エーテルマスター

黄昏

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ギリシャ神話 サタン一族編

スエズ湾脱出

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艦隊はスエズ湾に入った。
スエズ港にレジガードを係留し『ソロモンの至宝』とペルセウスはクレオン、ヤニス、ミハイルの3名を連れてスライマンの待つ宿へ向かった。
ペルセウスはしばらく留守をしたので、念のために全員のエーテルリンクの有無を調べた。
今の所、誰も操られてはいない様だ。
あの洞窟で出会った、支配された人間、はエーテルリンクが無い。
自信過剰は良く無いが、彼らと戦ったペルセウスは彼らの感情の無い無表情な顔を見たら必ず分かると考えていた。

「良くやった。これほど早く艦隊を引き連れて戻ってくるとは思ってなかったぞ。」
スライマンは上機嫌でみんなを歓迎した。
クレオンをスライマンに紹介したバルハヌは、続けてクレオン率いる潜入部隊がインキュバスにより情報部門としては壊滅してしまった事を伝えた。
「また、インキュバスか彼奴あやつは厄介だな。」
スライマンは会った事も無い魔人をそう評し、続けた、
「最後の試練だ、全軍を搭乗させて東アクスムへ向かうぞ、ムスリム海軍がスエズ湾出口でまた邪魔をしてくるだろうがな。」
アクスム義勇艦隊がスエズ港を出発したのはそれから僅か一週間後の事であった。

・・・・・

西アクスム知事執務室に再び二人の人影があった。
「あのペルセウスと言う男、戦い方がエーテルマスターとは少し違うね。」
「奴が持っている盾と剣に魔力が宿っている様に見えたが」
「神器って言うやつかい?」
「そんなもの、前の世界にも無かったぞ。」
ベルゼブブが居心地悪そうに答える。
「この世界の人間は魔法を信じていない。だからやり易いんだが、神器などと言う物が存在したら、我々に対抗できるペルセウスの様な人間が何人も出てくるかも知れない。」
インキュバスが解説するように語った。
この世界に転移してから5年、彼らは好き勝手に人間をだまし、たぶらかして戦争を助長し、多くの魂を手に入れてきた。
それが、ここへ来て、あんな強敵が現れるとは。
「しかし、あの戦い方を見ただろ、簡単に殺せる相手じゃ無いよ。」
「なんとか、あの盾と剣を取り上げてしまえないものか。」
インキュバスが考え込みながら言った。
たぶらかしも支配も奴には簡単に見破られてしまう。奴に近づければ、あの神器を盗んで魔法を使えなくできるんだが。」
たぶらかしは縛りエーテルリンクが見えるし、支配は顔を見れば一発で見破られる雑な術だしね。」
インキュバスがその言い回しにカチンと来たが事実だから仕方がない、不貞腐ふてくされて奥へ引っ込んだ。

「私の魅惑みわくなら、そんなすきは作らないよ。 ただし、男しか効かないけどね。」
妖艶な美女が自信ありげにベルゼブブに言った。
「誰を誘惑するんだ? サキュバス。」
ベルゼブブがサキュバスにそう質問した。

・・・・・

艦隊はその日のうちにスエズ湾出口に到達していた。
あと少しで紅海である。
風は相変わらず南風、今回はムスリム艦隊が風下になり、アクスム義勇艦隊にとっては有利な風向きだ。
しかし、例の秘密兵器、仕切り板のマジックは追い風では使えない。
あれは、風を受けて揚力を発生させる走行においてのみ利用可能なのだ。

ムスリム軍はスエズ湾出口から60キロほど内側のエルトール沖に展開していた。
この部分はアフリカ大陸から半島状に陸地が伸びているためスエズ湾でも最も狭い海峡の一つとなっている。
ムスリム軍はエルトールからアフリカ大陸に向けて横風を受けて走行し、大陸が近づくと風下に向かって数キロ走り、そこから再びエルトールに向けて登り走行をする、と言う事を繰り返していた。
ムスリム艦隊が数で圧倒している事を利用し、常に船体を走らせる事でボウガンでの的中率を下げ、尚且つ、軍船の側面にある大型ボウガンでアクスム義勇軍を攻撃すると言う戦法をとっていた。
「敵の大将はかなり切れる男だな。風下の不利を常に走行する事で補っている。追い風での走行の我が艦隊は直進する事しかできない。」
戦術士官のマヌエルはバラシオン船長ローレンスと戦術について話し合っていた。
「確かに攻撃の命中度が下がる。しかしこれは戦力分散の愚策だ。」
ローレンスは言い切った。
「我々が遭遇する敵船はアビーム横風走行している数隻とクローズ登り走行している数隻だけだ。戦争では数が多い方が圧倒的に有利だが、2回の遭遇時には我々の方が数で有利になっている。」
マヌエルはその言葉に納得した様に全船に指令を出した。
「密集隊形で敵戦線を切り裂いていくぞ。レジガードを先頭にくさび陣形を取れ。」

戦いの火蓋は切って落とされた。
アクスム義勇艦隊はレジガードを先頭に三角形を描く様に各船が走行していった。
左舷から敵船が高速で近づいてくる。
レジガード側面のボウガンが発射される。
狙いは敵船前方30メートル通常より5倍は直径が太い弓矢が弧を描いて目標上空に到達する。
すると、その矢が空中で10本の細い弓矢に分裂した、しかもその瞬間弓矢の先端に火が灯ったのである。
「あれは?」
「空気に触れると発火するリンを利用した自動発火装置だ。これも、我が軍の秘密兵器さ。」
マヌエルは得意げに告げた。
10本の火矢はそのまま上空からほぼ垂直に落下していった。
殆どの矢は海中に消えていったが、一本だけは敵軍船に着弾した。
レジガードから次々と太い弓矢が発射される。
命中率は10分の1以下と言う小さいものであったが、三連装される巨大ボウガンは3秒間隔での連射を可能にしていた。
命中率の低さは連射速度で補っていた、それでも敵船に命中したのは13本だけ、残りは駆逐艦20隻が側面から通常の火矢で攻撃したものである。
敵船はアクスム義勇艦隊とすれ違う頃には火だるまとなっていた。
「まずは1回目の遭遇、次は登ってくる敵船を迎え撃つぞ、こいつはさっきより簡単なはずだ。」
マヌエルは全船に1回目の遭遇は圧勝だと伝え士気を鼓舞した。
敵船は登り角30度程度で走行していた、船足はアクスム義勇艦隊の半分以下、そのまま走り抜けても問題ない様に思われた。
「通り抜けてしまうのは簡単だが、それでは敵は風上になる。ランニング追い風走行では互角の船足なので追いつかれはしないが、敵の放った矢は届くかもしれん。ここで片付けて行くべきだ。」
ローレンスはマヌエルに通り抜けた後が厄介だと告げた。
「全船攻撃開始、打てば当たるぞ、撃ち続けろ。」
アクスム義勇艦隊から放たれた火矢がクローズ登り体制にある敵船に襲い掛かった。
敵船はひとたまりもなく炎上した。

ムスリム艦隊はアクスム義勇艦隊と接触した軍船だけが犠牲になっており、被害は殆どなかったと言ってもいい、しかし、アクスム義勇艦隊を追うには既に距離が空きすぎていた。
ムスリム艦隊は被害規模は小さいながら2回の敗北を喫した。

・・・・・

無事スエズ湾から紅海に出る事に成功したアクスム義勇艦隊は一路東アクスムに向かって走行していた。
東アクスムまで一週間の海路が残っていた。
もちろんこれは風が順調に吹いていての話である。
バラシオンのガレー船機能はレジガードでは三連装巨大ボウガンに置き換わっており、凪が発生すればお手上げになる。

バラシオンではパーティ会場になっていた甲板下の部屋はレジガードでは五つに分割されそれぞれが作戦室や会議室になっていた。
ノートン・スライマン、ローレンス・カサノバ、ヤニス・アルバ、マヌエル・ゲオルグ、バルハヌ・アブラハム、アンドロメダ・シバ・ソロモン・デ・アクスム、ペルセウス。
主要なメンバーが第1会議室に集まっていた。

「風が順調であれば、後一週間です。」
ローレンスはかなりサバを読んで答えた。
「しかし、東アクスム沿岸に到着してから沖で暫く停船して様子を見る必要があります。」
東アクスムにはサラセンを挟撃しようとアッシリアが南から紅海に入り東アクスムに侵攻したとの情報が入っていた。

「アッシリアとは敵対関係にならずに済ませたい。サラセン国境への駐留には目を瞑るから東アクスムには干渉しない様に交渉できないだろうか?」
スライマンが意見を述べた。
これは以前インキュバス達の狙いを推理した結果から出されたスライマンの結論である。

「それではサラセンが黙っていないだろう。東アクスムも敵と認定されては困る。」
バルハヌが簡単では無いと答えた。

「彼らは海岸線にはもう居ないと思います。すでに侵攻を完了し国内に展開しているのでは無いでしょうか?」

「そうだとすれば上陸は簡単だろうな。行ってみないと分からないが。」
結局アッシリアをどう扱うかは東アクスムに到着してから検討することになった。

「上陸出来たとして、拠点をどこに置くのです? 東アクスム領事館はムスリム対アクスム不可侵条約が結ばれた時インキュバスが東アクスム領土を放棄すると宣言したため、民衆のデモに会い、現在は廃墟となっていると聞いています。」

「土木工事などをやっている余裕はない。既存の建物を正統政府の臨時元首官邸とすべきだろうな。」

「それに艦隊を駐留させておく場所も確保しなければなりません。港はおそらくアッシリアの船で一杯になっているものと思われます。」

「一旦、ハニッシュ諸島の何処かに駐留させては如何でしょう? 諸島最大のジャバルズカルが適当かと。」

「ジャバルズカルから東アクスムまでは45キロ、20ノットで二時間で到着します。西アクスムへも約60キロ、三時間で到着する距離です。」

以上の様な会話が交わされ、

アクスム義勇艦隊は一旦ハニッシュ諸島のジャバルズカルに係留する。
この時、随行してきたバラシオン級客船に乗船していた兵士を工兵として残し島の開発に当たらせる。
東アクスム上陸部隊はレジガードの搭乗員200名全員。 駆逐艦20隻に搭乗している400名は海上で待機、必要に応じてジャバルズカル又は東アクスムに戦力として投入する。
上陸部隊は上陸に成功したら旧東アクスム領事館を目指し、可能であれば領事館を正当政府の拠点として活用する。

以上の様な大筋の計画が決定した。

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