最強の勇者は、死にたがり

真白 悟

文字の大きさ
上 下
55 / 97
勇者は魔王を倒すしかない

しおりを挟む
「ニケっ! ヴラスカっ! 絶対に油断するなよ?」
 男が完全に姿を消すと同時に僕は叫んだ。
 もし本当に、彼が『どのような手段』を使っても僕を殺すというのであれば、おそらく人質を取るなんてこともしてくる可能性がある。もっとも、それは僕のことを本当によく知っていない場合になる。
 僕はどのようなことがあっても自殺することは出来ない。――それは裏を返すと、人質を取られても手を抜くことはおろか、無抵抗に殺されることすら出来ないということだ。

「大丈夫……あの人は人質を取るような性格じゃない」
 ヴラスカは戦闘態勢をとることもなく、その場に佇んでいる。
 確かに、以前の彼ならそうだったのかもしれないが、今の彼は魔王の意識と混濁している。万が一、魔王の意識が勝っていた場合、彼は容赦なく人質を取るだろう。だからこそ、僕は彼女たちには油断してほしくない。短い間とはいっても、共に同じ屋根の下で過ごしたなかだ。
 知り合いを殺すというだけでも気分が悪くなることなのに、知り合いが殺されるなんてことになれば僕は世界に絶望することになるだろう。
 自分で言うのもなんだが、何をしでかすかわからない。――あの時のようなことは絶対にあってはならない。
 頭の中で、累々の屍がフラッシュバックする。

「それでも油断はするな」
 伏し目がちになるヴラスカを横目に、僕は男の気配を探る。
 まるで気配を感じない。そうなると、厄介だ。目の前から一瞬で気配を消せる相手となると、いつでも僕に攻撃できるということだ。その上やつにはゲヘナがある……見えない位置からの一撃必殺、それがいつ来るのかわからない。精神的にきついものがある。あの男がいまだ攻撃をしてこない理由が気になるが、ともかく、今のままではじり貧だ。
「どうですか? いつ殺されるわからないという恐怖は?」
 どこからともなく男の声だけが聞こえてくる。
 声の方向から男の位置を特定しようとするも、まるでわからない。あちらこちらから男の声が聞こえてくるようだ。

「馬鹿を言うな。僕は死を恐れたりはしない。僕にとっての恐怖とは……」
 僕はそこまで言って、喉が詰まった。自分でもなぜそうなったのかはわからない。
「周りの人間が死んでいくことですか? だとしたら、あなたはどうして人を殺すのでしょうね……」
 男は僕が思っていたことをすらすらと口に出した。流石は僕のことをよく調べている。もしかしたら、僕よりも僕のことを理解しているかもしれない。
 だけど、だからこそ、僕は自分の心情を簡単に口に出来た。
「誰かを救うためには、誰かを殺さなければならない。誰もが救われる世界なんてないんだよ」
 自分で言っておきながらなんだが、まるで悪役のような思想だ。世界はきれいごとではできていない。それがよくわかるからこそ、僕は……
「――それで、私の妻も殺したんですか? あなたのエゴで、私がどれだけ……どれだけ。ふふふ、これ以上何かを語ることに意味はないでしょうね。今から死ぬあなたに、何を言っても意味がない」
「そうだ。だからお前も誰かを護るために、僕を殺してみろ」
 僕の言葉を聞いて、男は皮肉めいた笑みを浮かべる。
「なるほど、やはりあなたは救われない。神はどうしてあなたを勇者にしたのでしょうね?」
「こっちが知りたいよ。神は、世界はどうして僕を勇者に……王は、国は、民衆はいつだって自分勝手だ。お前もそうだろう? お前も勇者に選ばれて、知らない世界に召喚されて、王や民衆に踊らされて、人間の罪を殺すためだけに最後の人生を懸ける。誰が作ったんだろうな……こんな不条理で不浄な世界」
「ふふ。言ったでしょう……話は終わりだと!」
 男はどこからともなく現れて、僕の懐に向かって短刀を突きつける。
 僕はそれをかわして男の左頬を殴りつける。

「ぐふっ……! やはり普通じゃ無理ですか……」
 攻撃の間際、どうして彼が気配を表したのかはわからない。もしかしたら、そうしなければならない制約があったのかもしれない。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

リアンの白い雪

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
その日の朝、リアンは婚約者のフィンリーと言い合いをした。 いつもの日常の、些細な出来事。 仲直りしていつもの二人に戻れるはずだった。 だがその後、二人の関係は一変してしまう。 辺境の地の砦に立ち魔物の棲む森を見張り、魔物から人を守る兵士リアン。 記憶を失くし一人でいたところをリアンに助けられたフィンリー。 二人の未来は? ※全15話 ※本作は私の頭のストレッチ第二弾のため感想欄は開けておりません。 (全話投稿完了後、開ける予定です) ※1/29 完結しました。 感想欄を開けさせていただきます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

いい子ちゃんなんて嫌いだわ

F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが 聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。 おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。 どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。 それが優しさだと思ったの?

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。

風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。 ※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。

処理中です...