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ギリシャ神話編
セイレーンの歌声
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あくる日、ペルセウス達は砂浜に設置された仮設司令塔に集まっていた。
「60名の移住希望者を悟られることなくバラシオンに収容しなければならない。」
ローレンスが口火を切った。
「移住希望者には何も伝えていません。彼らがバラシオンへの撤収に抵抗することは避けられないと思われます。」
クラディウスが言う。
「かと言って希望者ごとに事態を説明していくと、おそらく彼らの態度からあらぬ噂が立ちパニックが発生することも考えられるな。」
とバルハヌ。
「移住希望者達には仮設住居完成パーティを船上で行うと伝えてはどうでしょう? 移住希望者も最後だから参加するだろうし、丘の上の何者かも私たちが浮かれていると油断するかもしれません。」
アンドロメダが意見を述べる。
「さすが、お嬢。いい考えだ。」
バルハヌが嬉しそうに賛成の意を唱える。
仮設住宅の建設は順調だった、この島の気候が温暖であったことも手伝いアラビア風のテントとバラシオンが輸送していた資材を利用したコンロやテーブル、ベッドなどが設置されている。
下水路は共同トイレから河口へ引かれ汚物は海へ投棄された。
上水路はなく、全員が毎日川まで水を汲みに行くことになった。
本格的な建設が始まれば上下水道も完備され快適な生活がおくれる様になるだろう。
まだ、完全に出来上がってはいなかったが外見は整ったため、ローレンスはアンドロメダの意見を採用し仮設住宅完成記念パーティを今夜開くと乗客全員に伝えた。
「本日午後5時からバラシオン特設パーティ会場にて仮設住宅完成記念パーティを開催いたします。」
「バラシオンへの送迎用に2艘のカッター船を解放します。一艘あたり9名まで搭乗可能ですのでどうぞご利用ください。」
移住希望者達は午後3時ごろからちらほらとカッター船でバラシオンに向かい始めた。
「全く、焦らしてくれるぜ。」
アディスがイライラしてつぶやく。
15名定員のカッター船の漕ぎ手を6名に減らしできる限り多くの乗客を運べる様にしたがそのために往復時間が延びてしまい、その事がますます関係者を焦らせた。
移住希望者達は午後5時から開始なら6時ごろに到着しても問題ないとでも考えているのか午後4時を過ぎた時点で10名程度しかバラシオンに到着していなかった。
「パーティ開催を真昼間にすればよかったんだ。」
「それでは、一人も来なかっただろうよ。彼らは夜会しかパーティとは思わない連中だ。」
アディスとムルカンが言い合う。
「焦るな、敵を欺くには先ず味方から、と言うだろう。ここは我慢だ。」
バルハヌが部下をなだめる。
その様子をゴーゴン三姉妹は丘の上の棲家から眺めていた。
「居住区域から何人かが小舟で客船に向かったよ。」メデューサが姉達に話しかける。
「ひょっとして逃げ出そうとしてるんじゃないかい?」とエウリュアレー。
「南の森の件を放っておいたのが裏目に出たかね?」
ステンノーは救援隊が石化した乗客を発見したとのメデューサの報告を聞いていたが次の手を考えあぐねていたのだ。
「メデューサ、ちょっと居住区に紛れ込んで偵察して来てくれないかい?」
ステンノーはなぜ数名の人間がバラシオンに向かったのかを確認して来てくる様にメデューサに告げた。
メデューサは南の森に移動しそこから何食わぬ顔で居住区に入っていった。
カッター船に人が乗り込む所にまで行き、通りがかった乗客の一人に聞く。
「ねぇ、あのお船に乗ってみんなどこに行くの?」
「あれ? なに言ってんだよ、今晩仮設住宅完成記念パーティがバラシオンで開催されるって全員に伝わってたはずなんだけどなぁ。」
「あ、そうか、それでみんなお船に乗ってるのね?」
「他にどうやってバラシオンまで行くってんだよ?」
「あはは、ついうっかり忘れてたわ。」
メデューサはこの情報を姉達に知らせるべく南の森に急いだ。
「仮設住宅完成記念パーティ?」とステンノーが呆れた様に聞く。
「なんともお祭り好きな連中だねぇ。」
「どうするの、これが偽装で一般人をあの船に運ぶのが目的だったら?」
とエウリュアレーが不安を口にする。
「そうなら、そうで、セイレーンの歌声で呼び寄せればいいのさ。」
ステンノーは慌てる様子もなく嘯いた。
バラシオンではパーティのつもりでやって来た乗客に事情を説明しそれぞれの船室に待機してもらっていた。
パーティ会場は不審を招かない様煌々と明かりを灯しダンス音楽を流している。
パラシオン会議室で再び会議が行われている。
「現在バラシオン搭乗者の数は105名です。43名が島に残っているか、または北の森の犠牲者という事になります。」とクラディウスが現状報告をする。
「一方居住希望者は60名のうち57名まで確認できました。」
「南の森の犠牲者の数が不明な為あと何人を待たねばならないのか不明です。」
ローレンスはこの報告を聞いて、今更ながらドージェの主張を退けることが出来なかったことを悔やんだ。
「次のカッター船が到着したら、出航する。」
ローレンスは決断を下した。
「残りの人達を待つ事で犠牲者を増やしてしまったら本末転倒だ。」
「よろしいか?」と全員に異議が無いか尋ねる。
「バラシオンが出航した後もしばらくは俺が島に残って逃げ遅れた人がいないか確認するよ。」
ペルセウスは全員の意見が出る前にローレンスの決断を後押しした。
「バラシオンに戻るれるのか?」
とクラディウスが疑問を投げる。
「それは、問題ない。俺たち三人はペルセウスに助けられたが、どうやってバラシオンに戻ったかを聞いたら腰を抜かすぞ。」
とバルハヌが答える。
「分かった、では次のカッター船が到着したら即時出航するものとする。」
「ペルセウスには逃げ遅れた乗客がいないか現地に残って確認し、居た場合は速やかにバラシオンに連れ帰ってもらう。」
ローレンスは以上を決定し会議を終了した。
カッター船の最終便が到着したのは午後7時30分を過ぎてからであった。
ローレンスは出航準備を乗員に一斉通達した。
ペルセウスは丘の上の何者かに見つからないように海に潜って島まで移動した。
島に到着し砂浜の南の端の岩陰に身を潜める。
そこから居住区、南の森の入り口、そして丘の上を逐次監視する。
客船バラシオンでは慌ただしく出航準備が行われていた。
帆船ではあるがガレー船にもなるので敵に気づかれないよう帆を上げずに出航する事にした。
ガレー船としては左右合計30本の櫂を一本あたり3人で漕ぐ仕様になっているが乗員と乗客の有志の総勢30名でなんとか動かした。
ある程度沖に出ることができれば帆を上げて進むことが出来るのでここは我慢であった。
錨が上げられ、バラシオンは静かに出航した。
丘の上からバラシオンを監視していた三姉妹は客船が逃げ出そうとしていると判断した。
特に慌てることもなく、
「やっぱりパーティは偽装だったようだね。セイレーンの歌声を使うよ。」
ステンノーが妹達に告げた。
バラシオンではローレンス船長が操舵師に面舵を指示し静かに島から遠ざかろうとしていた。
専門の漕ぎ手でない為進行速度は遅いものの確実に島から遠ざかろうとしていた。
「舵戻せ。」
ローレンスは島が完全に背後になったことを確認して指示を出した。
『ここまで来れば、なんとか逃げ切れるだろう。』
こう考え、緊張の糸を緩めた時である。
どこからか歌声が聞こえて来たような気がした。
女性が歌っているようにも聞こえるが、単なる風の音のようにも思える。
この歌声に抗えるものはバラシオンにはいなかった。
操舵師がゆっくりと舵を左に回す。
漕ぎ手達は眠っているようにも見えたが櫂はしっかりと漕いでいた。
バラシオンはゆっくりと島に向かっていった。
やがて、バラシオンは船首が砂浜にぶつかり、それ以上進まなくなった。
搭乗者達は船尾に格納しているカッター船を操作し順序よく乗り込み砂浜を目指した。
ペルセウスが異常に気がついたのは島に帰って来た搭乗者が砂浜を歩いてくるのを見た時である。
全部で18名、カッター船二杯で運べる最大数である。
『なぜ、戻って来たんだ?』
彼らに合流し話を聞いてみる必要があると考えたその時である、突然、丘の上に建物が現れた。
『あれは、隠れていた何者かの棲家か?』
『と言うことは、もう隠れる必要がなくなったと言うことか』
よく見ると、侵入を阻んでいたあの結界も消えていた。
ペルセウスは尋常でない事態が進行していることを悟った。
帰還第1陣は居住区には戻らずそのまま丘を登って行きそれまで行き着くことのできなかった丘の中腹の左の方に集まって立ち尽くした。
その時、丘の上の家から三人の女性が現れ彼らを見下ろす位置に立ったかと思うと、その一人から白い光が彼らに向かって放たれた。
第1陣はみるみる白く変色して行き南の森で見たあの石化人間に変貌していった。
『まずい、あの人たちは何者かに操られていた。おそらく、あの丘の上まで誘導され全員石にされてしまうんだ。』
『第1陣はもう助からない。だが、次からは絶対に阻止してみせる。』
ペルセウスは戦うとしたら、第2陣がまだ来ていない今しかないと考えた。
ペルセウスは三姉妹の前に飛び出した。
「お前達が犯人か。これ以上人々に害を成すことはこの俺が許さん!」
ペルセウスは宣戦布告した。
「とうとう出て来たね、知っているよ。あんたが一番厄介だと言うことはね。」
「行くよ、エウリュアレー、メデューサ」
「待ってました。」
メデューサが例の白い光線をペルセウスに向かって放つがペルセウスはアキレスの盾で難なくその光を弾いた。
メデューサはそれを見て『え? そんな。』と口走った。
ペルセウスは剣にポセイドンの水刃を纏いメデューサに向かって振り切る。
水のカーテンが刃となってメデューサに襲いかかる。
メデューサは咄嗟に南の森のポータルに転移した。
メデューサがいた場所には巨人が大きな鉈を振り落としたような傷が丘の上から50メートルほと広がっていた。
ペルセウスは剣を振り切る瞬間にメデューサが転移したのを確認していた。
『しくじったか?』
『ではこれではどうだ!』
ゼウスの雷撃をまとい今度はステンノーに向けて剣を振るう。
雷雲が瞬時に現れたかと思うと天が割れそこから剛性を持った光がステンノーを襲う。
ステンノーはペルセウスが剣を振るったその瞬間に北に飛んだ。
彼女はあの技を見たことがあった。
『あれは、雷撃?』
『まさか、ゼウスの雷撃を使うものがこの世界にもいるのか?』
「エウリュアレー、聞こえるかい? 引くよ!」
ステンノーとエウリュアレーはメデューサが跳んだポータルに跳んだ。
「逃すか!」
ペルセウスはエーテルの視覚化を行い転移時のエーテルリンクを視認していたのだ。
虚空を蹴って一気にその場所に飛ぶ。
が、しかしそこには誰もいなかった、三姉妹は転移後別のポータルに跳んだようだ。
『見失ったか!』
ペルセウスは念の為に自分の周囲に覚えたての反射結界を張った。
いかなペルセウスであってもあの石化魔法の直撃を受けてしまえばひとたまりもないと思われたからである。
「姉さん!あいつ強いよ!」メデューサが不安そうにステンノーに言う。
「あいつ、ゼウスの雷撃を使いやがった。」とステンノー。
「あれは、前の世界の技のはず。あいつもあの世界からやって来たのか?」
ステンノーはあり得るかもしれないと思いながら疑問を口にした。
「しかもエーテルマスターの匂いがする。やばいよ。」
エウリュアレーが忌々しげに言う。
「ヒュドラを使うよ。魂の数はどのくらいある?」とステンノー。
「南の森に石が35、使い魔が40、北の森に使い魔が35。あと砂浜に18。 全部で128だよ」とメデューサ。
「128か、気づかれる前に殺せればいいけど。」
「エウリュアレー、ヒュドラを嗾けておくれ。」
ペルセウスは砂浜に戻っていた。
帰還第2陣が来てしまっていないか、確認に戻ったのである。
上陸場所を見ると、何も来ていない。
30メートルほど沖にバラシオンがこちらを向いて遠浅の砂浜に乗り上げているのが見えた。
船首に何人かが集まり、こちらを見ているのがわかる。
操られていてはあんな行動はとらないだろう。
先ほどの戦いでその魔法が切れたに違いない。
ペルセウスはまずバラシオンを安全な場所に移動することを考えた。
バラシオンの船首近くまで海の上を一気に駆ける。
「みんな、大丈夫か?」
到着するなり船首に向かって叫んだ。
船首には、ローレンス、クラディウス、バルハヌ、アンドロメダとおなじみのメンバーが此方を見下ろしていた。
ヘシオドスも居る。
「船が砂浜に乗り上げ、ガレーの櫂では動かんのだ。沖へ戻ることができない。」
とクラディウス。
「待っていろ」
ペルセウスはバラシオンの船首のキールを掴んだかと思うと、お得意の馬鹿力で持ち上げ十分な深さのある海域まで押し戻した。
「これでどうだ? しばらく安全な沖まで出ていてくれ。」
「首謀者らしき三人組に出会った。あいつらが石化魔法を使っていた。危険だから下がっていろ。」
ペルセウスは一気にまくし立てた。
「あなたは大丈夫なの? あれで石にされてしまったら元に戻せないんでしょ?」
アンドロメダが心配そうに聞く。
「大丈夫だ、奴らの魔法は俺には効かん。」
「あいつらを放っておくと多くの人が犠牲になる。殺生は嫌いだがあいつらは放っておけない。」
ペルセウスは三人組を殺すと宣言した。
「60名の移住希望者を悟られることなくバラシオンに収容しなければならない。」
ローレンスが口火を切った。
「移住希望者には何も伝えていません。彼らがバラシオンへの撤収に抵抗することは避けられないと思われます。」
クラディウスが言う。
「かと言って希望者ごとに事態を説明していくと、おそらく彼らの態度からあらぬ噂が立ちパニックが発生することも考えられるな。」
とバルハヌ。
「移住希望者達には仮設住居完成パーティを船上で行うと伝えてはどうでしょう? 移住希望者も最後だから参加するだろうし、丘の上の何者かも私たちが浮かれていると油断するかもしれません。」
アンドロメダが意見を述べる。
「さすが、お嬢。いい考えだ。」
バルハヌが嬉しそうに賛成の意を唱える。
仮設住宅の建設は順調だった、この島の気候が温暖であったことも手伝いアラビア風のテントとバラシオンが輸送していた資材を利用したコンロやテーブル、ベッドなどが設置されている。
下水路は共同トイレから河口へ引かれ汚物は海へ投棄された。
上水路はなく、全員が毎日川まで水を汲みに行くことになった。
本格的な建設が始まれば上下水道も完備され快適な生活がおくれる様になるだろう。
まだ、完全に出来上がってはいなかったが外見は整ったため、ローレンスはアンドロメダの意見を採用し仮設住宅完成記念パーティを今夜開くと乗客全員に伝えた。
「本日午後5時からバラシオン特設パーティ会場にて仮設住宅完成記念パーティを開催いたします。」
「バラシオンへの送迎用に2艘のカッター船を解放します。一艘あたり9名まで搭乗可能ですのでどうぞご利用ください。」
移住希望者達は午後3時ごろからちらほらとカッター船でバラシオンに向かい始めた。
「全く、焦らしてくれるぜ。」
アディスがイライラしてつぶやく。
15名定員のカッター船の漕ぎ手を6名に減らしできる限り多くの乗客を運べる様にしたがそのために往復時間が延びてしまい、その事がますます関係者を焦らせた。
移住希望者達は午後5時から開始なら6時ごろに到着しても問題ないとでも考えているのか午後4時を過ぎた時点で10名程度しかバラシオンに到着していなかった。
「パーティ開催を真昼間にすればよかったんだ。」
「それでは、一人も来なかっただろうよ。彼らは夜会しかパーティとは思わない連中だ。」
アディスとムルカンが言い合う。
「焦るな、敵を欺くには先ず味方から、と言うだろう。ここは我慢だ。」
バルハヌが部下をなだめる。
その様子をゴーゴン三姉妹は丘の上の棲家から眺めていた。
「居住区域から何人かが小舟で客船に向かったよ。」メデューサが姉達に話しかける。
「ひょっとして逃げ出そうとしてるんじゃないかい?」とエウリュアレー。
「南の森の件を放っておいたのが裏目に出たかね?」
ステンノーは救援隊が石化した乗客を発見したとのメデューサの報告を聞いていたが次の手を考えあぐねていたのだ。
「メデューサ、ちょっと居住区に紛れ込んで偵察して来てくれないかい?」
ステンノーはなぜ数名の人間がバラシオンに向かったのかを確認して来てくる様にメデューサに告げた。
メデューサは南の森に移動しそこから何食わぬ顔で居住区に入っていった。
カッター船に人が乗り込む所にまで行き、通りがかった乗客の一人に聞く。
「ねぇ、あのお船に乗ってみんなどこに行くの?」
「あれ? なに言ってんだよ、今晩仮設住宅完成記念パーティがバラシオンで開催されるって全員に伝わってたはずなんだけどなぁ。」
「あ、そうか、それでみんなお船に乗ってるのね?」
「他にどうやってバラシオンまで行くってんだよ?」
「あはは、ついうっかり忘れてたわ。」
メデューサはこの情報を姉達に知らせるべく南の森に急いだ。
「仮設住宅完成記念パーティ?」とステンノーが呆れた様に聞く。
「なんともお祭り好きな連中だねぇ。」
「どうするの、これが偽装で一般人をあの船に運ぶのが目的だったら?」
とエウリュアレーが不安を口にする。
「そうなら、そうで、セイレーンの歌声で呼び寄せればいいのさ。」
ステンノーは慌てる様子もなく嘯いた。
バラシオンではパーティのつもりでやって来た乗客に事情を説明しそれぞれの船室に待機してもらっていた。
パーティ会場は不審を招かない様煌々と明かりを灯しダンス音楽を流している。
パラシオン会議室で再び会議が行われている。
「現在バラシオン搭乗者の数は105名です。43名が島に残っているか、または北の森の犠牲者という事になります。」とクラディウスが現状報告をする。
「一方居住希望者は60名のうち57名まで確認できました。」
「南の森の犠牲者の数が不明な為あと何人を待たねばならないのか不明です。」
ローレンスはこの報告を聞いて、今更ながらドージェの主張を退けることが出来なかったことを悔やんだ。
「次のカッター船が到着したら、出航する。」
ローレンスは決断を下した。
「残りの人達を待つ事で犠牲者を増やしてしまったら本末転倒だ。」
「よろしいか?」と全員に異議が無いか尋ねる。
「バラシオンが出航した後もしばらくは俺が島に残って逃げ遅れた人がいないか確認するよ。」
ペルセウスは全員の意見が出る前にローレンスの決断を後押しした。
「バラシオンに戻るれるのか?」
とクラディウスが疑問を投げる。
「それは、問題ない。俺たち三人はペルセウスに助けられたが、どうやってバラシオンに戻ったかを聞いたら腰を抜かすぞ。」
とバルハヌが答える。
「分かった、では次のカッター船が到着したら即時出航するものとする。」
「ペルセウスには逃げ遅れた乗客がいないか現地に残って確認し、居た場合は速やかにバラシオンに連れ帰ってもらう。」
ローレンスは以上を決定し会議を終了した。
カッター船の最終便が到着したのは午後7時30分を過ぎてからであった。
ローレンスは出航準備を乗員に一斉通達した。
ペルセウスは丘の上の何者かに見つからないように海に潜って島まで移動した。
島に到着し砂浜の南の端の岩陰に身を潜める。
そこから居住区、南の森の入り口、そして丘の上を逐次監視する。
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ある程度沖に出ることができれば帆を上げて進むことが出来るのでここは我慢であった。
錨が上げられ、バラシオンは静かに出航した。
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特に慌てることもなく、
「やっぱりパーティは偽装だったようだね。セイレーンの歌声を使うよ。」
ステンノーが妹達に告げた。
バラシオンではローレンス船長が操舵師に面舵を指示し静かに島から遠ざかろうとしていた。
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「舵戻せ。」
ローレンスは島が完全に背後になったことを確認して指示を出した。
『ここまで来れば、なんとか逃げ切れるだろう。』
こう考え、緊張の糸を緩めた時である。
どこからか歌声が聞こえて来たような気がした。
女性が歌っているようにも聞こえるが、単なる風の音のようにも思える。
この歌声に抗えるものはバラシオンにはいなかった。
操舵師がゆっくりと舵を左に回す。
漕ぎ手達は眠っているようにも見えたが櫂はしっかりと漕いでいた。
バラシオンはゆっくりと島に向かっていった。
やがて、バラシオンは船首が砂浜にぶつかり、それ以上進まなくなった。
搭乗者達は船尾に格納しているカッター船を操作し順序よく乗り込み砂浜を目指した。
ペルセウスが異常に気がついたのは島に帰って来た搭乗者が砂浜を歩いてくるのを見た時である。
全部で18名、カッター船二杯で運べる最大数である。
『なぜ、戻って来たんだ?』
彼らに合流し話を聞いてみる必要があると考えたその時である、突然、丘の上に建物が現れた。
『あれは、隠れていた何者かの棲家か?』
『と言うことは、もう隠れる必要がなくなったと言うことか』
よく見ると、侵入を阻んでいたあの結界も消えていた。
ペルセウスは尋常でない事態が進行していることを悟った。
帰還第1陣は居住区には戻らずそのまま丘を登って行きそれまで行き着くことのできなかった丘の中腹の左の方に集まって立ち尽くした。
その時、丘の上の家から三人の女性が現れ彼らを見下ろす位置に立ったかと思うと、その一人から白い光が彼らに向かって放たれた。
第1陣はみるみる白く変色して行き南の森で見たあの石化人間に変貌していった。
『まずい、あの人たちは何者かに操られていた。おそらく、あの丘の上まで誘導され全員石にされてしまうんだ。』
『第1陣はもう助からない。だが、次からは絶対に阻止してみせる。』
ペルセウスは戦うとしたら、第2陣がまだ来ていない今しかないと考えた。
ペルセウスは三姉妹の前に飛び出した。
「お前達が犯人か。これ以上人々に害を成すことはこの俺が許さん!」
ペルセウスは宣戦布告した。
「とうとう出て来たね、知っているよ。あんたが一番厄介だと言うことはね。」
「行くよ、エウリュアレー、メデューサ」
「待ってました。」
メデューサが例の白い光線をペルセウスに向かって放つがペルセウスはアキレスの盾で難なくその光を弾いた。
メデューサはそれを見て『え? そんな。』と口走った。
ペルセウスは剣にポセイドンの水刃を纏いメデューサに向かって振り切る。
水のカーテンが刃となってメデューサに襲いかかる。
メデューサは咄嗟に南の森のポータルに転移した。
メデューサがいた場所には巨人が大きな鉈を振り落としたような傷が丘の上から50メートルほと広がっていた。
ペルセウスは剣を振り切る瞬間にメデューサが転移したのを確認していた。
『しくじったか?』
『ではこれではどうだ!』
ゼウスの雷撃をまとい今度はステンノーに向けて剣を振るう。
雷雲が瞬時に現れたかと思うと天が割れそこから剛性を持った光がステンノーを襲う。
ステンノーはペルセウスが剣を振るったその瞬間に北に飛んだ。
彼女はあの技を見たことがあった。
『あれは、雷撃?』
『まさか、ゼウスの雷撃を使うものがこの世界にもいるのか?』
「エウリュアレー、聞こえるかい? 引くよ!」
ステンノーとエウリュアレーはメデューサが跳んだポータルに跳んだ。
「逃すか!」
ペルセウスはエーテルの視覚化を行い転移時のエーテルリンクを視認していたのだ。
虚空を蹴って一気にその場所に飛ぶ。
が、しかしそこには誰もいなかった、三姉妹は転移後別のポータルに跳んだようだ。
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ペルセウスは念の為に自分の周囲に覚えたての反射結界を張った。
いかなペルセウスであってもあの石化魔法の直撃を受けてしまえばひとたまりもないと思われたからである。
「姉さん!あいつ強いよ!」メデューサが不安そうにステンノーに言う。
「あいつ、ゼウスの雷撃を使いやがった。」とステンノー。
「あれは、前の世界の技のはず。あいつもあの世界からやって来たのか?」
ステンノーはあり得るかもしれないと思いながら疑問を口にした。
「しかもエーテルマスターの匂いがする。やばいよ。」
エウリュアレーが忌々しげに言う。
「ヒュドラを使うよ。魂の数はどのくらいある?」とステンノー。
「南の森に石が35、使い魔が40、北の森に使い魔が35。あと砂浜に18。 全部で128だよ」とメデューサ。
「128か、気づかれる前に殺せればいいけど。」
「エウリュアレー、ヒュドラを嗾けておくれ。」
ペルセウスは砂浜に戻っていた。
帰還第2陣が来てしまっていないか、確認に戻ったのである。
上陸場所を見ると、何も来ていない。
30メートルほど沖にバラシオンがこちらを向いて遠浅の砂浜に乗り上げているのが見えた。
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操られていてはあんな行動はとらないだろう。
先ほどの戦いでその魔法が切れたに違いない。
ペルセウスはまずバラシオンを安全な場所に移動することを考えた。
バラシオンの船首近くまで海の上を一気に駆ける。
「みんな、大丈夫か?」
到着するなり船首に向かって叫んだ。
船首には、ローレンス、クラディウス、バルハヌ、アンドロメダとおなじみのメンバーが此方を見下ろしていた。
ヘシオドスも居る。
「船が砂浜に乗り上げ、ガレーの櫂では動かんのだ。沖へ戻ることができない。」
とクラディウス。
「待っていろ」
ペルセウスはバラシオンの船首のキールを掴んだかと思うと、お得意の馬鹿力で持ち上げ十分な深さのある海域まで押し戻した。
「これでどうだ? しばらく安全な沖まで出ていてくれ。」
「首謀者らしき三人組に出会った。あいつらが石化魔法を使っていた。危険だから下がっていろ。」
ペルセウスは一気にまくし立てた。
「あなたは大丈夫なの? あれで石にされてしまったら元に戻せないんでしょ?」
アンドロメダが心配そうに聞く。
「大丈夫だ、奴らの魔法は俺には効かん。」
「あいつらを放っておくと多くの人が犠牲になる。殺生は嫌いだがあいつらは放っておけない。」
ペルセウスは三人組を殺すと宣言した。
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だったら⋯⋯もう誰にも媚びる必要も、気を使う必要もないでしょう?
だから虚しい希望は捨てて生きるための準備を始めた。
二度目は、自分らしく生きると決めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
いつも稚拙な小説を読んでいただきありがとうございます。
私ごとですが、この度レジーナブックス様より『後悔している言われても⋯⋯ねえ?今さらですよ?』が1月31日頃に書籍化されることになりました~
これも読んでくださった皆様のおかげです。m(_ _)m
これからも皆様に楽しんでいただける作品をお届けできるように頑張ってまいりますので、よろしくお願いいたします(>人<;)
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