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黄昏

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ギリシャ神話編

キマイラ

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ダイモーンは背中にむず痒さを覚えて目が覚めた。
尻尾の根元から肩口にかけて何やら無性に痒い。
近くの岩に背中を擦り付けその不快感を取り除こうとした。
ゴリゴリ、石英が露出したその岩石がボロボロと削られていく。
しばらくすると痒みもとれたのでダイモーンはロイに目をやった。
ロイは疲弊してはいたが目は覚めていた。
『何だ?あの背中は』ロイの目には昨日のダイモーンとは明らかに違う背中が写っていた。
「よく眠れたか? 昨日はトッドって奴を早く殺しすぎた。もうすこし、じわじわと死んでいくのを思い知らせてやりたかったがな。まあいい。その代わりお前をじっくりいたぶってやる。殺してくださいと泣き喚くまでジワジワと痛めつけてやるぜ。」
ダイモーンの声が徐々にガラスを擦るような擦過音に変わっていく。
「まず、死なない程度に皮を剥いでやる。俺の爪は特別製でな。カミソリのように精緻にも鉈のように豪快にも引き裂くことが出来る自慢の鉤爪だ。これで、お前の首から下の皮を丁寧に剥ぎ取ってやる。」
最後の方はロイには何を言っているのか聞き取れなかったが、そんなことより、ダイモーンの変わりようがロイを驚愕させた。
恐怖が全身に逃げろと指示している。
例の触手で拘束されていることも忘れ必死で身をよじる。
『誰か、助けてくれ、殺される』
「そんなに動き回ったら綺麗に皮を剥げないだろう。じっとしてろ。」
片方の手で軽く頭を抑えようとした。
「あれ?」
頭に置いた手が何の抵抗もなく下まで降りてしまう。
『何だ?』
自分の左手を見る。
黒く変色し猛禽類の足のようになっている。
節くれだった枝のように歪曲した指が前に3本後ろに1本生えていた。
『何だこれは?』
今度は右手を見てみる。
手というより蛸の足だ。
手の甲であった場所は赤茶色の不気味な皮膚に覆われており、手のひらであった場所には蛸の吸盤が無数に散乱していた。
驚きに口を大きく開ける。
その瞬間、歯がボタボタと血を流しながら抜け落ちる。
その歯茎の奥から新たな歯が自分の口を食い破らん勢いで生えてきた。
まるでトラの牙のような歯がニョキと生えるに合わせて顎が大きく変形していく。
口を閉じることができないので、ヨダレを垂れ流している。
ダイモーンはたまらず悲鳴をあげた。
『何が起こっているんだ? たっ、助けてくれ。』
口が牙の成長に合わせて大きく変形してしまったために、目があった場所が陥没してしまった。何も見えない。
すると、今度はピンク色の肉塊が頭部から盛り上がってくる。
その肉塊の左右に裂け目が出来、中から目玉が飛び出してきた。
しかしその目玉は昆虫のように複眼になっている。
足は辛うじて左右対象を保ってはいるが、膝の曲がる方向が哺乳類とは真逆だ、鶏の足のように後ろに折れ曲がる。
だが、鳥の足ではなく、一見人間の足のように見える。
ロイはダイモーンがその手を頭に置いた瞬間、頭部から胸元にかけて引き裂かれてしまい、すでに絶命していた。
「おいおい勝手に死んじまいやがって。楽しみがなくなっちまった。」
「それにしても腹が減った。食いもん探しにいくか。」
つい先ほどまで、自分の変化に驚いて助けを求めていたはずだったのに、ロイが死んでしまった事を特に気にする様子もなく空腹を満たしに出かけていくダイモーンはその精神も変化してしまったようであった。
ダイモーンは自分の姿形を気にする様子もなく食料を求めてビオグラード湖の東の湖畔を彷徨く。
しばらく彷徨いていると湖畔の桟橋に座り釣り糸を垂らしている釣り人が目に入った。
「魚もいいな」
ダイモーンは魚を分けてもらおうと釣り人に近づいていった。
やはり、精神構造が壊れてしまっている。
この姿を見た人間が逃げ出さないわけがない。
後ろから何かが近づいてくる気配を感じて釣り人は振り返った。
それを見てダイモーンは「ちょっと魚を分けてくれないか? 金は出すぞ。」と話しかけた、つもりであった。
釣り人はその化け物が何かガラスが擦れるような音を出して近づいてくるのを見て。
「うっ、うっわー。化け物!」と叫んで腰が抜けてしまった。
生存本能が釣り人を奮い立たせ、必死で桟橋につなげている小舟に向かって這い進む。
「おい、何で逃げるんだ? 金は払うといっているだろ。」
ダイモーンは桟橋を一気に移動し釣り人の胴に右手を巻きつける。
「おい、何で逃げるんだ?」
「わっ、わっ、わわわ」
釣り人は必死で暴れまわる。
「えーい、うっとおしい。」
ダイモーンはそううそぶき一口に釣り人の首から胸を食べてしまう。
「人間もなかなかうまいな。おっと、魚はもらっていくぞ。」
そう言って、釣り人をそこに残し、再び森の中へ帰っていった。

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