最強の勇者は、死にたがり

真白 悟

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勇者は魔王を倒すしかない

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「外れた!?」
 予想外だった。
 男がさっきまでと同じ動きをしていたならば、コキュートスは確実に彼を捉えていただろう。
 だがコキュートスが斬ったのは空気だけ。背後の空気中にあった水分は凍てついたが、それに何の意味があるだろう。

「残念でしたね……」
 声は予想がいの方向から聞こえた。
 さっきまで僕が見ていた方角だ。つまり、僕が斬りつけた方向とは真反対の位置から聞こえてきたのだ。
「クラトス! あぶない!!」
 ニケがそう叫んだのと同時に、背中のあたりから今まで感じたこともないような熱を感じた。
 ナイフが刺さった時についた傷が痛むのを熱と錯覚したわけではなく、文字通り肉を溶かすような熱だ。
 僕は思わず後ろに飛びのいた。
 もし仮に、ニケが危険を知らせてくれなかったら、一瞬にして蒸発していただろう。何とかそれは避けることが出来た。だが背中の傷が一瞬でふさがるぐらいの熱を浴びせられて、いつも通り動けるはずもなく片膝をつく。

「今回は惜しかったですね……あと少しで、あなたを救えない運命から解放してあげられたのに残念だ。だがその傷ではもう碌に動けないでしょう?」
 男はいやらしそうな笑みを浮かべて、気配を消すこともなくじりじりと距離を詰めてくる。
 流石に今回ばかりは死んでしまうかもしれない。そう感じるほどに威圧感がある。
「いや、そうはいかない。僕は確かに死にたいが、残念ながらお前に殺されるわけにはいかない。お前を殺すのは僕だからな」
 なんて強がりを口にはしてみたが、状況はかなり悪い。
「まだそんな言葉を口にできるのは予想外でしたが、今のあなたにそれを実行できるほどの体力が残されてはいないでしょうね」
 ナイフが刺さった位置がかなり悪かったのだろう、ついた膝を持ち上げることすら困難だ。
 たぶんこれは、今までにないぐらいにピンチだろう。普通の人間ならすでに昇天しているような状況だ。だからこそ僕はこの状況を打開する方法を考えなければならない。
 魔王として勇者の前に立つことがこれほど恐ろしいことだとは知らなかった。今まで僕が倒してきた魔王達も同じ気持ちだったのかもしれない。魔王はその役職柄、必ず勇者に倒されなければならない。つまり、勇者が現れた時点で魔王の敗北は確定される。
 しかしだ。今回も例外だ。僕は魔王だ……だが勇者でもある。そして目の前に立つ男は勇者だが、魔王でもあるわけだ。つまり、魔王が勇者に負けるという条件はお互いに当てはまるというわけだ。どちらにせよ勇者が魔王に勝つということは変わらないが、今の状況を打開するのは十分に可能だということだ。

「そう思うのはお前の勝手だ。悪いがこのままやられるつもりはない。勇者は魔王を倒すしかないからな……僕は魔王に負けるつもりはない。特にお前にはな」
 ニケが心配そうな顔をしている。
 心配するな、僕はここで死ぬつもりはない。今回に限っては僕は勇者を演じることにしたのだから。
 彼女の顔を見たとたん僕の中で何かが起こったのだろう、持ち上がらなかった膝が何とか地面から離れた。
「まだそれほどの力が……わかりました。油断などせずに次で終わらせてあげましょう」
 男は再び気配を消す。
 何とも芸のないやつだ。能力に頼りすぎるのは弱者のすることだと気がついていない。最後に頼れるのは実力だということを思い知らせてやろう。
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