エーテルマスター

黄昏

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ギリシャ神話編

オリュンポスの萌芽

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アビゲイルが目覚めた時、自分はもうエーテルマトリクスで自我を維持しているのだという事が分かった。
『意識転生はエーテルマトリクスの状態で覚醒する事で可能となる。その状態で覚醒したら成功だ。』
キルケゴールの講義の内容が蘇る。
『まずは成功ね』
『依り代への書き込みを急いではダメだ。まず、状況を十分に把握し、自分が誰になれば良いかじっくり考えるのだ。時間はたっぷりある。気に入った依り代がいなければエーテルマトリクスのまま何年でも自我を維持できるからな。 まぁ、その場合かなり退屈だが。』
『大富豪リンドバーグ家の息女としてはなかなか気に入った人物は見つけられないかもしれないな。おそらくその世界の西暦2010年から前後10年に転移するはずだ。その頃の世界情勢の資料を次元転移で取り寄せておいた。よく読んで覚えておく事を勧めるよ。』
『人口が70億に達する巨大世界だったわよね。その中で日本は世界第3位の経済大国。私が来た場所はEUと呼ばれる共同体を形成してるんだっけ?』
『EU加盟国を見て回る必要がありそうね。』
アビゲイルはまず視覚獲得のための小動物を探した。
今のままではマトリクスとしてしか感知できない、小動物をテイムしてその視覚を利用するのだ。
この世界には生命が溢れている。
『でも、思ったほど人の生命マトリクスは多くないわね』
アビゲイルはこの時は気づかなかった。
初めての意識転生で舞い上がってしまい、冷静に周囲を観察する事ができなかったのである。
『見つけた! 哺乳類ね。動きが早いわ。なんだか可愛い』
アビゲイルが見つけたのはヨーロッパに広く生息する灰色リスだった。
アビゲイルは早速そのうちの一匹にエーテルリンクを接続する。自律神経に干渉して行動を制御、同時に視覚神経に介入し映像を取得する。
最初に見えた景色は茶色と緑の壁であった。
アビゲイルは灰色リスの首をわずかに傾け視線を変更した。
かなり高い場所のようである。
下を見ると見慣れた戦闘服を着た女性が仰向けに寝かされ、両手は指を絡めて組まれ、その女性の胸元に置かれていた。
『あれは』
アビゲイルはその女性にどこか見覚えが有るような気がした。 
『おかしい、あの服と言い、この世界で出会うはずないのに。』
今のアビゲイルに体はない。なのに心臓の鼓動が早鐘を打つように早くなっている感覚に囚われた。
『いやな、予感がする。』
その時、誰かがハデスの背後に現れた。残り少ない魂を使ってハデスを探し出しリロケートして来たらしい。
「ハデス様、ここにいらしたのですか。我らをこの地に退避させて下さったのはハデス様ですか? 我らは皆無事です。ですが、ここが何処なのか分からず、皆、途方に暮れています。戻っていただけませんか?」
現れたのはアレス、今回の総攻撃の副官を務めた男である。
ハデスにそう請いながら周りを見回し大樹の幹に横たわる人影に目を止める。
『生命力を感じなかった。死んでいるのか?』
アレスはそれが誰なのかを見るため大樹に近づいた。
「母上! まさか! そんな!」
そこに眠るように横たわっていたのは,まごうことなきアレスの実母ヘラであった。
「母上、しっかりして!」
アレスは母に駆け寄り抱き上げようと手を広げた。
「触るな! ・・・・触らないでくれ」
ハデスの威嚇するような一声と、わずかな間を置いての懇願するような力ない一言。 
アレスは手を広げたまま凍りついた。
「何があったのです? 母に何が。。。」
ハデスの口は重かった、しかしアレスを非難するわけでもなく、沈黙を守るわけでもなく、その時の事を途切れ途切れに吐露した。
「ヘラはゼウスの仇をとるのだと単身ハウスに乗り込んだのだ。総攻撃まで、もう何秒もないというギリギリの時だった。」
「彼女の前に駆けつけた時、周囲はオゾン臭に充ちていたよ。彼女がわたしを振り返った時はまだ生きていたのだ。目が合ったと思った時、ハウスから雷撃が放たれヘラを直撃した。」
「あれはハウスの反射魔法だと思う。私が到着する前にヘラはハウスに向かって雷撃を放っていたらしい。ゼウスが最も得意とした雷撃でキルケゴールをほふろうとしたのだろうな。」
「だが、あんなものでハウスを傷つける事など不可能だ。それができれば、我々はすでにキルケゴールを亡き者にしていただろうよ。シールドを貼る間もなかった。」
『あの時か』アビゲイルは今の会話から秘法発動中に何が起きたのか推測する事が出来た。
跳んだあの瞬間に感じたわずかな振動。
おそらく、あれがヘラの攻撃だったのだ。
確かにハウスは頑強でゼウスの全力の雷撃を受けてもビクともしないだろう。
だが、一時的に設置した研究室のステージは違う。
雷撃による空間の歪みがステージを破壊したに違いない。
『とすると、ここは?』
アビゲイルは惑星に分布する生命マトリクスを走査し大まかな大陸の形状を調べた。
そこに彼女に馴染みのある大陸の形状はなかった。
天体の配置を調べる。
この惑星は太陽から3つ目の惑星である事が判明した。
『ここは地球だ。アトラではない。」
彼女の故郷の惑星はアトラと呼ばれていた。
太陽から3つ目ではなく、4つ目の惑星。
『間違いない、次元転移も意識転生も成功はした。ならタイムラインは?」
「だが、念のためにこのサークルを作った。この中にいれば、必ず同じ次元の同じタイムライン上の同時期に転移する。」
キルケゴールの言葉が思い出された。
『ステージが壊れ、タイムラインがずれてしまったのね。』
『ゴーシュとはぐれてしまった!』言われのない恐怖と焦燥感しょうそうかんがアビゲイルを襲う。
『どうすればいいの? ゴーシュ・・・ 助けて・・・・』

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