最強の勇者は、死にたがり

真白 悟

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魔王は友との約束を果たしたい

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「じゃあ、早速魔力を注ぐとしよう」
 僕は以前、魔力発生装置を見た場所まで足を運ぶために足を動かそうと思った。だが、それはヴラスカの言葉によって止められることになる。
「実は、お願いはそれだけではないのです。ずっと、あなたの命を狙い続けてきた私が言うのもなんですが、この村を護ってはもらえませんか?」
 ほんの数分で彼女は矛盾したことを言い始める。
 確かさっき、この村は商人たちが商売をするための重要な拠点だから、守る必要はないと聞かされたばかりだった気がするのだが、どういう意味なのだろう。
 僕は足を止めて、再び彼女の方を向きなおした。
「えっと……商人が守ってくれるんじゃないのか?」
 そんな僕の問いかけに、彼女は困ったように笑いながら、今この村が置かれている状況について詳しく話してくれた。

 この村は商人にとって重要な拠点であり、支配権を求めて商人たちが情報戦を行っている。それでも友がいたからこそ、商人たちも表立って手出しすることはなかったが、支配者がいなくなった今、商人たちが何をしでかすかはわからない。
 国外に続く道は安全とはいいがたく、おちおちと休憩することも出来ないほどに過酷な道であり、以前は魔物道と呼ばれたこともあったほどに魔物が多い。冒険者ならば拠点をつくることはたやすかったが、革命後は冒険者も数を減らし、国内には大量の仕事が溢れていたために、商人たちの金儲けに付き合う必要もなかった。かといって、商人たちが自らの手で拠点を築くには実力が足りず、数少ない冒険者をそれぞれの冒険者が数人雇って、お互いがその場所に拠点を築かないように妨害していた。
 しかし、結界が張られた今となっては、少数の冒険者を雇うだけで支配者になれるのだ。商人たちはこぞって支配者として君臨しようとするだろう。そうなれば、商人間で戦争が起き、内乱に発展する可能せいだってある。
 魔王がその抑止力になるとヴラスカは口にした。

「でも僕は――」
「言いたいことはわかります。世界を回るおつもりなんですよね?」
「ああ、神の思い通りにはさせないつもりだ。僕にはまだ勇者性が残っているらしいし、魔力限界による爆発もなくなったとあれば、魔王を倒して回るのも乙かなと思って」
「乙……よくわかりませんが、たまにこの場所によってもらえるだけでも抑止力にはなると思うんですよ。だから」
「わかったよ。ヴラスカにも迷惑をかけたわけだし、それにここはあいつの遺産だからな……」

 僕がいない間はヴラスカとニケが守ればいいだろうし、旅に支障が出ないぐらいには貢献しておいた方がいいだろう。いずれは国を建てなおすことにもなるだろうし、この村は貿易の拠点としては重要だからな。
 まあ、それをするのが僕である必要性はまるでない。僕自身も魔王で、いずれは消えなければならない。それは爆弾という役割から解放された今でも変わらないことだ。後のことは、国に残る人々が考え、自らの力で立ち上がって行かなければならない。世界にはもう勇者も英雄も必要ないのだから。

「ありがとうございます」
「まあ、なんだ。僕がいない間はニケが助けてくれるだろう……お前のことを気に入っているようだし。彼女だって元魔王だし、僕と大差ないぐらいの抑止力にはなるだろう」

 倒すべき魔王の居場所はわかっているとは言っても、相手の実力もわからない時点では帰ってくるまでどれだけの期間を要するかわからないし、ニケには残っておいてもらわないと……そもそも、僕が彼女と一緒に居る意味もよくわからないし、彼女には自立してもらわないと僕の将来が不安だ。
 それに、僕の問題だけではなく、ニケにとってもいい機会だろう。
 幸いヴラスカと、彼女は仲がいいみたいだし、長い間1人で生きてきた彼女が、最初に出会った人間から親離れならぬ友離れするにはいい機会だ。
 たぶん、ヴラスカもニケが一緒に居てくれることを望んでいるだろう。
――僕もそろそろ、ニケの優しさにばかり頼っていられない。死ぬときは1人きりだ。最後まで、誰かに付き添ってもらうことなどできない。

 僕はヴラスカに頼まれた通り、装置に膨大な魔力を注ぐ。これで数年は持つことだろう。そこから先は、魔王の力に頼ることもなく、人間だけの力でどうにかしていかなければならない。残念だが、僕が装置に魔力を注ぎ込むのはこれで最後だ。そのことはヴラスカには伝えていないが、最初から決めていたことだ。
 今日、この村を出たらしばらくは……もしかしたら、もう戻ってくることはないかもしれない。
 家にだって、いいや、この王国にすら足を運ぶことはないかもしれない。だからこそ、僕はいつもと変わらないようにたびに出ることにする。
 僕はヴラスカに別れを告げ、街を後にする。足取りはそれほど重くない。
「故郷との別れだっていうのに、別に感慨深くもないな」

 最初に勇者として街を出た時もこんな晴れやかな気分だったかもしれない。
 ただ、あの時と違うのは、お節介な幼馴染が隣にいないという事だろう。最後の旅は1人旅だ。ヘカテーにはお別れも告げず、旅立つ日も1ヶ月後を伝えてきた。たぶんもう会うことはないだろう。

「ヘカテー……僕の大切な人。僕が手を引くんだ。僕よりもいい男を手に入れないと許さないからな……」

 ずっと僕に憎まれ口ばかり叩いてきた彼女だが、それが僕のことを考えてのことだという事は痛いほどにわかっていた。誰もかれもが、僕を勇者だと称え、何をしていたとしても説教1つ叩かなかったのに、彼女だけは僕を叱ってくれた。
 死ぬことばかりを考えていた僕のことを真剣に考えてくれていた。魔法使いとしてはもちろんのこと、人間としても僕より数段上の存在だ。きっとうまいこと生きてゆくだろう。子供の頃から夢だった酒場を経営し、普通の人と結婚して、普通に暮らしていくというのをかなえてやりたい。
 僕はそんな彼女の想い出として、ほんの少しでいいから貢献してやりたい。
 神によって滅ぼされるはずの世界を護って、普通の生涯を送らせてやること、それが僕に残された最後の使命だ。
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