エーテルマスター

黄昏

文字の大きさ
上 下
6 / 83
はじまり

訓練

しおりを挟む


「ひどい目にあった……」

「あ、お疲れ様です。思ったより早い帰りですね」

「細江君……。もう店は終わり?」

「はい。ちょっとだけ早いんですけど、お客さんがまた外に並びたさないうちに今日は閉めようって。宮下さんはコカトリスの卵どうでした?」

「駄目だったぁ。何かめっちゃ強い男の人に邪魔されて……」

「あーもしかして『橘フーズ』の人ですか? あそこのダンジョンはあの会社がモンスターの発生を操作してるとか何とかって言いますし。実際俺達も『佐藤ジャーキー』にいた時はドラゴンを狩る時に、『橘フーズ』の探索者に何か言われたら黙っていう事を聞いておけって……」

「ドラゴンのいる階層は頑なに自分達だけのものにしたいって事か。上層階に目ぼしいモンスターの配置をするとかなんとか言って色んな企業と裏で契約でもしてるんかね? 全く、がめついのはどっちだよ」

「相当イラついてるみたいですけど、そんなに『橘フーズ』の探索者はヤバイ奴だったんですか?」

「いや、若くて乱暴で敬語も使えない奴だったけど、無邪気だったからかな、そんなにイライラはしなかった。それより、毒液を吐いてくれたあのコカトリスがもう嫌いで嫌いで」

「毒液……。流石です神様っ!毒もなんともない人間とか俺聞いたことないっすよ!」

「ま、まぁな」


 誉めてくれる細江君の手前、毒液を飲んでしまったっていう失敗は話せない。


 あー何かまた口の中洗いたくなってきた。


「でもその手……もしかして『橘フーズ』の探索者と?」

「『橘フーズ』っていうかその使役するドラゴンがな……。あそこのダンジョンを踏破するにはもうちょいレベル上げないといけないかも」

「レベル上げ!それなら俺もとことん付き合いますよ!経験値が多いって事考えると【NO9】ですよね! 1回神様とは一緒に探索に行きたいと思って――」

「駄目」


 細江君と話していると休憩室に仕事で汗ばんだ景さんが入ってきた。

 普通ならその艶やかさに目を奪われるところだけど、いつも以上に目が鋭く怖いからそんな邪な気持ちになる余裕がない。


 何で景さんはこんなに不機嫌なんだ?

 久々にクレーマーと一悶着あった?


「その駄目っていうのは今日クレーマーとか対応しててやっぱりそういった時の人手が足りないとかっていうと――」

「違う。……まずはその手を見せて。因みに手はもう洗った?」

「……はい」


 俺の言葉を一刀両断した景さんは俺の手をとると、じっと見つめた。


 そして、休憩室にある棚から救急キットを取り出し、しゅっと消毒液を俺の手に吹き掛けると傷の残らない大きめの絆創膏を貼って包帯を巻く。


「あの、これくらい放っておけば治るからそんなに大袈裟にしなくても」

「油断は駄目。きっとこの怪我も強くなって油断したから。それに私も油断して……。危険な場所って知ってたんだからもっとちゃんと止めて上げれば良かった」

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。それより卵とってこれなくてすみません」

「そんなの謝らなくていい。……とにかくしばらくは【NO9】は禁止! ドラゴンも禁止っ!」

「「はい」」


 景さんは可愛らしく禁止宣言をするとじっと俺と細江君の顔を見つめた。


 ドラゴンは別にどうでもいいけど【NO9】はまだ行きたかったなぁ……。

 でもこの顔されちゃあなぁ。

 仕方ない。今度休みの日によわよわなダンジョンでいそいそと細江君とレベル上げしよ。


「おーいっ! お客さんからいいもんもらったぞ! って何だみんなして黙って……その歳でにらめっこでもやってたのか?」


 景さんの膨れっ面にたじろいでいると休憩室の扉が開き今度は店長が満面の笑みで部屋に入ってきた。


 掲げられた手には紙袋。

 お客さんからの差し入れなんて珍しいな。


「そんなんじゃない。ちょっと宮下君とついでに細江君に注意してただけ」

「そうか。まぁお説教タイムはいいとして、これを見てくれよ! こんなのが店の料理として以外で手に入るなんて中々ないぞ!いやぁ宮下、お前の知り合いにもまともそうな居て良かったな!」

「俺の知り合い?」


 大学の時の仲間がSNSでも見て来たのかな?

 いや待て、だとしても俺に差し入れなんてしてくれるような気の利いた人間は居なかった筈だぞ。


「『ドラゴン肉が気に入ったら連絡よろ』だってさ。袋の中に紙が入ってたぞ。一応電話番号も書いてある」

「……この字体は」


 ドラゴンをテイムしてたあいつか。

 また引き抜きの勧誘に来るとは行ってたけどまさかこんなに早いなんて……。

 多分動画とかSNSとかで特定したんだろうけど、ここに来ようっていう判断が遅い、じゃない早い!


「後で一言お礼を言っておけよ。俺からはもう言っておいた」

「えーっとぉ……はい」


 視界に入った景さんの顔を見て俺は引き抜きの件は伏せておく事にした。


 機嫌が悪いのに追い討ちをかけるのも辛いし、しゃーないよな。また後で報告するか。


「――店長、今ドラゴンって言いました?」

「おう! 今日のまかない飯はドラゴン肉のすき焼きだあ!」


 細江君の問いに嬉しそうに答えた店長は引き抜きなんて煩わしい事を知らずに紙袋に入れられたドラゴンの肉の入った箱を取り出して、早速その蓋を開けるのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...