最強の勇者は、死にたがり

真白 悟

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魔王は友との約束を果たしたい

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――魔力によって体からは傷が消え去ったと言っても、友を殺したという事実が消え去るなんてことがあるはずがない。
 目の前に横たわる親友の死体をゆっくりと持ち上げる。

「お前の言ったとおりかもしれない。今までと何も変わらないはずなのに……どうしてか胸が痛む。ああ、そうか、そう言えばお前に刺されたんだったな……」

 剣が左胸に突き刺さる感触は、傷が癒えた今でもわずかに残っている。
 異物が体に入ってくる感覚、体を無理やり2つに切り分けられるような感覚。だが、実際のところその2つと、今僕が感じている痛みはまるで別物だ。胸が痛むという錯覚、脳から与えられた信号に対して、体が錯覚を起こして、心臓がより酸素を体中に送り込むため急激に鼓動を速くしたことによる痛み。
 僕は科学者でもなければ、人体に精通した人間というわけでもない。いや、そもそも今となっては人間ですらないのだった。

「なあ、僕はお前が魔王だと思い込んだままお前を殺したとして、この痛みはなかったと思うか?」

 口も開かぬ死体に対して質問をした。
 当たり前だが返事などあるはずもない。それでも、どうしてもそれを聞かずにはいられなかった。なぜなら、僕はそうはならなかっただろうと確信していたからだ。
 以前、ヘクセを殺した時も同じだった。
 親友の妻……そして僕の友だった彼女を僕が殺した。恨まれても仕方ないと思ったし、恨んでいるだろうとも思っていた。早く僕を殺してほしいとも思っていた。この世界には絶望しかなく、無理やり異世界に連れてこられた彼女を僕が殺したのだ。
 平常心でいられるはずもない。

「魔王が絶対悪なら迷うことはなかったのかもしれない……いや、絶対悪など人間が作りだしたまやかしか……いずれにせよ迷ったのだろうな……でも、それでもこれほど心が痛むことはなかっただろう。神を恨むこともなかったはずだ……たとえ自分のことを爆弾に変えられたとしても……でも、僕はもう爆弾じゃない。それなのに、神が恨めしい……どうしてだ? どうして答えてくれない……? どうして……」

 幾千、幾万の人々を手にかけても出ることがなかった涙があふれてきた。
 自分でも驚いている。親友などと呼んではいたが、彼らとはそれほど長い年月を一緒に過ごしてきたわけでもない。僕の人生のほんの一瞬だけ苦楽を共にしたというだけの存在だ。
 それは、僕を操っていた王様だって、その王様を護るために僕の前に立ちはだかった兵士たちだって同じだ。
 王はともかく、兵士たちは何も悪いことをしていない。ただ単に、つく側が違ったというだけで、僕は殺した。圧倒的な力で彼らの言い分を払いのけたのだ。膝に落ちたパンくずでも落とすかのように、自分とは違う思想を排除した。世界を護るためにはそうするしかなかった。正義ではなく、僕のエゴだ。『大』を助けるために『小』を切り捨てる。
 お前を殺したのも、僕にとっての『大』を助けるため。大に……ヘカテーにあの時のような屈辱を味あわせないためであって、世界を最悪の魔王から救い出すためだ。どれだけ苦しくとも、後悔だけはするつもりはない。

「お前は……地獄に行くって言ったけれど、僕はそうならないと思う。もし、天国とか地獄とかが存在しているのならば、お前は絶対に天国に行く。たぶん、二度とお前に会うこともないだろう。だから、もう一度だけ言っておく、世界は俺に任せろ……」

 胸が痛くとも、先に進むしかない。僕はこの痛みとともに生きてゆく、もしこの世界が地獄であったとしても、それは今だけだ。僕がそれを変えてやる。絶望の淵で死んでいったすべての存在が、もっと生きたかったと思えるようになる世界を……なにものも死を望まぬ世界を……僕が造ってやる。
 だけど、その前にやらなくちゃいけないことがある。
 何って、まだお前の知り合いはいっぱいいるだろう。お前の最後を伝えてやらなくちゃ、いつまでたっても探し続けるかもしれない。そんな不毛なことをやらせるわけにはいかないからな。

「……終わったのね?」

 唐突にヘカテーが話しかけてきた。
 さっきまでは確実にいなかったが、彼女のことだ。瞬間移動の魔法だとか、高速移動の魔法だとかを使ったのだろう。いまさら驚くこともない。

「ああ」

 僕は手の中にある親友を傷めないように、ゆっくりと顔だけ後ろに向けた。
 そこに立っていたのはヘカテーだけではなかった。ニケと、ヴラスカも来ており、ヴラスカは今にも泣き出しそうな顔をしている。そりゃそうだ。昔の仲間であった男が今死に絶えたのだ……通常の精神では耐えることすら出来ないだろう。その点、彼女は精神が強い。長い間、1人きりで生きてきただけのことはある。
 だからこそ、僕は彼女……ヴラスカにはっきりと伝えてやらなければならない。これからは、本当の意味で1人きりの異世界人になるのだから。

「彼は死んだ」
「ええ、見ればわかる」
「僕が憎いか?」
「もちろん……でも、あなたを殺したところでどうなるわけでもない。どれだけ憎くても、それは神に向けるべき憎しみで……私はあなたを殺すつもりはない……あなたが死んだらニケ様も悲しまれますからね」

 そんな強がりを言ってのけた彼女だが、両手を血がにじみ出るほどに強く握りこんでいる。
 冷静を装っているだけで、今にも僕を殺したいのだろう。
 それを茶化すようにヘカテーが冗談を言って、それをニケが咎めた。

「殺してもいいよ。あたしが何度でも生き返らせるからね……なんて。殺しちゃだめだからね。もし殺したら、次はあんたを私が殺すことになる。世界最悪の魔王をね」
「ヘカテー。冗談を言ってられる状況じゃないのよ?」

 咎められたヘカテーはバツが悪そうに顔をそらして、小さな声で「ごめん」と呟く。
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