エーテルマスター

黄昏

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ギリシャ神話編

はぐれた魔人

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ダイモーンはハデス軍の末端の兵士であった。
ヘブンズガーデンへの一斉攻撃の時オーブが飛び出してきたのを見て怖くなり一目散に逃げ出した。
その後、仲間たちが何か黒い闇に包まれて消えていくのを目撃したが、その後に自分もその闇に包まれ気を失ったのである。
ダイモーンが目を覚ました時、波の音が聞こえていた。
『ここはどこだ? 海が近いのかな?』
ダイモーンはゆっくり立ち上がり、自分の体に異常がないかチェックした。
『どこも異常はない。怪我もしていない。家に帰ろう。』
ダイモーンは家路を探すため空を見上げた。
夜空に輝く星座群はしかし彼の見知らぬ物ばかりで南がどちらかも分からなかった。
『ここは何処なんだ?』ついさっき持った同じ疑問とは緊迫感の違う自問であった。
『あと、何回魔法が使える?』自分のストックを調べる。
『しまった、逃げるのに使い切ってしまって、もう一回も使えない!』彼の焦りは徐々に恐怖に変わっていく。
なければ、人間を殺して魂を取ればいい。
だが、魔法なしで人間に勝てるかというと心もとない。
魔人であっても個人差は存在しダイモーンは体術などはからっきしなのだ。
高位魔人と違い姿形は人間のそれではないので人間に見つかれば寄ってたかって殺されてしまう。
『腹がへった』ダイモーンは食べ物を探してふらふらと森の中に入っていった。
魔人族は雑食なので木ノ実や果物でも命を繋ぐことはできる。
動植物の宝庫とも言える森の中であっても知識がなければ食料を探すのは至難の技である。ダイモーンは森の中を食べ物を探して彷徨さまよいい歩き、やがてサラサラと水の流れる小川にたどり着いた。
覗いてみると小魚が上流に顔を向けてじっとしているのが目に入る。
眠っているようだ。
『この魚なら捕まえられるかも』
ダイモーンは小川の中に手をそっと差し込み小魚をつかんだ。
『逃げない、やっぱり寝ていたんだ』
『これで、当面の空腹は満たせる。まず、夜明けを待とう。』
ダイモーンは何処か寝所になるところを探した。
彼は大樹の根元になだらかなカーブがあるのを見つけそこに体を横たえ目を閉じた。


ガサガサと草むらが分けられる音と人の話し声で目が覚めた。
『見つかったらまずい』ダイモーンは自慢の鉤爪を使って寝ていた大樹をかけ登る。
大きな枝の上に座って下を見た。
「本当に、そんなキノコがあるのかよ。」
「本当だって、トリュフって言って高級料理に使われるらしいぜ。」
「そのキノコ食べてもあんまり旨くねえんだけど、とにかく高く売れるんだ。」
「それで、どうやって見つけるんだ?」
「檜や樫の木の根元の土を掘るんだ。土の中に見つかるらしい。」
『あいつらのどちらかを殺して魂を取れれば。』
ダイモーンはどうにかしてあの人間から魂を取れないかを思案していた。
1つでもあれば、少なくとも次の人間を殺すことができる。
一度に複数殺せればどんどん魂のストックを増やせる。
とりあえす彼らの後を追うことにした。
「あったぞ! 檜だ。根元を掘っていくんだ。丸い塊を探せ、それがトリュフだ。」
二人は夢中で檜の周りを小さな熊手で掘っていった。
二人とも夢中で四つん這いになって下を向いてる。
今なら、石を頭に叩きつければ。
一人が攻撃されて死ねば、多分もう一人は逃げ出す。
ダイモーンはそう計算し手ごろな石を探した。
ラグビーボールほどの大きさの石が見つかった。
少々重いが、これくらいでないと一撃で殺せない可能性がある。
一人が背中をこちらに向けて四つん這いになっている。
もう一人は奥の方に移動したようだ。
『今だ!』ダイモーンは静かに四つん這いの男に後ろから近づいた。
持っている石を持ち上げる。
男の後頭部を狙って振り下ろそうとしたその瞬間。
「あったぞ! これじゃないか?」そう言って男は勢いよく立ち上がった。
ダイモーンが振り上げているラグビー大の石に男の頭が当たった。
「いて!」立ち上がった勢いで当たった程度では傷一つつかないだろう。
男は手で後頭部をこすりながら。
「なんだ?」
と振り返った。
そこに、ダイモーンが仰向けに転倒しているのを見つける。
「なっ、なんだこいつは? おい、ちょっと来てくれ。変な生きもんがいるぞ。猿か?」
「変な生きもん?」もう一人の男も掘るのをやめて此方に来る。
「うわ。なんだこいつ。人間みたいだけど、人間じゃないよな?」
「見ろよ、耳がとんがってるぞ。黒眼に赤い瞳。気持ち悪い。」
「これ、尻尾じゃねえか?」
二人ともパニック状態でダイモーンを見る。
手に持った熊手を武器がわりに、もう一人はシャベルを両手で槍のように持った。
「こいつ、悪魔じゃねえか? まだ成長していない悪魔に違いない。今のうちに殺してしまった方がいい。」
そう言って、シャベルの男がダイモーンの胸めがけてシャベルを突き刺す。
「人間じゃねえのは確かだ。殺してしまっても罪にはなんねえだろう。あとあと面倒なことにならないよう息の根を止めちまった方がいい。」
熊手の男は足を思いっきりダイモーンの顔に振り下ろす。
ダイモーンの首がゴキっと音を立てて折れた。
「こいつどうする?」
「穴を掘って埋めよう、ここじゃダメだ、もっと人目に付かない所に埋めないと。」
「もうちょっと森の奥まで持っていって埋めちまおう。まだ日が暮れるまでには間がある。やっちまうぞ」
「おう」
ダイモーンは深い森の奥に埋められた。
彼らが去ってしばらくして森の奥の地中深く埋められたダイモーンは意識を回復した。
魔人の生命力は人間のそれとは比較にならないほど強い。
肺を潰され、首の骨を折られても、肉体の生命を維持するだけなら新陳代謝を極限まで下げることにより言わば植物状態となって生きていられる。
だが、さすがに八方塞がりでどうする事も出来なかった。
せめて魔法が使えれば、身体を復元し埋められた土を取り除くことができる。
ダイモーンは強く後悔した、あの時恐怖に駈られて逃げ出したりしなければ今頃仲間たちと何処かに飛ばされていたはずだ。
こんな所で一人寂しく死を待つ事もなかったはずだった。
『生きていたい。死ぬのは嫌だ。』
ダイモーンは強く願った。
人間であれば、この極限状態でエーテル制御能力が覚醒するかもしれないが彼は魔人である。
そんなことはありえなかった。
虚しく時間が過ぎていく。
魔人の教育係の言葉が走馬灯のように思い出された。
「お前は第五元素の素地も持っている。将来次元魔法や治癒魔法を使えるようになるかも知れないな。」
彼もそんな未来を夢想していた事もあったが。
根が臆病で優しい性格であった為かその後の生存競争に負け続け一介の兵士として戦闘に参加することになった。
言わば、使い捨ての魔人だ。
埋められて1ヶ月、彼は『第5元素エーテルさえ制御できれば、この場を脱却できる。』
いつしかそんな妄想を持つようになっていた。
彼の体はすでに腐敗が進んでおり得体の知れない昆虫の幼虫が彼の体から這い出てくる。
森の掃除人バクテリアが彼の体を侵食していく。
最も恐ろしかったのは、近くの樹木が彼を栄養源にしようとその根を伸ばしてきたことである。
彼の体を貫くように根を張ってきた。
僅かに彼の面影を残したミイラとも芋とも付かない木の根。
栄養素を全て抜き取られた自分の姿を想像しただけで、極大の恐怖が彼を襲った。
『嫌だ! 消えろ!』
その時、彼を貫いていた木の根が彼の意思通り消滅した。
木の根のエーテルマトリクスが消滅したのだ。
これはエーテルマトリクスの制御に成功したと言う事を意味する。
魂を介在せずエーテルをコントロールする。
魔人には出来なかった事を彼が行なった瞬間だ。
これはこの世界では未曾有の事であった。
ダイモーンは自分の体を修復していった。
自分を埋め尽くしている土を取り除いていく。
そして、1ヶ月ぶりに地上に降り立った。
『やったぞ! どんな魔人も過去に成し遂げられなかった人の魂を介在させない魔法が使える。俺は魔王になれる!』
彼は有頂天になっていた。
『俺をこんな目に合わせたあの人間二人を探し出して復讐しないとな』
彼が転移したのはビオグラード湖の東にある森であった。
他のハデスの軍勢とはかなり離れているだけでなく半年ほどの時差もあった。
ヘブンズゲートでの異常現象は賢者の秘宝の魔法陣からの距離に関係がありそうである。

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