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黄昏

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ギリシャ神話編

旅の途中の異変

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その日を境にペルセウスは変わった。俯き加減の歩き方だったのが背筋を伸ばして堂々と歩くようになり、女性に声をかけられると愛想よく返事をする。
二人はボルドーまでの旅程のおよそ4分の1辺りモンテネグロに来ていた。
荷台にはテッサリアで入荷したオリーブの実5トンとオリーブオイルの樽3本が乗せられていた。
ロボスとパリカールの二頭の歩調は軽快でその日のうちにクロアチア領に届く勢いである。
実はペルセウスが荷台の重量を無いに等しいまで下げてしまっているのである。
荷車が宙に浮いてしまっては人々に怪訝な顔をされるので、辛うじて地面の土煙が上がる程度には重くしている。
その日はモンテネグロとボスニアの国境付近に宿を取った。
ボスニア領は明日一気に駆け抜けたいと考えていたのである。
二人は宿に隣接する『湖畔』という屋号の食堂で食事を摂りそのままエールとつまみを注文して周りの様子を伺った。
この宿はもう三度目だが今日はなんだか様子が違う。
みんな緊張した様子で小声で話をしているのだ。
ペルセウスはエールのお代わりを持ってきた給仕の女性に聞いてみることにした。
「かなり緊張した雰囲気だけど、何かあったのかい?」
そう話しかけられた女給仕は顔を真っ赤にして答える。
「なんでも東の山の入り口に化け物が出たとかで」
「化け物?」
「はい、もう3人も被害者が出て、みんな戦々恐々としているんです。」
「東の山の入り口って言うのはどの辺りの事だい?」
「ビオグラード湖の東の湖畔と言うことです」
「その姿を見た人は居るのかい?」
「いいえ、被害者の遺体を発見しただけなんです。殺され方がみんな違うんで、化け物は複数いるに違いないって、皆んな言ってます。」
女給仕はペルセウスとこんなに長く話しができて舞い上がってしまっていた。
知っている事を思い出す限り話そうとする。
「一人は毒蛇に噛まれたみたいに体が紫に腫れ上がっていたそうです。」
「もう一人は首がなくて、一口に飲み込まれたような牙の跡があったそうです。」
「そして3人目は頭の上から足元まで、鋭い爪で引き裂かれたようになっていたそうです。」
「私、怖くて怖くて。お客さん何処にお泊まりですか? よかったら、お世話に参りましょうか?」
『そんなサービスあったかな?』
「ありがとう、でもいいよ。あとは寝るだけだからね。」
「そうですか」女給仕は、この手口で招き入れてくれる男性は多いんだけどと思いながら残念そうに席を離れる。
部屋に帰ってペルセウスはヘラの似顔絵を取り出し定期報告を行う。
今日はヘシオドスもそばにいた。
「ヘラ様、いらっしゃいますか?」
「似顔絵のヘラの顔の生気が生き生きとした物に変わり二人を見つめる」
「こんばんわ、ペルセウス、ヘシオドス。ご機嫌いかがかしら?」
「ペルセウス。明日の講義の宿題はちゃんとやってる?」
「へっ、ヘラ様! あれは明後日ではなかったでしたっけ?」
「ウフフ。そうよ。頑張ってね」
最近、ヘラ様は妙にペルセウスに優く冗談も言うようになって来た。
もともとお気に入りのペルセウスだからそんなに大きな違いはないのだが。
「今、モンテネグロにいるんですが、ビオグラード湖の東に化け物が出たと言う噂で持ち切りになっています。」
余談であるが、ペルセウスは訛りが取れてきている。
「化け物ですって? 面白そうね。どんな化け物なの?」
「それが、化け物を直接見た人はいなくて、被害者である3体の遺体から見て、その化け物は複数いると思われてるようです。」
「何か、何処かで聞いたような話ね。」ヘラが首を傾げながら呟く。
「聞いたような話・・・ですか?」とペルセウス。
「あなた達にはあまり話していないけど私達は突然オリュンポスに誕生した訳ではないの。私たちは別の世界からこの世界に転移してきた異世界人なのよ。」
「その前の世界で、まだ人魔大戦が起こるずっと前に同じように複数の魔物が現れ多くの人が犠牲になると言う事件があったの。ところが、討伐してみるとその魔物は一匹だけで常識では考えられない体の構造をしていたのよ。」
「足は強力な爪を持った爬虫類か鳥類のものだった。体全体は間違いなく爬虫類の鱗に覆われていたわ。尻尾は猛毒を持った生きた大蛇のようだった。頭部は哺乳類でサーベルタイガーのような強力な牙を持っていたわ。生物の種の理を完全に無視したその怪物を私たちはキマイラと呼んだの。」
「驚くべきことに、キマイラは己のエーテルマトリクスの制御能力を失った魔人の成れの果てだったのよ。その魔人は自分たちが人の魂を介してしか魔法を行使できないことに挑戦したの。自分たちも自我を持ったエーテルマトリクスの存在形態の一つだ。ならば人間と同じようにエーテルに直接干渉できるはずだと考えたのね。」
「その答えは、自身のキマイラ化で終わった。自我を持ったエーテルマトリクスが制御不能になると、キマイラ化して自身を破滅に追いやってしまう。私たちはそう結論づけたわ。」
「どう? よく似てると思わない。当時私たちも犠牲者の傷や症状から複数の魔物が暴れまわっていると勘違いしていたわ。」
「ヘシオドス。ひょっとしてその魔物。懸賞金がついてない?」
「すみません、この話は今日聞いたばかりでして。明日になったら保安所に行って確認して参りやす。」
「そうして頂戴。ペルセウス。そろそろ、実戦での訓練が必要だと思っていたの。丁度いいわ。その魔物をあなたが討伐なさい。明後日の宿題はしばらく免除してあげてもいいわ。」
「討伐って。そんな簡単に。」
「大丈夫よ。今のあなたなら魔人とだって互角に戦えるわ。気が付いてないみたいだけど。」
「それに、討伐に行くときは私の似顔絵も持って行きなさい。見守っていてあげるから。」
最後の一言はペルセウスにとってこの上なく心強いものだった。
まだ、ヘラに依存しているが、いつか自分はヘラを守れる存在になりたい。
ペルセウスは昨今そう考えるようになっていた。

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