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ギリシャ神話編
アンドロメダの事情
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船室は思っていた以上の広さだった。ヘシオドスとペルセウスはそれぞれ個人用の客室を与えられヘラの肖像画はペルセウスの部屋に飾った。
「ヘラ様 今日ヴェネチアに向けて出航しました。到着は二週間後の予定です。」
ヘラの肖像画は講義以外の時に特に話すことがなければヘラの顔が生気をまとう事はなかった。
しかし、今日はヘラも船の旅に興味があるらしく、久しぶりに通信を開始する。
「船の旅、楽しそうね。私も甲板で海の風を受けてみたいわ。」
「何時でもいらして下さい。私とヘシオドスで誰にも見つからない様取り計らいますから。」
「その内、お願いするかもしれないわね。」
「でも、その前に『ソロモンの至宝』の事で確認しておきたい事があるのよ。ヘシオドスも呼んで来てちょうだい。」
ペルセウスは隣の部屋に行ってヘシオドスを呼んで来た。
「さて、ヘシオドス、ペルセウス。あなた達『ソロモンの至宝』と組んでいて何か感じなかった?」
「俺にはアンディがみんなからすごく大事にされている様に映ったよ。」
ヘシオドスがそう感想をのべる。
「アンディは全員に守られています。それに、あの陣形は一介の賞金稼ぎのそれではありません。正規の訓練を受けた戦闘集団の様に思えてなりません。」
「流石に鋭いわね。私の所見も同じよ。」
「彼らはおそらく元近衛隊または軍隊。アンディはその国の王族または有力な貴族だと思うわ。そして女性二人はアンディの侍女ね。」
「ヘシオドス、船の上で勝手が違うかも知れないけど、最近お家騒動のあった王家がないか調べてもらえないかしら。」
「分かりやした、この船は乗客が結構多いんで噂話を集めてみます」とヘシオドス。
「ペルセウスはアンディに近づけない?」
「近づく、と申しますと?」
「つまり、ねんごろになれってことさね」とヘシオドスが横槍を入れる。
「おっ、俺はヘラ様」
「前にも言ったわね。あなたは少し実直すぎるわ。たくさんの女性と付き合ってみなさい。そうすれば、あなたの男としての魅力もどんどん増していくわよ。」
「分かりました、努力してみます。」ペルセウスはそれがまるで学校の課題の様に答えた。
しかし、近づくと言っても何をキッカケにすれば良いものか、経験不足のペルセウスには皆目見当もつかなかった。
ヘシオドスは船内の共同食堂に来ていた、ヘラからの要望に応えるべく色んな乗客と楽しそうに話す。
ペルセウスにヘシオドスの一割も人付き合いの良さがあったら、アンドロメダなどイチコロなんだろうが。
そのペルセウスは甲板に出て海風に当たっていた。
ヘラがそうしたいと言った事を自分でも体験してみたいと思ったのである。
帆船である客船パラシオンは船を漕ぐ音も駆動元の音もしない。
ただ、時折風の方向が変わるごとに帆船のブームの角度を変える軋んだ音が聞こえてくるのみである。
風に乗ると言うことは人が作り出す人工物が自然と一体になる数少ない事例なのだと言う事を改めて感じる。
まだ陸が近いせいかカモメの群れがバラシオンの周りをゆっくりと旋回しながら追って来る。
人の気配があると絶対によってこない野生のカモメもバラシオンが自然と一体化していることに気が付いている様であった。
「あなたも夕涼み?」
突然、背後から話かけられた。振り向くと戦闘服から夜会用ドレスに着替えたアンドロメダが立っていた。
「アンディ、いや、船の旅というものは初めてでね。珍しくて甲板を物色していたんだよ。」
「この船の乗りごごちはどう? この客船は私の知り合いが運営している船会社の所有でね。格安で利用させてもらってるの。」
「気持ちがいいよ、特に自然との一体感がね。」と言って空を見上げる。
そこにはもう夕暮れだというのにまだ数匹のカモメが旋回していた。
「自然との一体感だなんて、そんな物言いをする人は初めてよ。」
「俺は田舎もんなんだ、政治や錬金術なんかより自然の方がよっぽど相性がいい。」
「ふふふ、その様ね。 ところで、もうすぐ夜会が始まるわ、あなたも招待されている筈だけど、どうするの?」
ペルセウスはすっかり失念していた。
あまり興味がないので仕方がないが、先ほどのヘラの言葉が脳裏をよぎる。
「こんな格好でもいいかな? 一張羅で他に服を持っていないんだよ。」
「戦闘服で出る人も多いわよ。問題ないんじゃない?」
「それなら、参加してみようかな。」
ペルセウスは部屋に戻りせめても甲冑ぐらいは取り外すことにした。
ただし剣は帯刀しておく。ヘシオドスも部屋に帰ってきている様子だったので彼を誘って甲板から1階下のパーティ会場に向かう。
二人が会場に入ると乗客が一斉に二人を見る。
気のせいか女性の視線がペルセウスに張り付いて離れない。
彼は気がついていないが、ペルセウスはかなりの美形でしかもスタイルも抜群なのである。それを鼻にかける様子もないため、尚一層女性たちの関心を集めた。
『ソロモンの至宝』一行を見つけそちらに合流する。
「よう、来たなハンサム君」とバルハヌ。
「紹介しようこの船の船長ローレンスだ。
ちょうどお前の事を話していたところなんだ。」
「初めまして、ローレンスと言います。あなたがペルセウスさんですね? なんでも神剣をお持ちとか? その腰に差している剣ですか? よろしかったらちょっと見せていただけませんか?」
「そう、誰にでも簡単に持たせる物でもないので。それに俺が認めた人間でないと重くて持てないと思いますよ。」
「私はまだ認めてもらえない。 と?」
「まぁ、初対面なんで」
ペルセウスは歩いてきた給仕のトレイからワイングラスを受け取り口にしながら答える。
「重くなると言う事にも大変興味があります。試しに持たせてもらえませんか? すぐにお返しします」
ペルセウスは剣を鞘ごと腰から抜き、ローレンスに手渡す。
途端にローレンスが前のめりに倒れ、剣を手放す。
ペルセウスは剣を軽々と持ち上げ、再び腰に差す。
「こう言うわけです」とペルセウス。
「素晴らしい! 単なる比喩だと思っていましたが、本当なんですね。」
アンドロメダはそれを興味深そうに見ていた。
『そういえば祝勝会の時あの剣を私は持ったけど全然重く感じなかった。彼に信用されていると言うことか』
「興味深いことを聞いたわ。祝勝会のときその剣を見せてもらったけど、私は簡単に持てたわ。」
「一緒に戦った仲間だからね。」
「なんだ、そう言うこと?」アンドロメダの意味深な質問。
「私にも触らせてください」とガネット。
お忘れの方のためにガネットは『ソロモンの至宝』の女性メンバーの一人である。
続いてマスカラムも持たせてくれと言いだす。
二人の侍女はアンドロメダの気持ちを察し自分たちも一緒に戦った仲だから持てる筈、そうでなければ。・・・・
ペルセウスは断ろうとしたがガネットが強引に腰から剣を引き抜く。
抜こうとしたのだが、重くてビクともしない。
続いてマスカラムも。
やはり重くて持てない。
「これはどう言うことですか? ペルセウス」とガネット。
「私達もあなたと一緒に戦いましたよ。なのに重くて全然持てないじゃないですか」
ペルセウスは返す言葉に絶句する。
すかさずヘシオドスが助け舟を・・・・だす。
「そりゃあんた、アンディとあんた達じゃねぇ」
『おい、それ助け舟になってないぞ』ペルセウスは心の中でヘシオドスに毒づいた。
「ふーん」ガネットとマスカラムの見事なハーモニー。目が据わっている。
『ナイス、サポート』アンドロメダが目で二人に『よくやった』と合図を送る。
二人は報われた。
「私もあなたを信頼しているわ。今時珍しい朴念仁だってね。どう? 夜会はまだまだ長い、あっちの席にすわって飲みましょうよ。」
アンドロメダはいつになく積極的にペルセウスを誘う。
一連の会話を聞いていたバルハヌもローレンスもなぜか満足そうに薄笑いを浮かべていた。
ペルセウスは「いいね」と答えて二人でその席に向かった。
会場内の空気が一瞬変わる。なぜか乗客のほとんどが二人に視線を送っているのだ。
二人が美男美女のカップルだからだろうか?
あるいはアンドロメダが何か特別な女性だからだろうか?
おそらく両方とも正しい。
「あなたどこの出身なの?」
「一応テッサリアという事になってる。」
「なにそれ?」
「実は俺は十歳の頃ヘシオドスに拾われたんだ。以来ヘシオドスが俺の親代わりなんだが、それ以前の記憶が無いんだ。」
「じゃあ、本当の歳もわからないのね?」
「そう言う事になるな、誕生日は一応俺とヘシオドスが出会った日にしてるけどね。」
「そうなの、なんか可哀想な生い立ちね。」
「そうでもないぞ、俺はヘシオドスに拾われて結構よくしてもらっている。」
「で、君はどうなんだ? 出身とか歳とか」
「アクスムていう国は知ってる? 私はそこで生まれた。歳は今年で22よ。」
「俺と10違いか」
「まあ、そういう事にしときましょうか」ペルセウスの実際の歳がわからないのにこれ以上この話題を引っ張っても仕方がない。
「あなた、ゼウスの加護は受けていないって言ってたじゃない? でもあの剣はあなたの事を守っている。なんで守られてるの?」
『痛いところを突いてくるな』ペルセウスは苦々しく思った。
あの剣の技は全てペルセウス自身の力であって剣の力ではない。
だが、それを言ってしまうと彼がエーテルバチュラーだという事について詳しく説明しなければならなくなる。
そもそもエーテルの存在を知ったのはヘラのおかげで、その事について他言するなと言われている。
彼はヘラが彼の守護者だと言う線で話を作る事にした。
「加護されているかどうかはわからないんだが、俺はオリュンポスの12神が一柱のヘラ様に懇意にしてもらっている。」
「ヘラ? ゼウスの正妻と言われている神様?」
「そうだ、ギリシャで縁があって、それ以後色々助けて頂いているんだ。」
「ヘラ様が言うには、俺には素質があるらしい。だから、まあ、色々教えてもらっている。」
「何の素質?」
「笑わないで、聞いてくれよ。 英雄の素質だってよ。」
「・・・・、笑わないわ。あの戦いを見たら、確かに英雄にふさわしいもの。」
「だがなぁ、英雄って職業じゃないだろ。俺は何をしたらいいのか正直わからないんだ。ひょっとしたら、何か使命があるのかもしれないが、今はそれが何なのかわからない。」
「それで、強くなる修行をしていると言うわけね。仕官を目指しているって言ってたけど、将来神様に仕えるかもしれないのね?」
「多分ね」
「なんか、すごい運命ね。10歳で記憶をなくし、大人になったら神に見染められ、将来は英雄として何かをなす。」
「ヘラ様はあなたに何を見たのかしらね。」
アンドロメダのその一言を聞いてペルセウスは何か落ち着かない気分になってきた。
確かに、ヘラ様は俺に何をさせたいのか。
俺の中に何の可能性を見出したのか?
よくよく考えるとそう言った事は一切教えられていない。
「私も、ヘラ様にあってみたい」アンドロメダはそう呟いた。
「俺の事ばかりだな、今度は君のことを聞かせてくれよ。」
「私はただの賞金稼ぎの一員よ」
「それは、嘘だな」ペルセウスは断言する。
「『ソロモンの至宝』の戦い方。あの陣形の素早い切替は一介の賞金稼ぎのものじゃない。正規の訓練を積んだ、例えば近衛兵や正規軍の動きだ。」
「それに、メンバーの全員がアンドロメダ、君を守るように陣形を組んでる」
「君は一体何者なんだ?」
「英雄の卵ともなると、そんなことも分かっちゃうのね」
アンドロメダは少し躊躇した後、意を決したように言う。
「私はソロモンとシバの女王の末裔、アクスム王国の正当継承者。」
「やっぱり、お姫様か」
「一年ほど前のことよ、私たちアクスム王国とムスリム国とは親密ではないけれど、長い間友好的に国交を続けてきていたわ。そこにサラセン帝国の間者が暗躍してこの二国間に修復できない亀裂を生み出したの。そしてアクスムとムスリムが戦争、私の父と母はその犠牲となり死んでしまった。国を維持するために代理で国を治めたのが当時の宰相インキュバスだった。」
「でもこのインキュバスが食わせ物で、最初からサラセン帝国と結託して、アクスムとムスリムを仲違いさせ王族を排除するのが目的だったようなの。今ではアクスムはサラセン帝国の属国に成り下がり、インキュバスが統治しているわ。」
「私もインキュバスの手の者に殺されかけた。その時近衛隊長のバルハヌと侍女のマスカラムが数名の部下を連れて私を助け出し王都を脱出したの。」
「当初10名ほどいたバルハヌの部下たちは今では、ムルカンとアディスの二人になってしまった。侍女も三人いたのだけど、逃亡の途中で私を助けるために一人が死んでしまった」アンドロメダは目にうっすらと涙をためながらこれまでの出来事を話していった。
雰囲気が大分湿っぽくなってきた。
「王権を取り戻す当てはあるのか?」
「インキュバスはアクスムで恐怖政治を敷いている。そこに住む多くの民がソロモンの血を引く私を正当な元首と認めているわ。インキュバスとその配下さえ倒せれば復権は可能だと思っているわ」
「ただ、インキュバスの配下が数千名おり彼らが国政を牛耳っているの。それに、インキュバスがあなたのように不思議な技を使うのよ。あなたのように剣で戦うわけではないけど、嫌がる人たちを思い通りに動かしたり、天気を自由に変えたり。まるで魔法のような事が出来るのよ。」
『オリュンポスの神々と同じようなことが出来る別のグループがいるのでは?』
ペルセウスはアンドロメダの話を聞いてそう考えた。
ヘラ様にご報告せねば。
ペルセウスは一つの決断を下す。
「今日はもうヘラ様への祈りは終わってしまったから、明日の晩になるけど、その時、君も同席してくれないか? ヘラ様に今の話を相談してみよう。」
「え? でもあなた達を私たちの問題に巻き込んでしまっていいの?」
「必ずしも他人事と言い切れないんだよ。そのインキュバスという男、不思議な力を使うと言っていたよな。ひょっとしたらヘラ様達と同族かもしれない。オリュンポスの神々は人間に危害を加えることを好まないんだ。でも、そうじゃない一族もいると聞いている。」
「私たちを助けてくれるの?」アンドロメダは目を潤ませてペルセウスに問う。
「こんな話を聞いて黙っていられる訳がない。ヘラ様がどう言おうと俺は手を貸すつもりだ」ペルセウスはなぜか高揚感を覚えてそう答えた。
「ヘラ様 今日ヴェネチアに向けて出航しました。到着は二週間後の予定です。」
ヘラの肖像画は講義以外の時に特に話すことがなければヘラの顔が生気をまとう事はなかった。
しかし、今日はヘラも船の旅に興味があるらしく、久しぶりに通信を開始する。
「船の旅、楽しそうね。私も甲板で海の風を受けてみたいわ。」
「何時でもいらして下さい。私とヘシオドスで誰にも見つからない様取り計らいますから。」
「その内、お願いするかもしれないわね。」
「でも、その前に『ソロモンの至宝』の事で確認しておきたい事があるのよ。ヘシオドスも呼んで来てちょうだい。」
ペルセウスは隣の部屋に行ってヘシオドスを呼んで来た。
「さて、ヘシオドス、ペルセウス。あなた達『ソロモンの至宝』と組んでいて何か感じなかった?」
「俺にはアンディがみんなからすごく大事にされている様に映ったよ。」
ヘシオドスがそう感想をのべる。
「アンディは全員に守られています。それに、あの陣形は一介の賞金稼ぎのそれではありません。正規の訓練を受けた戦闘集団の様に思えてなりません。」
「流石に鋭いわね。私の所見も同じよ。」
「彼らはおそらく元近衛隊または軍隊。アンディはその国の王族または有力な貴族だと思うわ。そして女性二人はアンディの侍女ね。」
「ヘシオドス、船の上で勝手が違うかも知れないけど、最近お家騒動のあった王家がないか調べてもらえないかしら。」
「分かりやした、この船は乗客が結構多いんで噂話を集めてみます」とヘシオドス。
「ペルセウスはアンディに近づけない?」
「近づく、と申しますと?」
「つまり、ねんごろになれってことさね」とヘシオドスが横槍を入れる。
「おっ、俺はヘラ様」
「前にも言ったわね。あなたは少し実直すぎるわ。たくさんの女性と付き合ってみなさい。そうすれば、あなたの男としての魅力もどんどん増していくわよ。」
「分かりました、努力してみます。」ペルセウスはそれがまるで学校の課題の様に答えた。
しかし、近づくと言っても何をキッカケにすれば良いものか、経験不足のペルセウスには皆目見当もつかなかった。
ヘシオドスは船内の共同食堂に来ていた、ヘラからの要望に応えるべく色んな乗客と楽しそうに話す。
ペルセウスにヘシオドスの一割も人付き合いの良さがあったら、アンドロメダなどイチコロなんだろうが。
そのペルセウスは甲板に出て海風に当たっていた。
ヘラがそうしたいと言った事を自分でも体験してみたいと思ったのである。
帆船である客船パラシオンは船を漕ぐ音も駆動元の音もしない。
ただ、時折風の方向が変わるごとに帆船のブームの角度を変える軋んだ音が聞こえてくるのみである。
風に乗ると言うことは人が作り出す人工物が自然と一体になる数少ない事例なのだと言う事を改めて感じる。
まだ陸が近いせいかカモメの群れがバラシオンの周りをゆっくりと旋回しながら追って来る。
人の気配があると絶対によってこない野生のカモメもバラシオンが自然と一体化していることに気が付いている様であった。
「あなたも夕涼み?」
突然、背後から話かけられた。振り向くと戦闘服から夜会用ドレスに着替えたアンドロメダが立っていた。
「アンディ、いや、船の旅というものは初めてでね。珍しくて甲板を物色していたんだよ。」
「この船の乗りごごちはどう? この客船は私の知り合いが運営している船会社の所有でね。格安で利用させてもらってるの。」
「気持ちがいいよ、特に自然との一体感がね。」と言って空を見上げる。
そこにはもう夕暮れだというのにまだ数匹のカモメが旋回していた。
「自然との一体感だなんて、そんな物言いをする人は初めてよ。」
「俺は田舎もんなんだ、政治や錬金術なんかより自然の方がよっぽど相性がいい。」
「ふふふ、その様ね。 ところで、もうすぐ夜会が始まるわ、あなたも招待されている筈だけど、どうするの?」
ペルセウスはすっかり失念していた。
あまり興味がないので仕方がないが、先ほどのヘラの言葉が脳裏をよぎる。
「こんな格好でもいいかな? 一張羅で他に服を持っていないんだよ。」
「戦闘服で出る人も多いわよ。問題ないんじゃない?」
「それなら、参加してみようかな。」
ペルセウスは部屋に戻りせめても甲冑ぐらいは取り外すことにした。
ただし剣は帯刀しておく。ヘシオドスも部屋に帰ってきている様子だったので彼を誘って甲板から1階下のパーティ会場に向かう。
二人が会場に入ると乗客が一斉に二人を見る。
気のせいか女性の視線がペルセウスに張り付いて離れない。
彼は気がついていないが、ペルセウスはかなりの美形でしかもスタイルも抜群なのである。それを鼻にかける様子もないため、尚一層女性たちの関心を集めた。
『ソロモンの至宝』一行を見つけそちらに合流する。
「よう、来たなハンサム君」とバルハヌ。
「紹介しようこの船の船長ローレンスだ。
ちょうどお前の事を話していたところなんだ。」
「初めまして、ローレンスと言います。あなたがペルセウスさんですね? なんでも神剣をお持ちとか? その腰に差している剣ですか? よろしかったらちょっと見せていただけませんか?」
「そう、誰にでも簡単に持たせる物でもないので。それに俺が認めた人間でないと重くて持てないと思いますよ。」
「私はまだ認めてもらえない。 と?」
「まぁ、初対面なんで」
ペルセウスは歩いてきた給仕のトレイからワイングラスを受け取り口にしながら答える。
「重くなると言う事にも大変興味があります。試しに持たせてもらえませんか? すぐにお返しします」
ペルセウスは剣を鞘ごと腰から抜き、ローレンスに手渡す。
途端にローレンスが前のめりに倒れ、剣を手放す。
ペルセウスは剣を軽々と持ち上げ、再び腰に差す。
「こう言うわけです」とペルセウス。
「素晴らしい! 単なる比喩だと思っていましたが、本当なんですね。」
アンドロメダはそれを興味深そうに見ていた。
『そういえば祝勝会の時あの剣を私は持ったけど全然重く感じなかった。彼に信用されていると言うことか』
「興味深いことを聞いたわ。祝勝会のときその剣を見せてもらったけど、私は簡単に持てたわ。」
「一緒に戦った仲間だからね。」
「なんだ、そう言うこと?」アンドロメダの意味深な質問。
「私にも触らせてください」とガネット。
お忘れの方のためにガネットは『ソロモンの至宝』の女性メンバーの一人である。
続いてマスカラムも持たせてくれと言いだす。
二人の侍女はアンドロメダの気持ちを察し自分たちも一緒に戦った仲だから持てる筈、そうでなければ。・・・・
ペルセウスは断ろうとしたがガネットが強引に腰から剣を引き抜く。
抜こうとしたのだが、重くてビクともしない。
続いてマスカラムも。
やはり重くて持てない。
「これはどう言うことですか? ペルセウス」とガネット。
「私達もあなたと一緒に戦いましたよ。なのに重くて全然持てないじゃないですか」
ペルセウスは返す言葉に絶句する。
すかさずヘシオドスが助け舟を・・・・だす。
「そりゃあんた、アンディとあんた達じゃねぇ」
『おい、それ助け舟になってないぞ』ペルセウスは心の中でヘシオドスに毒づいた。
「ふーん」ガネットとマスカラムの見事なハーモニー。目が据わっている。
『ナイス、サポート』アンドロメダが目で二人に『よくやった』と合図を送る。
二人は報われた。
「私もあなたを信頼しているわ。今時珍しい朴念仁だってね。どう? 夜会はまだまだ長い、あっちの席にすわって飲みましょうよ。」
アンドロメダはいつになく積極的にペルセウスを誘う。
一連の会話を聞いていたバルハヌもローレンスもなぜか満足そうに薄笑いを浮かべていた。
ペルセウスは「いいね」と答えて二人でその席に向かった。
会場内の空気が一瞬変わる。なぜか乗客のほとんどが二人に視線を送っているのだ。
二人が美男美女のカップルだからだろうか?
あるいはアンドロメダが何か特別な女性だからだろうか?
おそらく両方とも正しい。
「あなたどこの出身なの?」
「一応テッサリアという事になってる。」
「なにそれ?」
「実は俺は十歳の頃ヘシオドスに拾われたんだ。以来ヘシオドスが俺の親代わりなんだが、それ以前の記憶が無いんだ。」
「じゃあ、本当の歳もわからないのね?」
「そう言う事になるな、誕生日は一応俺とヘシオドスが出会った日にしてるけどね。」
「そうなの、なんか可哀想な生い立ちね。」
「そうでもないぞ、俺はヘシオドスに拾われて結構よくしてもらっている。」
「で、君はどうなんだ? 出身とか歳とか」
「アクスムていう国は知ってる? 私はそこで生まれた。歳は今年で22よ。」
「俺と10違いか」
「まあ、そういう事にしときましょうか」ペルセウスの実際の歳がわからないのにこれ以上この話題を引っ張っても仕方がない。
「あなた、ゼウスの加護は受けていないって言ってたじゃない? でもあの剣はあなたの事を守っている。なんで守られてるの?」
『痛いところを突いてくるな』ペルセウスは苦々しく思った。
あの剣の技は全てペルセウス自身の力であって剣の力ではない。
だが、それを言ってしまうと彼がエーテルバチュラーだという事について詳しく説明しなければならなくなる。
そもそもエーテルの存在を知ったのはヘラのおかげで、その事について他言するなと言われている。
彼はヘラが彼の守護者だと言う線で話を作る事にした。
「加護されているかどうかはわからないんだが、俺はオリュンポスの12神が一柱のヘラ様に懇意にしてもらっている。」
「ヘラ? ゼウスの正妻と言われている神様?」
「そうだ、ギリシャで縁があって、それ以後色々助けて頂いているんだ。」
「ヘラ様が言うには、俺には素質があるらしい。だから、まあ、色々教えてもらっている。」
「何の素質?」
「笑わないで、聞いてくれよ。 英雄の素質だってよ。」
「・・・・、笑わないわ。あの戦いを見たら、確かに英雄にふさわしいもの。」
「だがなぁ、英雄って職業じゃないだろ。俺は何をしたらいいのか正直わからないんだ。ひょっとしたら、何か使命があるのかもしれないが、今はそれが何なのかわからない。」
「それで、強くなる修行をしていると言うわけね。仕官を目指しているって言ってたけど、将来神様に仕えるかもしれないのね?」
「多分ね」
「なんか、すごい運命ね。10歳で記憶をなくし、大人になったら神に見染められ、将来は英雄として何かをなす。」
「ヘラ様はあなたに何を見たのかしらね。」
アンドロメダのその一言を聞いてペルセウスは何か落ち着かない気分になってきた。
確かに、ヘラ様は俺に何をさせたいのか。
俺の中に何の可能性を見出したのか?
よくよく考えるとそう言った事は一切教えられていない。
「私も、ヘラ様にあってみたい」アンドロメダはそう呟いた。
「俺の事ばかりだな、今度は君のことを聞かせてくれよ。」
「私はただの賞金稼ぎの一員よ」
「それは、嘘だな」ペルセウスは断言する。
「『ソロモンの至宝』の戦い方。あの陣形の素早い切替は一介の賞金稼ぎのものじゃない。正規の訓練を積んだ、例えば近衛兵や正規軍の動きだ。」
「それに、メンバーの全員がアンドロメダ、君を守るように陣形を組んでる」
「君は一体何者なんだ?」
「英雄の卵ともなると、そんなことも分かっちゃうのね」
アンドロメダは少し躊躇した後、意を決したように言う。
「私はソロモンとシバの女王の末裔、アクスム王国の正当継承者。」
「やっぱり、お姫様か」
「一年ほど前のことよ、私たちアクスム王国とムスリム国とは親密ではないけれど、長い間友好的に国交を続けてきていたわ。そこにサラセン帝国の間者が暗躍してこの二国間に修復できない亀裂を生み出したの。そしてアクスムとムスリムが戦争、私の父と母はその犠牲となり死んでしまった。国を維持するために代理で国を治めたのが当時の宰相インキュバスだった。」
「でもこのインキュバスが食わせ物で、最初からサラセン帝国と結託して、アクスムとムスリムを仲違いさせ王族を排除するのが目的だったようなの。今ではアクスムはサラセン帝国の属国に成り下がり、インキュバスが統治しているわ。」
「私もインキュバスの手の者に殺されかけた。その時近衛隊長のバルハヌと侍女のマスカラムが数名の部下を連れて私を助け出し王都を脱出したの。」
「当初10名ほどいたバルハヌの部下たちは今では、ムルカンとアディスの二人になってしまった。侍女も三人いたのだけど、逃亡の途中で私を助けるために一人が死んでしまった」アンドロメダは目にうっすらと涙をためながらこれまでの出来事を話していった。
雰囲気が大分湿っぽくなってきた。
「王権を取り戻す当てはあるのか?」
「インキュバスはアクスムで恐怖政治を敷いている。そこに住む多くの民がソロモンの血を引く私を正当な元首と認めているわ。インキュバスとその配下さえ倒せれば復権は可能だと思っているわ」
「ただ、インキュバスの配下が数千名おり彼らが国政を牛耳っているの。それに、インキュバスがあなたのように不思議な技を使うのよ。あなたのように剣で戦うわけではないけど、嫌がる人たちを思い通りに動かしたり、天気を自由に変えたり。まるで魔法のような事が出来るのよ。」
『オリュンポスの神々と同じようなことが出来る別のグループがいるのでは?』
ペルセウスはアンドロメダの話を聞いてそう考えた。
ヘラ様にご報告せねば。
ペルセウスは一つの決断を下す。
「今日はもうヘラ様への祈りは終わってしまったから、明日の晩になるけど、その時、君も同席してくれないか? ヘラ様に今の話を相談してみよう。」
「え? でもあなた達を私たちの問題に巻き込んでしまっていいの?」
「必ずしも他人事と言い切れないんだよ。そのインキュバスという男、不思議な力を使うと言っていたよな。ひょっとしたらヘラ様達と同族かもしれない。オリュンポスの神々は人間に危害を加えることを好まないんだ。でも、そうじゃない一族もいると聞いている。」
「私たちを助けてくれるの?」アンドロメダは目を潤ませてペルセウスに問う。
「こんな話を聞いて黙っていられる訳がない。ヘラ様がどう言おうと俺は手を貸すつもりだ」ペルセウスはなぜか高揚感を覚えてそう答えた。
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異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

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