エーテルマスター

はじまり

賢者の秘法

彼が跳躍と呼んでいるそれは、その世界では「賢者の秘法」と呼ばれていた。　
どの世界に於いても人は人生の中で自らを高めることができるが、その与えられた人生はそれが何事であっても極めるにはあまりにも短すぎた。
その制約は神が与えたものなのか悪魔による妨害なのか、キルケゴールが最初に生を受けた第一世では、その答えを探求する研究が盛んに行われていた。
当時、ゴーシュと言う名前のありふれた修験僧であったキルケゴールはそれが神によるものか悪魔によるものかなどと言う命題に全く興味を示さなかった。
『短くて時間が足らないのであれば、寿命を伸ばせばいい』
彼は現実主義者であった。
時間が無いのであれば人の寿命を延ばす研究をした方がよほど可能性が高い。
幸い、第一世では魔法も現実のものであり魔法による生命への干渉も可能であったため、彼は他の高僧の教えなど無視してひたすら不死の研究に注力した。
やがて、老化はその器すなわち肉体を構成する最小単位のエレメントに含まれる生命の情報が少しずつ損なわれていくために起こることを突き止めた。
現代の地球流に言えば、細胞に含まれるDNAの劣化が老化の原因だと突き止めたのだ。　
エレメントに含まれる生命の情報を記録し、定期的にこの情報を再構成してやれば、人は不老不死になれる。
ゴーシュは確信した。
そこから、地道な探索が始まった。
生命の情報を読みだしそれを記録する媒体の選定。
記録された生命情報を自らの肉体の全エレメントに上書きする技術。
解決しなければならない課題は星の数ほどあった。
ゴーシュが課題の全てを解決して不老不死の可能性が現実のものになったのは、彼が齢１００歳を超えた頃であった。
『これでは意味がない。なんのためにこれほどの苦痛に耐えて研究を続けてきたのだ？』
ゴーシュが望んだのは優れたインスピレーションを発揮する若々しい頭脳や、何キロもの距離を走破しても衰える事のない肉体なのである。　
しかし、その情報は彼に限って言えば既に失われていた。
たとえ不老不死が可能であったとしても、彼にとっては１００歳の頭脳と肉体を永遠に維持する事なのである。
『これではダメだ。失われた情報を復元する事は叶わないのか？』
その時から、彼は別の可能性を模索する事に残りの半生を費やす事になる。
半生といっても既に不老不死の技術は完成していたのだから、かれは永遠とも言える時間を使って新たな課題に取り組んだのである。
『賢者の秘法』が完成するのは彼が新たな可能性を模索しだしてからおよそ３００年後の事であった。