最強の勇者は、死にたがり

真白 悟

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勇者は魔王を倒すしかない

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 胸の傷が痛む。
 ほんの数秒の間に、致死量にも届くであろう量の血が失われた。
 それなのに僕の命が尽きることはない。魔力の胎動が強くなり、全身を震わすような熱気がつつむ。先ほどまでは体の先から冷たくなっていたが、今ではその反対だ。熱さで蒸し殺されてしまいかねないほどに、大気中の空気も熱い。

「先ほどまでとは、比べものにならないほどの魔力ですね……ですが、その出血量じゃどのみち助かりはしないでしょう。これ以上、体を傷つける必要はない。一突きで終わらせて差し上げましょう」

 あふれ出た魔力の熱気に動揺するでもなく、魔王は短剣ゲヘナを僕の体に突き刺した。だがしかし、短剣は僕の体に触れることはなく、空中で制止する。

「これは……なるほど、ただ単に魔力を放出していたわけではないという事ですね」

 魔王は空中に突然現れた氷の塊を見てぽつりとそう呟いた。
 短剣は氷の塊によって、その進路を阻まれたのだ。
 しかし、先ほどまでなら、それもあり得なかったことだ。短剣ゲヘナは『地獄の業火』が込められた短剣であり、普通の氷がその行く先を止められるわけもない。いや、氷だけではない。どのようなものでも同じようにゲヘナの前では無意味なのだ。

「ふふ、ふふふ。勇者でなくなるというのに、思っていたよりも気分がいい」

 魔力の排出量が限界を遥かに超え、僕の体は軋み、悲鳴を上げている。体中を包む暑さももちろんだが、それ以上に体中が引っ張られるような痛みが僕の意識を失わせまいと、眠りかけた僕の体を無理やり引き起こす。
 目に見えるほどの黒い魔力が僕の体を包み、常軌を逸するほどの冷気があたりを冷たくさせる。それなのに僕の体は冷えることさえない。

「もはや、人間のそれを凌駕していますね。勇者としての、人間としてのあなたは死んでしまったらしい……だったら、あなたという存在そのものにも死んでもらいましょう!」

 魔王は再び分身すると、四方から一斉に僕に向かって一気に突っ込んでくる。そのすべての分身の手にゲヘナをつかみ、今度こそ僕を本気で殺そうとしているようだ。
 しかし、それらすべての攻撃は、大気中に溢れた氷にことごとく防がれた。

「いい具合に血が抜けて、頭が冴えわたってきた」

 僕は魔王の攻撃になど意にも介さずにエアリアルを解除して地に降り立った。
 地面にはおびただしい量の血が、それこそ血の雨でも降らせたかのように飛散している。不思議な感覚だ。これほどの血を失って、いまだに何事もなかったかのように動くことが出来ることが不思議でならない。今までに何人もの悪党を葬ってくるなかで、味方が、敵が大量の血を流したことがあった。たぶん、今僕の足元に溢れている血とほぼ変わらないほどなこともあったはずだ。そう言った大量失血した者達は、どれほどの優秀な人間であろうと、変わらずに天へと帰って行った。それなのに、僕は今ここに立っている。
 心なしか息苦しさもない。ただ、全身を駆け巡る熱気のようなものは、いまだに収まらない。

「いやはや、まさに魔の王。魔王ですね。どうやら魔力が血の置換をしているらしい。魔力を血液の代わりに使うなんて、まさに魔の所業だ。すばらしい。今まさに、私の計画は成った」

 さっきまで瀕死だった殺すべき対象が元気になったというのに、まるで、全てが計画通りだと言わんばかりに魔王は喜んでいる。

「計画は成った?」

 むしろ、僕が元気になったのだから、奴の計画は『破綻した』とまでは言わなくとも、『最初の段階に戻った』はずだ。それなのに、何がうれいいというのだろう。
 そんなことを考える僕に向かって魔王が宙から短剣を構えてとびかかってくる。
 目に見えるほどのスピードではあるが、それでも先ほどまでの僕ならば対応することが出来なかったスピードだ。それなのにどうしてだろうか、体が勝手に動く。
 僕の体は、魔王の攻撃を予測して短剣が握られている魔王の右腕を左手で簡単に捕まえた。しかし、魔王もそれを予測していたらしく、短剣を手放したかと思うと、それを左手で掴み取り、再び僕にめがけて突き出す。それを僕はゆっくりと左にかわした。

「なるほど、あなたの体にまとわりつくような黒いオーラ……それもまた魔力だというのですね。その魔力があなたの人間としては桁はずれしていたが、魔王クラスにはついていけない程度の筋力を補っているというわけですか……くく、面白い!」
「くっ……!」

 無駄口を叩いている間も魔王は手を休めることなく攻撃を仕掛けてくる。
 僕はそれを何とかかわしながらも、次の攻撃の機会を待った。

「気がついてますか? あなたの左胸の傷、もう治りかかってますよ! よかった! あれであなたが死んでしまったら、私はあなたを毒で殺したようなものだ。自尊心を傷つけられるところでしたよ!」
「また、憎たらしいことを……」
「いいじゃありませんか、この戦いがどっちに転ぼうが、私たちが会話をするのはこれで最後なのですから! もちろん、勝つのは私ですがね!」

 魔王は徐々にスピードを上げて、僕がかわすことの出来るギリギリの速度を予測しながら追撃を加えてきている。
 だが、僕がおかしくなったのか、その攻撃がどんどんとかわしやすくなっているような気がしてならない。
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