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1章 刻印を持つ者

3.祈り

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 礼拝堂れいはいどうへと向かうルシフは、まるで断頭台だんとうだいへと向かう気分だった。何もしたくないという気持ちとかしらに恩返しをしたいという気持ちに板挟いたばさみになる。
(確かに俺はこの人に恩義おんぎもあるし、ここまで育ててくれたことにも感謝している。だが、そもそもミサなんかしたことないしどうすればいいんだ・・・?)
 ルシフは気が付かれないように横目でかしらの方を見た。かしらはルシフの気持ちなんて気にも止めていないようだ。
「親父さん。俺はやるとは言ったもののミサなんてやったことないよ?」
「でも、マリアさんがやっている様子をずっと見てきたんだろう?なら大丈夫だ!」
 かしらはそう簡単に言うが、ミサとはそんな単純たんじゅんなものではないことをルシフは知っていた。だが、ルシフはサボり魔で楽観視らっかんしする傾向けいこう非常ひじょうにつよい。それだけになんでも出来るような気がしていた。
 ルシフは、育ての親であった漁師のかしらに性格が似ている。だが、その勤勉きんべんさまでは似ても似つかなかった。それでも、初めてのミサにまるで緊張きんちょうしていないわけではない。

 ミサが始まるまでまだ時間がある。かしらに頼み込んで1人にしてもらうことにした。ルシフは家の玄関げんかんを出ていつものように地面にしゃがみ込んだ。彼は緊張きんちょうした時やいやなことがあった時は必ずそうした。
 そこに座って、中央通りをながめるだけで落ち着くことができた。そうして、花壇かだんえられた花のかおりで、いやなことは全て忘れられた。
 子供のころからどんな苦境くきょうに立たされようと、そうすることだけが彼のすくいだった。
 
 緊張きんちょうほぐれたルシフはゆっくりと立ち上がり、礼拝堂れいはいどうへと向かう。ドアを開けると、屈強くっきょうな漁師達が並んでむかえてくれた。少し暑苦しいなかでルシフは主祭壇しゅさいだんへと向かう。
 並んでいる漁師はみな馴染なじみみの顔だ。中にはルシフの同世代どうせだいもいる。ルシフは時の流れの残酷ざんこくさを感じ、自分と同じとしなのにしっかりと働いている彼をみてなさけなくも思った。
(お前はそれでいいのか?ただ、漫然まんぜんと働くということは負けたも同然どうぜんなんだぞ!)
 心のなかでくだらないことをさけびつつも、顔には出さず軽く会釈えしゃくした。彼もそれに気がついたのか、会釈えしゃくし返してくれた。
 主祭壇しゅさいだんの近くまでくると、そこに母がいることに気がついた。まさか、このとしで母に見守られながら仕事をするなんて思ってもみない。なんとなくずかしい。

 ルシフは主祭壇しゅさいだんの後ろ側へとまわり、挨拶あいさつを始めた。しかし、ルシフは次に何をすればいいのかわからずあせっていた。
 たまらず母の方を見るもこちらにきづていない。しかたなく思い出す努力どりょくをした。
(・・・いつもどんなことをしていたっけ?ダメだ思い出せなねーよ・・・!確かお祈り的な何かをしていたはずだ!セリフを思い出すんだよ、俺!!)
 そんなことを考えているとはつゆ知らず、みなだまんでしまったルシフを心配した。まさか、神父がミサの流れをわすれてあせっているなんて思いもしない。何より、マリアがいつも主祭壇しゅさいだんにミサの流れが書いてある紙を置いてあるのを知っているため、そもそも、その考えすらかばない。
 だが、もう1分くらいだまんでいるわけだからだまって見ているだけともいかなかった。見かねたかしらいかけることにした。
「ルシフ?一体どうしたんだ?」
 そんな風に声をかけられたわけだから、誤魔化ごまかそうとするのも無理むりないことだ。

(やばい・・・!!一体どうすれば!?仕方しかたない、ここは適当てきとう誤魔化ごまかすしかない!!)

「クッソ・・・なんだよ・・・全然ぜんぜんでてこねーよ。俺な・・・覚悟してここに立ってんだよ。
 けどな、なんかこうして・・・初めてのミサをやるとさ・・・
 わるい、やっぱつれーわ。」

 ルシフは自分の誤魔化ごまかしの完璧かんぺきさに驚愕きょうがくした。まさか、アドリブでなみだを流しながらここまでちゃんと言えるなんて思いもよらなかった。なら帰ってくる言葉は1つ、『そりゃ、ツレーでしょ!』一択いったくだろう。あとは演技えんぎがバレないように目をつぶり下を向いているだけだ。
 しかし、彼の予想よそう大幅おおはば裏切うらぎられることとなる。少しの間のあと、さけこえがハミングした。それも、ものすごい数だ。
 漁師も母マリアもみな大号泣だいごうきゅうだった。それもほぼニート状態じょうたいを4年も続けた男が、初めてきちんと仕事する場で感動的なことを言うとそうなるのも仕方がない。
 ルシフのはなった言葉となみだが、ルシフのやる気の象徴しょうちょうだと勘違かんちがいしてしまったのだ。中でも、1番感動したのはルシフの母、マリアだろう。
 マリアは彼が出稼でかせぎから帰ってきたばかりのころから、精神的せいしんてき不安定ふあんていだった彼をずっと心配し続けたのだから・・・。すぐにでも行方不明ゆくえふめいの神父に報告ほうこくした。
 「あなた、私たちの息子がついに立派な神父になったわ・・・。あなたにもこの姿すがたを見せてあげたかった・・・。」
 ルシフはそうつぶやく母の声を聞き、自分が取り返しのつかない間違まちがいをおかしてしまったと気がついたが、それも後のまつり。
(母さん!!待って、俺働きたくない!!)
 あせりと共に目を開く、ルシフは衝撃的しょうげきてきなものを見てしまった。
(って、ミサのメモあるじゃん!?)
 眼前がんぜんには、母が作ってくれたであろうメモが広がっていた。それからは、ととこおりなくミサがおこなわれたことはいうまでもない。
 ルシフはミサを終えると思うのであった。

『なんでもノリでやるのはいけない事だ』と。

 ミサを終えたルシフは、始める前と同じように中央通りをながめていた。なぜなら、自分の定職が1番嫌いな父と同じ神父に決まろうとしていたからである。
 あの後、母はとても喜んでいたし、頭も安心していたようだった。基本働きたくないルシフだが、他のどんな職業しょくぎょうで働くのが良くても神父だけはいやだった。
 彼はどうしても、神父が偽善ぎぜんで金を巻き上げる者だというイメージがあるからである。それに、神父は自分のような刻印こくいん持ちをきらっているものが多い。それは、王都へ出稼でかせぎに行っていた時にいやという程思い知らされた。
 きっと、父もそうだったから自分を置いて消えたのだ。もしちがったとしても、王都の神父達のような汚いやつにだけはなりたくない。
 彼らの行う悪魔払いエクソシズム、あれこそ悪魔の所業しょぎょうだろう。普通ふつうの人間なら、あんな意味のないことをして、刻印こくいん持ちからお金を巻き上げるなんて出来るはずもない。
(あーあ、いやなことを思い出してしまった・・・。あんな奴らがいるから刻印こくいん持ち達が犯罪はんざいおかすんじゃないか・・・?)
 今回はいつもと違い、中央通りをながめていても気持ちが落ち着くことはなかった。日がしずんでからも彼はその場から動かなかった。漁師達が漁に出てからずっとここにいるから、もう半日はそこに座り続けた。
 やっていることはいつもと大差はないが、ルシフはいつも以上に神妙しんみょうな顔つきをしている。それをかげから見つめているマリアは心配でたまらなかった。
 
 結局、彼は朝まで自分のこれからについて考えることにした。自分のこれからの身のかたを考えなければ、まさか一生ニートとして生きていけるわけでもない。
 それに、何かを待っているだけでは前に進めないということをいやという程知っていた。自分は刻印こくいん持ちだからこそ人よりもチャンスがおとずれにくい。
 今回のミサだってそうだ。働きたくないなんて口ではいいながら、結局けっきょく働いている。適当てきとうなことばかり言っているはずだが、それでも確信かくしんをついてしまう。
 それは、自分が刻印こくいん持ちにほかならない証拠しょうこだ。それこそ、悪魔に与えられたルシフの能力なのだから。
 人よりもチャンスが少ない。その代わりに一発逆転のために大きな力が与えられているのだ。しかも、その能力は神父向けのものだ。だとすれば、これは神が彼に与えたチャンスなのではないだろうか?

「違う!!俺はこんな力を望んでいない!!だから俺に普通の生活を返してくれ!!」

 ルシフは虚空こくうに向かってさけんだ。自問自答じもんじとうえきれなくなってしまったのだ。彼は神に向かって人のために祈ることはあれど、自分のことを願うのは初めてだった。
 どれだけえきれないことがあっても、ここにいるだけで解消かいしょう出来たはずだ。それが、たった4年間の間にまったものはつい限界げんかいえてしまった。

「どうして、刻印こくいんを持つというだけで好きな職業しょくぎょうにもつけないんだ!!俺はどんないやなことでえ続けたんだ!!なのにこの仕打しうちはないだろう・・・!!」

 彼は4年前のことを全てした。今まですことが出来なかったことだが、初めてミサを行なった今日だったからこそせた。
 それから数分の間、中央通りに向かい愚痴ぐちさけび続けた。いくら近所の人から苦情くじょうがこようが御構おかましにさけんだ。
 もともと、働かざる者の異名いみょうをもつルシフだ。これ以上どんな不名誉ふめいよなあだ名がつけられたところで気にすることなど何もなかった。
 星が綺麗きれいな夜に彼は祈るようにさけび続けた。そして、スッキリしたところ考え直した。

(自分のもつ神父へのイメージは自分で一新すればいい・・・。きらいな親父が選んだ職業だ。だが、俺は親父のことを何も知らない・・・。だったら、俺が親父のことを知るためには神父になるのが1番なのかもしれない!?
 だったらなってやろうじゃん。俺のきらいな神父とやらに・・・。)

 そうして、神父になることを深く決意けついするルシフであった。
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