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黄昏

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はじまり

決意

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大学の神学部部長室の窓からオレンジ色に染まった美しい光景が広がっていた。
太陽が東の地平線に沈む直前、積乱雲に成長するにはまだ時間を要する、しかし光を遮断するには十分な厚みを持った雲が、大気に邪魔された太陽の光を反射して美しい光景を作り出していた。
本格的な夏にはまだ間があるのか、窓から入り込む風がアビゲイルの髪を涼しげに揺らしている。
部長の執務デスクらしく重厚なマホガニーの机の上に一通の辞令が置かれていた。
夏の終わりから始まる新学期から彼女がこの大学の総長となる事を告げた辞令である。
しかし、彼女の心中はそれどころではなかった。
ゴーシュが7回目の跳躍を計画している事を知ってしまったのである。
今世においてはフリートウッド・マーリン・キルケゴールであるはずの彼をなぜゴーシュと呼ぶのか。
答えは簡単である。
彼女はキルケゴールの「賢者の秘法」がどういうものであるかを知っている。
そしてゴーシュという名前は彼の第1世での名前であり言わば彼の本名である。
その名を呼ぶ事を彼はアビゲイル以外には許していない。
否、「賢者の秘法」が如何なるものなのかをアビゲイルにしか明かしていないと言った方が良いだろう。 
アビゲイルはその事実を知った時、言葉に尽くせぬ喜びに震えた。
彼女がゴーシュに向ける感情に彼女自身は気がついていた。
単に種族保存の本能に基づくそれではない。
親が子を思うそれとも違う、子が親に持つそれとも違う、ましてや友が友に持つそれとも違う。
決して離れない。
若かりし頃どれほど疎まれても彼の後をついて回った。
今回だってそうだ、どれほど危険であろうとも、どれほど困難を伴おうとも、私は彼のそばを離れはしない。
「絶対について行く」、あの頃の情熱が戻ってきた。
何としても彼を説き伏せ、ついて行くのだ。
「まだ32歳だろう」と言われる事は分かっている。
跳躍は見方によっては自殺するに等しいものだ。
彼は決して承諾しないだろう。
しかし、彼女にとって彼を跳ばせてしまうことは自らの死を意味することに等しいのだ。
そのことを分かってもらうしかない。
「賢者の秘法」など彼以外実現できるはずもないのだ、彼以外が出来る事と言えばせいぜいエレメントの生命情報を解明し保存する「賢者の石」止まりなのである。
結局、彼を説き伏せるしか他に方法はない、大学の総長などどうでも良い、とにかく今は彼に請い続けるのだ、私の決意は本物だということを分かってもらうのだ。
そのためにはこの辞令は辞退することをすぐにでも現総長に伝えねばならない。

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