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勇者は魔王を倒すしかない
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「ええ、ですが、ただ殺されるだけでは意味がない。私が機関銃なら、あなたは核弾頭だ……この世界の言葉で例えるなら、私はアダマスの鎌で、あなたはケラウノス……それを両手に握っている神はどちらも使用しようとしている。どちらが残っても世界は滅びるでしょう……ですが反対に言えば、使い手が変わればどちらも神を殺すことが出来る。ならば使い手を変えればいい……神から人間に、人間から悪魔に」
彼が口に出したアダマスの鎌はどのようなものでも切り裂く鎌であり、ケラウノスはたった一撃で世界をも破壊できると言われた魔法だという伝承が残っている。神が神を殺すときにだけ使われたと言われる伝説上の存在で、実在するのかは誰も知らない。もしかしたら、神自身は知っているかもしれないが、少なくとも僕は実在するという話は聞いたことがない。
彼がそんな仰々しい代物を例えに出したのは、今の状況が、神々の争い程に危険だという事を伝えたかったからだろう。
しかし、『使い手を変える』という言葉の意味はよくわからない。
「使い手を変える……つまり、どういうことだ?」
そう訊ねると、彼は一呼吸おいてから静かに語り始めた。
「勇者は神の使いで、魔王は魔神の使い。天と地、その2つを入れ替えたように見せかければば、神々は混乱する。その役目は私には不可能だが、あなたにならできる。魔王に憑依されることのないあなたなら! ……しかし、あなたは世界を滅ぼすことの出来る雷霆だ。いつ振るわれるかもわからない絶望の剣だ。その役目から解放する必要があった。神に振るわれることの内容に……」
魔力を少しずつしか放出できない僕は、魔力生産量が放出量を遥かに上回り、いつ爆発するかもわからぬ爆弾に成り下がった。勇者というのは不便なもので、それでも自決することを許されない。つまり、神の気まぐれによっていつ使用されるかもわからない雷霆という言葉で彼は僕を表したのだろう。
それを回避するためには、僕の魔力生産量を放出量が上回ればいいという話だ。しかしながら、勇者として、現世界人として、魔力の排出量には限界がある。その限界を突破するために必要なことは……
「……それで僕を勇者から解放したのか」
人間として、勇者としての限界を超えるという事は、それはつまり人間ではなくなるという事だ。
魂の器は、魂の器として、どこまで行っても人間という個体を凌駕することは出来ないが、体が壊れるほどの負荷をかければ、負荷をかけた分だけ人間から遠ざかっていく。太古の人間が、自分たちよりも大きな存在を狩るために体を鍛えたように、歴戦の戦士が、国や家族を守るために体を鍛えたように、勇者も体を鍛えることは不可能ではない。僕は異世界人としての限界近くまで魔力放出量を高めていたが、それでも自分という個体が壊れてしまわないように抑えていたのも事実だ。
特に魔王の魔力は人間の体には劇物で、一定以上の放出量を上げれば一歩間違えれば魔力中毒、最悪は自身の体にある魔力を排出する器官が破裂し魔力暴発……現時点での魔力量なら世界が滅びるほどとまではいかなくても、あたり一帯は消し飛んでしまいかねないぐらいの魔力を僕は保持していた。
つまり、ある意味では自殺に近かったと言ってもいいだろう。そんなことを神が許してくれるはずもなく、そうすれば、少なくとも世界が崩壊することはないと知っていても、試すことすら出来なかった。
彼が僕を死の淵に追い込むことによって神が自殺とみなさないようにしてくれたという事だろう。
「ええ。そしてあなたもご存じのとおり、あなたの魔力許容量は少ない。現時点で半分程度はたまっていたでしょう。あなたの生が終わるよりも遥かに速く、早ければ2年……いや、1年もたたずに神が剣を振るうかもしれない。なんとしても、魔力の排出量を増やしてもらう必要があった。異世界人は現世界人よりも排出量が遥かに少ない、それ故にどうあがいても魔王の魔力は体にたまり続けている。それが限界に達すると、精神では魔王に敗北していなかったとしても魔王に体を奪われる。私の妻がそうだった。妻は普通の人間よりも多くの魔力を生みだし、おそらく、かなり早く魔王に体を乗っ取られたのでしょう……」
悔しそうに涙を流し、彼は膝を地面についた。
「という事は、お前も?」
「いいえ、違います。私は限界を超えて、魔力量に関しては調整できるようになった。何とか魔王を精神力で押さえつけることも出来ている。だが、体内から放出された魔王の魔力は私を蝕み続けている。たぶん1年もなかったでしょう」
「だから――」
「――ええ、あなたに託しに来た。でも、あなたは私が相手では本気になれなかったらしい。『死』という結果を見ればそれがよくわかる。だから私は魔王の真似事をして、あなたに限界を超えてもらった。その代わりに、私は寿命をほぼ使い切ってしまった。わかるでしょう?」
「時を操る恩恵の代償か」
それほど強力な力にデメリットがないはずがない。――それが寿命だとしても驚くことではない。
「その結果が、今の私ですよ。残り少なかった……私の1年ほどの寿命も、今では数刻程度しか持たないでしょう
。しかし魔王に体を乗っ取られるとそうはいかない。寿命が尽きかけた私の体は、魔王の魔力を抑え込むことが難し……だからあなたには気がつかずに終わらせてほしかった。勇者は自ら命を絶つことは出来ませんからね」
彼が口に出したアダマスの鎌はどのようなものでも切り裂く鎌であり、ケラウノスはたった一撃で世界をも破壊できると言われた魔法だという伝承が残っている。神が神を殺すときにだけ使われたと言われる伝説上の存在で、実在するのかは誰も知らない。もしかしたら、神自身は知っているかもしれないが、少なくとも僕は実在するという話は聞いたことがない。
彼がそんな仰々しい代物を例えに出したのは、今の状況が、神々の争い程に危険だという事を伝えたかったからだろう。
しかし、『使い手を変える』という言葉の意味はよくわからない。
「使い手を変える……つまり、どういうことだ?」
そう訊ねると、彼は一呼吸おいてから静かに語り始めた。
「勇者は神の使いで、魔王は魔神の使い。天と地、その2つを入れ替えたように見せかければば、神々は混乱する。その役目は私には不可能だが、あなたにならできる。魔王に憑依されることのないあなたなら! ……しかし、あなたは世界を滅ぼすことの出来る雷霆だ。いつ振るわれるかもわからない絶望の剣だ。その役目から解放する必要があった。神に振るわれることの内容に……」
魔力を少しずつしか放出できない僕は、魔力生産量が放出量を遥かに上回り、いつ爆発するかもわからぬ爆弾に成り下がった。勇者というのは不便なもので、それでも自決することを許されない。つまり、神の気まぐれによっていつ使用されるかもわからない雷霆という言葉で彼は僕を表したのだろう。
それを回避するためには、僕の魔力生産量を放出量が上回ればいいという話だ。しかしながら、勇者として、現世界人として、魔力の排出量には限界がある。その限界を突破するために必要なことは……
「……それで僕を勇者から解放したのか」
人間として、勇者としての限界を超えるという事は、それはつまり人間ではなくなるという事だ。
魂の器は、魂の器として、どこまで行っても人間という個体を凌駕することは出来ないが、体が壊れるほどの負荷をかければ、負荷をかけた分だけ人間から遠ざかっていく。太古の人間が、自分たちよりも大きな存在を狩るために体を鍛えたように、歴戦の戦士が、国や家族を守るために体を鍛えたように、勇者も体を鍛えることは不可能ではない。僕は異世界人としての限界近くまで魔力放出量を高めていたが、それでも自分という個体が壊れてしまわないように抑えていたのも事実だ。
特に魔王の魔力は人間の体には劇物で、一定以上の放出量を上げれば一歩間違えれば魔力中毒、最悪は自身の体にある魔力を排出する器官が破裂し魔力暴発……現時点での魔力量なら世界が滅びるほどとまではいかなくても、あたり一帯は消し飛んでしまいかねないぐらいの魔力を僕は保持していた。
つまり、ある意味では自殺に近かったと言ってもいいだろう。そんなことを神が許してくれるはずもなく、そうすれば、少なくとも世界が崩壊することはないと知っていても、試すことすら出来なかった。
彼が僕を死の淵に追い込むことによって神が自殺とみなさないようにしてくれたという事だろう。
「ええ。そしてあなたもご存じのとおり、あなたの魔力許容量は少ない。現時点で半分程度はたまっていたでしょう。あなたの生が終わるよりも遥かに速く、早ければ2年……いや、1年もたたずに神が剣を振るうかもしれない。なんとしても、魔力の排出量を増やしてもらう必要があった。異世界人は現世界人よりも排出量が遥かに少ない、それ故にどうあがいても魔王の魔力は体にたまり続けている。それが限界に達すると、精神では魔王に敗北していなかったとしても魔王に体を奪われる。私の妻がそうだった。妻は普通の人間よりも多くの魔力を生みだし、おそらく、かなり早く魔王に体を乗っ取られたのでしょう……」
悔しそうに涙を流し、彼は膝を地面についた。
「という事は、お前も?」
「いいえ、違います。私は限界を超えて、魔力量に関しては調整できるようになった。何とか魔王を精神力で押さえつけることも出来ている。だが、体内から放出された魔王の魔力は私を蝕み続けている。たぶん1年もなかったでしょう」
「だから――」
「――ええ、あなたに託しに来た。でも、あなたは私が相手では本気になれなかったらしい。『死』という結果を見ればそれがよくわかる。だから私は魔王の真似事をして、あなたに限界を超えてもらった。その代わりに、私は寿命をほぼ使い切ってしまった。わかるでしょう?」
「時を操る恩恵の代償か」
それほど強力な力にデメリットがないはずがない。――それが寿命だとしても驚くことではない。
「その結果が、今の私ですよ。残り少なかった……私の1年ほどの寿命も、今では数刻程度しか持たないでしょう
。しかし魔王に体を乗っ取られるとそうはいかない。寿命が尽きかけた私の体は、魔王の魔力を抑え込むことが難し……だからあなたには気がつかずに終わらせてほしかった。勇者は自ら命を絶つことは出来ませんからね」
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