封印した。彼女のものと思われるボタンと一緒にバックパックに収容する。
『戦いの中ではなく、あんな無意味な死に方をして。さぞかし悔しい思いをしているだろうな。』
クセナキスは彼女の無念さを思い暫く覇気がなかったが、いつまでもくよくよしている暇は無いのでは、と、ドーリア副長に諭され旅を再開した。
バサ湖畔のメテオから30kmほど北上するとアルデラの大森林が広がっている。この大森林は直線でおよそ200km×100kmの広大さで、ここを縦断すればすぐにジブチである。
森林内は人口の街道があり、森林内ですれ違ってしまう心配はなかった。
クセナキス隊はその日の内に大森林の入り口アワージュに到達していた。ここからは光が差し込まず日中でも薄暗い街道が続く。
盗賊にとっては絶好の狩場となるので近衛兵の精鋭と言えども気は抜けない。
先頭はクセナキス、しんがりはドーリア副長が務めた。
当初ジャバルズカルに600名残してアクスム義勇艦隊の600名だけが東アクスムへ向かう予定だったが、キュプロプスの登場により、島には200名だけが残り後の400名はオリオンとエリアスの2隻に搭乗して義勇艦隊について行く事になった。目的地も東アクスム領事館から西アクスムの王都に変更された。
総勢1000名は奇しくも国王暗殺事件のあった日の丁度3年後の9月にジブチに到着した。王都までの経路には多くの街や集落が散在していたが義勇軍が掲げる軍旗がアクスム王家の国旗だと知ると警戒を解き見ないふりをして通した。
アジスは周辺を城壁で囲み東西南北に王都へのゲートが設けられていた。城壁の屋上には三交代24時間体制で見張り番が配置されている。門番と見張り番は近衛隊の所属である。
王都防衛は各ゲートの近くに駐屯場が設けられ其々200名程度が常に駐屯している。近衛部隊はその他に王城を護衛する500名の第2近衛部隊と王族を警護する精鋭からなる第1近衛部隊に分かれていた。
バルハヌはこの第1近衛部隊の隊長であった。近衛隊の中でも最も位が高く、彼の上位は総司令官であるアクスム王のみであった。政治部門のトップ、元宰相のスライマンと合わせてアクスム義勇軍を率いる重要人物と言える。
「其々のゲートに駐屯している近衛中隊の隊長がインキュバスに支配されていたのなら、今は正気に戻っている可能性があるのだな?」
バルハヌがペルセウスに尋ねた。
「その通りだ、ヘラ様が用意してくださった次元牢はインキュバスの縛りを遮断する。だから、インキュバスの支配であれば既に解放されている可能性が高い。だが、サキュバスの支配であったらそうは行かない。彼らは自律的にサキュバスの要求を実現するように動く。」
とペルセウスは説明した。
「それも、しかし、お主は一人一人であれば見分けがつくのだな?」
「見分けもつくし、解放することもできる。」
とペルセウス。
「問題は、一気に解放する事が出来ないと言う点だな。支配されているのが各部隊の隊長だけとは限らない。駐屯している200名の中で誰が支配されているのか分からないからな。ひょっとしたら見習いの門番や見張り番がそうかも知れない。」
バルハヌはこの条件の元でどうやって王城までたどり着けば良いのか考えあぐねていた。
「ただ、一つ確かな事は、女性はサキュバスの支配は受けないと言う点だ。」
ペルセウスはサキュバスは男しか支配出来ないことを全員に告げた。
「なら、西ゲートは如何だろう? あそこの中隊長は女性だ。その影響か小隊長も女性が多い。確か、マスカラムはあそこの出身だったな?」
「はい、中隊長の名はアレクシア・メルクーリ。私はそこで小隊長を務めておりました。」
・・・・・
あの事件があってから3年、西部担当近衛中隊のメルクーリは近衛庁舎の司令室で国王追悼の儀式を行っていた。
もちろん官邸には秘密である。同席者は10個ある小隊の内、第2、第3、第8の3小隊の隊長3名だけである。
その他の小隊に此処で前国王の追悼を行うと知られたら忽ち官邸に通報されてしまうだろう。信頼できる小隊長はこの3人だけだった。
第2小隊長 アナスタシア・ラモン。
第3小隊長 ソフィア・マイヤー。
第8小隊長 アマリア・クセナキス。
この者達は全てメルクーリの後輩だった。
もう一人、旧第1小隊長 マスカラム・アンドレアの面影を思い出した。
アンドレアは彼女の後輩の中でも極めて優秀でいずれは自分の地位を預ける気でいたのだが、国王に見初められアンドロメダ王女の側近として召し上げられてしまった。
今は如何しているのだろう? あの暗殺事件から1週間も経たない内にアンドロメダ王女殺害計画が露見しアンドレアは部下のイオアンナとガネットを連れて、王女と一緒に王都を脱出した。
「ケンフィス国王陛下、カシオペア皇后陛下。あの運命の日から3年の歳月が流れてしまいました。その間、なす術無く近衛中隊長に甘んじているわたくしをお許しください。風の噂にアンドロメダ殿下がスライマンとバルハヌの手を借り王国再建のため戦力を蓄えていると聞いています。事が起こりました暁には不肖アレクシア・メルクーリ、一命を賭してアンドロメダ殿下の悲願成就に力を貸す所存です。 国王皇后両陛下におかれましては心安らかにお休みになる事を切に祈願し追悼の言葉に代えさせて頂きます。」
メルクーリ、ラモン、マイヤー、クセナキスの4人は暫の間黙祷し追悼を終えた。
「中隊長、王女様率いるアクスム義勇軍がスエズ湾から南下し此方へ向かっているとの情報が入りました。」
何時ものように4人でのミーティングが始まった。
「その義勇軍の規模はわかる?」
「はい、軍用艦1隻、駆逐護衛艦20隻、搬送戦4隻とのことです。兵士の数はおそらく1000は下らないかと。」
「1000か、直接この王都へは来れないな。近衛隊とほぼ同数だが、王都には正規軍5万が控えている。近衛隊も裏切り者だらけで殿下の味方をするのは半数に満たないだろう。一旦どこかに拠点を作り民意の高まりを待たないと。」
メルクーリは自分なら如何するかを考えた。
『その規模で王都を攻撃目標にしたら1日と保たないだろう、第1正規軍15000だけで15倍の戦力差だ。アンドロメダ王女の呼びかけで寝返る者が出てくるだろうが。期待したほど戦力が増すことは無いだろうな。』
当初、どれほど戦力差があっても、王女殿下が立てば殆どの兵士は王女殿下に付くだろうと高を括っていた。だが、西部担当近衛中隊だけを見ても、10小隊の内の7小隊が知事側に付いてしまっているのだ。正規軍は第1から第4まであるが、その内どれだけが今だに国王に忠誠を誓っているのだろうか? 正直、彼らの変わり身の早さは理解できない、まるで別人のように平気で国王を裏切ったのだ。
「王都の軍部の勢力分布を調査できないか? 国王派と知事派の分布だ。このままでは、アクスム義勇軍は目論見を誤り圧倒的戦力差で負けてしまう。早急に義勇軍と接触して警告しないと、彼らは戦略を誤るぞ。」
「現場での勢力分布はおおよそ得られています。すでに、1000程度の兵力ではインキュバス知事の正規軍には太刀打ちできない状況です。不十分でもこの情報をアクスム義勇軍に知らせた方が良いかと。」
一番若い、第8小隊長のクセナキスが答えた。
「私に行かせてください。第8小隊を解体し人員を第2、第3に編入していただけませんか? 第8から数名精鋭を選出し義勇軍との合流に充てます。」
「小隊の組み替えは私の権限で自由にできるから、それは問題ないが、アクスム義勇軍が現在どこにいるのかが分からないのだぞ。すべて無駄足になってしまうかも知れない。」
とメルクーリ。
「紅海から王都に向かう場合、エリトリアに入り南下する場合と、ジブチから南西に向かう道、そして、モガディッシュから北上する三つの経路しかありません。合流部隊を4~5名の三つのグループに分け、それぞれ別の道で紅海に向かえば、どこかのチームがアクスム義勇軍に遭遇する確率はかなり高くなります。」
ラモン第2小隊長がそう分析した。
「それならこうしよう、第8小隊は解体せず、第2、第3、第8のそれぞれから4~5名選出して義勇軍合流部隊を作る。信頼できる部下を選出してくれ。」
メルクーリはそう決定した。
「待ってください、私が合流部隊を指揮してもよろしいでしょうか?」
クセナキスはどうしても自分が合流部隊を指揮したい様子だった。まだ若く、手柄を立てたいのだろう。
「今の我々の仕事は決まりきった事を繰り返しているだけだ。行きたければ、任せられる代理を探して行くがいい。」
メルクーリは自虐的に現状を評しクセナキスが行く事を許可した。
・・・・・
第2小隊はエリトリア第3小隊はモガディッシュ、クセナキス率いる第8小隊はジブチに向かう事になった。
クセナキスは第8小隊からコンスタンティーノ・ドーリア、ルフィーナ・ガロ、エド・フィーニ、ジャン・フェラーリの4名を選出、合計5名のチームを作っていた。
内、クセナキスとガロが女性である。
「この道を行けば、アクスム義勇軍に会えると言うのですか?」
ガロがクセナキス隊長に問いかけた。
「確実と言うわけでは無いわ。紅海まで出ても会えないようなら王都に帰ります。」
一同はまだこの旅の目的を聞かされていなかった。出発前に知事派の誰かに知られたら強硬な妨害に遭う可能性が有ったからである。
「結局、この旅の目的はアクスム義勇軍に合流し現在の王都が知事派優勢で戦えば負けると伝える事ですか?」
ドーリア副長が確認の意味で再度質問した。
「簡単に言えばそう言うことね。でもそれだけじゃ無いわ、もし義勇軍に遭遇することができたら、そこにはアンドロメダ王女がいる。殿下の為に『王都奪還』の手伝いをする事になるわ。」
クセナキス隊は王都を出て3日目にはバサ湖畔のメテオまで来ていた、日が落ちる前にキャンプを張る。
保存食を節約するため、湖で釣りをする事になった。ドーリアとガロ、フィーニとフェラーリがそれぞれ1組となり、釣果がありそうな場所を探しに出た。
クセナキスはその場に止まり街道を見つめていた。1000人程度の軍隊であるはずだ。だとすれば、1時間程度でこの場を通過してしまう。目を離せばすれ違ってしまうかも知れない。
逆に、運が良ければ義勇軍もここで野営するかも知れない。クセナキスは一時も街道から目を離すことが出来なかった。
やがて、太陽が西に傾き湖面をオレンジ色に染める頃、フィーニとフェラーリが大きな淡水魚を二匹担いで帰ってきた。
「お見事、で、なんと言う魚なの?」
「えー、これはですね。多分マスの一種か、フナの一種か、ピラルクの一種かそんなところです。」
とフェラーリ。
「結局、分からないのね?」
「でも、まあいいわ。焼いてから、あなた毒味してちょうだいね?」
クセナキスは冗談交じりにフェラーリに毒味を命じた。
「えー?」
「まぁ、この男は大丈夫だろう。」
そんな、会話が繰り広げられていた時ドーリアが手頃な大きさの魚を十匹ほど持ち帰った。
「あれ? ガロはまだ帰ってないんですか?」
「途中で別れたの?」
「いえ、一緒に釣りをしていたのですが、デカイ魚を釣り上げたので、これ一匹で十分といって先に帰ったのです。あぁ、これと同じ魚でした。ピラルクだったかな?」
フィーニとフェラーリが持ち帰った魚を指差してそう答えた。
「可笑しいわね、そんなに遠くじゃないでしょ? 帰り道を間違えようがない距離よ。」
とクセナキス。
「どっかで、自然の呼び声に応えてんじゃないですかぁ。あた!」
フィーニがフェラーリの頭を小突いた。
「もうすぐ、日が暮れる。あと15分もすればあたりは暗くなってしまうわ、今すぐ探しに行きましょう。ドーリア、案内して。」
全員、外していた防具一式を素早く身につけ、ドーリアの後をついていった。
砂地の湖畔が5分も歩くと岩場に変わっていた。ドーリアはそこを躊躇いもせず登っていく。湖面がどんどん低くなっていき、およそ15メートルほど下に波打ちぎわが見える所まで来た。ドーリアはさらに進む。
『どこまでいく気かしら、と言うよりあの魚はどこで釣ったのかしら?』
そんな疑問が湧き上がってきた時である。
後ろを歩いていたフェラーリが大声で叫んだ。
「隊長! あれ! ガロじゃ無いですか?」
フェラーリの指差す方向を見る、はるか下方の岩肌に何かが引っかかっていた。
背筋を冷たいものが走る。
『まさか。』
「全員、戦闘態勢! 周囲を警戒して。」
クセナキスは訓練通り、全員に戦闘態勢を取らせた。
注意深く岩場にしがみつき目を凝らしてそこを見る。
『確かに、人の姿をしている。しかもガロが来ていた服の色と同じだ。』
「まさか、足を滑らして落ちたのか?」
フィーニが心配そうに口にした。それは動く気配がなかった。穏やかな湖の波がその体を静かに洗っている。
「そんな、まさか落ちたのか?」
ドーリアが戻って来て同じ場所を覗き込んでいた。
確かに、この岩場だと足を滑らして落ちる可能性はある、しかし日々苛烈な訓練をしている近衛兵のガロがそうそうバランスを崩すはずがない。
「あの、でかい魚が見当たりませんね、ひょっとしてここを通っている時にその魚が暴れたのじゃ? 相当大きかったですから。」
ドーリアが推測を口にした。
「どちらにしても、あそこまで降りていって確認しなければ。」
クセナキスは震えた声でそう言い、
「もう、暗くなって来た。今からあそこへ降りていったら、二次災害に巻き込まれるかもしれない。今日はキャンプに引き上げて、明日あそこまで降りていくわ。撤収!」
そう言ってクセナキスは立ち上がった。
その夜は4人が2時間交代で見張り番をして夜明けを待った。
翌朝、昨日の場所まで行きロープを頼りに現場に降りていった。
そこにはガロの死体が横たわっていた、すでに小魚が彼女を突いている。
このまま放っていくわけには行かない、ロープをもう一本降ろせと上に合図を送り、そのロープを彼女の脇の下にかけた。
合図を送ると彼女が引き上げられていく。
クセナキスは遺品となるようなものが落ちていないか周りを調べた。
すると、湖底にボタンのようなものが落ちているのが目に入った。
『これは?』彼女の衣服は胸の前で紐を編むタイプだ、ボタンなど何処で使っていたのか。
クセナキスはそのボタンを内ポケットに仕舞い、ロープを引いて上げろと合図を送った。
クセナキスはアクスム王国の流儀に従いガロを弔っていた。土葬がほとんどのこの地域にあって、アクスム王国は火葬が主流であった。一説によると過去に深刻な伝染病にみまわれ、それ以後火葬が習慣化したと言われている。
「ソロモンの掟に従い汝の骸を灰となし立ち上がる煙に乗せて天界に送る。」
クセナキスは小さな瓶に彼女の遺灰を入れ蝋で封印した。彼女のものと思われるボタンと一緒にバックパックに収容する。
『戦いの中ではなく、あんな無意味な死に方をして。さぞかし悔しい思いをしているだろうな。』
クセナキスは彼女の無念さを思い暫く覇気がなかったが、いつまでもくよくよしている暇は無いのでは、と、ドーリア副長に諭され旅を再開した。
バサ湖畔のメテオから30kmほど北上するとアルデラの大森林が広がっている。この大森林は直線でおよそ200km×100kmの広大さで、ここを縦断すればすぐにジブチである。
森林内は人口の街道があり、森林内ですれ違ってしまう心配はなかった。
クセナキス隊はその日の内に大森林の入り口アワージュに到達していた。ここからは光が差し込まず日中でも薄暗い街道が続く。
盗賊にとっては絶好の狩場となるので近衛兵の精鋭と言えども気は抜けない。
先頭はクセナキス、しんがりはドーリア副長が務めた。
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