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黄昏

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ギリシャ神話 サタン一族編

ソロモン国潜入

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 翌朝、アンドロメダとペルセウスは揃って滞在してる宿の大部屋を訪れた。
 今は、そこが会議室となっているのだ。

「ムスリムによるスエズ湾閉鎖のことは聞いた、アクスム義勇艦隊のことも。」
 ペルセウスはその辺りの説明は必要ない事を全員に伝えた。
「俺が、アクスム義勇艦隊のスエズ湾縦断を援護する。接触する方法を教えてくれ。」
「言っておくが、あくまでお前たちが事を成すんだ。俺は援護するだけだ。それがヘラ様の意向だと思ってくれ。」

 実際のところ今のペルセウスならムスリム軍を一人で全滅に追いやる事も出来るだろう。
 しかし、それでは魔人族がやっている事と同じだ、歴史は飽くまでも当事者が作るものだ。

 ペルセウスとヘラはインキュバスとベルゼブブによる干渉がある事実を知ってしまった、
 彼らをおびき出すためにも、彼らには何とかなる相手だと思わせなければならない。

「お主が手を貸してくれるなら心強い。しかしアクスム義勇艦隊の場所を知っているのは、この中にはおらんのだ。」
 バルハヌが謝罪するように言った。
「ムスリム国に知られてしまったら1日と持たず攻略されてしまう。 知られないための最善の方法は我々も知らない事だ。」
 ローレンスが理由を付け加えた。
「では、どうやって連絡を取るのだ?」
 ペルセウスは二人に向かって尋ねた。
「ムスリムに潜入して相手から連絡が来るのを待たねばならない。」
「相手はどうやってその相手が同胞だと知るのだ?」
「それも分からない。ただムスリムに潜入している人間はアクスム人でなければならない。」

「では、俺一人で行っても相手にされないわけか。」
 ペルセウスはギリシャ人と言う事になっている。

「『ソロモンの至宝』が賞金稼ぎチームとしてペルセウスと一緒に潜入します。」
 アンドロメダがすかさずそう発言する。
 ペルセウスを含むその場の全員が口を開いたまま固まった。

「お嬢、それは無理だ。お嬢がここに残ると言うのなら考えなくもないが。」
 とバルハヌが牽制する。

「前にも言ったわね、部下を危険に晒しておいて自分だけ安全な場所にいる元首を誰が認めてくれるんですか?
 それに、今でこそムスリムはイスラム教が支配的ですが元はソロモンが王国を築いた地です。私と所縁ゆかりがありそこに住む人たちも私には好意的です。」
 とアンドロメダ。

「それは昔の話だ、今は隣のサラセンの影響を強く受けて、いわば同族嫌悪、アクスムを憎むようになっている。」
 とスライマン。

「私に行かせてください、決して足手まといにはなりません。」
 アンドロメダの決意は固そうだった。 
 昨日の犠牲者の数の話が彼女を発奮させているのだろう。
 あるいは、ペルセウスとの親密度が上がったためであろうか?

「ペルセウスも側にいてくれます。彼がいれば何者にも引けを取りません。」
 ペルセウスは自分を引き合いに出されたが、アンドロメダの事を思って黙っていた。

「ペルセウス殿、あなたはどうお考えになる?」
 ローレンスがペルセウスに念を押す。

「俺は、アンドロメダに手を貸すと誓った。 彼女がそうしたいと言うのなら止めはしない。」
 ペルセウスがそう言った時、アンドロメダの顔が僅かに紅潮した。

 スライマンが鼻息だけで、大きくため息をつく。
「父王が聞いたら、何と言うだろうな? だが、しかし、アンドロメダが出向くとなると向こうが接触してくる可能性は格段に上がる。女神ヘラ様のご加護に掛けてみるか?」
 スライマンも完全にオリュンポス12神の信者になってしまっている。
「バルハヌ、どうだ行けるか?」

「お嬢のおてんばは直っておりませんな。分かりました『ソロモンの至宝』プラス ワン、ムスリムに赴こうではありませんか。」

スエズ湾が封鎖されていると言っても、小さな商船はフリーパスで通れる。
『ソロモンの至宝』は商船を模した小型の帆船で紅海を目指し、紅海に出てからはヤンブ・アル・バハルを目指し南西へ進路を取る。そこから中央都市ヤスリブに入った。

通常なら一週間かかる海路をペルセウスの重量軽減により二日で走破した。

紅海からヤスリブまで内陸150キロメートル。
一日に40キロを移動できるとして4日の行程である。
目的のヤスリブに到着したのはスエズを出てから一週間後の午後であった。

「こんなに早く移動できるとはな。ペルセウス様様だな。」
アディスが嬉しそうに独り言ちる。
「これから、どうすればいいんだ?」
相手から連絡が来るのを待つ、気の長い話である。
しかも『お眼鏡』に叶う条件が分からない。
何をどうすれば、アクスム義勇軍の目に止まるのだろう。

アンドロメダは両国に共通するのはユダヤ民族だと考えていた。
そこで、両国のユダヤ支族の共通点が鍵では無いかと考えた。

ヤスリブはユダヤの聖地であったせいかイスラムの侵食をそれほど受けておらず、アラブ人の二部族とユダヤ教徒の数部族が住む町であった。
ユダヤ支族はユダ族、ベニヤミン族、レビ族、およびヨセフ族の4支族が住んでいた。
このうち、ヨセフ族以外はユダヤ民族直系と言われている。

アンドロメダの始祖はユダヤ支族に分裂する以前のソロモン直系とエジプトとアクスム周辺を支配していたシバの女王であるとされている。

現在のアクスムにはマナセ族、エフライム族が居住している。

結局、ユダヤ支族でアクスムとムスリムに共通点を見出そうとしたのだが、失敗に終わった。

『ソロモンの至宝』はヤスリブに宿を取り、しばらく町を散策する事にした。
バルハヌとヌルカン、アディスはスラム街や外人地区。
アンドロメダと三人の侍女は下町。
ペルセウスは特に条件はなく、ヤスリブ上空に密かに浮遊し街全体のエーテルマトリクスの視覚化を行い観察していた。

アンドロメダ、マスカラム、ガネット、クリスの四人は下町にあるカフェで他の客の様子を伺っていた。
彼女たちを監視している目は無いか、客のお喋りに何かヒントは無いか、街の様子に特徴的なものは無いか、など様々の視点から街を散策する。
「こんな事、してて良いんですかね。」
クリスがコーヒーを美味しそうに飲みながら言う。
この地域のコーヒーは苦味を消すためにこれでもかと言うほど砂糖を入れる。
甘党のクリスは一口飲んでいっぺんに気に入ってしまった。
「やはり全くと言ってヒントが無いとこんなに苦労するんですね。私はこの三日で5歳は歳をとったような気がします。」とマスカラム。
最年長のマスカラムは最近歳を気にし出した。

「だから、13支族だって」
「経典には12支族に祝福を与えたとあるじゃ無いか、だから1支族だけ祝福を受けていない支族があるんだよ。」
隣のテーブルで二人組が大きな声で言い争っている。
「13支族全部に祝福を与えたんだって。」
「おかしいだろ、経典にははっきりと12支族にと書いてあるじゃ無いか。」
「マナセ族とエフライム族の2支族をヨセフ族と言うんだよ、経典が12支族と言っているのはヨセフ族を1支族と数えているからさ。」

「え?」
アンドロメダは二人の会話を聞くともなく聞いていて、何か引っ掛かるものを感じた。
「マナセ族とエフライム族の2支族を合わせてヨセフ族と言うの?」
「・・・・」
「共通点が見つかったわ、ヨセフ族よ!」
アンドロメダはそう言って勢いよく立ち上がった。
「みんな、ヨセフ族の会堂シナゴーグを探して。」
アンドロメダ一行は街中に散在している各支族専用の会堂シナゴーグを探して町中を歩き回った。




その日の夜、『ソロモンの至宝』とペルセウスは宿屋の一室で会合を開いていた。
「お嬢、ヨセフ族のシナゴーグが何かの糸口になるんですか?」
「私の感に間違いがなければ、ヨセフのシナゴーグにアクスム義勇軍の監視員が居るはずよ。」
「そこで何をすれば連絡が来るのかまだ分からないけど、明日みんなで行ってみたいの。」

翌日、一行はヨセフ族の会堂シナゴーグの前に来ていた。
会堂に入ると中央に鳥の籠の様な祭壇が置かれ、籠の中に小さなテーブルが置かれていた。
テーブルの上には経典が置かれておりラビがここで朗読するらしい。
その鳥の籠の左右にはラビの教えを聞く場所なのだろう、長椅子が何列か置かれていた。
不思議なのは左側の長椅子の立て札には十六枚の花弁のある菊の紋が描かれているが、右側のそれは一二枚の花弁が描かれていた。
訪れている教徒は少なくみんな左側の長椅子に座っている。
おそらく、どの支族でも左の長椅子を選ぶだろう、ユダヤ教の正しい印は十六花弁菊花紋であり、一二枚では無い。どちらを選ぶかと言われれば必ず左側を選ぶだろう。
アンドロメダはしかし、左右の違いが良く分からなかった。
アクスムは多神教の国でありユダヤ教も多くの宗教の一つでしかない。
熱狂的な教徒には忌避されるだろうが、穏健な教徒はこの緩やかな国をこよなく愛していた。

アンドロメダは迷う事なく右側の長椅子に腰掛けた。
同行したみんなもそれに倣う。

すると左側に座っていた数人の教徒が非難する様な視線を向けたのが分かった。
よく見ると、長椅子も埃を被っている、おそらく長い間座った人がいなかったのだろう。
やがて左のドアからラビがやってきて、中央の鳥の籠の中に登り、いくつかのお祈りをした。
アンドロメダ一行は根気よくその儀式が終わるのを待ち、なんとか会堂シナゴーグを出た。

「あー、退屈だった。」とクレア。
「お嬢何か変わったことが有りましたかな?」
バルハヌが聞く。
「俺は宗教には関心がないので、なんとも言えんが、この会堂シナゴーグで右側の祈り場は全然使われていなかったんじゃないのか?」
とペルセウス。
「私もそう思う。」
アンドロメダが同意した。そして続ける。
「それは何故だと思う? 多分真の教徒とそうでない教徒を見分けるためだと思う。」
「そうだとしたらかなり勿体無い配置ですな。半分はまるで使われない事になる。」
とバルハヌ。
一同はそのまま、宿に帰ることになった。
『空振りかしら?』
アンドロメダは一日を無駄にしてしまった事を後悔した。

しばらくして、
「ペルセウス、ヌルカン、アディス、気がついているか?」
バルハヌが囁く。
「あぁ」とペルセウス
「はい」とアディス。

「お嬢、ちょっとコーヒーなる物を賞味してみたいのですがな。どこかで休みませんか?」
バルハヌのこの言葉に、いつもと違う雰囲気を感じたアンドロメダは何食わぬ様子でマスカラムに話しかける。
「マスカラム、昨日の店はこの近くだよね? 今日も行きましょうか?」
「そうですね、案内します。」
そう行ってマスカラムがアンドロメダの前を歩き、その後ろ左右斜め後ろにガネットとクリスが続いた。
いつの間にか三人の侍女によるアンドロメダ防御陣形になっていた。
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