最強の勇者は、死にたがり

真白 悟

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勇者は魔王を倒すしかない

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「じゃあ、その時が来たら私が膨大な魔力の発生源をつぶしてあげるわ」
 ヘカテーは予想外の言葉を口にした。
 それはすなわち、僕の『心臓』をつぶすということだ。
 なるほど、幼馴染が死にたがっているなら、最後ぐらいは自分の手でというわけか。
 僕を殺せるほどの存在となると、世界にはそうはいない。その点、彼女なら僕を殺せるだけの力を兼ね備えているだろう。死人をよみがえらせるほどの力を持った魔法使いだ。生かすことは殺すことよりも難しいというからな。

「それは願ってもないことだな。ぜひ……いや、やめておこう。僕はヘカテーと戦いたくない」
 一瞬、同意しかけて気がついた。
 僕を殺すということは、僕に怪我を負わされてしまう可能性があるということだ。
 彼女に僕を殺す覚悟があったとしても、僕に幼馴染を傷つける覚悟はない。
「ずいぶんと弱気なのね? でも大丈夫よ。戦いになんてならないだろうから……あんたはあのころから何も変わらないけど、私はずいぶん変わったから」
 ヘカテーは自信満々に言う。
 戦いになどならず、一瞬のうちに僕を消し去れるということだろうか。
 しかしそれは不可能だ。僕の友が実際にやってみせたように気配を全く消すことが出来るのなら話は別だが、それは無理だ。

「僕の魔力はあのころとは違う。わかるだろう?」
「魔力の量で実力が決まるならそうかもね……でもそうじゃない」
「確かにね……」
 おっと、ずっと隠れていたはずの気配が察知できるようになった。これはまずそうだ。
「もう行くのね?」
「ああ、そろそろやばそうだからな。悪いが、ニケとヴラスカもここに残ってくれ……どうやら、これは僕の戦いらしいからな」
 このままあいつを放っておいたら、今にも魔王に心をのまれてしまいそうだ。そうなると、あいつのそばにいる人間は間違いなく死亡する。それを理解して、僕たちから遠ざかったのだろう。――ニケとヴラスカを殺してしまわないようにと。

「もし、次あなたが死んだら、たぶん私が魔王を殺しちゃうから」
 僕が走り去る間際、ヘカテーはかなり恐ろしいことを口にした。
 その言葉の意味を理解して口にしたのは確実だ。言うに事欠いて、彼女は僕の大切な幼馴染を人質にとってしまったというわけだ。
 わかったよ。絶対に親友との約束を果たせって意味だろう。

「僕には死ぬなっていうのに、魔王は殺せって差別が過ぎる」
 魔王のように自らの意思で世界を滅ぼそうとしないだけで、僕だって世界を滅ぼす存在だというのに……
 おっと、さっき気配を感じたのはこのあたりだった。今はまた気配を消しているようだが、魔王と心の取り合いをしているのならそれほど遠くには行っていないはずだ。それにたぶん、さっきほどまでにうまく気配を消すことも出来ていないだろう。
 きちんと気配を探れば見えてくるはずだ。

「いた……こんなに簡単に見つかるなんて、もはや猶予はないらしい」
 気配を探るまでもなかった。
 うまく気配を消せないどころか、動くことすらままならないと言った感じで、目の前にあった木に寄りかかっていた。
「また……会いましたね……」
「親友に会ったというのに、ずいぶんと嫌そうな顔してるな?」
「まさか、生きていたとは……」
「どうやら、再開すら喜べないほどに精神が汚染されているようだな?」
「ええ、約束を果たせなかった罰でしょうかね」
 とぼとぼと僕のもとへと近づいてきながら、彼の表情は苦痛にゆがんでいる。
 急いでここまでやって来たが、もう手遅れらしい。彼の体からは禍々しいまでの黒い魔力があふれ出している。

「悪いが、僕としても再開を喜んでいる場合じゃない。最後だ。痛みもないほどに一瞬で終わらせてやる。だから もう動くな」
 何とかして、彼が魔王になる前に殺してやらないと。
 魔王になる瞬間に立ち会ってやれるんだ。僕に出来ることはそれぐらいだ。

「いや、こっちのセリフだ。そっちの約束はもう忘れてくれ、私があなたとの約束を果たすのが先だ。魔王になろうとも、その約束だけは必ず果たさせてもらいますよ……」
 そう言うや否や、友は最後の力を振り絞って、木の向こう側へと走り出す。さっきまでの彼とは思えないほどに気配を消すことは出来ていないが、それでも、探らなければわからないほどまでには気配を消している。

「時間の無駄だ」
 だが全力を出せる僕と、満身創痍な彼では戦いになるはずなどない。
 圧倒的な強者に出会った時は、逃げたってなんの意味もない。追うよりも追われる方がつらいのだから。
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