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黄昏

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ギリシャ神話 サタン一族編

追跡

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西アクスム知事執務室にベルゼブブ、インキュバス、サキュバスの二つの人影があった。
仮眠用の簡易ベッドにペルセウスが横たえられている。あのキュプロプスとヘラの戦いのどさくさに紛れて海底からペルセウスを回収して来たのだ。アキレスの防具とゼウスのケラウノスが入った箱も引揚げてきた。
ペルセウスは当初心肺停止状態であったが、これでは利用できないと蘇生術を施され、現在は浅いながら呼吸していた。

「キュプロプスの縛りが解けてしまった。一旦解けてしまうと警戒されて二度目の’誑かし’は難しい。元々、あの異常転移が起こった時にキュプロプスが心身喪失状態になると言う幸運に恵まれて’誑かし’に成功したのだ。二度目はもう無いと思った方がいい。」
インキュバスが残念そうに言った。
「その代わりと言っては何だが、この男が手に入った。こいつには’魅惑’を使って正気に戻る事がない様にしてくれ。」とベルゼブブ。

・・・・・

キュプロプスの襲撃による混乱はキュプロプスの敗北により収束に向かった。とは言え、攻撃して来た敵兵は当初不死身かと思えるほど強く、多くの義勇兵が犠牲になってしまった。ペルセウスもその内の一人と数えられていたが、アンドロメダやバルハヌ達はその事を悲しむ様子は全くなかった。
ヘラがペルセウスの失踪を全く気にしていなかったからである。ペルセウスに何かあったら、あの女神が黙っているはずがない。インキュバスもベルゼブブもその怒りに触れて生きて居られないであろう。
バルハヌ達は根拠もなくそう信じてしまったのである。彼らの中に新たな信仰が生まれつつあった。
ヘラと言えば、キュプロプスをアクスム国の庇護者に仕立てる事を目論んでいた。半神という物の存在を知ったアビゲイルは彼らなら人間と共存できると期待したのである。ペルセウスのような人間がいる事に希望を持った時もあったが、結局、彼はゴーシュの生まれ変わりであった訳で、通常の人間で生まれながらにエーテルビリーブに到達している者はいないと言うことになる。
「キュプロプス、あなたこの島に人間の町を建設する気はない? この地は緑も豊富だし真水も出る。山は安山岩が中心なので質のいい建材を切り出す事ができるわ。」
「そんな事をして、儂に何の得がある?」
「アクスムの市民の尊敬を得られるわ。 貴方が、彼らの前に出て彼らのために働いたらいずれ貴方は彼らの神になるでしょうね。」

キュプロプスはそれを聞いて考え込んだ。前の世界ではペロポネソスと言う地で巨大建築を人間達に分け与え深い尊敬を得ていた。一つ目の醜い姿のため最初は忌み嫌われたが、彼の行いは徐々に人々の敬意を集め、最終的にはその地の守護神として祀られるまでになった。この島でも同じ事ができれば、私の居場所が出来る。キュプロプスはヘラの申し出に強く惹かれた。

しばらく、考えたのちキュプロプスは口を開いた。
「一つ、聞きたい事がある。 あの時お前は私を葬り去る事もできた。なのに、なぜ私をそのままにして去ったのだ?」
彼はまだ自分に哀れみを掛けられた事が屈辱だったのだ。
「そうね、簡単だったでしょうね。でも、あの時何人かの人間が貴方を庇って私の前に立ち塞がったのよ。私には理解できなかった。魔人の存在は人間にとって悪夢でしかない。なのに、貴方を助けようと人間の子供達が貴方の前に手を広げて並び立ち、私を睨みつけていたわ。
だから、私はそのままその場を去ったの。他にやるべき事も沢山あったしね。」
「そうか、テレサ達が儂を。」
テレサというのはあの子供達の一人なのだろう。キュプロプスは一つしかない目を瞑ってしばらく考え込んでいた。

「わかった、手を貸そうではないか。」そう言って身長30メートルはあった彼の体が徐々に小さくなり、身長5メートル程になった。
「しかし、人間は儂を見ると恐れをなして逃げ出すぞ。」
「それは大丈夫、私がしばらく貴方と行動を共にしてあげるわ。わたしが側に居れば彼らも恐れたりしないでしょう。」

・・・・・

ペルセウスは夢を見ていた。
「こちらにいらっしゃいペルセウス」ヘラがうずくまっていた自分を立たせてペッドへ誘った。彼はヘラの生まれたままの姿を初めて見た。ヘラの唇がペルセウスのそれと重なる。ペルセウスは初めての事に自分が猛りたっているのを自覚した。
彼の下で快楽の表情を露わにしていたヘラの顔がいつの間にかアンドロメダの顔に変わっていた。
「知っている、分かっているわ。それでも、お願い」
その言葉がペルセウスの中で何度も反芻される。

ふと気がつくとペルセウスを覗く顔が見た事もない女の顔になっていた。
「お前はだれだ?」ペルセウスの誰何すいかにその女は答えた。
「私は貴方の中に眠る貴方の理想。疑う必要はないのよ。気持ちいいでしょう?」
その女はそう言ってペルセウスの胸に置いていた手のひらを撫でるように滑らせた。
苦痛といっても良いほどの快感がペルセウスを襲った。
ペルセウスは混沌の中に落ちていった。

・・・・・

ジャバルズカルでは女神ヘラがアクスム義勇兵全員の前に降臨していた。
「キュプロプスを紹介するわ、彼は貴方達の宿敵インキュバスに操られていたの、私が彼を呪縛から解放してあげたからもう大丈夫よ。貴方達に迷惑をかけたお詫びに拠点建設のお手伝いをしたいと言っているのだけど、受け入れてもらえるかしら?」

『あれが、女神ヘラ様か。何と美しい。』
『噂でしか聞いた事が無かったから信じてなかったけど。あの姿を見たら信じずにはいられないわね。』
『でも、何で俺たちを庇護してくれるんだろ? 俺たちにそんな価値があるんだろうか?』
『しかし、あのキュプロプスって言うのは魔人なのか? 恐ろしい姿をしている。手伝いって、一体何を?』

600名のアクスム人達は思い思いに考えを巡らせた。その中でクレア・ホーンだけは明確にキュプロプスが危険な存在ではなく、ヘラ様と同じくらい頼りになる存在だと確信していた。
「ヘラ様、キュプロプス様は私たちと一緒に町づくりをして下さると言う事でしょうか?」
クレアは期待を膨らませてそう質問した。
「その通りよ、彼は創成の神、貴方達が一世代かかって作り上げる街を一月も掛からずに作り上げる事ができるわ。」
『創成の神・・・神?」
「キュプロプス様はヘラ様と同じ神様なのですか?」
「少し違うわ、彼は神と人の間に生まれた半神。神の血を受け継ぐものよ。貴方達が彼に対する感謝の心を失わない限り彼は貴方達に安定と豊穣を与えてくれるでしょう。」

・・・・・

ローレンスとピーターは女神ヘラの話を聞いてソワソワと落ち着きなくその場を離れた。
『サキュバス様と合流して、この事をご報告しなければ。』
サキュバスの呪縛は目的を達したからと言って解けた訳では無かった。
この地に町が建設されて義勇兵達の拠点として完成してしまったら、東アクスムをアッシリアにぶつけて大量の戦死者を出すと言う計画が台無しになってしまう。
アンドロメダとバルハヌは女神ヘラの話を聴きながらも、そこから抜け出そうとする者がいないか監視していた。
ペルセウスの防具と剣が何者かに奪われたと聞いた時に、すぐさま、人間ではあり得ないと考えた。
なぜならペルセウスの装備はペルセウスが信頼した者にしか持ち上げられない筈なのだ、インキュバスかベルゼブブの手引きがなければ実現し得ない。
もし、人間がした事なら、それはインキュバスに操られているに違いない。ヘラ様の登場を必ずインキュバスに報告しに行く筈だ。
「お嬢はここに残ってローレンスとピーターが支配されていると議会に知らせてください。」
バルハヌ、ヌルカン、アディスの3人はローレンスとピーターを追った。
「マスカラム、この事を議会とヘラ様に伝えて。私はバルハヌらと一緒に行くわ。」
アンドロメダがそう言ってバルハヌらの後を追う。
「それはなりません、アンドロメダ様。彼らの行く着く先はインキュバスの隠れ家。そんな所へ王女を行かせられる訳ないではないですか!」
クレアは女神ヘラと話をしていたのでこの場にはマスカラムとガネットしか居ない、二人は必死でアンドロメダを止めた。
「いいえ、なぜか私が行かなければならない。そんな気が強くするのです。」
アンドロメダが強く言い張る時は’当たっている’時が多い。
マスカラムは覚悟を決めてガネットに指示を出す。
「ガネット、私がお供します。あなたは、ヘラ様に一刻も早く伝えてください。」
そう言ってアンドロメダを追って行った。
「もーっ」
ガネットも勿論付いて行きたかったが議会やヘラ様に伝えない訳に行かない。ガネットは急いでヘラ様の所へ向かった。
マスカラムは直ぐにアンドロメダに追いついた。しかし、急がなければバルハヌ達を見失ってしまう。
「姫、急ぎましょう、見失ってしまいます。」
マスカラムはそう言って一緒に行く事を宣言した。
バルハヌ達3人が曲がり角で前方を伺っている間に追いつく。
「ひ、姫様!」
アディスが気がついて小声で叫ぶ。
「お嬢、危険です。おかえり下さい。」
「いいえ、私が行かないとダメだと強く感じるのです。」
こうなると、アンドロメダはテコでも動かない。バルハヌは諦めてヌルカンとアディスに目で『姫を守れ』と指示した。

ローレンスとピーターは誰が作ったのか海沿いの崖に出来た足場を頼りに移動していた。
「流石にあそこは危険だ、海にでて何処に行くか確認した方が良いかもしれん。」
とバルハヌ。
「いいえ、海に出る方が危険です。小さな船なら波に運ばれ岩場に叩きつけられてしまいます。」
マスカラムが答える。
「とにかく、行きましょう、足場の状態を確認してから追跡を続けるかどうかを決めれば良い事です。」
何時にないアンドロメダの強気の言葉にバルハヌ達は腹をくくった。

崖の足場は一本道と同じでローレンス達の後を追う必要も無かった。しばらく行くと洞窟らしきものがあった。他に道はない彼らはここに入って行ったのだろう。

しかし、バルハヌ達人間だけでインキュバスやベルゼブブに対抗できるのだろうか? これまではペルセウスが側に居た。魔人に対しては常にペルセウスに頼って来た。 
今はペルセウスは居ない。まさかとは思うがインキュバスに操られている可能性もある。
バルハヌはどう戦うべきか考えていた。
バルハヌはカフェへの道すがらのペルセウスとの会話を思い出していた。
『お嬢の周りに三姉妹のような結界を作れたら我々も戦い易いんだが』
『とりあえず、武器類が飛んできたら弾くようにしてみた。』
この会話がきっかけで魔人との戦い方についてペルセウスとじっくり話した事があった。
『敵の魔力を反射する盾をヘラ様に頂いた。みんなに預けておくよ。』

魔力を遮断することはエーテルを制御できない人間には危険であるが、反射であれば盾の材質をリンドバーグ・ケージと同じにすれば出来る。この時キルケゴールであるペルセウスは彼らにその盾を渡しておいたのだ。

『おそらく、焼け石に水だろうが、なんの手立てもないよりましだ。』
バルハヌ達はヘラに賜った盾を片手に、洞窟に入って行った。



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