50 / 97
勇者は魔王を倒すしかない
1
しおりを挟む
「――異世界人の魔王は魂の許容量が大きいばかりに、古い魔王達にのまれやすく、自我を失い破壊衝動に駆られることになる。愚かだった私は、そのことを知ってはいたもののよく理解はしていなかった。ヴラスカ……理解できるかい? 妻を殺さなければならない状況に陥った時、夫がどう気持ちになるのか? 親友の妻を殺した愚か者がどんな気持ちになるのか? そして、二人の愚か者はこうして会いまみえたわけです」
男は静かに笑い、そして自ら話した物語を賛美するかのように拍手した。
僕はそんな彼を見て、思うところがあったが、それでも彼の正体まではわからない。
考え老ける僕の横で、ヴラスカが小刻みに震えながら大声を上げた。
「まさか……あなたは!?」
やはり彼女は彼の目的を知らなかったようだ。他人を巻き込んで復讐することなど、彼女が考えるわけがないとは思っていたが、僕のよみは正しかったらしい。
「そう、君に優しくしてきたのは、私は勇者クラトスを見据えてです。まあ、昔の仲間だった、ということも少しはありましたがね」
「初めて会った時は驚いた。見た目も声も、魔力の質も……何もかもが違ったから……だけど、それでもあなたは昔の優しいあなたのままだったはずだ!」
二人は僕とニケを無視して、熱がこもったように話し合う。
それも仕方のないことだろう。ヴラスカは昔の仲間に協力するために、献身的なまでに通い詰めていた。それなのに、その『仲間』は自分を利用していたのだから。彼女のショックは小さくないだろう。
「魔王になるというのはそういうことです。すべては魔王の人格に支配される……それでも何とか自我を保てるようにと、私は努力を怠りませんでしたがね」
男は怪しく笑みを浮かべながらそう言い放つ。
それでようやく合点がいった。彼はヘクトの旦那で、一時期とはいえ友として接してきた男だ。だが異世界人である彼はあの時すでに、魔王の力が暴走しようとしていた。普通に考えればどこかで魔王として別の者に討伐されているはずだ。――僕はそうなるように仕向けたはずだ。
「そうか……」
だがしかし、彼は現実に僕の眼前に立っている。そうなると、理由は一つしかない。
『自我を残したまま魔王として覚醒した』ということだ。異世界人としては奇跡みたいなものだが、そう考えれば僕を付け狙う理由も納得だ。
そんな僕を見て、ニケは僕の服をつまんで尋ねる。
「クラトス、彼の正体を知っているの?」
彼女の不安そうな顔は、何も僕が怪我をするんじゃないかなんてことを心配しているからではない。目の前に立つ男が、僕の知り合いだったとするなら彼を殺した後、僕がどうなるかを危惧してのものだ。
そして、あの男を僕はよく知っている。
「ああ、あいつは友達だった」
「はぁ……友達? どうすれば、妻を殺した相手と友達になれるのですか? 私はあなたみたいに頭の中がお花畑ではありませんからね。ずっとクラトスさん、あなたを恨んで殺すことだけを考えてきました」
口調は冷静なまま、男は目を血走らせて言う。
負け惜しみを言うのであれば、彼がああなったのは僕の計画通りだ。
同じ勇者として、いつ爆発するかわからない爆弾を抱える者として、彼に自分を殺させようと思っていた。異世界人の勇者は強い方だ。だがそれは他の種族と比べれば平均より少しだけ強いといった程度でしかない。それゆえ、勇者と魔王の力を同時に持つことが出来る僕を殺すほどの力はない。
だがそれでも、異世界人の勇者は神からの恩恵を使うことが出来る。一瞬の油断さえあれば、僕のことも殺せるかもしれないと踏んだのだ。
もちろん、彼が僕を殺せるほど強くなるのが先か、魔王に精神を乗っ取られるが先かはほぼ賭けだった。彼が魔王になってしまったら、僕は彼との約束を守るために彼を殺さなければならない。そうなる前に僕を殺してほしかった。
しかし、それより先に、もう一つの約束を果たす時が来てしまった。それゆえ、僕は失敗した。
知り合いを殺すこと、それがどれほどつらいことか、それは殺した人間にしか理解できないことだ。――あの時、僕は友に殺されることを選択できなくなった。
つまるところ、自我をなくさず魔王としての力を手に入れた友が僕の前に立ちはだかるということは、成功であり失敗である。
「僕はその時を待っていた……だけど、それはもう無理だ。約束を守らなくちゃならなくなったからな」
剣を強く握りこむ。
自我を失っていない今なら、気絶させることで魔王としての人格を追い出すことが出来るかもしれない。甘い考えかもしれないが、僕はもう友を殺せない。
「なら、私も約束を守るとしましょう……史上最強の魔王として!」
僕に対抗するべく、彼はコートの下に隠していた短いダガーを一本引き抜いた。驚くべきことに、それは以前どこかで見たことがあるものだ。赤い宝石を中心にはめ込み、刀身は赤褐色、まるでさびているかのように鈍く光る。あれは――見間違えるはずもなく、伝説の剣『ゲヘナ』だった。
男は静かに笑い、そして自ら話した物語を賛美するかのように拍手した。
僕はそんな彼を見て、思うところがあったが、それでも彼の正体まではわからない。
考え老ける僕の横で、ヴラスカが小刻みに震えながら大声を上げた。
「まさか……あなたは!?」
やはり彼女は彼の目的を知らなかったようだ。他人を巻き込んで復讐することなど、彼女が考えるわけがないとは思っていたが、僕のよみは正しかったらしい。
「そう、君に優しくしてきたのは、私は勇者クラトスを見据えてです。まあ、昔の仲間だった、ということも少しはありましたがね」
「初めて会った時は驚いた。見た目も声も、魔力の質も……何もかもが違ったから……だけど、それでもあなたは昔の優しいあなたのままだったはずだ!」
二人は僕とニケを無視して、熱がこもったように話し合う。
それも仕方のないことだろう。ヴラスカは昔の仲間に協力するために、献身的なまでに通い詰めていた。それなのに、その『仲間』は自分を利用していたのだから。彼女のショックは小さくないだろう。
「魔王になるというのはそういうことです。すべては魔王の人格に支配される……それでも何とか自我を保てるようにと、私は努力を怠りませんでしたがね」
男は怪しく笑みを浮かべながらそう言い放つ。
それでようやく合点がいった。彼はヘクトの旦那で、一時期とはいえ友として接してきた男だ。だが異世界人である彼はあの時すでに、魔王の力が暴走しようとしていた。普通に考えればどこかで魔王として別の者に討伐されているはずだ。――僕はそうなるように仕向けたはずだ。
「そうか……」
だがしかし、彼は現実に僕の眼前に立っている。そうなると、理由は一つしかない。
『自我を残したまま魔王として覚醒した』ということだ。異世界人としては奇跡みたいなものだが、そう考えれば僕を付け狙う理由も納得だ。
そんな僕を見て、ニケは僕の服をつまんで尋ねる。
「クラトス、彼の正体を知っているの?」
彼女の不安そうな顔は、何も僕が怪我をするんじゃないかなんてことを心配しているからではない。目の前に立つ男が、僕の知り合いだったとするなら彼を殺した後、僕がどうなるかを危惧してのものだ。
そして、あの男を僕はよく知っている。
「ああ、あいつは友達だった」
「はぁ……友達? どうすれば、妻を殺した相手と友達になれるのですか? 私はあなたみたいに頭の中がお花畑ではありませんからね。ずっとクラトスさん、あなたを恨んで殺すことだけを考えてきました」
口調は冷静なまま、男は目を血走らせて言う。
負け惜しみを言うのであれば、彼がああなったのは僕の計画通りだ。
同じ勇者として、いつ爆発するかわからない爆弾を抱える者として、彼に自分を殺させようと思っていた。異世界人の勇者は強い方だ。だがそれは他の種族と比べれば平均より少しだけ強いといった程度でしかない。それゆえ、勇者と魔王の力を同時に持つことが出来る僕を殺すほどの力はない。
だがそれでも、異世界人の勇者は神からの恩恵を使うことが出来る。一瞬の油断さえあれば、僕のことも殺せるかもしれないと踏んだのだ。
もちろん、彼が僕を殺せるほど強くなるのが先か、魔王に精神を乗っ取られるが先かはほぼ賭けだった。彼が魔王になってしまったら、僕は彼との約束を守るために彼を殺さなければならない。そうなる前に僕を殺してほしかった。
しかし、それより先に、もう一つの約束を果たす時が来てしまった。それゆえ、僕は失敗した。
知り合いを殺すこと、それがどれほどつらいことか、それは殺した人間にしか理解できないことだ。――あの時、僕は友に殺されることを選択できなくなった。
つまるところ、自我をなくさず魔王としての力を手に入れた友が僕の前に立ちはだかるということは、成功であり失敗である。
「僕はその時を待っていた……だけど、それはもう無理だ。約束を守らなくちゃならなくなったからな」
剣を強く握りこむ。
自我を失っていない今なら、気絶させることで魔王としての人格を追い出すことが出来るかもしれない。甘い考えかもしれないが、僕はもう友を殺せない。
「なら、私も約束を守るとしましょう……史上最強の魔王として!」
僕に対抗するべく、彼はコートの下に隠していた短いダガーを一本引き抜いた。驚くべきことに、それは以前どこかで見たことがあるものだ。赤い宝石を中心にはめ込み、刀身は赤褐色、まるでさびているかのように鈍く光る。あれは――見間違えるはずもなく、伝説の剣『ゲヘナ』だった。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
生活魔法は万能です
浜柔
ファンタジー
生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。
それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。
――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
リアンの白い雪
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
その日の朝、リアンは婚約者のフィンリーと言い合いをした。
いつもの日常の、些細な出来事。
仲直りしていつもの二人に戻れるはずだった。
だがその後、二人の関係は一変してしまう。
辺境の地の砦に立ち魔物の棲む森を見張り、魔物から人を守る兵士リアン。
記憶を失くし一人でいたところをリアンに助けられたフィンリー。
二人の未来は?
※全15話
※本作は私の頭のストレッチ第二弾のため感想欄は開けておりません。
(全話投稿完了後、開ける予定です)
※1/29 完結しました。
感想欄を開けさせていただきます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。
外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~
そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」
「何てことなの……」
「全く期待はずれだ」
私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。
このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。
そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。
だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。
そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。
そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど?
私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。
私は最高の仲間と最強を目指すから。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
俺が死んでから始まる物語
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる