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黄昏

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ギリシャ神話編

ヘラ復活

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ハデス軍のキャンプは東へ1.2キロメートルほどの所にあった。
総勢100名程度だ。
アビゲイルが思ったより多い。
それもそのはず、女、子供もその中に居た。
ハデスはこの戦を最後と考えていた。
もし、負けてしまい男たちが全滅してしまったら、残された妻や子供たちはどうすれば良いのか? ハデスはこれを背水の陣と考え、もしもの時は一族全員で滅びるつもりでいたのである。
事の良し悪しはともかく、それがハデスの考え方であった。
『なるほどハデスのその考え方が今回は吉と出たわね。こだわりを捨て一族の再生を計るには、女、子供がいることは僥倖ぎょうこうなことだわ』
『でも、困ったわねぇ。私に女、子供は殺せないわ。男だって戦いの中で相手が死ぬのは仕方がないと考える程度で無抵抗な者を殺すなんて。それこそ魔人達のやりようじゃない。』
キャンプの中央に一際ひときわ大きなテントがあった。
そのテントの横に祭壇らしきものが建てられている。
その上にヘラは寝かされていた。
前王の妻、それだけで丁重に扱われるのは当然のことである。
『この人達のことをもっと知らないといけないのかも知れない。ひょっとしたら人間の魂を利用するなどという習慣を止めさせる事が出来るかも知れない。そうしたら、滅ぼす必要はなくなるわ。』
前向きなアビゲイルの考えそうな事であったが、これは魔法を捨てろと言っている事に等しい。
彼女の目論見は成功するのだろうか?
彼女はキルケゴールの講義を一つ一つ思い出して行った。
『依り代が見つからない時、エーテルマトリクスのまま自我を維持する事も出来るが、これはかなりの忍耐を必要とする。』
『そこで、その代替案として、ホムンクルスを作りそこに自身のエーテルマトリクスつまり魂を転写する方法もある。ホムンクルスの精度が高ければ高いほど人型に近い快適な体を得る事が出来る。私はあまり好まんが。』
『そして、この方法は少しおぞましいが、死んで間もない遺体にエーテルマトリクスを転写する方法だ。もちろん、死に至った原因を取り除いてからの話だが。』
『私はこの方法を過去に一度使った事がある。その青年は唯一神の使徒として布教活動を行っていた。非常にすさんだ社会だったが、その青年の教えは世界を救う可能性があったし、事実しいたげられた人々の心の拠り所にもなっていたのだ。だが、弟子の一人の裏切りにあい当時の為政者に処刑されてしまった。』
『かなり、落胆したよ。彼は殉教者として未来に名を残す必要があったが人として死んでしまってはすぐに忘れ去られてしまう危険性があった。奇跡が必要だったのだよ。彼の遺体は槍でメッタ刺しになっていたし、掌は杭の後が大きな穴として残っていた。』
『彼の体を修復するのはかなり難しかったが私はなんとかそれを成し遂げ、彼の体に転生した。そして、人々の前に姿を表し、東に旅立つという噂を流しながら旅をつづけた。』
『確か、第4世での出来事だ。面白かったよ。すでに人心を掴んでいる人に転生し社会に影響を与える。見方によっては傲慢な行為だが必要な時はそうする事を躊躇ためらってはいけないよ。』
アビゲイルはこの話をヘラに当てはめて考えた。
彼女の前王の妻としての権威を考えると彼らの習慣を変える影響力を持っているかも知れない。
アビゲイルはヘラの損傷具合を調査した。
正面から見るとなんの傷もないように見えたが、背中の方は無残であった。
雷撃のために背骨が粉々に砕かれていた。
これではひとたまりも無いだろう。
だが修復は可能だ、アビゲイルは背骨の一つ一つを丁寧に修復していった。
他に傷は無いか調べる。
『なんて、美しい体なの。一点のシミも無いわ。でも、この顔。なんとなく私に似てるかも。』
準備は整った、アビゲイルはヘラの遺体に自らのエーテルマトリクスを転写していく。

「葬儀は明日の夕暮れに行う。皆、それまでに別れを済ませておくように。」
ハデスは部下とその家族全員にヘラの訃報と葬儀の段取りを伝えた。
その後ろの祭壇で異変が起きる。
ヘラがゆっくりと体を起こしていく。
まるで、腹筋運動をするようにまっすぐに背筋を伸ばした上半身が起き上がっていく。
「きっ。きゃー!」
女性たちは幽霊でも見たかのように恐怖に怯えた叫び声を上げ目を覆った。
「嘘だろ!」
男たちはそれでも、目をそらす事なくヘラの姿に釘付けになった。

ハデスは衆人の反応を見てヘラに何があったのか確かめるため振り返る。
その時ヘラはすでに両足を祭壇からおろし立ち上がろうとしていた。
衆人の中からアレスとエリスの兄妹が駆け寄ってくる。
「母上!」「お母様!」
「生きてた! 生きてた! わーん」
感極まったエリスがヘラの体に巻きつくように抱きついた。
「あなたは、私の娘なの? 可憐な少女よ」
「えっ? お母様私の事が分からないの?」
「ヘラ、なぜ生きているのだ?」ハデスが問う。
『確かに事切れていた。抱き上げた時、背中が蛇のようにたわんでいたでは無いか。あれで生きていたとは。信じられん。』
「私は、死ぬべきでしたの?」
「いや、そういう意味ではなく。」
ハデスはヘラの返答に困惑した。
「ここは何処です? あなたは? えーと、私は誰なのでしょう?」
この一族の習慣やヘラの性格など全然分からない。
ここは記憶喪失を装うにかぎる。
アビゲイルはできる限り威厳を持って会話した。
もし、ヘラが普段からもっとくだけた話し方をしていたとしても、その本質は女王のそれだろうから、記憶喪失が原因だと人々は考えるだろう。
「私はハデス、お前の夫の兄だ。お前の名はヘラ。そしてアレスはお前の息子、エリスは娘だ。分からないか?」
「ごめんなさい」アビゲイルは多くを語らず言失を極力避けた。

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