88 / 97
魔王は友との約束を果たしたい
2
しおりを挟む
――魔力によって体からは傷が消え去ったと言っても、友を殺したという事実が消え去るなんてことがあるはずがない。
目の前に横たわる親友の死体をゆっくりと持ち上げる。
「お前の言ったとおりかもしれない。今までと何も変わらないはずなのに……どうしてか胸が痛む。ああ、そうか、そう言えばお前に刺されたんだったな……」
剣が左胸に突き刺さる感触は、傷が癒えた今でもわずかに残っている。
異物が体に入ってくる感覚、体を無理やり2つに切り分けられるような感覚。だが、実際のところその2つと、今僕が感じている痛みはまるで別物だ。胸が痛むという錯覚、脳から与えられた信号に対して、体が錯覚を起こして、心臓がより酸素を体中に送り込むため急激に鼓動を速くしたことによる痛み。
僕は科学者でもなければ、人体に精通した人間というわけでもない。いや、そもそも今となっては人間ですらないのだった。
「なあ、僕はお前が魔王だと思い込んだままお前を殺したとして、この痛みはなかったと思うか?」
口も開かぬ死体に対して質問をした。
当たり前だが返事などあるはずもない。それでも、どうしてもそれを聞かずにはいられなかった。なぜなら、僕はそうはならなかっただろうと確信していたからだ。
以前、ヘクセを殺した時も同じだった。
親友の妻……そして僕の友だった彼女を僕が殺した。恨まれても仕方ないと思ったし、恨んでいるだろうとも思っていた。早く僕を殺してほしいとも思っていた。この世界には絶望しかなく、無理やり異世界に連れてこられた彼女を僕が殺したのだ。
平常心でいられるはずもない。
「魔王が絶対悪なら迷うことはなかったのかもしれない……いや、絶対悪など人間が作りだしたまやかしか……いずれにせよ迷ったのだろうな……でも、それでもこれほど心が痛むことはなかっただろう。神を恨むこともなかったはずだ……たとえ自分のことを爆弾に変えられたとしても……でも、僕はもう爆弾じゃない。それなのに、神が恨めしい……どうしてだ? どうして答えてくれない……? どうして……」
幾千、幾万の人々を手にかけても出ることがなかった涙があふれてきた。
自分でも驚いている。親友などと呼んではいたが、彼らとはそれほど長い年月を一緒に過ごしてきたわけでもない。僕の人生のほんの一瞬だけ苦楽を共にしたというだけの存在だ。
それは、僕を操っていた王様だって、その王様を護るために僕の前に立ちはだかった兵士たちだって同じだ。
王はともかく、兵士たちは何も悪いことをしていない。ただ単に、つく側が違ったというだけで、僕は殺した。圧倒的な力で彼らの言い分を払いのけたのだ。膝に落ちたパンくずでも落とすかのように、自分とは違う思想を排除した。世界を護るためにはそうするしかなかった。正義ではなく、僕のエゴだ。『大』を助けるために『小』を切り捨てる。
お前を殺したのも、僕にとっての『大』を助けるため。大に……ヘカテーにあの時のような屈辱を味あわせないためであって、世界を最悪の魔王から救い出すためだ。どれだけ苦しくとも、後悔だけはするつもりはない。
「お前は……地獄に行くって言ったけれど、僕はそうならないと思う。もし、天国とか地獄とかが存在しているのならば、お前は絶対に天国に行く。たぶん、二度とお前に会うこともないだろう。だから、もう一度だけ言っておく、世界は俺に任せろ……」
胸が痛くとも、先に進むしかない。僕はこの痛みとともに生きてゆく、もしこの世界が地獄であったとしても、それは今だけだ。僕がそれを変えてやる。絶望の淵で死んでいったすべての存在が、もっと生きたかったと思えるようになる世界を……なにものも死を望まぬ世界を……僕が造ってやる。
だけど、その前にやらなくちゃいけないことがある。
何って、まだお前の知り合いはいっぱいいるだろう。お前の最後を伝えてやらなくちゃ、いつまでたっても探し続けるかもしれない。そんな不毛なことをやらせるわけにはいかないからな。
「……終わったのね?」
唐突にヘカテーが話しかけてきた。
さっきまでは確実にいなかったが、彼女のことだ。瞬間移動の魔法だとか、高速移動の魔法だとかを使ったのだろう。いまさら驚くこともない。
「ああ」
僕は手の中にある親友を傷めないように、ゆっくりと顔だけ後ろに向けた。
そこに立っていたのはヘカテーだけではなかった。ニケと、ヴラスカも来ており、ヴラスカは今にも泣き出しそうな顔をしている。そりゃそうだ。昔の仲間であった男が今死に絶えたのだ……通常の精神では耐えることすら出来ないだろう。その点、彼女は精神が強い。長い間、1人きりで生きてきただけのことはある。
だからこそ、僕は彼女……ヴラスカにはっきりと伝えてやらなければならない。これからは、本当の意味で1人きりの異世界人になるのだから。
「彼は死んだ」
「ええ、見ればわかる」
「僕が憎いか?」
「もちろん……でも、あなたを殺したところでどうなるわけでもない。どれだけ憎くても、それは神に向けるべき憎しみで……私はあなたを殺すつもりはない……あなたが死んだらニケ様も悲しまれますからね」
そんな強がりを言ってのけた彼女だが、両手を血がにじみ出るほどに強く握りこんでいる。
冷静を装っているだけで、今にも僕を殺したいのだろう。
それを茶化すようにヘカテーが冗談を言って、それをニケが咎めた。
「殺してもいいよ。あたしが何度でも生き返らせるからね……なんて。殺しちゃだめだからね。もし殺したら、次はあんたを私が殺すことになる。世界最悪の魔王をね」
「ヘカテー。冗談を言ってられる状況じゃないのよ?」
咎められたヘカテーはバツが悪そうに顔をそらして、小さな声で「ごめん」と呟く。
目の前に横たわる親友の死体をゆっくりと持ち上げる。
「お前の言ったとおりかもしれない。今までと何も変わらないはずなのに……どうしてか胸が痛む。ああ、そうか、そう言えばお前に刺されたんだったな……」
剣が左胸に突き刺さる感触は、傷が癒えた今でもわずかに残っている。
異物が体に入ってくる感覚、体を無理やり2つに切り分けられるような感覚。だが、実際のところその2つと、今僕が感じている痛みはまるで別物だ。胸が痛むという錯覚、脳から与えられた信号に対して、体が錯覚を起こして、心臓がより酸素を体中に送り込むため急激に鼓動を速くしたことによる痛み。
僕は科学者でもなければ、人体に精通した人間というわけでもない。いや、そもそも今となっては人間ですらないのだった。
「なあ、僕はお前が魔王だと思い込んだままお前を殺したとして、この痛みはなかったと思うか?」
口も開かぬ死体に対して質問をした。
当たり前だが返事などあるはずもない。それでも、どうしてもそれを聞かずにはいられなかった。なぜなら、僕はそうはならなかっただろうと確信していたからだ。
以前、ヘクセを殺した時も同じだった。
親友の妻……そして僕の友だった彼女を僕が殺した。恨まれても仕方ないと思ったし、恨んでいるだろうとも思っていた。早く僕を殺してほしいとも思っていた。この世界には絶望しかなく、無理やり異世界に連れてこられた彼女を僕が殺したのだ。
平常心でいられるはずもない。
「魔王が絶対悪なら迷うことはなかったのかもしれない……いや、絶対悪など人間が作りだしたまやかしか……いずれにせよ迷ったのだろうな……でも、それでもこれほど心が痛むことはなかっただろう。神を恨むこともなかったはずだ……たとえ自分のことを爆弾に変えられたとしても……でも、僕はもう爆弾じゃない。それなのに、神が恨めしい……どうしてだ? どうして答えてくれない……? どうして……」
幾千、幾万の人々を手にかけても出ることがなかった涙があふれてきた。
自分でも驚いている。親友などと呼んではいたが、彼らとはそれほど長い年月を一緒に過ごしてきたわけでもない。僕の人生のほんの一瞬だけ苦楽を共にしたというだけの存在だ。
それは、僕を操っていた王様だって、その王様を護るために僕の前に立ちはだかった兵士たちだって同じだ。
王はともかく、兵士たちは何も悪いことをしていない。ただ単に、つく側が違ったというだけで、僕は殺した。圧倒的な力で彼らの言い分を払いのけたのだ。膝に落ちたパンくずでも落とすかのように、自分とは違う思想を排除した。世界を護るためにはそうするしかなかった。正義ではなく、僕のエゴだ。『大』を助けるために『小』を切り捨てる。
お前を殺したのも、僕にとっての『大』を助けるため。大に……ヘカテーにあの時のような屈辱を味あわせないためであって、世界を最悪の魔王から救い出すためだ。どれだけ苦しくとも、後悔だけはするつもりはない。
「お前は……地獄に行くって言ったけれど、僕はそうならないと思う。もし、天国とか地獄とかが存在しているのならば、お前は絶対に天国に行く。たぶん、二度とお前に会うこともないだろう。だから、もう一度だけ言っておく、世界は俺に任せろ……」
胸が痛くとも、先に進むしかない。僕はこの痛みとともに生きてゆく、もしこの世界が地獄であったとしても、それは今だけだ。僕がそれを変えてやる。絶望の淵で死んでいったすべての存在が、もっと生きたかったと思えるようになる世界を……なにものも死を望まぬ世界を……僕が造ってやる。
だけど、その前にやらなくちゃいけないことがある。
何って、まだお前の知り合いはいっぱいいるだろう。お前の最後を伝えてやらなくちゃ、いつまでたっても探し続けるかもしれない。そんな不毛なことをやらせるわけにはいかないからな。
「……終わったのね?」
唐突にヘカテーが話しかけてきた。
さっきまでは確実にいなかったが、彼女のことだ。瞬間移動の魔法だとか、高速移動の魔法だとかを使ったのだろう。いまさら驚くこともない。
「ああ」
僕は手の中にある親友を傷めないように、ゆっくりと顔だけ後ろに向けた。
そこに立っていたのはヘカテーだけではなかった。ニケと、ヴラスカも来ており、ヴラスカは今にも泣き出しそうな顔をしている。そりゃそうだ。昔の仲間であった男が今死に絶えたのだ……通常の精神では耐えることすら出来ないだろう。その点、彼女は精神が強い。長い間、1人きりで生きてきただけのことはある。
だからこそ、僕は彼女……ヴラスカにはっきりと伝えてやらなければならない。これからは、本当の意味で1人きりの異世界人になるのだから。
「彼は死んだ」
「ええ、見ればわかる」
「僕が憎いか?」
「もちろん……でも、あなたを殺したところでどうなるわけでもない。どれだけ憎くても、それは神に向けるべき憎しみで……私はあなたを殺すつもりはない……あなたが死んだらニケ様も悲しまれますからね」
そんな強がりを言ってのけた彼女だが、両手を血がにじみ出るほどに強く握りこんでいる。
冷静を装っているだけで、今にも僕を殺したいのだろう。
それを茶化すようにヘカテーが冗談を言って、それをニケが咎めた。
「殺してもいいよ。あたしが何度でも生き返らせるからね……なんて。殺しちゃだめだからね。もし殺したら、次はあんたを私が殺すことになる。世界最悪の魔王をね」
「ヘカテー。冗談を言ってられる状況じゃないのよ?」
咎められたヘカテーはバツが悪そうに顔をそらして、小さな声で「ごめん」と呟く。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」
「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」
私は思わずそう言った。
だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。
***
私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。
お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。
だから父からも煙たがられているのは自覚があった。
しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。
「必ず仕返ししてやろう」って。
そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
リアンの白い雪
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
その日の朝、リアンは婚約者のフィンリーと言い合いをした。
いつもの日常の、些細な出来事。
仲直りしていつもの二人に戻れるはずだった。
だがその後、二人の関係は一変してしまう。
辺境の地の砦に立ち魔物の棲む森を見張り、魔物から人を守る兵士リアン。
記憶を失くし一人でいたところをリアンに助けられたフィンリー。
二人の未来は?
※全15話
※本作は私の頭のストレッチ第二弾のため感想欄は開けておりません。
(全話投稿完了後、開ける予定です)
※1/29 完結しました。
感想欄を開けさせていただきます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
俺が死んでから始まる物語
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
いい子ちゃんなんて嫌いだわ
F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが
聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。
おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。
どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。
それが優しさだと思ったの?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
お願いだから俺に構わないで下さい
大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。
17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。
高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。
本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。
折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。
それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。
これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。
有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる