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黄昏

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ギリシャ神話編

ドージェ失脚

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クラディウスはペルセウスが言っていた事が真実だと思うようになってた。
移住希望者を観察していると、どの人も丘のある高さまでくると何かを思い出したように丘を降りていくのである。
クラディウスも実際に試してみた。
丘を頂上に向かって歩いていく。
『そろそろだな』そう考えながら登っていくと、『おっと、こんな事をしていて、移住希望者にもしもの事があったらどうするのだ』と考え、丘を降りていった。
しばらくすると、自分が何をしようとしていたのかを思い出す。
何度、試しても同じ結果であった。
明らかに丘の頂上に行かせようとしない何かが存在している。
『ペルセウスは結界が張ってあると言っていたな。』
結界の件が本当なのであれば、何者かの存在も事実である筈だ。

「あの男何者なんだ?」ステンノーが自問する。
あの男が南の森を徘徊している映像は全くなかった。
なのにあのギリギリの瞬間に突然現れて、使い魔達を一瞬にしてほふってしまった。
「現れ方が変ならあの強さも変だ。使い魔をいとも簡単に切り捨てる事の出来る人間など居る訳がない。」
「やはり、気が付いていたんじゃない?」エウリュアレーが言う。
「多分ね。あいつは危険だ、あいつを片付ける事を最優先にするよ。」
そのためには魂が足りない、ステンノーはそう考えた。
「北の森には何人ぐらいの人間が入り込んでいる?」ステンノーは妹達に聞く。
「多分、30人ぐらいね。あそこには宝石の取れる川がないから。」とメデューサ。
「よし、メデューサ、全員石にしてしまいな。魂をできるだけ多くストックするよ。」とステンノー。
それを聞いて嬉しそうに口角を上げるメデューサ。
「それじゃ、早速いってくるわ。」
そういってメデューサはそそくさと出ていった。
それから間も無くして彼女は島の最南端に立っていた。
この森に入り込んでいる人間は仮移住予定者ではなく客船バラシオンに乗船していたその他の乗客が多い。
ベネチアの市民権を持っていない者もこの森に来ている。
一週間後のベネチア税制が施行される前に、出来るだけ多くの宝石を探し出して集めなければならない。
南は獣道が広く入り込みやすいが、獣道の宝石はあらかた採取されており、人々は獣道から外れ道無き道を徘徊して宝石を集めた。
そのため人々は森全体に散らばっており、石に変えてもあまり目立つ事がない絶好の条件となっていた。
メデューサは乗客の一人を装い森の中を歩いた。
人間に出会うと親しそうに、
「どうです、宝石集まりました? 私なんかこの五つだけで」
と話しかけながら近づいていく。
その気になれば広範囲を一気に石に変えてしまう事が出来るのだが、それをすると周りの樹木まで石に変えてしまう。
それが為に、メデューサは出来るだけ人に近づき至近距離から石に変えていくのである。
「いやー、私もまだ20個程度ですよ。北の川だともっと沢山取れるそうだけど、例の猿が沢山生息しているらしくてね。」
「そうですよね。弱いといってもちょっと気持ち悪いし。」
『そろそろ、いいか』
「この先の松の樹の下にアメジストなら沢山転がってましたよ。あまり高くないけど、宝石には違いないしね。」
と言いながらその方向を手で指し示す。
その時、メデューサの目が白く光った。
その光を浴びたその男は足元から石化が始まった。
これもメデューサの手加減が入っている。
足元から石化する時の人の断末魔の顔を見るのがメデューサは大好きなのだ。
「あれ、足が動かない」
「なんだ、これは。かっ、体が。 助けて。助け。たす・・・」
この方法はかなり非効率的ではある。
メデューサはステンノーの指示を思い出して次からはもっと素早くやろうと思うのだった。

クラディウスは北の森からほうほうの体で逃げ帰ってきたバラシオンの乗客とドージェ親衛隊の全員を仮設司令塔に招き事情聴取していた。
「で、大猿の襲撃を食い止める為その場に残ったのはその三名だけと言う事ですか?」
「そうだ、そのリーダは親衛隊も全員そこに残って我々だけ逃がすつもりだったようだが、親衛隊の連中はその指示を無視して我々より先に逃げ出したんだ。」
「なるほど、守るべき市民を置き去りにして逃げ出したと?」
「その通り、普段はあんなに偉ぶってるくせにいざとなったら我先に逃げ出すんだから、御里が知れるとはこの事だ、今後親衛隊の言う事など何にも聞かんぞ」
「ところで、残った三名は帰ってきたのですか?」
「いや、それ以後姿は見てないな。やられてしまったんじゃないか? だけど、我々がここに生きて居ると言う事は食い止める事は成功したんじゃないか?」
「その三名の名前はわかりますか?」
「すまん、わからない。」
「親衛隊隊長、フランコ殿はその三名の名前をご存知ですか?」
フランコは自分が乗客を置いて逃げてしまった事実をどうやったら無かった事にできるかを必死に考えていた。
あの三人が誰だかを知ってはいたが、彼らが生きて居るとは思えなかった。
乗客の証言も彼らを特定するには曖昧なものが多い。
このままその三人が誰なのか分からなければ、乗客の言い分を「根拠のない言いがかり」として退けてしまう事が出来るのではないかと考えた。
「いや、そんな三人がいた事も知らなかった。」
フランコはそう答えて三人の存在を有耶無耶にしてしまう布石を打った。
「そもそも、親衛隊が乗客を置いて自分達だけ逃げ出すと言うような事があるわけがない。事実、あそこに居た乗客は全員無事だったのに、わが親衛隊は4人も犠牲者を出しているんだ。」
フランコは川辺で殺された親衛隊の数名を逃走時に残って時間を稼いだ勇気ある隊員だと主張することを画策していた。
さっき証言していた乗客の一人を指して、「その方の言い分は根拠のない言いがかりだ。我々親衛隊に恨みでもあるのではないか?」と付け加えた。
クラディウスは『これは長引くな』と内心で思った。
証言が食い違い、事情聴取を一旦保留にするか、と考えていた矢先に、部下の一人から報告が入ってきた。
「隊長! 南の森から誰一人帰ってきていないとの報告が入りました。現在三十名ほどの乗客が南の森に出向いて居るはずですが、この時間になっても、一人も帰ってきていないそうです。」
クラディウスは『北のように何か起こったか?』と嫌な予感を感じた。
「あの森で遭難する事はそうはないだろう。であれば、北と同じように危険生物による災害である可能性が高い。今日はもう暗くなっている、慌てて捜索隊を組織して送り出しても、2次被害が発生する可能性の方が高い。」
「明日、日が昇ってから捜索隊を送った方が最終的には被害が少なくて済むだろう。被害者の方たちには申し訳ないが。」
『第一次調査隊が危険だと判断したのにも関わらず、それを覆して安全宣言をしたドージェ執政官とその親衛隊には責任と取ってもらわねばならんな。』
口には出さなかったが、クラディウスはドージェに対する不信感を隠しもせず考えた。
「親衛隊のフランコ殿、貴殿に捜索隊の指揮を取っていただきたい。今すぐとは言わん。明日の朝までに十分英気を養い、早朝1番に出発していただく。」
『先ずは、この嘘つき親衛隊どもだ。』クラディウスはそう思いながら、親衛隊隊長のフランコに指令を出した。
「待ってくれ、我々は北の森での逃避行動で疲れきっている。他の部隊で編成してほしい。」
『あんな恐ろしい目に遭うのは二度と御免だ。』
フランコはあの大猿の事を思い出しながら、必死で司令撤回を申し入れた。
「そうは見えないが? この状況はお主らが安全宣言をした事に端を発している。責任を取るのは当たり前ではないか?」とクラディウス。
「我々はドージェ執政官の親衛隊である。お主とは指示系統が違う。簡単に承諾するわけにはいかん。ドージェ執政官立ち会いの元今後の行動方針を決めていただきたい。」
フランコはドージェ執政官の立ち会いを強硬に主張した。
クラディウスは不承不承明日の早朝に対策会議を開く事とした。

次の日の早朝、南の状況は放置したままである。
一方、船長のローレンス、その部下クラディウス、バルハヌの代理としてアンドロメダ、マスカラム、ガネットの五名とドージェ執政官、フランコ親衛隊隊長の二名、計七名で対策会議が行われていた。
喫緊きっきんの課題は南の森に送る救助隊の編成をどうするかです。これは一刻を争います。」
クラディウスが口火を切る。
「昨日、親衛隊隊長のフランコ殿に捜索隊を組織し南の森に出向くよう依頼したのですが、司令系統が違うと言う理由で断られました。ドージェ執政官、改めて司令して頂けますか?」
「フランコ隊長率いる親衛隊は昨日の北の森事件で獅子奮迅の活躍をし、見事乗客から一人も犠牲者を出す事なく生還する事に成功した。これは親衛隊達に只ならぬ困難を敷いたに違いない。その親衛隊に休息を与える事なく今度は南の森に赴けと言うのかね? 君たちの常識を疑わざるを得んな。」
「乗客の証言では親衛隊は乗客達を見捨て我先に逃げ出したと言っていますが、それはどう説明しますか?」
クラディウスが昨日の事情聴取にしたがって反論する。
「そんな事をすれば、今頃生きている乗客は居なかったはずだ。その乗客は親衛隊に何らかの恨みがあり、そのような根も葉もない虚偽の証言をしたのだろう。」
ドージェも負けていない。
おそらく、事前にフランコから事情聴取の様子を聞いていたのだろう。
「乗客および親衛隊の命が助かったのは、身を呈して大猿達の追撃を阻止した三名の戦士のお陰だと乗客達の殆どが証言しておりますが?」
「その三名は我が親衛隊の四人の犠牲者の内の三人だ。彼らは身を呈してあの大猿達の追撃を防いでくれたのだ。」
とフランコは抜け抜けと嘘の証言をした。
あの三人、バルハヌ、ムルカン、アディスの三人はあの状況で生きていられる筈がない、証拠は無いんだ、この線で押せば逃げ切れる。
フランコは内心でほくそ笑んだ。
「ところで、本日の会議に「ソロモンの至宝」のメンバーである、バルハヌ、ムルカン、アディスの三名が出席していませんが、その三人の戦士と人数が合うと思いませんか?」
ローレンスがクラディウスの機先を制してそう発言する。
「大方、臆病風に吹かれて逃げ回っておるのではありませんかな? ひょっとしたら森であの大猿と出くわし今頃三人とも殺されてしまっているかもしれませんな。」
とドージェがうそぶく。

「ほー、この私があんな猿どもに後れを取ると?」
その時、ドアの向こうからバルハヌの声がした。
マスカラムとガネットが急いでドアまで走り寄り観音開きにドアを開ける。
そこには、バルハヌ、ヌルカン、アディスの三人とその後ろにペルセウスとヘシオドスが立っていた。
バルハヌはその足でフランコの所までやって来た。
「フランコ、立て、この場でお前を敵前逃亡の罪で処刑してやる。」
冷たく言い放つバルハヌ。
「待ってくれ、違うんだ。」
そう言いながら席を立ち後退するフランコ。
「何が違うんだ?」バルハヌが問う。
突然の三人の登場にフランコはパニックに陥った。
バルハヌらが死んだ事が前提のフランコの作り話は本人の登場で瓦解してしまった。
思わず、違うんだ、と叫んだもののフランコには次の言葉が出てこなかった。
「お前がこれほどの卑怯者だったとはな」とバルハヌ。
「お前たちでも生き残れる筈がない。なんで、生きてるんだ?」とフランコが剣に手をかけて聞く。
「ペルセウスが応援に駆けつけてくれた、九死に一生を得たよ。」
「ペルセウスと言えども、あんな化け物に勝てる筈ない。お前達はあの大猿とグルだな?」
フランコは妄想を膨らまし、剣を抜いた。
「くだらん、こいつはあくまで自己保身しか考えんようだな。」とバルハヌ。
「ペルセウス、悪いが、お前の実力をこいつに見せてやってはくれんか?」
ペルセウスは一瞬、躊躇したが諦めたように首肯しフランコに無防備に近づいていく。
「ちっ、近づくな、この裏切り者め。」フランコはあらぬ疑いをペルセウスにまでかけて言う。
ペルセウスはフランコの構えた剣に対してケラウノスを一閃した。
次の瞬間フランコの剣の切っ先が真っ二つに切り裂かれ、床に落ちてゴトと思い音を立てる。
その時ペルセウスはすでにケラウノスを鞘に収めていた。
それまでペルセウスの剣技を見た事のなかったローレンス、クラディウス、ドージェ、フランコは何が起こったのか理解するのに数秒を要した。
「ペルセウスの剣が神剣だと言うのは本当だったのか。」ローレンスが驚いた口調で言う。
「すごい!これならあの猿を一刀両断にしても不思議じゃないな。」とクラディウス。
「さて、俺たちがあの猿どもとグルだと言う冤罪えんざいはこれで晴れたかな?」
バルハヌはフランコの糾弾を続けた。
「ところで、お前は『あんな化け物に勝てる筈ない』といったが、二次調査ではあの猿どもは臆病で弱いといってなかったか?」
「その報告が元で危険極まりないあの森へ一般市民を送り込む事になってしまった。これは重大な職務怠慢だ。敵前逃亡と合わせて市民権を剥奪されても文句は言えんのじゃないか?」
「私、ローレンス・カサノヴァは客船バラシオンの船長の権限において執政官ドージェ・ロレダンと親衛隊隊長フランコ・ボルドンの二名をこの場で逮捕します。」ローレンスが告げる。
「なぜ、私が逮捕されねばならんのだ? 私は何もしておらんだろ。やめんか!」
腕を掴まれたドージェは怒気をはらんで喚く。
「あなたはすでに職権乱用で元老院に起訴されています。今回の安全宣言で一般市民を危険に陥れた罪もこれから立件されるでしょう。」
とローレンスが告げた。

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