エーテルマスター

黄昏

文字の大きさ
上 下
20 / 83
ギリシャ神話編

ペルセウスの憂鬱

しおりを挟む
ペルセウスはヘシオドスがヘラ邸訪問の打ち合わせをしている間ヘラから目を離す事が出来なかった。
ヘラがヘラであったら、不敬罪で打ち首にされていたかあるいはヘラの寝所に招かれていたであろう。
だが、アビゲイルであるヘラは彼の視線を完全に無視してヘシオドスとの申し合わせを終えた。
パエリアの店での会食でヘラが振る舞ったワインは大盛況でアレスなどはその後何度もおかわりを注文していた。

その夜、
「すげー、ヘラ様一行だけで、金貨一枚分の儲けだ」とヘシオドス。
「それにしても、おめえ危なかったのに気がついてるか? 高貴な方をあんな風に見つめたら普通は打ち首だ。次からは気を付けんだぞ。」
「俺、そんな風にしてたか?」
「側から見れば誰でも分かったぜ。ああ言うのを見惚れるって言うんだ。」
「だってよぅ。見つめただけで打ち首だなんておかしくねぇか?」
「おめえの故郷ではどうか知らねえが、ここら一帯はだいたいそうだぜ。」
ペルセウスは自分がどこから来たのか実は知らない。
彼は10歳の頃貧民街を一人で彷徨いていた所を当時駆け出しの行商人だったヘシオドスに拾われて今に至っている。
ヘシオドスはその時の様子から彼はこの国の人間ではないと踏んでいた。
喋る言葉も意味が通じず10歳程度の子供のくせに異常に力が強かった。
ヘシオドスが根が優しく子供思いだったと言う事もあるが当時重い材木の売り買いで生計を繋いでいたヘシオドスにとって、ペルセウスの馬鹿力は願っても無いものだったので、いつの間にか一緒に旅をするようになったのだ。
ペルセウスと言う名前はヘシオドスが付けたもので彼の本名ではない。
名前を聴いても、年を聴いても「わかんね」の一点張りで埒が開かなかった。
今ではペルセウスはヘシオドスの頼りになる相棒だが、ヘシオドスはペルセウスの親代わりでもあったのだ。
「明日、ヘラ様のお屋敷に行く。今日みたいな事が無いよう気をつけんだぞ。」
「俺、明日は行かねえ方が良いんじゃねえか?」
「そう言う訳には行かんのだ、家に来る時に例のワインを一樽持ってきてくれって言われてんだ。皆んなに振る舞って予算を取り付けるんだとよ。だから、おめえの馬鹿力が必要だ。」
ヘラ邸は工事中の中央神殿区画の北西に位置する王族専用仮説住居区画にあった。
テントのような簡易的なものではなく、れっきとした石造の豪邸が並んでいる。
ロボスとパリカールがパカパカとそちらに向かって進んでいく。
荷台には昨日売れ残ったワイン樽が3本と空樽2本が積まれている。
あわよくば残り3本の樽を買ってくれないかとのヘシオドスの皮算用によるものだった。 
樽1本でワインジョッキ1000杯分、ワイングラスでその倍が満たせる。
2本が空になったと言うことは金貨20枚稼いだ計算になる。
『こんな、美味しい場所ないぜ。是非とも定期納品契約を結ばないと。』ヘシオドスはワクワクする心を必死で鎮めながらヘラ邸に向かった。
「いいか、足元見られないように。あまり嬉しそうな顔すんじゃないぞ。」
「分かってるよ。 俺ぁ、ずっと下向いとくよ。 昨日みたいに王女様に目が釘付けになって首刎ねられたらたまんね。」
「王女じゃねえよ。皇后様だ。なんでもゼウスっていう大王様のお妃だそうだ。」
「でもって、ゼウス様ってのが、既におっ死んじまってるてこった。」
「未亡人てことか」
「おい、そんなこと絶対口にすんなよ。その場で切り捨てられっぞ。」
そんなことを話しながら、やがて馬車はヘラ邸の前までやって来た。
ヘシオドスは侍女のロシェに言われた通り、門の横に立つ門番に名前を告げた。
門番は一言も喋ることなく門を開き、指で進む方向を指した。
表玄関への道は二手に分かれていたが、ヘシオドスはロボスとパリカールの手綱を左に引いた。
前庭を時計回りに周回するように行くと、やがて玄関が見えて来た。
10段ほどの扇状の階段が広がっている。
その一番上にロシェが佇んでいた。
ヘシオドス達が到着すると下まで降りて来て告げる。
「馬車は荷物を乗せたまま其方に置いておきなさい。とりあえず、ヘラ様とそのお友達達に挨拶していただきます。二人とも粗相の無いように。」
二人は、途端に体がガチガチにしびれるのを感じた。
「持って来たワイン樽はどうしましょう?」ヘシオドスが尋ねる。
「こんなに、大きいとは思っていませんでした。後で召使い達に運ばせますので、あなた達は私と一緒に来なさい。」
「ワイン樽一本ぐらいでしたら、ペルセウスに運ばせますが。」
「えっ?」ロシェは首をかしげる。
「そんな重いものを運べるのですか?」
「造作もありやせん。相棒、出番だ。」ヘシオドスはペルセウスに満杯のワイン樽を運ぶように指示する。
ペルセウスは右肩にワイン樽一本を担ぎ、左手に折り畳みのワイン置きを手に持って歩き出した。
ヘシオドスは樽に差し込む蛇口を手にする。
ヘラ邸のリビングには、ハデス、アレス、エリスの他にアテナ、アフロディーテ、アポロ、デュオニソス、ヘルメスの5人が思い思いにくつろいだ姿勢でリビングに散らばっていた。
「それで、そのワインを我々に賞味してほしいということかね。?」ハデスが代表して尋ねる。
「そうなの、きっとみんな気に入ってくれると思うわ。そのワインはここから片道1ヶ月半もかかる場所から運んでくるそうなの。その行商人達に頼んで定期的に運んでもらいたいと思っているのよ。」
「君がそんなにワイン通だとは知らなかったよ。」ヘルメスがうそぶく。
ヘルメスは一族の経済を司っており、予算獲得のためにはなんとしても懐柔しなければならない要人と言える。
「私も知らなかったわ、でも飲んでみてピンと来たのよ。これは絶対みんながすきになるって。」
それを聞いて、アギーは一瞬疑問が脳裏をよぎった。
『あのワインの賞味の仕方はソムリエのそれだ。ヘラ様は確かワインには興味を示さなかったはずだけど。』
アギーがこの疑問を重要視していれば、ヘラの正体はもっと早く暴かれたろう。しかし、他ならぬアギーがヘラにこのままでいてほしいと望んだ。
ので、この疑問は頭の隅から速やかに消去された。
ドアがノックされた。
「行商人のヘシオドスとペルセウスをお連れしました。」とロシェ。
アギーとタレイアがドアのノブに手をかけ左右に分かれてドアを開く。
ロシェに続いて、ヘシオドス、ペルセウスが入室する。
「その空いた場所に置いて頂戴。」ロシェがワイン樽の置き場所を伝える。
「へい、只今」ペルセウスはそう答え、ワイン樽でドアを傷つけないよう注意しながら入室し、折りたたみワイン台を開き、その上にワイン樽を寝かせた。
リビングで寛いでいたヘラの友人達は顔色こそ変えなかったが、ペルセウスのその行動を見て『この者、一体?』と疑問を持った。
『人間だよな?』『あら、いい男』『まさか、ティターン? いや体格は人間だ』
それぞれが、ペルセウスに興味を持つ。
ヘラも例外ではなかった、ヘラはこの時初めてペルセウスに注目した。
ヘラの目が一瞬だけ緑色に光った。
アビゲイルがペルセウスのエーテルマトリクスのインデックスパラメータを確認したのだ。
『特に変化はない。身体強化を使っているわけではないわね。』
『とすれば、あの力は生来のものなのかしら? 人間ではありえないわ。』
アビゲイルはもう一つの可能性を確認するために、ペルセウスに話しかける。
「ペルセウス。 もうちょっと右側に置き直してくれない?」
「へっ。へい」ペルセウスはヘラにそう話しかけられただけで顔を真っ赤にして答えた。
今度は周辺のエーテルマトリクスのインデックスパラメータを確認する。
ペルセウスが意識をワイン樽に向け、持ち上げようとしたその瞬間、エーテルマトリクスの質量パラメータが十分の一にまで減少した。
『この人、エーテルマトリクスを制御している。魔人族と違って魂を使っている訳ではなさそうだ。生まれながらにエーテルを制御できる人間はいない。とすると彼は一体?』

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

転生チート薬師は巻き込まれやすいのか? ~スローライフと時々騒動~ 

志位斗 茂家波
ファンタジー
異世界転生という話は聞いたことがあるが、まさかそのような事を実際に経験するとは思わなかった。 けれども、よくあるチートとかで暴れるような事よりも、自由にかつのんびりと適当に過ごしたい。 そう思っていたけれども、そうはいかないのが現実である。 ‥‥‥才能はあるのに、無駄遣いが多い、苦労人が増えやすいお話です。 「小説家になろう」でも公開中。興味があればそちらの方でもどうぞ。誤字は出来るだけ無いようにしたいですが、発見次第伝えていただければ幸いです。あと、案があればそれもある程度受け付けたいと思います。

最初からここに私の居場所はなかった

kana
恋愛
死なないために媚びても駄目だった。 死なないために努力しても認められなかった。 死なないためにどんなに辛くても笑顔でいても無駄だった。 死なないために何をされても怒らなかったのに⋯⋯ だったら⋯⋯もう誰にも媚びる必要も、気を使う必要もないでしょう? だから虚しい希望は捨てて生きるための準備を始めた。 二度目は、自分らしく生きると決めた。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ いつも稚拙な小説を読んでいただきありがとうございます。 私ごとですが、この度レジーナブックス様より『後悔している言われても⋯⋯ねえ?今さらですよ?』が1月31日頃に書籍化されることになりました~ これも読んでくださった皆様のおかげです。m(_ _)m これからも皆様に楽しんでいただける作品をお届けできるように頑張ってまいりますので、よろしくお願いいたします(>人<;)

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~

みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】 事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。 神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。 作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。 「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。 ※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

アカネ・パラドックス

雲黒斎草菜
SF
超絶美人なのに男を虫ケラのようにあしらう社長秘書『玲子』。その虫けらよりもひどい扱いを受ける『裕輔』と『田吾』。そんな連中を率いるのはドケチでハゲ散らかした、社長の『芸津』。どこにでもいそうなごく普通の会社員たちが銀河を救う使命を背負わされたのは、一人のアンドロイド少女と出会ったのが始まりでした。 『アカネ・パラドックス』では時系列を複雑に絡めた四次元的ストーリーとなっております。途中まで読み進むと、必ず初めに戻って読み返さざるを得ない状況に陥ります。果たしてエンディングまでたどり着きますでしょうか――。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

とある管理者のため息

蒔苫 凌
ファンタジー
これは、とある世界の管理を その世界を創った創造神から任された人のお話しです。 残念で不真面目な神に振り回される哀れな人のお話をどうぞ。 とりあえず、2話で完結です。 全てを許せる心の広い方達向きです。 ただ書きたいように、心のままに書きました。 クスッとか、ニヤッとかしていただければ、幸いです。 楽しんでいただけますように。 書きたくなって、たまにヒョッコリと 続きがUPされるかもしれません。

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

舞桜
ファンタジー
「初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎」  突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、 手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、 だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎  神々から貰った加護とスキルで“転生チート無双“  瞳は希少なオッドアイで顔は超絶美人、でも性格は・・・  転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?  だが、死亡する原因には不可解な点が…  数々の事件が巻き起こる中、神様に貰った加護と前世での知識で乗り越えて、 神々と家族からの溺愛され前世での心の傷を癒していくハートフルなストーリー?  様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、 目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“  そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪ *神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのか?のんびりできるといいね!(希望的観測っw) *投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい *この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

処理中です...