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勇者は魔王を倒すしかない
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「どういうことだ!? 俺の剣は確かに当たったはずだ!」
決めの一撃をかわされたことによって動揺したのだろう、魔王は口調が変わった。
あわてた時に出る言葉、それこそが人間の本心を表している。つまり、本来の魔王は荒々しい口調で話すのが普通だったのだろう。僕の動揺を誘うために、わざわざ友の口調をまねていたのかもしれない。
すなわち、これは好機だ。
「どうした? 言葉が乱れているぞ?」
すぐさま僕は魔王の背後をとる。
それに追いつかんと魔王は振り返り剣を構えた。
「速度を上げる魔法……ですか」
しかし魔王が剣を構えるよりも早く、僕は剣を彼の頭上に振りかざす。それに気がついた魔王は間一髪のところで後ろに下がった。宙を舞う数本の髪の毛が地面に落ちると同時に、魔王が僕の背後から斬りつけてくる。それを悠々とかわして、再び剣を振り下ろす。
今度は短剣で僕の剣を抑え込む魔王。
僕はすぐさま短剣から剣を離し、後ろに数歩飛びのいた。
「理解が早いな」
あれほどまでにあわてていたというのに、これほどまで早く魔法の正体が見破られるとは思ってもみなかった。
それに魔王は自分の長所をよく理解しているようだ。最後の一手はかわさず、短剣『ゲヘナ』で押さえてきた。あれをされると、僕は手出しが出来ない。
僕は内心焦っていた。コキュートスの刀身は、ゲヘナの刀身から発せられる熱気に耐えられない。
つまるところ剣同士が交わると負けるのは確実にコキュートスだ。
そんな圧倒的に有利な状況にありながらも魔王は震えている。
「それはヘクセが研究していた魔法です。ですが、それは終ぞ使うことが出来なかった――」
「「――膨大な魔力を必要とするから」」
魔王の言葉に合わせて僕も同じ答えを出した。
それを聞いて魔王は目を見開いている。
「驚くことはない。かなりの時間を費やして生み出した魔法だ。僕も同じ結論に至ったのさ」
ヘクセになくて僕にあるもの、異世界人になくて現世界人にあるもの、それはすなわち――魔力の貯蔵庫だ。
「なるほど、自身の中にある膨大な魔力の前では、それすらデメリットではないと」
「膨大ではないが……まあそういうことだ。これで理解できただろう。最初から勝ち目なんてなかったってことを?」
今度はたやすく魔王の背後をとってみせる。
どうやら魔法を発動した今、魔王が誇っていたはずのスピードすら上回ってしまったらしい。これで本当に形勢逆転だ。一撃必殺の刃も届かなければ何の意味すらない。
「だがどうして今まで使わなかったのですか?」
魔王は一切こちらを振り向くこともなく訊ねる。
その質問に正確に答えるということは、つまり自分の弱点をさらすことになる。さてどう答えるべきだろうか……ダメだ。大した言い訳が思いつかない。こうなれば適当なことをそれっぽく答えておこう。
「だって、すぐに終わったら意味ないだろ?」
「意味がない?」
魔王は一瞬だけ顔をひきつらせたが、すぐに元の表情に戻った。それどころか、少しだけ笑っているようにも感じるほどに穏やかな顔をしている。
よくわからないが、もしかしたら魔王は怒っているのかもしれない。まあ僕にはどうでもいいことだ。魔王が怒って正気を失えば僕にとってはメリットしかない。だからと言って、魔王が何に対して怒ったのか、本当に怒っているのかも分からないし、僕はこのまま適当に会話を続けるしかない。
「実戦っていうのは、お互いの総力戦。つまり、今までの経験をすべて吐き出す場所だ。記憶を維持できる魔王と戦うのは初めてだし、僕の知らない経験を持っているはずだ。それを聞き出せたらよかったんだけど、まさか、ここまで強いとは思ってもみなかった」
本当は本当に発動できるかわからなかっただけなのだが、それを口にしてしまうと今まさにたまたま発動している魔法に対して余計なことをしてくるかもしれない。だからこそ、僕は魔法だけは完璧だと魔王に思い込ませる必要がある。
しかし僕の言葉を聞いた魔王は、先ほどよりもにやけ顔でこちらを見ている。
もしかしたら僕の思惑に気がついたのかもしれない。
「何がおかしい?」
「くくく、やはりくだらない人間だ。すぐに終わっては面白くない? 私の実力を見て強いと感じた? はは、まさにくだらない人間だ! 様子見をしていたのが自分だけだと思っているようだが、それは違う!!」
今度は魔王が魔法によってスピードが上がった僕の目にすら映らないほどに高速で僕の背後をとった。
世界にはまだ、これほどの使い手がいたらしい。
この調子なら、僕を殺せる存在などもしかしたら山のようにいるのかもしれない。そう思うと自然と笑みもこぼれてくる。
「速いな……」
「私のスピードをその目で見て笑っている……いいや、どうして嬉しそうなんですか?」
魔王は冷静に訊ねてくる。
別にそのスピードを見て、それに対して笑ったというわけではないが、そこを指摘しても仕方がない。
今はまだまだ冷静だが、冷静さを失えばどれほどの速く動けようが動きは単調になる。そこを狙って魔王をつぶす。それ以外に僕に勝ち目はないのかもしれない。まああくまで予想だが。
僕は大きく息を吸い込んで、流れるように言葉を吐きだした。
「何言っているんだ? 戦いっていうのは唯一の娯楽だろう?」
目の前の男はすべての物事を記憶してしまうような男だ。多少なりとも僕の印象がぶれたことにも気がついてしまうかもしれない。だがそれはあくまで表面的な話だ。誰にだって人の内面はわからない。わからないからこそ怯える。
「死を前にして狂ったのですか? 私の記憶と今のあなた、かなり相違点があるらしいですが?」
魔王の笑顔も少し引きつっている。
表面上は冷静でいるつもりでも、内心は穏やかではないのだろう。それも当たり前だ。自分の最高速を見せた相手がいまだに臆することもないのだから。
だから仕上げといこう。
「馬鹿、狂っていないやつが死にたがるわけないだろう? 僕はかなり前から狂っているのさ、神を呪った2年前からね」
神と敵対するものとして、神の下僕を倒す戦いに向けての仕上げだ。
決めの一撃をかわされたことによって動揺したのだろう、魔王は口調が変わった。
あわてた時に出る言葉、それこそが人間の本心を表している。つまり、本来の魔王は荒々しい口調で話すのが普通だったのだろう。僕の動揺を誘うために、わざわざ友の口調をまねていたのかもしれない。
すなわち、これは好機だ。
「どうした? 言葉が乱れているぞ?」
すぐさま僕は魔王の背後をとる。
それに追いつかんと魔王は振り返り剣を構えた。
「速度を上げる魔法……ですか」
しかし魔王が剣を構えるよりも早く、僕は剣を彼の頭上に振りかざす。それに気がついた魔王は間一髪のところで後ろに下がった。宙を舞う数本の髪の毛が地面に落ちると同時に、魔王が僕の背後から斬りつけてくる。それを悠々とかわして、再び剣を振り下ろす。
今度は短剣で僕の剣を抑え込む魔王。
僕はすぐさま短剣から剣を離し、後ろに数歩飛びのいた。
「理解が早いな」
あれほどまでにあわてていたというのに、これほどまで早く魔法の正体が見破られるとは思ってもみなかった。
それに魔王は自分の長所をよく理解しているようだ。最後の一手はかわさず、短剣『ゲヘナ』で押さえてきた。あれをされると、僕は手出しが出来ない。
僕は内心焦っていた。コキュートスの刀身は、ゲヘナの刀身から発せられる熱気に耐えられない。
つまるところ剣同士が交わると負けるのは確実にコキュートスだ。
そんな圧倒的に有利な状況にありながらも魔王は震えている。
「それはヘクセが研究していた魔法です。ですが、それは終ぞ使うことが出来なかった――」
「「――膨大な魔力を必要とするから」」
魔王の言葉に合わせて僕も同じ答えを出した。
それを聞いて魔王は目を見開いている。
「驚くことはない。かなりの時間を費やして生み出した魔法だ。僕も同じ結論に至ったのさ」
ヘクセになくて僕にあるもの、異世界人になくて現世界人にあるもの、それはすなわち――魔力の貯蔵庫だ。
「なるほど、自身の中にある膨大な魔力の前では、それすらデメリットではないと」
「膨大ではないが……まあそういうことだ。これで理解できただろう。最初から勝ち目なんてなかったってことを?」
今度はたやすく魔王の背後をとってみせる。
どうやら魔法を発動した今、魔王が誇っていたはずのスピードすら上回ってしまったらしい。これで本当に形勢逆転だ。一撃必殺の刃も届かなければ何の意味すらない。
「だがどうして今まで使わなかったのですか?」
魔王は一切こちらを振り向くこともなく訊ねる。
その質問に正確に答えるということは、つまり自分の弱点をさらすことになる。さてどう答えるべきだろうか……ダメだ。大した言い訳が思いつかない。こうなれば適当なことをそれっぽく答えておこう。
「だって、すぐに終わったら意味ないだろ?」
「意味がない?」
魔王は一瞬だけ顔をひきつらせたが、すぐに元の表情に戻った。それどころか、少しだけ笑っているようにも感じるほどに穏やかな顔をしている。
よくわからないが、もしかしたら魔王は怒っているのかもしれない。まあ僕にはどうでもいいことだ。魔王が怒って正気を失えば僕にとってはメリットしかない。だからと言って、魔王が何に対して怒ったのか、本当に怒っているのかも分からないし、僕はこのまま適当に会話を続けるしかない。
「実戦っていうのは、お互いの総力戦。つまり、今までの経験をすべて吐き出す場所だ。記憶を維持できる魔王と戦うのは初めてだし、僕の知らない経験を持っているはずだ。それを聞き出せたらよかったんだけど、まさか、ここまで強いとは思ってもみなかった」
本当は本当に発動できるかわからなかっただけなのだが、それを口にしてしまうと今まさにたまたま発動している魔法に対して余計なことをしてくるかもしれない。だからこそ、僕は魔法だけは完璧だと魔王に思い込ませる必要がある。
しかし僕の言葉を聞いた魔王は、先ほどよりもにやけ顔でこちらを見ている。
もしかしたら僕の思惑に気がついたのかもしれない。
「何がおかしい?」
「くくく、やはりくだらない人間だ。すぐに終わっては面白くない? 私の実力を見て強いと感じた? はは、まさにくだらない人間だ! 様子見をしていたのが自分だけだと思っているようだが、それは違う!!」
今度は魔王が魔法によってスピードが上がった僕の目にすら映らないほどに高速で僕の背後をとった。
世界にはまだ、これほどの使い手がいたらしい。
この調子なら、僕を殺せる存在などもしかしたら山のようにいるのかもしれない。そう思うと自然と笑みもこぼれてくる。
「速いな……」
「私のスピードをその目で見て笑っている……いいや、どうして嬉しそうなんですか?」
魔王は冷静に訊ねてくる。
別にそのスピードを見て、それに対して笑ったというわけではないが、そこを指摘しても仕方がない。
今はまだまだ冷静だが、冷静さを失えばどれほどの速く動けようが動きは単調になる。そこを狙って魔王をつぶす。それ以外に僕に勝ち目はないのかもしれない。まああくまで予想だが。
僕は大きく息を吸い込んで、流れるように言葉を吐きだした。
「何言っているんだ? 戦いっていうのは唯一の娯楽だろう?」
目の前の男はすべての物事を記憶してしまうような男だ。多少なりとも僕の印象がぶれたことにも気がついてしまうかもしれない。だがそれはあくまで表面的な話だ。誰にだって人の内面はわからない。わからないからこそ怯える。
「死を前にして狂ったのですか? 私の記憶と今のあなた、かなり相違点があるらしいですが?」
魔王の笑顔も少し引きつっている。
表面上は冷静でいるつもりでも、内心は穏やかではないのだろう。それも当たり前だ。自分の最高速を見せた相手がいまだに臆することもないのだから。
だから仕上げといこう。
「馬鹿、狂っていないやつが死にたがるわけないだろう? 僕はかなり前から狂っているのさ、神を呪った2年前からね」
神と敵対するものとして、神の下僕を倒す戦いに向けての仕上げだ。
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