最強の勇者は、死にたがり

真白 悟

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勇者は魔王を倒すしかない

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 恐怖というやつはいつの時代も人々の心を侵し、この世で最も人を殺してきたものなのかもしれない。
 特に神も救いの手を差し伸べてくれなくなった螺旋の世界では、恐怖に打ち勝つ方法は希望ぐらいしかないだろう。僕にとってもそうだった。

「お前の言うとおりそうなのかもしれない。だけど今の僕にとって、背後を取られることは恐怖じゃない」
 本当に簡単に殺せる相手で、すぐにでも殺したい相手に対して背後を取る意味などまるでない。ましてや、背後をとったまま話し合うことに何の意味があるというのだろう。――意味などあるはずがない。
 それを理解せずに僕の背後をとり続けているというのならばいざ知らず、魔王ともあろう存在がそこまで頭が回らないとは考えられない。それならば僕を殺すのをためらっているのか、もしくは僕が隠している力に気がついているのかのどっちかになる。前者なら僕に有利だが、後者なら僕に不利だ。

「いいや、あなたはすでに恐怖している。この状況に……恐怖は疑心を生み、疑心は行動を鈍らせる。戦いというのはほんの少しの心境の変化で、良くも悪くもなるでしょう? 私はただ自分に有利な状況を作りだしたいだけで、あなたがどれほどの力を隠しているのかとかはどうでもいいのですよ。あなたに対してほんの少しであったとしても隙なんて見せるつもりはありません」
「言いたいことは理解できる。だがもし仮に、本当にそうだとするなら僕ならすぐに相手を殺す」
「それじゃあ物語は楽しくないでしょう? 人生を口当たりの良いものにするためのスパイスは適度な刺激ですよ
!」
 魔王は背後から僕に斬りかかる。挙動は見え見えで、短刀を振り切る動作もかなりゆっくりだ。彼に僕を殺す気があるのかはよくわからない。
 僕はそれを軽やかにかわして、今度はこちらから斬りつける。こちらは全力で殺意を込めて出来る限り剣の流れを読ませないようにギリギリまで引きつけた。それでも魔王には難なくかわされた。『最強の勇者』だとか呼ばれてはいるが、僕は自分のことを最強だとは思ったことは一度たりともない。それでもこれほどまでにたやすくかわされるとは思ってもいなかった。

「刺激……そんなものに何の意味がある? 殺す相手をいたぶることに何の意味があるというんだ? 僕にはわからない。わかりたくもない。僕は心までは魔王になるつもりはないから……だから半分は勇者のつもりでお前に言わせてもらう――俺の友の口からそんな言葉を吐くんじゃない!!」
 自分でも数えきれないほどの剣撃を魔王に対して放つ。
 それでも魔王は涼しい顔ですべてをかわした。
 身の毛がよだつほどに恐ろしいスピードだ。親友が使った気配を消す恩恵を失ってもおつりがくるほどに強力な力だ。僕が今まであった中で一番のスピードを誇る存在だろう。ヴラスカよりも格段に速い。それだけに理解できない……どうしてやつは一撃必殺の剣で僕を殺さないのだろうか。本当にやつの言うとおり、『刺激』とやらのためにわざと手加減しているのだろうか……いいや、そんなことをする必要は『魔王』にはない。
 魔王という存在は、神とやらに踊らされ続けたあわれな存在だ。しかし記憶を保持しない魔王は神を恨むことも出来ず、神の内の1人により世界を破壊する衝動を抑えられない。だからこそ、僕の体のことを知っているならば、僕が絶対に死ねないように動くはずだ。それが世界を破壊する一番の近道だから。
 記憶を保持しているからと言って破壊衝動が抑えられるとは限らない。ましてや、やつが神を恨んで役目を果たさずに神を殺そうとするとも限らない。普通の魔王なら、長年の経験を持たない故に行動は読みやすく、勉強が不足している分、御しやすい。記憶を持つ魔王……これほど厄介な存在は他にいないだろう。

――もし仮に、彼が友に憑いていなければあるいは……しかし、僕は友を開放しなければならない。
 ただでさえ自殺を封じられた僕だ。頭は撤退をしろと緊急信号を発している。体も僕の心とは裏腹に、友を見捨てて逃げようとしている。本当に神との盟約は厄介だ。
 僕自身が盟約を結んだわけではないというのに……

「強気な口調の割には……ふふ、半身でいつでも逃げられる体勢ですね……心は逃げないことを決心しているのに、脳はそれを拒んでいる。神というのは本当に厄介なものです。まあそれは私も同じなんですがね。あなたを殺そうと思っても、体がそれを拒む。魔王としての神との盟約……いいえ、『呪い』の螺旋にとらわれ続けているのでしょう――非常に不快だ!」
 魔王は増悪に満ちた丘付きで僕を睨みつける。
 やつは僕と同じだ。世界の秘密を知りながら、それをどうすることも出来ずにいる。神の呪いを克服できずにいる。

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