最強の勇者は、死にたがり

真白 悟

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勇者は死ぬしかない

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「――はあ、はあ……一体どうなってる?」
 かつて勇者に死を乞うた男はたった一人で氷漬けとなった地を訪れた。
 彼は少し前、この場所を訪れている。だがその時は何の変哲もない場所だったはずだ。それが今ではどうだ。ある一定の場所を越えれば地面も空気も凍てつくような、まるで地獄のような場所となり、男に絶望という言葉を植え付ける。
「これが、勇者と魔王の力、その両方を同時に扱うことが出来る男の力だとでも言うのか……これじゃあ……これではまるで、まるで世界の終わりじゃないか……っ!」
 男はそう呟き、以前、勇者から聞いた言葉を思い出した。
『僕は、普通とは違う。いや別に、自分を特別視してほしいとか、自己顕示欲を高めているとかそういうことじゃないんだ。――僕は死にたくても死ねないんだ』
 その言葉がどういうことを表しているのか、いまさらになって理解した。『死ねない』というのは、そのまま不老不死を表しているわけじゃない。自身の実力にかなうものがこの世に存在しないという意味だったのだ。半端者の勇者とて魔王を倒し、半端なまま魔王となった。彼は勇者であり魔王であり、またそのどちらとも呼べない存在となった。

「俺は何を考えていたんだ……そして何を頼んだ!?」
 あろうことか、男はそんな悲痛な運命を背負った男に、自分の最後を頼んでしまった。
 親友を殺すことはどれだけつらいことだろう。妻を殺すことはどれだけつらいことだろう。もし男が妻を殺していたら、男は世界を呪い、二度とこちらの世界に帰ってくることは出来なかっただろう。ただ、暗黒の世界をさまよいながら、出口すら見えない暗闇をひたすらに駆け回るだけの人生が待っていたはずだ。
 それを代わりに引き受けてくれたのが、勇者クラトスだ。勇者とはその称号を持つ者のことではない。勇気ある決断を簡単に下すことが出来る人物のことを指す。
 そう考えると、男は自分のことを勇者だと思っていたことにすら虫唾が走る。簡単に殺してくれと頼んだことに虫唾が走る。妻を殺さないでくれと頼んだことに虫唾が走る。――簡単に彼を殺してやると約束した自分に虫唾が走る。
 そして男は妻との約束を守ってくれたクラトスを憎まずにはいられない。クラトスはいつか自分自身の力によって世界を巻き込んで死亡するというのに、それでも憎いと思った。愚かな自分を今この時殺さなかった彼を憎いと思った。いや、本当は憎くなんてないのだ。そう思わずにはいられない理由が彼にはある。
「この世界は狂っている」
 いや、狂っているのは自分も同じだと、男は拳を強く握りこむ。
「わかったよ。勇者は死ぬしかないって言葉の意味が……俺は……今度は俺がやる番だ。絶対に不可能なのかもしれないし、そんなことは期待もされていないのかもしれない。だけど、だからこそ、クラトス――お前は俺が殺す」
 憎いと思わずに、クラトスを殺すことは出来ない。だがそれではだめだ。『勇者は死ぬしかない』のだから。
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