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勇者は魔王を倒すしかない
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「ニケっ! ヴラスカっ! 絶対に油断するなよ?」
男が完全に姿を消すと同時に僕は叫んだ。
もし本当に、彼が『どのような手段』を使っても僕を殺すというのであれば、おそらく人質を取るなんてこともしてくる可能性がある。もっとも、それは僕のことを本当によく知っていない場合になる。
僕はどのようなことがあっても自殺することは出来ない。――それは裏を返すと、人質を取られても手を抜くことはおろか、無抵抗に殺されることすら出来ないということだ。
「大丈夫……あの人は人質を取るような性格じゃない」
ヴラスカは戦闘態勢をとることもなく、その場に佇んでいる。
確かに、以前の彼ならそうだったのかもしれないが、今の彼は魔王の意識と混濁している。万が一、魔王の意識が勝っていた場合、彼は容赦なく人質を取るだろう。だからこそ、僕は彼女たちには油断してほしくない。短い間とはいっても、共に同じ屋根の下で過ごしたなかだ。
知り合いを殺すというだけでも気分が悪くなることなのに、知り合いが殺されるなんてことになれば僕は世界に絶望することになるだろう。
自分で言うのもなんだが、何をしでかすかわからない。――あの時のようなことは絶対にあってはならない。
頭の中で、累々の屍がフラッシュバックする。
「それでも油断はするな」
伏し目がちになるヴラスカを横目に、僕は男の気配を探る。
まるで気配を感じない。そうなると、厄介だ。目の前から一瞬で気配を消せる相手となると、いつでも僕に攻撃できるということだ。その上やつにはゲヘナがある……見えない位置からの一撃必殺、それがいつ来るのかわからない。精神的にきついものがある。あの男がいまだ攻撃をしてこない理由が気になるが、ともかく、今のままではじり貧だ。
「どうですか? いつ殺されるわからないという恐怖は?」
どこからともなく男の声だけが聞こえてくる。
声の方向から男の位置を特定しようとするも、まるでわからない。あちらこちらから男の声が聞こえてくるようだ。
「馬鹿を言うな。僕は死を恐れたりはしない。僕にとっての恐怖とは……」
僕はそこまで言って、喉が詰まった。自分でもなぜそうなったのかはわからない。
「周りの人間が死んでいくことですか? だとしたら、あなたはどうして人を殺すのでしょうね……」
男は僕が思っていたことをすらすらと口に出した。流石は僕のことをよく調べている。もしかしたら、僕よりも僕のことを理解しているかもしれない。
だけど、だからこそ、僕は自分の心情を簡単に口に出来た。
「誰かを救うためには、誰かを殺さなければならない。誰もが救われる世界なんてないんだよ」
自分で言っておきながらなんだが、まるで悪役のような思想だ。世界はきれいごとではできていない。それがよくわかるからこそ、僕は……
「――それで、私の妻も殺したんですか? あなたのエゴで、私がどれだけ……どれだけ。ふふふ、これ以上何かを語ることに意味はないでしょうね。今から死ぬあなたに、何を言っても意味がない」
「そうだ。だからお前も誰かを護るために、僕を殺してみろ」
僕の言葉を聞いて、男は皮肉めいた笑みを浮かべる。
「なるほど、やはりあなたは救われない。神はどうしてあなたを勇者にしたのでしょうね?」
「こっちが知りたいよ。神は、世界はどうして僕を勇者に……王は、国は、民衆はいつだって自分勝手だ。お前もそうだろう? お前も勇者に選ばれて、知らない世界に召喚されて、王や民衆に踊らされて、人間の罪を殺すためだけに最後の人生を懸ける。誰が作ったんだろうな……こんな不条理で不浄な世界」
「ふふ。言ったでしょう……話は終わりだと!」
男はどこからともなく現れて、僕の懐に向かって短刀を突きつける。
僕はそれをかわして男の左頬を殴りつける。
「ぐふっ……! やはり普通じゃ無理ですか……」
攻撃の間際、どうして彼が気配を表したのかはわからない。もしかしたら、そうしなければならない制約があったのかもしれない。
男が完全に姿を消すと同時に僕は叫んだ。
もし本当に、彼が『どのような手段』を使っても僕を殺すというのであれば、おそらく人質を取るなんてこともしてくる可能性がある。もっとも、それは僕のことを本当によく知っていない場合になる。
僕はどのようなことがあっても自殺することは出来ない。――それは裏を返すと、人質を取られても手を抜くことはおろか、無抵抗に殺されることすら出来ないということだ。
「大丈夫……あの人は人質を取るような性格じゃない」
ヴラスカは戦闘態勢をとることもなく、その場に佇んでいる。
確かに、以前の彼ならそうだったのかもしれないが、今の彼は魔王の意識と混濁している。万が一、魔王の意識が勝っていた場合、彼は容赦なく人質を取るだろう。だからこそ、僕は彼女たちには油断してほしくない。短い間とはいっても、共に同じ屋根の下で過ごしたなかだ。
知り合いを殺すというだけでも気分が悪くなることなのに、知り合いが殺されるなんてことになれば僕は世界に絶望することになるだろう。
自分で言うのもなんだが、何をしでかすかわからない。――あの時のようなことは絶対にあってはならない。
頭の中で、累々の屍がフラッシュバックする。
「それでも油断はするな」
伏し目がちになるヴラスカを横目に、僕は男の気配を探る。
まるで気配を感じない。そうなると、厄介だ。目の前から一瞬で気配を消せる相手となると、いつでも僕に攻撃できるということだ。その上やつにはゲヘナがある……見えない位置からの一撃必殺、それがいつ来るのかわからない。精神的にきついものがある。あの男がいまだ攻撃をしてこない理由が気になるが、ともかく、今のままではじり貧だ。
「どうですか? いつ殺されるわからないという恐怖は?」
どこからともなく男の声だけが聞こえてくる。
声の方向から男の位置を特定しようとするも、まるでわからない。あちらこちらから男の声が聞こえてくるようだ。
「馬鹿を言うな。僕は死を恐れたりはしない。僕にとっての恐怖とは……」
僕はそこまで言って、喉が詰まった。自分でもなぜそうなったのかはわからない。
「周りの人間が死んでいくことですか? だとしたら、あなたはどうして人を殺すのでしょうね……」
男は僕が思っていたことをすらすらと口に出した。流石は僕のことをよく調べている。もしかしたら、僕よりも僕のことを理解しているかもしれない。
だけど、だからこそ、僕は自分の心情を簡単に口に出来た。
「誰かを救うためには、誰かを殺さなければならない。誰もが救われる世界なんてないんだよ」
自分で言っておきながらなんだが、まるで悪役のような思想だ。世界はきれいごとではできていない。それがよくわかるからこそ、僕は……
「――それで、私の妻も殺したんですか? あなたのエゴで、私がどれだけ……どれだけ。ふふふ、これ以上何かを語ることに意味はないでしょうね。今から死ぬあなたに、何を言っても意味がない」
「そうだ。だからお前も誰かを護るために、僕を殺してみろ」
僕の言葉を聞いて、男は皮肉めいた笑みを浮かべる。
「なるほど、やはりあなたは救われない。神はどうしてあなたを勇者にしたのでしょうね?」
「こっちが知りたいよ。神は、世界はどうして僕を勇者に……王は、国は、民衆はいつだって自分勝手だ。お前もそうだろう? お前も勇者に選ばれて、知らない世界に召喚されて、王や民衆に踊らされて、人間の罪を殺すためだけに最後の人生を懸ける。誰が作ったんだろうな……こんな不条理で不浄な世界」
「ふふ。言ったでしょう……話は終わりだと!」
男はどこからともなく現れて、僕の懐に向かって短刀を突きつける。
僕はそれをかわして男の左頬を殴りつける。
「ぐふっ……! やはり普通じゃ無理ですか……」
攻撃の間際、どうして彼が気配を表したのかはわからない。もしかしたら、そうしなければならない制約があったのかもしれない。
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