異世界の婚約者

真白 悟

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「そんなんじゃない」

 とっさに誤魔化してはみたものの、今の状況では言葉よりも表情の方が信じられてしまう事だろう。まあ別にいいけど。

「誤魔化さなくていいじゃない。王国の料理はどれも味付けが単調だから仕方ないわよ。まあそれも悪くはないんだけど、芳醇な香りのソースや原産の野菜を使ったウトピアの味には遠く及ばないもの」
「そんなに美味しいのか?」

 思わず生唾を飲み込む。王国の料理とやらにもいまだにありつけてはいないが、それよりも遥かに美味しいものがあると言われればどんな人間でもそうする。誰もが至高の料理を前にしては平然としていられない。
 僕だってそうだ。料理の味なんてたいしてわからないけど、たぶん本当に美味しいものってそういうもののはずだ。

「たぶん私の贔屓もあるとは思うけど、自身を持ってお勧めできるわよ。でも今の状況でウトピアにわたるのはおすすめしないけどね」

 そう言ってシアは苦笑いを浮かべた。
 今の状況というのはどういう意味なんだろうか、王国とウトピアで戦争でもしているのだろうか……でもそれならシアがこちら側へ渡って来れるはずがない。もっと何か個人的なことだなのだろう。しかし僕には何も思い当たらない。

「どうしてだ?」
「だって、あなた。お父様とあったら大変なことになるもの」
「うん? それでどうして君の父上と会ったら大変なん……あ――」

 そうだ。僕は彼女の父からしてみれば、よく知りもしないのに婚約を交わした男だ。しかもある意味では僕は彼女のヒモであるととられても不思議ではない状況だ。そんな僕が、彼女の父に会うなんて絞首台に自ら上るようなもの……今は彼女の父と会うのは避けたい。おそらく父親としての経験がないであろう僕にだって、娘がこんな男と婚約したらその男を殴り飛ばしたくなるってことぐらいは分かる。
 すっかり忘れていたが、僕は彼女の婚約者なんだ。それがどれだけ不本意なことであったとしても、その事実が変わる事はない。ある意味では不貞を働いたととられても仕方ない。

「私にしてみれば、それほどでもないけど。あなたにしてみればかなり状況は悪いのよ。だから一刻も早く失われた魔法を見つけなくちゃいけないわ!」

 不敵な笑みを浮かべて「ふふっ」と笑うシアは、僕の目から見るとまるで悪魔のように映った。でもすべての元凶は僕であるが故に、彼女を責めることも出来ないのが口惜しい。

「不本意な婚約すらも開拓に利用するんだな。ものすごいフロンティアスピリットだ」
「不本意ってほどでもないわ。私にしてみれば、誰と結婚しても同じことだもの。それにどっちにしても、失われた魔法は探すつもりだったわ。それがちょっと早まったってだけの話よ」
「誰と結婚しても同じはちょっと言いすぎじゃないか? 結婚は本当に好きな人とするべきだ」

 シアは僕が口にした言葉が予想外だったらしく、少しだけ困惑した表情を見せてからすぐに元の表情に戻り「そうね」と一言だけつぶやいた。
 ほんの数時間一緒に居ただけの人間に驚かれるんだから、僕自身はそんな自分にもっと驚いている。僕にとっては結婚はおろか、『愛』だってどうでもいいものだとばかり思っていた。だからまさか自分の口から恋愛論が飛び出すだなんて思ってもいなかった。

「ともかく、君は僕との婚約を解消したいんだろう? だったら、少なからず僕との婚約は不本意なはずだ」

 僕だって何の努力もしない人間と結婚させられそうになったら、きっとそうならないようにあらゆる手をつくす。今の僕にっては、逆玉の輿になりかねない状況だからそこまで必死になっていない部分もある。
 それなのに、シアはそんな僕を見ても別段文句を言うわけでもなく冷静に話してくれている。それはきっと、『失われた魔法を探す』という目的があるからというのもあるだろうが、僕の罪悪感を少しでも和らげようとする意図があるのかもしれない。もしかしたら、僕の単なる妄想に過ぎないのかもしれないけど、その可能性は大きいと思う。それに――妄想は覚めなければ現実と同じだ。

「もちろん、婚約自体は不本意よ。それを否定するつもりはないけど、すでに起こってしまったことは変えることが出来ないのよ。起こしてしまったことを悔やんでも仕方がないの。それに、実のところ婚約したのがあなたでよかったと少しだけ思ってるわ! だからこの話は終わり!」

 表情を全く変えることなく放ったそんなシアの言葉によって、婚約の話は打ち切られた。
 愚かなことだけど、僕はほんの少しだけ自身の心音が早くなるのを感じていた。
 僕でよかった――そこにどんな真意があるのかは想像するしかない。だけど、それがいい理由であれ、悪い理由であれ、彼女の様な美人にそう言われればうれしいに決まっている。それだけで僕は思わず舞い上がってしまった。
 彼女が僕なんて相手にするわけないと、心のどこかで分かっていても彼女の言葉がうれしいくて仕方がなかった。
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