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ギリシャ神話 サタン一族編
サタン一族の影
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念の為隣の部屋を調べに行く。
予想通り誰も居ない。
調度品や書類らしき物も一切なく、ガランとしていた。
ホーンが昏倒状態から回復しクレアに連れられて部屋にやってきた。
「ホーン店長、どこまで覚えている?」
ペルセウスはホーン店長に聞いた。
これは重要なことだ、洗脳術は洗脳された人間の記憶が多く残っているほどレベルが高くなる。
「全てを覚えています。」
とホーン。
「アンドロメダ王女、申し訳ございません、このような危険な目に合わせてしまって。」
ホーンがアンドロメダに向かって謝罪の言葉をかけた。
「気にしないで、操られていたのよ。それに、ハイレも同じように洗脳されていたことが証明されたようなものよ、ある意味幸運だったわ。」
ペルセウスはホーンが全て覚えていると言ったことで渋い顔を隠せなかった。
『最悪だ』
「インキュバスと言う男の洗脳術はおそらくこの世の最高レベル、本人は絶対に抗えないだろう。」
『ジタン商会だけでなく、このベネチアの住民のどれくらいの人々が汚染されているか。」
町全体のエーテルマトリクスを上空から見るぐらいしか対策がない。
「とにかく、一度ジタン商会に戻りましょう。ペルセウス、あなたはどのくらいこの街に残っていられるの?」
とアンドロメダ。
「解決するまでは居るつもりだ。今回の件、へら様に一度相談しなければ。」
ジタン商会に到着した時は深夜12時を過ぎていた。
全員疲弊し、特にホーン店長とその娘クレアは気疲れからか憔悴しきって立っていられない状態だった。
「インキュバスは逃げてしまい今はどうしようも無い。みんな疲れているし、全ては明日にした方が良いだろう。」
ペルセウスはアンドロメダにそう進言した。
「二階の従業員用社宅に空きがあるからそこで休ませましょう。」
アンドロメダが提案した。
あくる日の朝はいつもより二時間遅く午前10時から会議が始まった。
「インキュバスは私を殺す気は無かったようです。あの時殺すチャンスは幾度もありましたから。」
アンドロメダは何の為におびき出されたのかをはっきりさせたかった。
「ホーン店長、操られていた時のことを全て覚えていると仰いましたな。目的は何なのか心当たりはありませんか?」
ローレンスが良い所を突いた。
ホーンが操られてのは勿論良くない事ではあるが、その時の事を覚えていると言うのは、敵の内情を知る事が出来ると言う点でかなり有利な事でもあった。
「彼は、アンドロメダ様を自身の傀儡にする事が最終目的だったと思います。
直接そう聞いた訳ではないのですが、アンドロメダ王女がアクスムへ赴く事が計画の要だと言っておりました。」
ホーンは慎重に思い出しながら語った。
「そこが分からん、彼は既にアクスムを牛耳っておる、なのになぜ王女が必要なのじゃ?」
スライマンが疑問を投げかける。
「彼の能力を持ってすれば、一国の権力など簡単に手に入れる事ができるでしょう。最終目的はそれではないと思われます。」
とローレンス。
ペルセウスはその答えを知っているが、彼の中のキルケゴールが覚醒したことは誰にも知られたくなかった、そこで、ヘラを介してみんなに真相を伝えた方が良いだろうと考えた。
『ヘラ、聞こえるか? 頼みたい事がある。』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「以前、ヘラ様を交えてアンドロメダとアクスムの現状について話した事があるがインキュバスが不思議な力を持っている事はその当時でも噂されていた。
ヘラ様は自分たちと無関係ではないとその時仰った。
だから、この事は、ヘラ様を交えて話をするべきだと思う。」
ペルセウスはヘラを参加させるべきだと一同に勧めた。
「でもヘラ様の肖像画がないわ。」
アンドロメダが言う。
「大丈夫だ、今から取ってくる。」
ペルセウスはそう言ってみんなから少し離れた場所に移動し姿を消した。
数秒後、再び現れた時には手にヘラの肖像画を持っていた。
ペルセウスは会議机の上にヘラの肖像画を立てかけた。
「ヘラ様、ご相談したい事がございます。」
ペルセウスがヘラの名を呼ぶ。
ヘラの肖像画が青白く輝き、ヘラの顔が生気をまとう。
「どう言ったことかしら?」
ヘラが問う。
会議室内は騒然とした。
それまでヘラの肖像画の奇跡を目の当たりにしたのは数名しかいない。
今回はスライマン会長をはじめ、ローレンス、バネッサ、ホーン親子、など多くの人が目撃した。
「先日話題に上った、アクスムのインキュバスの件です。
昨日インキュバスがアンドロメダをおびき寄せ洗脳しようとしたのです。
しかし、その理由がはっきりしないのです。
インキュバスについて何か情報はありませんでしょうか?」
「インキュバスとベルゼブブは同じサタン族よ、つまり裏で繋がってるわ。
彼らは魔人、魔法を使う時に人の魂を利用するの。
彼らの使う魔法の規模や強さは発動する時に魂をいくつ使うかで決まるの。
だから、出来るだけ多くの魂をストックしようとするわ。」
「インキュバスは通称夢魔、人間の夢を操る能力を持っているの。」
「インキュバスが人の心を操る時も人間の魂を消費してしまう。だから彼は国の要人しか操らないわ。」
一同はヘラの話を聞いて、全ての合点が行った。
ホーンやハイレ・アクスムの行動は勿論のこと、なぜアンドロメダ王女が狙われたのか。
スライマンが最終的な推理を口にした。
「インキュバスはアンドロメダ王女を洗脳しアクスムを掌握させ、大きな戦争を起こそうとしていると言うことですか? 出来るだけ多くの人間の魂を手に入れるために。」
「ご名答!、さすがは年の功ね」
ヘラが褒める。
「お、恐れ入ります。 私は、ノートン・・・」
スライマンが自己紹介しようとすると、
「あっ、あっ、あっ、自己紹介はいいわ、あんまり沢山の人を覚える気ないもの。
私に何かある時は、ペルセウスかアンドロメダを通してちょうだい。」
とヘラは冷たく言い渡す。
部屋の一同に膨らんでいた期待は一気に萎んでしまった。
「他に聞きたい事はある? なければ帰るけど。」
「ベルゼブブの能力は分かりますか?」
ペルセウスが聞く。
「ベルゼブブは豪雨や嵐を起こすのが得意ね。
規模が大きいだけに沢山の人の魂を使うわ。
ある意味、インキュバスより危険よ。」
「ありがとうございます。
最後にインキュバスに洗脳された犠牲者を探し出す方法はあるでしょうか?
「この中で実際に洗脳されてしまったのは、そちらの方ね。
ペルセウス、あなたはもうその答えを得ているわ、その人を洗脳から助けた方法しかインキュバスの魔法を検知する方法も破る方法もないの。
でも、気をつけなさい。
洗脳を切り裂いた時、インキュバスに少なからず苦痛を与えたはずよ、沢山の人の洗脳を解いたら、インキュバスが必死で抵抗してくるわよ。」
「分かりました、有難うございました。」
ペルセウスがそう挨拶すると。
それじゃね、と言って帰っていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ペルセウスはインキュバスのエーテルリンクを探すのを日が暮れるまで待った。
ゴーゴン三姉妹の時もそうだったが、日中は太陽の光が邪魔をしてエーテルリンクや結界を見つけにくいからである。
ペルセウスは地上から300メートルの中空に立っていた。
インキュバスのエーテルリンクを探し出すためである。
この時代は夜になるとまだロウソクとランプの火だけが頼りである。
僅かに漏れるロウソクの光は館の輪郭を浮かび上がらせるには力不足で上空から見下ろした街並みも月の光に頼らなければ漆黒が広がるのみであった。
それだからこそ薄く光る靄のように見えるエーテルリンクを探し出すには最適の条件なのだ。
地上300メートルも街を一望するには最適の位置である、ただ、一人の人間から伸びるエーテルリンクは地上300メートルから見れば絹糸のように細い。
ペルセウスはそれを補うように自分の目の前の空間の屈折率を変化させて遠い景色を目の前に映し出した。
素早く視線を変化させて街全体をスキャンする。
この世界は魔法が存在しない、それが故に、目に入るエーテルリンクがインキュバスのものである確率は100%といっても良いだろう。
『見つけた』
まるで錯覚のような光の絹糸が漆黒の街並みの中を走っている。
ペルセウスはその錯覚を頼りに光の絹糸を追う。
一方は暗闇に消えてしまったが、反対側はそこに近づくにつれ他の光も視野にはいって徐々に明るくなって行く。
つまり、そこがインキュバスが潜んでいる場所だ。
ペルセウスは位置を特定した。
転移は使えない、実体化できる場所が限られているため、どんな罠が仕掛けられているか分からない所は危険である。
ペルセウスは自身のタイムインデックスを10倍にセットした。
これにより彼の走る速度は音速の1/3を超える。
ペルセウスは剛体の特性を持たせた虚空を蹴って、インキュバスの潜む場所に向かった。
インキュバスの姿が見えてきた、彼の後頭部から何10ものエーテルリンクが伸びている。
ペルセウスはケラウノスを抜いた。
エーテルリンクの全てを根本から切断するつもりであったが、よく見ると根本がインキュバスの体のあちこちに分散しているのが分かった。
これでは、一気に切断する事は出来ない、おそらく戦闘に移行するだろう。
『仕方がない』
ペルセウスは最初の束に向けてケラウノスを一閃した。
インキュバスにとっては突然ペルセウスが現れたように見えただろう。
エーテルリンクのいくつかが切断されてしまった。
必死でその場を逃れる。同時に眷属を呼んだ。
しかしペルセウスの速度からは逃れようがなくまたいくつかのリンクを切断される。
そんな事が五回ほど繰り返された時、やっと眷属がインキュバスに代わって剣を受けた。
ペルセウスはその手応えにヒュドラの甲羅を思い出した。
空間をも引き裂くかと思えるケラウノスの一閃をその身で受け止める事のできる存在。
ペルセウスは攻撃を一時中断し、その物の姿を確認した。
身長3メートルは有ろうかと思われる体躯、顔は闘牛のそれだ、全身は恐らく真っ黒だと思えるが、光を反射して青く光るように見えた。
ペルセウスの中のキルケゴールはこの怪物を知っていた。
『ミノタウロス』
インキュバスは自分の戦闘能力の欠如を補うため、ミノタウロスを眷属に仕立てていたのだ。
ミノタウロスの体はケラウノスと同じく状況に合わせてその密度を変化させる、その力はペルセウスが対象物の質量や密度を変化させるのに対し、ミノタウロスは自身の筋肉の強度を変化させる。
戦闘能力としてはほぼ互角、ただ一つ違いがあるとすれば、ミノタウロスにしても魔獣の制約を受ける、敵の攻撃を受けたり、敵を攻撃するたびに人の魂が消費されて行くのである。
したがって、持久戦になれば、エーテルを直接制御できる人間に分がある。
しかし、今回は様子が違った、ストックされている魂の数が尋常ではないのだ。
インキュバスとベルゼブブはこの世界に転移して既に5年が経過している、その間にあちこちで戦火を誘発し戦死者の魂を集めてきたのだ。
今では魂のストックは10万を超えており、大賢者キルケゴールの攻撃であっても互角以上に戦える自信があった。
一方、ペルセウスは魔力と言う意味では無限の魔力を持つに等しいが、体力は所詮人間のそれである。
何時間も何日も戦えるものではない。
戦闘が始まって既に一時間。
ペルセウスがケラウノスで斬りかかる。
ミノタウロスが腕を盾にしてその剣を受ける。
ミノタウロスは拳をペルセウスに叩きつける。
ペルセウスはその拳をアキレスの盾で受ける。
その度に、ミノタウロスのストックされて魂が10個、20個と減って行く。
それでも10万を超える魂のストックはペルセウスの体力を削るのに十分な時間戦える量なのだ。
一方ペルセウスはケラウノスやアキレスの盾のインデックスパラメータを縦横無尽に変更し、最小限の体力で戦えているが、それでも、徐々に体力が削られて行くのを自覚していた。
戦場は既に原型をとどめず、まるで巨大な地震が全てを破壊してしまったようだ。
ペルセウスはその事に配慮する余裕がなかった。
『これでは、いずれ体力の限界がきて負けてしまう。』
ペルセウスは戦いながら、次に打つ手を模索していた。
『試してみるか。』
ペルセウスは自身のタイムインデクスを10倍から20倍に拡大した。
そして、攻撃時の剛性密度を10倍から20倍に増大した。
ペルセウスの駆け抜ける速度は今や音速に届くほどになっている。
ミノタウロスの動きがまるで止まっているように見える。
ペルセウスはミノタウロスの腕の付け根を狙ってケラウノスを振り下ろした。
『切れた!』
「ウォー」
ミノタウロスが今までにない叫び声をあげた。
『次は反対側の腕だ』
再度ケラウノスを振り抜く。
今度は弾かれる。
『何? 既に強度を対応させたのか?』
『これでは、いたちごっこだ。』
敵の魂の消費量を増やすことは出来ただろうが、致命傷を追わす為にパラメータを上げ続けなければならない。
その時、ふと天啓を受けた。
『ひょっとして』
ペルセウスは今度はケラウノスの剛性密度を5倍に減らして肩の付け根を攻撃した。
それから数秒待って、今度は剛性強度を10倍にして同じ攻撃を繰り返した。
「スパッ」
『切れた!』
『なるほど、適応制御か。』
適応制御とは受けた攻撃に合わせて対応強度を合わせて行く制御方法である。
ペルセウスの制御が頭脳で考えながらのAI制御だとしたら、ミノタウロスのそれは受けた攻撃強度をフィードバックして次の攻撃を受けると言う単純なものだったのだ。所詮は獣、人間の頭脳を持たない身で当然のことではあった。
『攻略法がこんなに簡単だったとはな』
ペルセウスは攻撃時に剛性強度を1倍に戻し、次の攻撃を2倍にして攻撃を繰り返した。
ミノタウロスは体のあちこちを切り裂かれ断末魔の悲鳴をあげている。
『私の勝ちだ』
ペルセウスはミノタウロスの首を切断して戦いを終わった。
周囲を見回してインキュバスを探す。
『まぁ、まだ居るわけないか。』
ペルセウスはジタン商会に戻っていった。
予想通り誰も居ない。
調度品や書類らしき物も一切なく、ガランとしていた。
ホーンが昏倒状態から回復しクレアに連れられて部屋にやってきた。
「ホーン店長、どこまで覚えている?」
ペルセウスはホーン店長に聞いた。
これは重要なことだ、洗脳術は洗脳された人間の記憶が多く残っているほどレベルが高くなる。
「全てを覚えています。」
とホーン。
「アンドロメダ王女、申し訳ございません、このような危険な目に合わせてしまって。」
ホーンがアンドロメダに向かって謝罪の言葉をかけた。
「気にしないで、操られていたのよ。それに、ハイレも同じように洗脳されていたことが証明されたようなものよ、ある意味幸運だったわ。」
ペルセウスはホーンが全て覚えていると言ったことで渋い顔を隠せなかった。
『最悪だ』
「インキュバスと言う男の洗脳術はおそらくこの世の最高レベル、本人は絶対に抗えないだろう。」
『ジタン商会だけでなく、このベネチアの住民のどれくらいの人々が汚染されているか。」
町全体のエーテルマトリクスを上空から見るぐらいしか対策がない。
「とにかく、一度ジタン商会に戻りましょう。ペルセウス、あなたはどのくらいこの街に残っていられるの?」
とアンドロメダ。
「解決するまでは居るつもりだ。今回の件、へら様に一度相談しなければ。」
ジタン商会に到着した時は深夜12時を過ぎていた。
全員疲弊し、特にホーン店長とその娘クレアは気疲れからか憔悴しきって立っていられない状態だった。
「インキュバスは逃げてしまい今はどうしようも無い。みんな疲れているし、全ては明日にした方が良いだろう。」
ペルセウスはアンドロメダにそう進言した。
「二階の従業員用社宅に空きがあるからそこで休ませましょう。」
アンドロメダが提案した。
あくる日の朝はいつもより二時間遅く午前10時から会議が始まった。
「インキュバスは私を殺す気は無かったようです。あの時殺すチャンスは幾度もありましたから。」
アンドロメダは何の為におびき出されたのかをはっきりさせたかった。
「ホーン店長、操られていた時のことを全て覚えていると仰いましたな。目的は何なのか心当たりはありませんか?」
ローレンスが良い所を突いた。
ホーンが操られてのは勿論良くない事ではあるが、その時の事を覚えていると言うのは、敵の内情を知る事が出来ると言う点でかなり有利な事でもあった。
「彼は、アンドロメダ様を自身の傀儡にする事が最終目的だったと思います。
直接そう聞いた訳ではないのですが、アンドロメダ王女がアクスムへ赴く事が計画の要だと言っておりました。」
ホーンは慎重に思い出しながら語った。
「そこが分からん、彼は既にアクスムを牛耳っておる、なのになぜ王女が必要なのじゃ?」
スライマンが疑問を投げかける。
「彼の能力を持ってすれば、一国の権力など簡単に手に入れる事ができるでしょう。最終目的はそれではないと思われます。」
とローレンス。
ペルセウスはその答えを知っているが、彼の中のキルケゴールが覚醒したことは誰にも知られたくなかった、そこで、ヘラを介してみんなに真相を伝えた方が良いだろうと考えた。
『ヘラ、聞こえるか? 頼みたい事がある。』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「以前、ヘラ様を交えてアンドロメダとアクスムの現状について話した事があるがインキュバスが不思議な力を持っている事はその当時でも噂されていた。
ヘラ様は自分たちと無関係ではないとその時仰った。
だから、この事は、ヘラ様を交えて話をするべきだと思う。」
ペルセウスはヘラを参加させるべきだと一同に勧めた。
「でもヘラ様の肖像画がないわ。」
アンドロメダが言う。
「大丈夫だ、今から取ってくる。」
ペルセウスはそう言ってみんなから少し離れた場所に移動し姿を消した。
数秒後、再び現れた時には手にヘラの肖像画を持っていた。
ペルセウスは会議机の上にヘラの肖像画を立てかけた。
「ヘラ様、ご相談したい事がございます。」
ペルセウスがヘラの名を呼ぶ。
ヘラの肖像画が青白く輝き、ヘラの顔が生気をまとう。
「どう言ったことかしら?」
ヘラが問う。
会議室内は騒然とした。
それまでヘラの肖像画の奇跡を目の当たりにしたのは数名しかいない。
今回はスライマン会長をはじめ、ローレンス、バネッサ、ホーン親子、など多くの人が目撃した。
「先日話題に上った、アクスムのインキュバスの件です。
昨日インキュバスがアンドロメダをおびき寄せ洗脳しようとしたのです。
しかし、その理由がはっきりしないのです。
インキュバスについて何か情報はありませんでしょうか?」
「インキュバスとベルゼブブは同じサタン族よ、つまり裏で繋がってるわ。
彼らは魔人、魔法を使う時に人の魂を利用するの。
彼らの使う魔法の規模や強さは発動する時に魂をいくつ使うかで決まるの。
だから、出来るだけ多くの魂をストックしようとするわ。」
「インキュバスは通称夢魔、人間の夢を操る能力を持っているの。」
「インキュバスが人の心を操る時も人間の魂を消費してしまう。だから彼は国の要人しか操らないわ。」
一同はヘラの話を聞いて、全ての合点が行った。
ホーンやハイレ・アクスムの行動は勿論のこと、なぜアンドロメダ王女が狙われたのか。
スライマンが最終的な推理を口にした。
「インキュバスはアンドロメダ王女を洗脳しアクスムを掌握させ、大きな戦争を起こそうとしていると言うことですか? 出来るだけ多くの人間の魂を手に入れるために。」
「ご名答!、さすがは年の功ね」
ヘラが褒める。
「お、恐れ入ります。 私は、ノートン・・・」
スライマンが自己紹介しようとすると、
「あっ、あっ、あっ、自己紹介はいいわ、あんまり沢山の人を覚える気ないもの。
私に何かある時は、ペルセウスかアンドロメダを通してちょうだい。」
とヘラは冷たく言い渡す。
部屋の一同に膨らんでいた期待は一気に萎んでしまった。
「他に聞きたい事はある? なければ帰るけど。」
「ベルゼブブの能力は分かりますか?」
ペルセウスが聞く。
「ベルゼブブは豪雨や嵐を起こすのが得意ね。
規模が大きいだけに沢山の人の魂を使うわ。
ある意味、インキュバスより危険よ。」
「ありがとうございます。
最後にインキュバスに洗脳された犠牲者を探し出す方法はあるでしょうか?
「この中で実際に洗脳されてしまったのは、そちらの方ね。
ペルセウス、あなたはもうその答えを得ているわ、その人を洗脳から助けた方法しかインキュバスの魔法を検知する方法も破る方法もないの。
でも、気をつけなさい。
洗脳を切り裂いた時、インキュバスに少なからず苦痛を与えたはずよ、沢山の人の洗脳を解いたら、インキュバスが必死で抵抗してくるわよ。」
「分かりました、有難うございました。」
ペルセウスがそう挨拶すると。
それじゃね、と言って帰っていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ペルセウスはインキュバスのエーテルリンクを探すのを日が暮れるまで待った。
ゴーゴン三姉妹の時もそうだったが、日中は太陽の光が邪魔をしてエーテルリンクや結界を見つけにくいからである。
ペルセウスは地上から300メートルの中空に立っていた。
インキュバスのエーテルリンクを探し出すためである。
この時代は夜になるとまだロウソクとランプの火だけが頼りである。
僅かに漏れるロウソクの光は館の輪郭を浮かび上がらせるには力不足で上空から見下ろした街並みも月の光に頼らなければ漆黒が広がるのみであった。
それだからこそ薄く光る靄のように見えるエーテルリンクを探し出すには最適の条件なのだ。
地上300メートルも街を一望するには最適の位置である、ただ、一人の人間から伸びるエーテルリンクは地上300メートルから見れば絹糸のように細い。
ペルセウスはそれを補うように自分の目の前の空間の屈折率を変化させて遠い景色を目の前に映し出した。
素早く視線を変化させて街全体をスキャンする。
この世界は魔法が存在しない、それが故に、目に入るエーテルリンクがインキュバスのものである確率は100%といっても良いだろう。
『見つけた』
まるで錯覚のような光の絹糸が漆黒の街並みの中を走っている。
ペルセウスはその錯覚を頼りに光の絹糸を追う。
一方は暗闇に消えてしまったが、反対側はそこに近づくにつれ他の光も視野にはいって徐々に明るくなって行く。
つまり、そこがインキュバスが潜んでいる場所だ。
ペルセウスは位置を特定した。
転移は使えない、実体化できる場所が限られているため、どんな罠が仕掛けられているか分からない所は危険である。
ペルセウスは自身のタイムインデックスを10倍にセットした。
これにより彼の走る速度は音速の1/3を超える。
ペルセウスは剛体の特性を持たせた虚空を蹴って、インキュバスの潜む場所に向かった。
インキュバスの姿が見えてきた、彼の後頭部から何10ものエーテルリンクが伸びている。
ペルセウスはケラウノスを抜いた。
エーテルリンクの全てを根本から切断するつもりであったが、よく見ると根本がインキュバスの体のあちこちに分散しているのが分かった。
これでは、一気に切断する事は出来ない、おそらく戦闘に移行するだろう。
『仕方がない』
ペルセウスは最初の束に向けてケラウノスを一閃した。
インキュバスにとっては突然ペルセウスが現れたように見えただろう。
エーテルリンクのいくつかが切断されてしまった。
必死でその場を逃れる。同時に眷属を呼んだ。
しかしペルセウスの速度からは逃れようがなくまたいくつかのリンクを切断される。
そんな事が五回ほど繰り返された時、やっと眷属がインキュバスに代わって剣を受けた。
ペルセウスはその手応えにヒュドラの甲羅を思い出した。
空間をも引き裂くかと思えるケラウノスの一閃をその身で受け止める事のできる存在。
ペルセウスは攻撃を一時中断し、その物の姿を確認した。
身長3メートルは有ろうかと思われる体躯、顔は闘牛のそれだ、全身は恐らく真っ黒だと思えるが、光を反射して青く光るように見えた。
ペルセウスの中のキルケゴールはこの怪物を知っていた。
『ミノタウロス』
インキュバスは自分の戦闘能力の欠如を補うため、ミノタウロスを眷属に仕立てていたのだ。
ミノタウロスの体はケラウノスと同じく状況に合わせてその密度を変化させる、その力はペルセウスが対象物の質量や密度を変化させるのに対し、ミノタウロスは自身の筋肉の強度を変化させる。
戦闘能力としてはほぼ互角、ただ一つ違いがあるとすれば、ミノタウロスにしても魔獣の制約を受ける、敵の攻撃を受けたり、敵を攻撃するたびに人の魂が消費されて行くのである。
したがって、持久戦になれば、エーテルを直接制御できる人間に分がある。
しかし、今回は様子が違った、ストックされている魂の数が尋常ではないのだ。
インキュバスとベルゼブブはこの世界に転移して既に5年が経過している、その間にあちこちで戦火を誘発し戦死者の魂を集めてきたのだ。
今では魂のストックは10万を超えており、大賢者キルケゴールの攻撃であっても互角以上に戦える自信があった。
一方、ペルセウスは魔力と言う意味では無限の魔力を持つに等しいが、体力は所詮人間のそれである。
何時間も何日も戦えるものではない。
戦闘が始まって既に一時間。
ペルセウスがケラウノスで斬りかかる。
ミノタウロスが腕を盾にしてその剣を受ける。
ミノタウロスは拳をペルセウスに叩きつける。
ペルセウスはその拳をアキレスの盾で受ける。
その度に、ミノタウロスのストックされて魂が10個、20個と減って行く。
それでも10万を超える魂のストックはペルセウスの体力を削るのに十分な時間戦える量なのだ。
一方ペルセウスはケラウノスやアキレスの盾のインデックスパラメータを縦横無尽に変更し、最小限の体力で戦えているが、それでも、徐々に体力が削られて行くのを自覚していた。
戦場は既に原型をとどめず、まるで巨大な地震が全てを破壊してしまったようだ。
ペルセウスはその事に配慮する余裕がなかった。
『これでは、いずれ体力の限界がきて負けてしまう。』
ペルセウスは戦いながら、次に打つ手を模索していた。
『試してみるか。』
ペルセウスは自身のタイムインデクスを10倍から20倍に拡大した。
そして、攻撃時の剛性密度を10倍から20倍に増大した。
ペルセウスの駆け抜ける速度は今や音速に届くほどになっている。
ミノタウロスの動きがまるで止まっているように見える。
ペルセウスはミノタウロスの腕の付け根を狙ってケラウノスを振り下ろした。
『切れた!』
「ウォー」
ミノタウロスが今までにない叫び声をあげた。
『次は反対側の腕だ』
再度ケラウノスを振り抜く。
今度は弾かれる。
『何? 既に強度を対応させたのか?』
『これでは、いたちごっこだ。』
敵の魂の消費量を増やすことは出来ただろうが、致命傷を追わす為にパラメータを上げ続けなければならない。
その時、ふと天啓を受けた。
『ひょっとして』
ペルセウスは今度はケラウノスの剛性密度を5倍に減らして肩の付け根を攻撃した。
それから数秒待って、今度は剛性強度を10倍にして同じ攻撃を繰り返した。
「スパッ」
『切れた!』
『なるほど、適応制御か。』
適応制御とは受けた攻撃に合わせて対応強度を合わせて行く制御方法である。
ペルセウスの制御が頭脳で考えながらのAI制御だとしたら、ミノタウロスのそれは受けた攻撃強度をフィードバックして次の攻撃を受けると言う単純なものだったのだ。所詮は獣、人間の頭脳を持たない身で当然のことではあった。
『攻略法がこんなに簡単だったとはな』
ペルセウスは攻撃時に剛性強度を1倍に戻し、次の攻撃を2倍にして攻撃を繰り返した。
ミノタウロスは体のあちこちを切り裂かれ断末魔の悲鳴をあげている。
『私の勝ちだ』
ペルセウスはミノタウロスの首を切断して戦いを終わった。
周囲を見回してインキュバスを探す。
『まぁ、まだ居るわけないか。』
ペルセウスはジタン商会に戻っていった。
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