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ギリシャ神話 サタン一族編
ジタン商会
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ノートン・スライマンはバラシオンの到着が遅れていることを気にしていた。
バラシオンにはあの方が乗船しておられる、もしもの事があったら。
本来なら一週間前にベネチアに到着しているはずだ。
「会長、一週間ぐらいの遅れは船の旅では当たり前の事です。」
秘書のバネッサ・テスタロッサが呆れ顔で進言した。
「あのローレンスが船長だ、あの男が一週間も予定を遅らせるなどと言う事はありえん。」
『確かに、ローレンス・カサノヴァが彼の決めたスケジュールを違える事は太陽が西から昇るほどの珍事だけど。』
バネッサはあの精密機械が服を着ているようなローレンスの顔を思い浮かべながら思った。
『覚えてらっしゃい、私をほったらかしにした事を死ぬほど後悔させてやるから。』
スライマンの言うあの方とはアンドロメダ・シバ・ソロモン・デ・アクスム、アクスム王国の王女だ、スライマンはアンドロメダの父ケーペウスの親衛隊長をしていた。
あの、暗殺事件でアクスム王を守りきれなかった自分を今でも責めており、もしアンドロメダ王女に何かあったら彼の理性が正常を保てるか疑わしい。
ドアがノックされた。
「会長、ホーンです。」
ドアの向こうからジタン商会ベネチア本店の店長が声を掛けた。
バネッサがドアを開ける。
「アクスム王国からエージェントが帰還しましたので、その報告書を持ってきました。」
ホーンは要件を端的に伝えた。
「現状はどうなってる?」
「はい、アクスム王国は正式にサラセンの属領アクスム州となりインキュバスが知事に就任、王権復帰のレジスタンスは治安維持局に壊滅状態に追い込まれているとの事です。」
「さらに、サラセンとアッシリアに不穏な動きがあり、両国が衝突する時、アクスムが戦場になる可能性があるとの報告も入ってきております。」
「なんでアクスムなんだ? 地政学的にも全く関係ないではないか?」
スライマンは全く訳がわからないとやり場のない怒りを顕にした。
アクスムの領土は紅海を挟んで東アクスムと西アクスムに別れている。
東アクスムとその北にあるムスリムとの間に戦火があるのなら分かる。
しかし、サラセンとアッシリアは両方とも東アクスムの東にある、アクスムが戦場になる訳がないのである。
「それなんですが、アクスムのインキュバス知事とムスリムのベルゼブブ宰相が不可侵条約を締結し、アクスムが東の領土を放棄すると言う取り決めがなされたそうなのです。」
「それがアクスムが戦場になる事とどう言う関係があるんだ?」
スライマンが疑問を投げかける。
「東アクスムは現在統治者不在となっているのです。そこにアッシリアがサラセンの挟撃を狙って軍隊を送り込んだそうです。」
ホーンはスライマンの疑問に答えるべくアクスム領の現状を説明した。
「東アクスムにはアクスムの国民がまだ多数残っておりますが、不可解なことにインキュバスは東アクスムの住人の市民権を剥奪するとの告知を行ったそうなのです。」
「アクスム市民が戦場に放置されたままと言うことか?」
スライマンは怒りを通り越して、惚けた顔で呟いた。
ジタン商会は材木、食料、衣類、燃料などの資材をギリシャ地方とローマ地方との中間点にあることを利して商売を行っている総合商会である。
その営利団体であるジタン商会がアクスムとムスリムの社会情勢に興味を持つことに疑問を持つ方もいるだろう。
しかし、冒頭で紹介したようにこの商会の会長であるノートン・スライマンは元アクスム王国の高官であり前王の家臣であった。
商会の情報網を私物化している訳ではなく、この商会自体がアクスム王政奪還の隠れ蓑として作られた組織なのである。
「レジスタンスには十分な資金提供をしてきたはずだ、なのに、壊滅状態とはどう言うわけだ?」
スライマンはこのメンバーなら良かろうと、アクスム王政奪還の野望を隠しもせずにホーンに尋ねた。
「どうにも信じられない事なのですが、レジスタンスの中に裏切り者が少なからずいたそうなのです。しかも、その中にハイレ・アクスムも居たと言うのです。」
「ハイレ・アクスムだと?」
ハイレは前王の血縁でもあり裏切る事などあり得ないと誰もが信じていた人物である。
「何で王族が裏切るんだ?しかも、彼はバリバリの復権派だったではないか。」
「本人ではないのではないかと言う噂が流れています。彼はもう死んでしまったとも。」
「分かった、もういい、少しは良い話はないのか?」
スライマンは苛々してして、誰を責めるともなく呟いた。
「報告は以上です。」
ホーンはそれ以上新しい情報もないので、報告を締め括ろうとした。
「バラシオンについての何か新しい情報はないのか?」
「生憎、海の上の事ですので」
ホーンはこれ以上はスライマンの癇癪が爆発すると予感し、早々に退出したいと願いながらそう言った。
「もういい、出て行け」
スライマンが手を振りながら言った。
「それでは、失礼いたします。」
ホーンは『よし!』と内心で安堵しながら答え、退出した。
『今日の一番難しい仕事をこなしたぞ。』
ウィリアム・ホーンは安堵と共に自分の執務室に戻った。
本店の店長ともなれば自店の売り上げ高だけでなく、各支店の経営状況や利益状況を確認しなければならない。
ホーンは各支店長からの書簡一つ一つに目を通していった。
この商会がいくら隠れ蓑だといっても、先立つ物が無ければ活動などできる訳がない。
商才を買われてこの商会の本店を任されたホーンには自分が商会を支えているのだ言う自負心があった。
東アクスム支店 売上高1200リア、営業利益 ~132リア
西アクスム支店 売上高3754リア、営業利益 234リア
(リアは架空の通貨単位、1リアは金貨1枚)
『やはり東アクスムは赤字か、まぁ、仕方がないが』
この東西アクスム支店だけは赤字だろうが経営破綻しようが本店から年間5000リアの資金提供をしなければならない。
この支店はアクスム情勢の情報収拾の拠点なのだ。
『インキュバス知事はさぞかし首を傾げるだろうな。』
しばらく、各支店の報告書類を眺めていて、ホーンはふと目の端に異常な数字を捉えた。
テスタロッサ支店 売上高 3万4509リア、営業利益 1万2097リア
『うそだろ、一桁間違っていないか?』
「クレア、ちょっと来てくれ。」
本店長付け秘書のクレア・ホーンが隣の秘書室から入室して来た。
「お呼びですか? 店長」
「テスタロッサ支店に至急の書簡を送りたい。」
「畏まりました。どのような内容で?」
「グレゴリオ支店長殿
貴殿の支店の四半期の報告を拝見した。
売上高、営業利益ともに通年の10倍を記録している理由を至急お知らせ頂きたく。」
「日付と送り主はそちらで追加してくれ。」
「畏まりました。」
そう言ってクレアは秘書室へ帰っていった。
それから三時間ほど経ってからである。
秘書のクレア・ホーンが店長執務室にノックと誰何の後に入ってきた。
「店長、シブナス・サンタクルズと言う方が面会を求めていらっしゃるのですが。」
「聞かん名だが予約はあったかな?」
「いいえ、飛び込みだと仰ってました。」
ホーンは少し考えてから、
「分かった、会おう。第三会議室へ案内してくれ。」
第三会議室で待っていた男は、金髪、碧眼の如何にも北欧系ですと言わんばかりの美男子だった。
ホーンの入室に合わせてソファーから立ち上がる。
『身長もかなりある。190センチメートルぐらいか?』
「お待たせいたしました。ジタン商会、頭取のウィリアム・ホーンです。本日はどう言ったご用件でお越しになられたのでしょうか?」
とホーンが丁寧に問いかける。
「単刀直入に申します。ハイレ・アクスムを保護しています。」
ホーンはその名を聞いた時の自分の反応が相手に伝わっていないことを願った。
この、サンタクルズという男が何者なのか不明である以上、ジタン商会の正体も、ハイレ・アクスムが我々にとって重要な人物であると言う事も知られてはならない。
「ハイレ・アクスム ですか?」
「それは人でしょうか?」
アクスムという名前はエチオピア地方に多い名前で、この辺りでは使われていない。
下手にそれが人間であると知っている事さえ、相手に知られることを避けたのである。
「元アクスム王国の王族のお一人です。」
サンタクルズはホーンの慎重な受け答えなど気にもせず、ただ事実だけを口にした。
「その王族様は私たちジタン商会と何の関係があるのでしょう?」
ホーンはあくまでも赤の他人だと言い張る。
「そうですか、私の考え違いだったかも知れません。ハイレ様がジタン商会に連絡しろと仰ったものですから、てっきり関係があるものと思ってしまいました。彼も今心神喪失状態ですので覚えている名前を口走っただけだったみたいですね。」
「お時間を取らせて申し訳ありませんでした。私はこれで失礼いたします。」
サンタクルズはそう言って会議室を出て行こうとした。
「ちょっとお待ちください、わざわざおいで頂いたんですから、そのハイレ・アクスムさんの事について詳しくお話しいただけませんか? お力になれるかも知れません。」
『あれ? 私は何を言っているんだ? 部下に玄関まで送らせると言うつもりだったのに。』
「いえ、そんなご迷惑はお掛け出来ません。」
とサンタクルズ。
「そんなことは御座いません、’袖振り合うも多生の縁’と申しましてね、こういう時にこそビジネスチャンスが隠れているんですよ。」
『まただ、私は、残念ですが玄関までお送りしますと言うつもりだった。』
「それでは、ご厚意に甘えさせて頂き、ハイレ・アクスムさんの近況についてお話ししましょう。」
「それは願っても無いことです、ハイレ様は私達にとって貴重なお方。是非とも聞かせてください。」
『ちょっと待て、今ジタン商会とハイレ・アクスムが繋がっていることを吐いてしまったぞ。』
「ハイレ様は今サラセン帝国の為に働いてもらっています。」
とサンタクルズ。
「それは僥倖なことです。一体どのような事をなさっているんですか?」
ホーンはいつしか自分の発言に疑問を持たなくなって来ていた。
「あなたもハイレ様と一緒にサラセンのために働いて下さいますね?」
サンタクルズは徐々にホーンに暗示をかけて行った。
「もちろんですよ。私はサラセンの為に働くことを至上の喜びとしています。
それで、私は何をすればハイレ様に喜んで頂けるんでしょうか?」
ホーンはサンタクルズの指令を心待ちにしていた。
「もうじき、客船バラシオンがベネチアに到着します。バラシオンに乗っているアンドロメダ様とハイレ様をお引き合せしたいのです。ハイレ様は今ベニチア郊外のある邸宅に滞在していらっしゃいます。方法はお任せしますから、そこにアンドロメダ様をお連れください。」
「これが、その住所です。 それと、このことはジタン商会の関係者にはお話にならないようお願いしますね。」
「お引き受け致します。もちろん誰にもこの事は申しません。」
ホーンは堅い使命感を持って依頼を受けた。
バラシオンにはあの方が乗船しておられる、もしもの事があったら。
本来なら一週間前にベネチアに到着しているはずだ。
「会長、一週間ぐらいの遅れは船の旅では当たり前の事です。」
秘書のバネッサ・テスタロッサが呆れ顔で進言した。
「あのローレンスが船長だ、あの男が一週間も予定を遅らせるなどと言う事はありえん。」
『確かに、ローレンス・カサノヴァが彼の決めたスケジュールを違える事は太陽が西から昇るほどの珍事だけど。』
バネッサはあの精密機械が服を着ているようなローレンスの顔を思い浮かべながら思った。
『覚えてらっしゃい、私をほったらかしにした事を死ぬほど後悔させてやるから。』
スライマンの言うあの方とはアンドロメダ・シバ・ソロモン・デ・アクスム、アクスム王国の王女だ、スライマンはアンドロメダの父ケーペウスの親衛隊長をしていた。
あの、暗殺事件でアクスム王を守りきれなかった自分を今でも責めており、もしアンドロメダ王女に何かあったら彼の理性が正常を保てるか疑わしい。
ドアがノックされた。
「会長、ホーンです。」
ドアの向こうからジタン商会ベネチア本店の店長が声を掛けた。
バネッサがドアを開ける。
「アクスム王国からエージェントが帰還しましたので、その報告書を持ってきました。」
ホーンは要件を端的に伝えた。
「現状はどうなってる?」
「はい、アクスム王国は正式にサラセンの属領アクスム州となりインキュバスが知事に就任、王権復帰のレジスタンスは治安維持局に壊滅状態に追い込まれているとの事です。」
「さらに、サラセンとアッシリアに不穏な動きがあり、両国が衝突する時、アクスムが戦場になる可能性があるとの報告も入ってきております。」
「なんでアクスムなんだ? 地政学的にも全く関係ないではないか?」
スライマンは全く訳がわからないとやり場のない怒りを顕にした。
アクスムの領土は紅海を挟んで東アクスムと西アクスムに別れている。
東アクスムとその北にあるムスリムとの間に戦火があるのなら分かる。
しかし、サラセンとアッシリアは両方とも東アクスムの東にある、アクスムが戦場になる訳がないのである。
「それなんですが、アクスムのインキュバス知事とムスリムのベルゼブブ宰相が不可侵条約を締結し、アクスムが東の領土を放棄すると言う取り決めがなされたそうなのです。」
「それがアクスムが戦場になる事とどう言う関係があるんだ?」
スライマンが疑問を投げかける。
「東アクスムは現在統治者不在となっているのです。そこにアッシリアがサラセンの挟撃を狙って軍隊を送り込んだそうです。」
ホーンはスライマンの疑問に答えるべくアクスム領の現状を説明した。
「東アクスムにはアクスムの国民がまだ多数残っておりますが、不可解なことにインキュバスは東アクスムの住人の市民権を剥奪するとの告知を行ったそうなのです。」
「アクスム市民が戦場に放置されたままと言うことか?」
スライマンは怒りを通り越して、惚けた顔で呟いた。
ジタン商会は材木、食料、衣類、燃料などの資材をギリシャ地方とローマ地方との中間点にあることを利して商売を行っている総合商会である。
その営利団体であるジタン商会がアクスムとムスリムの社会情勢に興味を持つことに疑問を持つ方もいるだろう。
しかし、冒頭で紹介したようにこの商会の会長であるノートン・スライマンは元アクスム王国の高官であり前王の家臣であった。
商会の情報網を私物化している訳ではなく、この商会自体がアクスム王政奪還の隠れ蓑として作られた組織なのである。
「レジスタンスには十分な資金提供をしてきたはずだ、なのに、壊滅状態とはどう言うわけだ?」
スライマンはこのメンバーなら良かろうと、アクスム王政奪還の野望を隠しもせずにホーンに尋ねた。
「どうにも信じられない事なのですが、レジスタンスの中に裏切り者が少なからずいたそうなのです。しかも、その中にハイレ・アクスムも居たと言うのです。」
「ハイレ・アクスムだと?」
ハイレは前王の血縁でもあり裏切る事などあり得ないと誰もが信じていた人物である。
「何で王族が裏切るんだ?しかも、彼はバリバリの復権派だったではないか。」
「本人ではないのではないかと言う噂が流れています。彼はもう死んでしまったとも。」
「分かった、もういい、少しは良い話はないのか?」
スライマンは苛々してして、誰を責めるともなく呟いた。
「報告は以上です。」
ホーンはそれ以上新しい情報もないので、報告を締め括ろうとした。
「バラシオンについての何か新しい情報はないのか?」
「生憎、海の上の事ですので」
ホーンはこれ以上はスライマンの癇癪が爆発すると予感し、早々に退出したいと願いながらそう言った。
「もういい、出て行け」
スライマンが手を振りながら言った。
「それでは、失礼いたします。」
ホーンは『よし!』と内心で安堵しながら答え、退出した。
『今日の一番難しい仕事をこなしたぞ。』
ウィリアム・ホーンは安堵と共に自分の執務室に戻った。
本店の店長ともなれば自店の売り上げ高だけでなく、各支店の経営状況や利益状況を確認しなければならない。
ホーンは各支店長からの書簡一つ一つに目を通していった。
この商会がいくら隠れ蓑だといっても、先立つ物が無ければ活動などできる訳がない。
商才を買われてこの商会の本店を任されたホーンには自分が商会を支えているのだ言う自負心があった。
東アクスム支店 売上高1200リア、営業利益 ~132リア
西アクスム支店 売上高3754リア、営業利益 234リア
(リアは架空の通貨単位、1リアは金貨1枚)
『やはり東アクスムは赤字か、まぁ、仕方がないが』
この東西アクスム支店だけは赤字だろうが経営破綻しようが本店から年間5000リアの資金提供をしなければならない。
この支店はアクスム情勢の情報収拾の拠点なのだ。
『インキュバス知事はさぞかし首を傾げるだろうな。』
しばらく、各支店の報告書類を眺めていて、ホーンはふと目の端に異常な数字を捉えた。
テスタロッサ支店 売上高 3万4509リア、営業利益 1万2097リア
『うそだろ、一桁間違っていないか?』
「クレア、ちょっと来てくれ。」
本店長付け秘書のクレア・ホーンが隣の秘書室から入室して来た。
「お呼びですか? 店長」
「テスタロッサ支店に至急の書簡を送りたい。」
「畏まりました。どのような内容で?」
「グレゴリオ支店長殿
貴殿の支店の四半期の報告を拝見した。
売上高、営業利益ともに通年の10倍を記録している理由を至急お知らせ頂きたく。」
「日付と送り主はそちらで追加してくれ。」
「畏まりました。」
そう言ってクレアは秘書室へ帰っていった。
それから三時間ほど経ってからである。
秘書のクレア・ホーンが店長執務室にノックと誰何の後に入ってきた。
「店長、シブナス・サンタクルズと言う方が面会を求めていらっしゃるのですが。」
「聞かん名だが予約はあったかな?」
「いいえ、飛び込みだと仰ってました。」
ホーンは少し考えてから、
「分かった、会おう。第三会議室へ案内してくれ。」
第三会議室で待っていた男は、金髪、碧眼の如何にも北欧系ですと言わんばかりの美男子だった。
ホーンの入室に合わせてソファーから立ち上がる。
『身長もかなりある。190センチメートルぐらいか?』
「お待たせいたしました。ジタン商会、頭取のウィリアム・ホーンです。本日はどう言ったご用件でお越しになられたのでしょうか?」
とホーンが丁寧に問いかける。
「単刀直入に申します。ハイレ・アクスムを保護しています。」
ホーンはその名を聞いた時の自分の反応が相手に伝わっていないことを願った。
この、サンタクルズという男が何者なのか不明である以上、ジタン商会の正体も、ハイレ・アクスムが我々にとって重要な人物であると言う事も知られてはならない。
「ハイレ・アクスム ですか?」
「それは人でしょうか?」
アクスムという名前はエチオピア地方に多い名前で、この辺りでは使われていない。
下手にそれが人間であると知っている事さえ、相手に知られることを避けたのである。
「元アクスム王国の王族のお一人です。」
サンタクルズはホーンの慎重な受け答えなど気にもせず、ただ事実だけを口にした。
「その王族様は私たちジタン商会と何の関係があるのでしょう?」
ホーンはあくまでも赤の他人だと言い張る。
「そうですか、私の考え違いだったかも知れません。ハイレ様がジタン商会に連絡しろと仰ったものですから、てっきり関係があるものと思ってしまいました。彼も今心神喪失状態ですので覚えている名前を口走っただけだったみたいですね。」
「お時間を取らせて申し訳ありませんでした。私はこれで失礼いたします。」
サンタクルズはそう言って会議室を出て行こうとした。
「ちょっとお待ちください、わざわざおいで頂いたんですから、そのハイレ・アクスムさんの事について詳しくお話しいただけませんか? お力になれるかも知れません。」
『あれ? 私は何を言っているんだ? 部下に玄関まで送らせると言うつもりだったのに。』
「いえ、そんなご迷惑はお掛け出来ません。」
とサンタクルズ。
「そんなことは御座いません、’袖振り合うも多生の縁’と申しましてね、こういう時にこそビジネスチャンスが隠れているんですよ。」
『まただ、私は、残念ですが玄関までお送りしますと言うつもりだった。』
「それでは、ご厚意に甘えさせて頂き、ハイレ・アクスムさんの近況についてお話ししましょう。」
「それは願っても無いことです、ハイレ様は私達にとって貴重なお方。是非とも聞かせてください。」
『ちょっと待て、今ジタン商会とハイレ・アクスムが繋がっていることを吐いてしまったぞ。』
「ハイレ様は今サラセン帝国の為に働いてもらっています。」
とサンタクルズ。
「それは僥倖なことです。一体どのような事をなさっているんですか?」
ホーンはいつしか自分の発言に疑問を持たなくなって来ていた。
「あなたもハイレ様と一緒にサラセンのために働いて下さいますね?」
サンタクルズは徐々にホーンに暗示をかけて行った。
「もちろんですよ。私はサラセンの為に働くことを至上の喜びとしています。
それで、私は何をすればハイレ様に喜んで頂けるんでしょうか?」
ホーンはサンタクルズの指令を心待ちにしていた。
「もうじき、客船バラシオンがベネチアに到着します。バラシオンに乗っているアンドロメダ様とハイレ様をお引き合せしたいのです。ハイレ様は今ベニチア郊外のある邸宅に滞在していらっしゃいます。方法はお任せしますから、そこにアンドロメダ様をお連れください。」
「これが、その住所です。 それと、このことはジタン商会の関係者にはお話にならないようお願いしますね。」
「お引き受け致します。もちろん誰にもこの事は申しません。」
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