最強の勇者は、死にたがり

真白 悟

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勇者は魔王を倒すしかない

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「――異世界人の魔王は魂の許容量が大きいばかりに、古い魔王達にのまれやすく、自我を失い破壊衝動に駆られることになる。愚かだった私は、そのことを知ってはいたもののよく理解はしていなかった。ヴラスカ……理解できるかい? 妻を殺さなければならない状況に陥った時、夫がどう気持ちになるのか? 親友の妻を殺した愚か者がどんな気持ちになるのか? そして、二人の愚か者はこうして会いまみえたわけです」
 男は静かに笑い、そして自ら話した物語を賛美するかのように拍手した。
 僕はそんな彼を見て、思うところがあったが、それでも彼の正体まではわからない。
 考え老ける僕の横で、ヴラスカが小刻みに震えながら大声を上げた。
「まさか……あなたは!?」
 やはり彼女は彼の目的を知らなかったようだ。他人を巻き込んで復讐することなど、彼女が考えるわけがないとは思っていたが、僕のよみは正しかったらしい。
「そう、君に優しくしてきたのは、私は勇者クラトスを見据えてです。まあ、昔の仲間だった、ということも少しはありましたがね」
「初めて会った時は驚いた。見た目も声も、魔力の質も……何もかもが違ったから……だけど、それでもあなたは昔の優しいあなたのままだったはずだ!」
 二人は僕とニケを無視して、熱がこもったように話し合う。
 それも仕方のないことだろう。ヴラスカは昔の仲間に協力するために、献身的なまでに通い詰めていた。それなのに、その『仲間』は自分を利用していたのだから。彼女のショックは小さくないだろう。

「魔王になるというのはそういうことです。すべては魔王の人格に支配される……それでも何とか自我を保てるようにと、私は努力を怠りませんでしたがね」
 男は怪しく笑みを浮かべながらそう言い放つ。
 それでようやく合点がいった。彼はヘクトの旦那で、一時期とはいえ友として接してきた男だ。だが異世界人である彼はあの時すでに、魔王の力が暴走しようとしていた。普通に考えればどこかで魔王として別の者に討伐されているはずだ。――僕はそうなるように仕向けたはずだ。
 
「そうか……」
 だがしかし、彼は現実に僕の眼前に立っている。そうなると、理由は一つしかない。
『自我を残したまま魔王として覚醒した』ということだ。異世界人としては奇跡みたいなものだが、そう考えれば僕を付け狙う理由も納得だ。
 そんな僕を見て、ニケは僕の服をつまんで尋ねる。
「クラトス、彼の正体を知っているの?」
 彼女の不安そうな顔は、何も僕が怪我をするんじゃないかなんてことを心配しているからではない。目の前に立つ男が、僕の知り合いだったとするなら彼を殺した後、僕がどうなるかを危惧してのものだ。
 そして、あの男を僕はよく知っている。
「ああ、あいつは友達だった」
「はぁ……友達? どうすれば、妻を殺した相手と友達になれるのですか? 私はあなたみたいに頭の中がお花畑ではありませんからね。ずっとクラトスさん、あなたを恨んで殺すことだけを考えてきました」
 口調は冷静なまま、男は目を血走らせて言う。
 負け惜しみを言うのであれば、彼がなったのは僕の計画通りだ。
 同じ勇者として、いつ爆発するかわからない爆弾を抱える者として、彼に自分を殺させようと思っていた。異世界人の勇者は強い方だ。だがそれは他の種族と比べれば平均より少しだけ強いといった程度でしかない。それゆえ、勇者と魔王の力を同時に持つことが出来る僕を殺すほどの力はない。
 だがそれでも、異世界人の勇者は神からの恩恵を使うことが出来る。一瞬の油断さえあれば、僕のことも殺せるかもしれないと踏んだのだ。
 もちろん、彼が僕を殺せるほど強くなるのが先か、魔王に精神を乗っ取られるが先かはほぼ賭けだった。彼が魔王になってしまったら、僕は彼との約束を守るために彼を殺さなければならない。そうなる前に僕を殺してほしかった。
 しかし、それより先に、もう一つの約束を果たす時が来てしまった。それゆえ、僕は失敗した。
 知り合いを殺すこと、それがどれほどつらいことか、それは殺した人間にしか理解できないことだ。――あの時、僕は友に殺されることを選択できなくなった。

 つまるところ、自我をなくさず魔王としての力を手に入れた友が僕の前に立ちはだかるということは、成功であり失敗である。
 
「僕はその時を待っていた……だけど、それはもう無理だ。約束を守らなくちゃならなくなったからな」
 剣を強く握りこむ。
 自我を失っていない今なら、気絶させることで魔王としての人格を追い出すことが出来るかもしれない。甘い考えかもしれないが、僕はもう友を殺せない。
「なら、私も約束を守るとしましょう……史上最強の魔王として!」
 僕に対抗するべく、彼はコートの下に隠していた短いダガーを一本引き抜いた。驚くべきことに、それは以前どこかで見たことがあるものだ。赤い宝石を中心にはめ込み、刀身は赤褐色、まるでさびているかのように鈍く光る。あれは――見間違えるはずもなく、伝説の剣『ゲヘナ』だった。
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